第百二十六頁 課題
「準備はいい?」
ライナーの声にビゼー、ミクリ、スカーレッドは「はい!」と返事をした。
次の瞬間ライナーは振りかぶった。
「?」
何が起きたのか情報を整理しようとしたその瞬間ビゼーの腹部に衝撃が走った。全力で殴られた時のように腹直筋が抉られた。
「クカッ……」
腹を抱えて膝をつき、動かなくなってしまった。
「お腹のオドが薄いから深刻なダメージになったんだよ。ほら立って。この程度で音を上げてたらクウヤくんに置いていかれるよ」
「ぐっ……」
ビゼーは右手で腹部を押さえたまま、なんとか立ち上がった。
「はあ……はあ……」
「ビゼーくん、大丈夫?」
明らかに辛そうな彼を見て、スカーレッドが声をかけた。
ビゼーは俯いたまま軽く頷いた。
「スカーレッドちゃん?他人の心配してる場合じゃないよ!」
ハンナは右手を前に突き出し、人差し指と中指をスカーレッドに向けて伸ばしていた。左手を右手首に添えている。
ハンナの上半身が小突かれたように一瞬揺れた。
「ああっ!」
次の瞬間スカーレッドの左肩に衝撃が走った。弾丸で射抜かれたような感覚だった。しかし血は出ていない。
「……」
苦悶の表情を浮かべ、左肩を右手で押さえる。
「早めに避けないと痛いとこどんどん増えていくよ〜」
負傷した二人を横目に見ながらミクリは自分の生気を感じようと試みた。
しかし相手の動きを見ながらでは思うように集中ができなかった。
「では私も行きますね。私はお二人ほど厳しくはないですが、子供相手だからって容赦はしませんよ」
マリーナがミクリに声をかけた。
虚心合掌の小指側が開き、ミクリにはマリーナの掌が見えた。
「はあっ!」
「っ!」
マリーナの声がした矢先、ミクリの左太ももに衝撃が走った。
小石を投げつけられたような感覚だった。
「痛いかもしれませんが、今は耐えてください。オドを感じられるようになって避けられれば問題ありませんから」
マリーナの言葉にミクリは頷いた。
「……俺は……いらないかな」
オットーはボソリと呟いて、構えを解いた。
それから数十分。
ビゼー、ミクリ、スカーレッドは生気を受け続けた。
だんだんと衝撃を受けた時の痛みは少なくなってきたが、蓄積された痛みで全身がズキズキしていた。
「うっ……」
「痛っ……」
「っ……」
三人の痛みを感じた声だけが響く。
サンドバッグになり続け、精神的な疲労も滲み始めた時、事態は急転した。
三人とも同じタイミングだった。
「ん?」
「あれ……」
「?」
ビゼーはライナーの手の上の、スカーレッドはハンナの指先の、ミクリはマリーナの手の中の。それぞれのオドを感じた。
目には見えない。
しかし確実にある。
そこだけ空間が捻じ曲がったかのように異質な雰囲気になっているのだ。
彼らが放つ動きをすると、その目に見えない物質の気配が迫ってきた。
近づいてくるにつれて、無意識に体が震えた。
他人が一日履き尽くした靴下が顔面に飛んでくるような、不快な感覚だった。
絶対に当たるまいとその感覚から逃げるように体を翻した。
気味の悪い感覚は彼らの横を通過し、離れていった。
——パチパチパチパチ……
三人が音のほうを見るとオットーが拍手をしていた。
「掴んだね。三回連続で避けることが終了の条件だ。あと二回!」
「はい!」
ライナーの言葉に三人で返事をした。
「そんじゃあ、連射で行こうかなあ。それ」
ハンナは弾を二つ放った。
スカーレッドは右に左に二つの弾を見事に避け切った。
「やった……終わった……」
その場に背中をついて倒れた。
「お疲れ!」
ハンナはスカーレッドに声をかけた。
「ありがとうございます……お疲れ様でした……」
スカーレッドは天を仰いだまま力なく声を出した。
その様子を見て「いい考えだ」というようにライナーは左手にも塊を作った。
そのまま右手、左手と投げる。
「h……」
声にならない音を出しながらビゼーも三連続回避を達成した。
「うしっ!って、全身痛ぇ……」
そのまま片膝をついて座り込んだ。
ライナーはその様子を笑顔で静かに見守った。
「ミクリちゃん。二人に続こう!」
マリーナの励ましにミクリは頷いて答える。
マリーナも二発の弾を連射した。
ミクリはしゃがんで一弾目を、跳んで二弾目を躱した。
