29 明かされる謎②
隣でユーゴが心配そうに顔を見上げ、「ママ……大丈夫?」と気遣ってくれる。
アマリアはユーゴの手をぎゅっと握り、トビアス――自分の異母弟かもしれない男を見つめた。
「さようでしたか。しかし、父親の前妻の墓に参るとなって、トビアス様のお母様はなんともおっしゃらないのでしょうか?」
「それが……ええ、そうなのです。三十年前には両親の間で話が付いていたようで、母はルフィナ様のことを全面的に認めてらっしゃいます。今は父が多忙なので私が父の名代でこちらに伺っておりますが、父は本心ではご自分でルフィナ様に会いに来たかったことでしょう。私も、父やアダンからルフィナ様の話をよく伺っておりますので、この命令をありがたく承っております」
そう言ってトビアスはお辞儀をした。
アマリアの母は、ともすれば彼の実母の恋敵になりうる存在だ。だがトビアスは衝撃的な事実を述べる間も平然としているし、公爵家にルフィナの存在が強く残っていることにもさほど違和感を抱いていないようだ。
(嘘は……ついていなさそう。それじゃあ、お母さんのことは本当に公爵夫人にも認められているというの?)
アマリアは貴族社会に疎いので、その辺の事情は全く分からない。だが確かに、公爵夫人が母を敵視していれば息子を夫の前妻の墓参りになんて行かせないだろう。
「しかし、まさかルフィナ様のご息女にお会いできるとは。……ルフィナ様は二十年ほど前に病気で亡くなったと伺っております。となると、アマリア様は生まれて間もなくルフィナ様と別れなさったということでしょうか」
「いえ……」
何を言っているのだろうか、と思ったが、途中で気づいた。
(トビアス様は、私が公爵の娘だと気づいていない……?)
おそらく、見た目の年齢でアマリアを二十代前半と判断し、それならば父公爵の子ではなく、母が修道院に戻ってから出会った男性との子だと思っているのではないか。
(もしかすると公爵様も、お母さんが妊娠していたと気づいていなかったのかもしれない……)
だが院長先生の手前、「そうです、私は二十二歳です」と言うことはできないので、アマリアは少々躊躇いつつぼかすことにした。
「私、よく若く見えると皆に言われますが三十近いのです」
「おや、そうでしたか。女性の年齢について突っ込むのは野暮ですので、これ以上は申しません。それにしても、ルフィナ様にご息女がいらっしゃったとは初耳でしたが……」
「トビアス様、修道院でのルフィナ関連のことは一切そちらに知らせないと申し上げたはずです。さすがにルフィナの死は伝えねばならないと思いましたが、アマリアのことをあなたたちにわざわざ教える義理はなかった。それだけのことですが、何か?」
「……あ、いえ、おっしゃるとおりですね」
院長先生の淡々とした言葉にトビアスは少し唇の端を引きつらせた後、咳払いをしてアマリアを見てきた。
「……父もきっと、ルフィナ様に生き写しのアマリア様を見れば、喜ぶことでしょう」
「えっ」
「アマリア様。これも何かのご縁です。どうか我がコルネート公爵家にお越しになり、父に会っていただけませんか?」
トビアスがぐいっと身を乗り出して言ってきたので、そういうことか、とアマリアは苦い唾を呑み込んだ。
(きっと、私とアダンさんが鉢合わせしたときから……この方は、私を公爵家に連れて行こうと考えてらっしゃったんだ)
公爵家の執事と鉢合わせした上、彼はアマリアを見て「ルフィナ様」と言っていた。となると、たとえアマリアがあの場から逃げ出してもアダンはトビアスにアマリアのことを報告し、トビアスはアマリアを捕まえに来ただろう。
敗北の決まっている鬼ごっこをするよりはと思って、院長先生はこの場を設けたのかもしれない。
「……会ったとして、私は公爵邸でどうすればいいのですか。そして今後、私はどうすればいいのですか?」
「そうですね……あなたがルフィナ様のご息女となれば、父はあなたを養女に迎えるかもしれません。私としては全く異論はありませんが、いかがお考えですか?」
「……私は既に、ここから遠く離れた集落で生計を立てております。それに、たとえトビアス様や公爵夫人が歓迎してくださるとしても、私の存在を快く思わない方がいらっしゃるかもしれません。それに、私は戦う力がありません。もし公爵家の養女になった私を狙う者がいたとしても、私には抵抗する術がなく、皆様の足手まといになってしまいます」
紅茶の能力については、あえて触れないことにした。院長先生も、この力を悪用する者がいると言っていた。トビアスや公爵も、アマリアに不思議な力があるとなれば対応を変えてくるかもしれない。
アマリアの答えに、トビアスはさもありなんとばかりに頷いた。
「あなたは聡くていらっしゃいますね。きっと父も、あなたが望まぬことはしないでしょう。ただ……父はもう若くありませんし、そもそもルフィナ様のいらっしゃらない現世にさほど未練がないように感じられるのです」
「未練がない……」
「はい。……私はいずれ、父の跡を継いで公爵になります。しかし息子として、父には長生きしてもらいたいですし、今を生きる喜びを知ってほしい。あなたのお姿を見ればきっと、父は喜びます。あなたが存在するのならと、元気になってくれるはずです。ルフィナ様に生き写しのあなたなのですから、無理矢理養女にしたり、屋敷に閉じこめたりはしません。父は、そういう人間ではないのです」
トビアスは熱を込めて語った。彼からすると父の前妻の子であるアマリアはかなり複雑な存在なのだろうが、父親を思う気持ちは本当のようだ。
(……私の意志は一応尊重してくれるみたいだけれど、相手は貴族。下手に断ると角が立つし、もし怒りを買えば……)
アマリアは目を閉じ、頷いた。
「……お話は分かりました。ただ、私一人では決めかねますので、息子たちと相談してもよろしいでしょうか」
「もちろんです。……ちなみにアマリア様。ご結婚は?」
「しておりません。この子は養子で、恋人を入れた三人でこちらに帰郷したところなのです。恋人の意見も聞きたいと思っています」
「かしこまりました。私もこちらに滞在するので、よい返事をいただけることを願っております」
トビアスは安心したように笑った。




