28 明かされる謎①
男性をレオナルドに任せ、三人で戻った修道院前には、立派な馬車が停まっていた。アマリアが一人で墓地に向かった際には間違いなく停まっていなかったので、墓地で物思いにふけっている間にやって来たのだろう。
(この方、身なりがいいし、この馬車に乗ってきた貴族様かな……?)
四頭の立派な白馬に曳かれる豪奢な馬車を尻目に、アマリアたちは修道院に入った。そして入ってすぐ、若いシスターが駆け寄ってくる。
「アマリアさん、お待ちしていました! その……こっそり裏から戻ってきてもらおうと思ったのですが……だめだったのですね」
「はい、僕たちが着いたときには既に……」
シスターの言葉に、レオナルドが沈痛な表情で返した。アマリアには何がなんだか分からないが、どうやらアマリアがこの男性と鉢合わせしたことが全ての元凶のようだ。
(ど、どうしよう。一体何が起きているんだろう……?)
まだ放心状態の男性はレオナルドが別室に連れて行ったので、アマリアはユーゴと一緒にシスターの後について応接間に向かった。「お客様と院長先生がお待ちです」と言ったので、はて、と首を傾げる。
(お客様? さっきのご老人じゃないの?)
「失礼します」
一言断り、シスターがドアを開けるのを待って応接間に入った。
正面のソファには、院長先生と、若い男性が向かい合って座っていた。男性は先ほどの初老の男性とよく似た豪奢なコートを纏っていて、ソファに座る姿勢や足の揃え方、きれいに整えられた髪などから、彼こそあの馬車に乗ってやって来た貴族様なのだと分かった。
年齢は、二十代後半といったところだろうか。垂れ目で優しそうな顔立ちをしていて、人のいい雰囲気が漂っている。
だが、彼と向かい合う院長先生の表情は最高級に厳しい。目の前の男性を射殺さんばかりの視線で見つめていて、薄い唇も真横に引き結ばれている。
院長先生と男性が同時にこちらに顔を向け、院長先生は少し悲しそうな、男性は驚きの目で見つめてきた。
「ルフィナ様……? いえ、あなたは――」
「アマリア、そこに座りなさい。ユーゴ、大人しくできますか?」
「はい。……ユーゴも、静かに話を聞きましょうね」
「うん。おれも、ママと一緒にいる」
ユーゴも真面目に頷いたので、アマリアは空いている席にユーゴと一緒に座った。男性はアマリアと全く似ていないユーゴを最初こそ戸惑いの眼差しで見ていたが、院長先生が咳払いをすると慌ててアマリアに向き直った。優しそうな雰囲気ではあるが、言い換えればやや弱そうで、あまり頼りになる感じではない。
「……挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。私はレアンドラ王国コルネート公爵家子息、トビアスと申します」
「は、はじめまして。私はアマリアと申します。こちらは息子のユーゴです」
「はじめまして」
公爵、という肩書きにびくっとしてしまったものの、アマリアはきちんと挨拶を返した。ユーゴは落ち着いたものだが、彼にレアンドラ王国の貴族制度について教えた覚えはないので、単に「公爵」の意味が分かっていないだけなのかもしれない。
トビアスはユーゴを見ると「息子……そうでしたか」と呟き、胸に手を当てて会釈をした。
「私は父である公爵の命令で、毎年こちらの修道院にお邪魔し、ルフィナ様の墓前に花を供え、近況報告をして参りました」
「……彼らが修道院に来るようになったのは、五年ほど前からです。いつもは冬の半ば頃に来るので、今年……まさかよりによってアマリアが戻ってきているときに来るとは思っていませんでした」
そう説明する院長先生の言葉には、棘がある。おかげでアマリアはだいたいの事情が分かったが、いち修道院勤務者に過ぎない院長先生が公爵家の子息にこれほど喧嘩腰で挑める理由は分からなかった。
(院長先生は、貴族がお嫌いということもなかったはずだけど……)
アマリアがこわごわ見ていると、トビアスが続けた。
「先ほどアダン――公爵家の執事を先にルフィナ様の墓に向かわせたのですが、その際にアマリア様と鉢合わせなさったのですね。……アマリア様、あなたは絵画に残されていたルフィナ様によく似ていらっしゃいます。……ルフィナ様のご息女ということでよろしいですね?」
そう問うてくるトビアスの声は少し震えている。
(こ、これは……頷いていいの?)
かなり腰は低いが、相手は貴族だ。嘘をついた結果院長先生たちが罰せられることがあってはならないし、かといって安易に首を縦に振ってよいものなのだろうか。
だが、トビアスはアマリアの答えをそれほど重視していなかったようだ。彼はアマリアの返事を待たずに言葉を続ける。
「私が父の命令で毎年こちらにお邪魔する理由を申し上げます。……ルフィナ様は、かつて父の正妻であられたお方。今もなお父の心を独占するお方の命日を偲ぶために修道院を訪問しているのです」
「……はい?」
つい、頑張って貼り付けていたお行儀のいい仮面が剥がれてしまう。
(お母さんが、公爵の正妻? ……な、何それ?)
「お母さんが公爵の正妻ってどういう……あっ」
「ああ、やはりルフィナ様のご息女なのですね。アダンも気づいたようですし、おそらくルフィナ様を知るものであれば皆、口を揃えて『よく似ている』と申すことでしょう」
トビアスは、けろっとして言っている。てっきりアマリアの意思を尊重して黙秘権を認めてくれるのかと思いきや、アマリアの方からボロを出すのを待っていたということなのだろうか。
(ふ、不覚だった……!)
唇を噛んでちらっと院長先生の方を伺うが、彼女は諦めたように首を横に振るだけだった。院長先生も、このことをずっと隠し通すのは不可能だと思っていたのかもしれない。
ちなみに、アマリアの隣に座るユーゴは「……なんだこのクソガキ」とぼそっと呟いていた。トビアスに見えないよう、テーブルに隠れてポンポンとユーゴの膝を叩いて注意を促し、アマリアは肩をすくめた。
「……トビアス様のお父様は公爵でいらっしゃるのでしょう? 公爵様と母にどういう関係があったのですか」
「先ほども申しましたが、元々父の正妻はルフィナ様だったのです。それが……三十年ほど前に公爵家で相続問題が起きまして、父はルフィナ様と離縁し、侯爵家の娘だった私の母と再婚することになったのです」
そう語るトビアスの表情は先ほどと違い、暗く沈んでいる。
公爵と、公爵の正妻だったアマリアの母。
そして公爵と再婚したトビアスの母。
(……なんだか、とんでもないことが起きたということだけは想像できる)
しかも今彼は、アマリアに凄まじい打撃を与えてきた。
公爵と母が離縁したのが、三十年ほど前。アマリアの見た目年齢は二十二歳だが、もし順当に年を取っていれば三十二歳。そして院長先生は、「帰ってきたルフィナは、しばらくして妊娠が判明した」と言っていたではないか。
(公爵様は――私の、お父さん……?)
ずきん、と心臓が悲鳴を上げる。
二十二年間、ずっと疑問に思いつつ、知らない方がいいのだろうと無理矢理押し込めていたこと。
それが今、アマリアの意志とは関係なく怒濤の勢いで襲いかかってきていた。