十点満点の着地を決めると両拳をギュッと握った。動きは決して大きくなかったが満面の笑みだった。
「すごーい!バッチリ!」
マリーナは三回高速拍手をしたあと、彼女も満面の笑みでサムアップした。
三人が落ち着くのを待ってから一行は帰路に就く。
「三歳児にもこんな訓練させてるんですよね?」
ビゼーが尋ねた。
疲労の色がはっきりと顔に出ていた。
「君たちにやったほど強くはないよ。あんなのしたら泣いちゃうからね。でもオドをぶつけて感覚を養うっていうのは本当だよ。結構長い期間やるんだ。弱い力で慣れさせる必要があるから、時間がかかるんだよね」
(荒療治じゃねぇか……)
言葉が通じないだろうと思って口に出すのはやめた。
ライナーは続けて話す。
「明日は君たち自身のオドを操ってもらうよ。それができたら最後、明後日は蓋をしてもらう」
「あの、今日の感覚忘れちゃいそうなんですけど……」
スカーレッドが不安気に意見した。
「心配しなくて大丈夫です。意外と平気なんですよ。私たちのオドを三回避けられたらそれはたまたまではありません。はっきりオドを捉えたんです。一度経験をすれば体が覚えていますから」
「そうなんですか?」
スカーレッドは驚きの表情を見せた。
「オドは生命力みたいなものだから。極限まで追い詰められたからこそ手に入ったものは忘れないようになってるんじゃない?」
ハンナは根拠のない説明をした。
しかしこれをはっきり否定する材料もない。
スカーレッドはそういうものだと思うことにした。
「ところで……」
ライナーが真剣な顔をしていた。
「クウヤくんは何者なんだ?」
ビゼー、ミクリ、スカーレッドの三人は息を飲んだ。
「そんな緊張しなくてもいいよ。純粋な疑問だよ。普通、オドの操作に慣れていない人間が偶然だとしても自力で蓋をするなんて考えられない。彼はどこかで質の高いオドを浴びたことがあるんじゃないかな?」
「そんなことないですよ〜。ライナーさん。私は彼が小さい時から知ってるんですけどそんな機会はありませんでしたし、村でオドやペルソナガーべを使いこなしてる人なんていませんでしたよ」
スカーレッドは「冗談はやめてくれ」と言わんばかりの作り笑いを浮かべていた。
「そうか……」
「はい!旅の途中もそんな機会なんてないよね?ビゼーくん、ミクリちゃん。能力者はただでさえ少ないし、その中でも質の高い生気を持ってる人なんて……」
ここまで話してスカーレッドは気づいた。
ビゼーとミクリが目を合わせていた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
「なんでもない……」
そう言う二人の表情から彼女は何かを感じ取った。
「なんか知ってるの?私が加わる前に何かあったの?」
「別に何も」
ビゼーは無表情を貫いていた。
しかしミクリがあたふたしていた。
「ミクリちゃん。何か私に隠してることある?」
「ふえっ!?……な、何も」
大きく目を開いたあと、ブルブルと首を振った。
「ミクリちゃん!」
「……」
ミクリが聞いた中で最も低い声で、スカーレッドが名前を呼んだ。
ミクリは縮こまった。
徐々に頭を垂れていった。
「ごめん。何か知ってるなら言ってよ……私だけ知らないの?」
「……」
ミクリはビゼーの方を向いた。
彼女の顔が「助けて」と訴えていた。
「ビゼーくん?」
ビゼーは少し考え込んだ。
やがて口を開いた。
「本人に聞いてくれ」
「え?」
「俺たちが話すのは違うと思う……」
今度はスカーレッドが黙り込んだ。
聞いた言葉を解釈する時間を作った後で大きく頷いて言った。
「分かった。早く戻りましょうか!」
スカーレッドは歩みを速めた。
本人はそれに気づいていなかった。
スタスタと先に進み最終的に小走りで先に帰ってしまった。
「俺、聞いちゃいけないこと聞いた?」
ライナーが不安な顔を向けた。
ハンナとマリーナも心配だという表情だった。
「こっちの問題なんで……ライナーさんの悪いとこは一個もないです。すみません」
ビゼーの謝罪に合わせてミクリは頭を下げた。
「ライナーさんの質問に答えますね」
ビゼーはライナーにクウヤの実姉について伝えた。
次回 不和




