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30 真実を知るために

「……なるほど。コルネート公爵は、アマリアさんのお父上である可能性が高い、ということですか」


 トビアスと別れ、あてがわれた部屋でアマリアたちは作戦会議を開いていた。

 アダンを部屋に送っていたらしいレオナルドは一連の話を聞いて、難しい顔で腕を組んでいる。


「僕は一言二言言葉を交わしただけですが、そのトビアスという公爵子息の言葉がどれほど信頼できるかにもよりますね」

「……のこのこ公爵家に行って、閉じこめられる可能性もなきにしもあらずよね」

「そうですね。……しかしおそらく、公爵家はルフィナさん――さらに院長先生に多大な『引け目』があるように感じられます」


 レオナルドの指摘に、アマリアも頷いて同意を示す。


(トビアス様が来るようになったのが、五年前の冬――それから今までの間、院長先生は公爵家と渡り合ってきたということになる)


 しかも応接間のあの様子からして、院長先生は公爵家のことを快く思っていないし、どちらかというと院長先生の方が有利な立ち位置にある。


 トビアス側は、貴族の権力を使ってアマリアを邸宅に招くことができる。ただ、そこでアマリアの意志を踏みにじるような行為をすれば院長先生に話が行き――おそらく、公爵家にとって非常に都合の悪いことが起こるはずだ。


(断ることもできる。……でも、付いていけばお父さんに会えるかもしれない)


 それなら、母の無念を――いまわの際に口にした「愛してる」を伝えられるのではないか。また、母が一度だけ父から贈られたという黄色のアクセサリーの話も聞けるかもしれない。


 そしてアマリアもまた、どうして母が離婚して修道院でアマリアを生むことになったのか、真実に触れられるかもしれない。


「……条件を出してみてはどうかしら」


 アマリアの言葉に、レオナルドは首を傾げる。


「僕たちの方から、トビアス様に交換条件を提案するのですか」

「ええ。もしそれを呑めないのなら断固としてお断り。後出しで色々言われるよりは、先手必勝で言質を取った方がいい。院長先生も交えて条件を出して、それを全て呑んでもらえるのなら付いていってもいいと迫るのよ」

「……普通の平民が貴族に喧嘩を売るのとは、わけが違いますね。こちら側には院長先生や修道院、ルフィナ様の存在がある。ちょっとでも向こうが躊躇いを見せれば断ればいい話、ということですね」


 レオナルドもしばし考えた後、頷いた。


「……それがいいでしょう。僕は正直なところ、得体の知れない場所にアマリアさんを向かわせることは気が向きません。もし僕やユーゴが同行できるとしても、いつまでもあなたの側にいられるわけでもありませんので」

「……ええ」

「しかし、ご自分のルーツを知るというのは決して愚かなことではないでしょう。特にアマリアさん、あなたの出生には謎が多い。もしかすると、ルフィナさんのためにもできることがあるのかもしれません」


 レオナルドに言われ、アマリアは頷いた。


「……母は、修道院で暮らすことに不満がある様子ではなかった。でも……時々、寂しそうに遠くの方を見ることがあったわ。それに死ぬ直前に残した言葉は――私ではなくて、父に向けたものだったの」

「……そうだったのですね」

「母は、父を愛していた。それは確かなの。公爵家の養女の身分とか、そんなのは要らない。ただ、私は真実を知っておきたいと思うようになった」


 今回の帰郷でトビアスたちと鉢合わせしなかったら、きっと一生知らないままで終わっていただろう。だがこれから先、何かの拍子にぽつんと疑問に思うかもしれない。


 そのときには既に関係者は年老いて死んでいるかもしれないし、院長先生だっていつまでも公爵家と渡り合えるかも分からない。

 それなら防御対策を取った上で、トビアスに――公爵家に挑みたい。


 レオナルドはしばらくの間考え込んでいたようだったが、やがて頷いた。


「……分かりました。では交換条件を考える必要がありますが……まず、僕たちは同行してもいいですよね?」

「えっ? ……そうね、お願いできるのなら。あ、でもレオナルドはギルドのお仕事があるでしょう? それに王都に行くのなら帰宅まで時間が掛かるから、ポルクの皆にも伝えないといけないし」

「ええ、ですのでそれをまるっとひっくるめて、トビアス様に押しつけてしまいましょう」


 レオナルドはにっこりと笑い、長い指を折って数え始める。


「僕のことについてギルドに納得できる理由を提示し、休暇延長に関する手続きや手間賃、その後のケアなども全て公爵家がするように提案します。あと、ポルクに早馬を飛ばせてエヴァさんたちに伝える必要もあります。それから借りている馬車の延滞料支払いに、公爵家までの経費、公爵家からポルクまでの食費。それに、いざ公爵家に行ったときの禁止事項なども細かく叩きつけてしまいましょう。それと、ユーゴについて詮索しないようにという釘刺しも必要ですね」

