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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第三篇

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第百二十四頁 兆

 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま修行場へ歩く。


(この気持ちのままやったって生気なんか扱えるわけねぇよな……)


 「生気の扱いには精神の安定が不可欠」

 もはや常識となったその言葉をビゼーは反芻した。

 そしてハンナにこう尋ねた。


「ハンナさん。生まれた赤ちゃんのペルソナガーべっていつ頃分かるものなんですか?」


「そうだなー。二歳ぐらいになればなんとなく分かるよ。それくらいになればペルソナガーべを使うからね。まあオドの訓練は三歳からだから一番危険な年頃なんだよね。だから『使うなー』ってお母さんたちは結構怒ってるよ」


「そうですよね。大変……でも一年空けるのってどうしてですか?」


 ハンナの回答にスカーレッドが尋ねた。


「オドって概念が難しいんだよね。あなたたちだってそうでしょ?」


「はい……」


 四人が全く同時に返事をした。


「三歳になれば、目に見えないんだよって説明すれば一応はわかってくれるらしいよ。三歳児の心は私には分からないんだけどね」


 ハンナは笑った。

 四人も笑った。


「よし!じゃあ私たちも頑張ろう!」


「おう!」


「うん!」


 スカーレッドの宣言に三人は同意した。

 この時点で陰鬱な気持ちは吹き飛んでいた。


 いつものように禅の姿勢を作る。

 そしていつものように正体不明の生気ぶっしつに注意を向けようと試みる。


「……」


「……」


「やっぱ無理か……」


「感覚が掴める気がしないよ〜」


「ムズイ〜」


「分かんない……」


 いつものように何も感じなかった。


「私が一回お手本見せてあげようか?漏れたオドに蓋するとこ」


「えっ?」


 ハンナの提案に一同は固まった。


「見たくないの?」


「いや、そうじゃないですけど……ならさいしょからやってほしかったです!」


 クウヤは思いの丈をぶつけた。

 他三人も勢いよく首を縦に二回振った。


「あはは……蓋をする前にまずは自分のオドを感じてみようって課題だったからさ。必要ないかと思って。それにお父さんも自力で掴んでもらいたかったみたいだし……まあヒントってことで。どうせ私がお手本見せたらオドでお父さんにバレちゃうから!」


 笑いながら言うと、ハンナは手首足首を回し始めた。

 四人は禅を崩して楽な姿勢をとった。


「この何十年、蓋外したことないからなー。できるかな?」


 ハンナが呟くと、目を閉じて足を肩幅に開いた。

 脱力して腕も自然に開く。

 立っているのに、シングルベッドに寝転んでいると思わせる姿勢だった。

 ハンナはフーっと息を吐く。

 眠っているときのような深い鼻呼吸を始めた。

 何度か呼吸をした後、脱力した声で四人に問いかけた。


「ほら〜。わかる〜?今漏れてるの〜」


 そう言われても四人には全く分からなかった。

 しかし普段のハンナの印象と少し違う気がした。

 今は少し頼りない感じがするのだ。


「じゃあ〜蓋するね〜」


 するとハンナはパッと目を開いた。

 ハンナを取り巻いていた頼りなさが瞬間的にどこかへ放たれたようだった。

 

「ふー……意識してオドを漏らすのって大変だね。なんか疲れた……漏れてる時ってダラ〜って感じだったでしょ?でも蓋をするとピリッて感じしない?」


「……」


 四人にはよく分からなかった。


「オドは生命エネルギーみたいなものでしょ?だからね、出しっぱなしにしてるととにかく疲れやすいのよ……一回蓋してごらん!絶対分かるから!」


「そ、そうなんですね……」


 スカーレッドがリアクションをした。


「ってわけで、はい!お手本終了!頑張ってみて!」


 ハンナは一度手をパンッと叩いた。


 実演してもらっても具体的なことは一切分からなかったが、四人は禅の姿勢に戻った。

 ハンナのように脱力を意識してみる……


 結局オドの存在を掴むことはできなかった。



 日が暮れ始め一行はシュヴァルツェンバッハ家に戻った。

 既にライナーとレオンハルトは家に戻っていた。


「ハンナ。どこへ行ってた?」


「修行。昨日できなかったでしょ?」


 レオンハルトの質問に当たり前だとでも言いたげにハンナが答えた。


「レオンハルトさん、だいじょうぶなんですか?」


 クウヤが尋ねる。

 忘れかけていたが、レオンハルトは生誕の儀で半日以上飲まず食わず寝ずの状態だった。


「腹は減ってるが、問題ない。生誕の儀が終わってから眠った。水も飲んだ。何より、あの程度の儀式でくたばってるようじゃ長は務まらねえ」


 四人はレオンハルトの器の大きさを感じた。

 長としてムラのことを第一に考え、全てのムラビトのために尽くす。

 頭では分かっていてもそんな理想的な行動はなかなかできるものではない。

 

「それはいいが、早く飯をくれ……」


「そうね……お疲れ様!ちょっと待ってて!」


 四人はレオンハルトが一人の人間であることも思い出した。彼の存在がかなり特殊——特に見た目が——なこともあり、どうしても種族としては同じだということを忘れてしまう。

 ハンナが夕飯の用意のために外に出ると、ライナーが口を開いた。


「あの……君たち……さっきはごめん。その、平常じゃなかった」


「いえ。大丈夫です。常時平静を保てる人間はいませんよ」


 ビゼーがフォローした。


「何かあったのか?」


 レオンハルトが尋ねた。


「せっかく喜ばしいことがあったのに取り乱してしまって……」


「まあ焦るな。受胎の儀ができねえわけじゃねえんだ。神はお前の思いにきっと応えてくださる」


「はい」


 笑顔を見せていたライナーだが、目の奥が笑っていなかった。



 マリーナとオットーも合流し、夕食をとった。


「お前ら、修行の方はどうだ?ハンナが何かしたみたいだが?」


「やっぱバレるよね……」


 レオンハルトの問いにハンナは目を逸らして呟いた。


「もう少しな気がするんですよね」


「——!」


 クウヤの返答にビゼー、ミクリ、スカーレッドは食べ物を喉に詰まらせそうになった。

 今日の献立は兎肉の煮込み料理とキノコのスープだった。


「お、お前っ……マジか?」


 ビゼーは詰まりかけた食べ物を確実に食道へ送り、クウヤに言った。


「いや、まだわかんねーよ?でもこれかなーみたいなのがある」


「嘘……」


 スカーレッドは引いていた。

 ミクリと目を合わせる。

 

「なんかかたらへんにもわ〜ってしてるやつ?」


「?」


 クウヤの不思議な説明にレオンハルトたちも含めた全員がきょとんとしていた。


「ありますよね。レオンハルトさん?」


「!!」


 明らかに「俺に振るな」という顔をしたが、レオンハルトはなんとか言葉を捻り出した。


「……あ、ああ、なんか掴めたならこの後もやってみたらどうだ?俺は寝ようと思ってたが、そういうことなら見てやる」


「えー、ありがとうございます!」


 クウヤは喜んだ。


「父さん、休んだ方がいいんじゃ……」


「何言ってる?面白えことが起こりそうなのを見ないわけにいかねえだろ。どうせ俺は昼動けねえんだ」


「ライナー様、こうなってしまったお義父さんは止められませんよ」


「……そうだな……」


 マリーナの助言もあり、ライナーは父を休ませることを諦めた。


「じゃあ俺も見ようかな」


「オットー様も来るの?」


「オットーさんが行くなら私もご一緒してよろしいですか?」


「なんでこうなる?」


 参加表明者の続出にライナーは頭を抱えた。


「えー、なんかきんちょーするな……」


 軽い気持ちで言ったことが想定より大きくなってしまったことにクウヤは困惑した。


「俺らもクウヤのやり方見た方がいいかもな」


 ビゼーはスカーレッドとミクリに提案した。


「だね!」


「参考になるかも」


「ちょっ……」


 クウヤは後悔した。

次回 オド

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