「……」


 レオナルド、とても生き生きしている。

 傭兵という金と信頼と交渉術で成り立っている仕事をしているからか、彼は基本的に物事の段取りがよく、人とのやり取りもうまいとは思っていた。だが、貴族相手にここまでばしばし意見を叩きつけるつもりだとは。


「……そんなにたくさん提案したら、我が儘悪女だと思われそうだわ」

「いえ、提案するのは僕です。だから強突張りで貪欲なケチ庶民だと思われるのは僕だけなので、安心してください」

「それはだめよ。どうしてあなた一人が責任を負おうとするの?」


 むっとしてアマリアが言い返すと、それまでは調子がよさそうだったレオナルドは少し困ったように眉根を寄せた。


「好きな女性を守るためなのですから、これくらい僕の仕事ですよ。交渉ってどうしてもこじれるし、正論を叩きつけても悪く言われるんです。それにアマリアさん、あんまり話術は得意じゃないですよね?」

「そ、そうだけど! 私だって好きな人が一人で全てを負おうとするのは嫌なの! それにこれは私の問題なのだから、責任は私が取る。だから……レオナルドの力を借りることにはなるけれど、一緒に頑張ろう?」

「アマリアさん……」

「ね?」


 首を傾げてじっと灰色の目を見つめると、レオナルドの頬がほんのり赤くなった。そして彼はこほんと一つ咳払いをし、視線を逸らす。


「……その目は、反則です」

「……閉じた方がよかった?」

「そうじゃないです。そうじゃないんですが……いや、やっぱりその目でいいです」

「よく分からないわ」

「分からなくていいです」


 レオナルドはふっと笑うと身を屈め、アマリアの頬にちゅっと軽くキスを落としてきたので、アマリアはぱちぱちと目を瞬かせた。


(……もしかして、キスしてもらうのもかなり久しぶり?)


 ポルクを発ってから、二人の側には常にユーゴがいたこともあるし、最後にキスをしたのはかなり前な気がする。


 アマリアがぽかんとしているからか、困ったようにレオナルドが首を傾げた。


「……どうしましたか? もしかして、嫌でした?」

「う、ううん。そうじゃなくて……久しぶりだな、って思って」

「……ああ、確かに」


 レオナルドもそれに気づいたようで目を丸くした後、ふと目を細めて微笑んだ。


「……最近はちょっとバタバタしていたので、あなたへの愛情表現もおろそかになってしまい、すみませんでした」

「……ううん、いいの。私こそあなたたちを振り回してばかりで」

「僕はあなたに振り回されるなら全然構いませんよ? ユーゴも……あれ? ユーゴ、どこだ?」


 ……そういえば、さっきからユーゴの声がしない。というか、作戦会議を始めてから一度も彼は発言していない。


「……ユーゴ?」

「はーい、ここでーす」


 アマリアとレオナルドが立ち上がってあたりを見回していると、ソファの影からひょっこりユーゴが姿を現した。彼は毛布を被って丸くなっていたようで、もぞもぞとそこから這い出している。


「難しそうな話をしているし、ちょっと眠かったからうとうとしてた。でも、だいたいのことは聞こえていたから大丈夫だよ」

「ごめんなさい、ユーゴ。あなたの意見も聞かないといけないのに……」

「ううん、おれは難しいことを考えるのが苦手だから、ママとレオナルドの邪魔をしない方がいいと思ってここにいたんだ。だから、気にしないで。ただしレオナルド、おれの存在を忘れていたおまえには罰を与える」

「……すまない、甘んじて罰を受けるよ」

「よろしい。それじゃ、今日はおれがここで寝るから、レオナルドはママと一緒に寝て」

「えっ」


 アマリアとレオナルドの声が被った。

 アマリアたちはダブルベッドをあてがわれているが、なんだかんだ言って結局レオナルドはソファで寝ていたのだ。ユーゴと二人で寝るには広すぎるし、レオナルドに申し訳ないと思っていたところではあったが。


 ユーゴは明らかに動揺したレオナルドを満足そうに見て、ぴっと指を立てた。


「レオナルドは今晩、ママの湯たんぽ係になるんだ。ママは疲れているし、トビなんとかっていうクソガキの相手で困っているみたいだから、ママが快適に眠れるようにごほーしすること」

「ちょっ、ユーゴ!?」


「ご奉仕」なんて、どこで覚えてきたのだろうか。ユーゴのことだからあまり深い意味もなく使ったのかもしれないが、所構わず「レオナルドがママにごほーしした」なんて言いふらされたら困る。困るというか、人間として色々終了する。


 一応「そういう言葉は使わないこと」と注意したものの、ユーゴの存在を忘れていた罰としてレオナルドは今夜、アマリアと一緒に寝ることになったのだった。


(……いや、どうしてこうなったの?)

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