第百二十三頁 成人
「生誕の儀みたいな通過儀礼は三つあるんだ。生誕の儀は三つのうち最後に当たるものだよ」
家に戻るとライナーが説明を始めた。
「一つ目が成婚の儀。十五を超えた男女が番になるのを祝う儀式だよ」
所謂、「結婚式」だと四人も理解した。
「二つ目が受胎の儀。子を授かるための儀式だよ。他の二つと違ってお祝いじゃないんだけど、一番神聖な儀式なんだ」
「それってセッ……」
「やめろ。通じねぇから」
クウヤが何か言おうとするのをビゼーが防いだ。
スカーレッドは赤面し、ミクリは首を傾げている。
「やっぱり外とは言葉が違うのかな?俺たちにとっては成婚の儀は成婚の儀だし、受胎の儀は受胎の儀だからね」
言い換えの意図は伝わってしまったようだが、特に問題はなかった。
ライナーは話を続ける。
「それで受胎の儀が成功して、子が母親の体の中で成長しきったら生誕の儀が行われるんだ。その後は受胎の儀と生誕の儀を繰り返す。これでムラが存続していくんだよ」
「確かに結婚、妊娠、出産って特に女性にとっては特別なイベントですからね。皆で祝ってくれるっていいなあって思います!」
スカーレッドが感想を述べた。
「イベ……まあ、うん。理解してくれて嬉しいよ。ムラにとっても個人にとっても転換点となる瞬間だからね」
ライナーは戸惑いながらもスカーレッドの理解に喜んだ。
しかしその表情にはどこか曇りがあった。
「ライナーさんって子どもいないんですか?」
突然クウヤが尋ねた。
「……」
ライナーの曇った表情がより濃く現れた。
彼はしばらく口を開かなかった。
「あ、あの……ごめんなさい……きいちゃいけないやつ?」
俯いたライナーとハンナ。
「何聞いてんだ[の]!」と言いた気にクウヤを凝視するビゼーとスカーレッド。
凍える空気を感じ取ったミクリの挙動不審な首から上。
総合的に判断したクウヤは咄嗟に謝った。
やがてライナーはクウヤの質問に答えた。
「まあ……そりゃ、いつかは聞かれるよね……俺には子供がいない……」
言いづらそうに言葉を零した。
視線は斜め下だった。
ライナーは続ける。
「いつか君たちに言ったよね。俺やハンナはまだ大人じゃないって……生誕の儀を一度でも経験した女性とその夫じゃないと大人として認められないんだ……そして大人にならなければ家を出て、新たに家を作ることは許されない……」
「——」
四人は息が詰まった。
子供を産むことが当たり前の社会で、それが叶わず、大人として認められないことがどれほど辛いことか想像すらできなかった。
「ムラの皆は何も言わない……でもそれは俺が父さんの……長の息子だからだ……」
ライナーは拳を握りしめた。
だんだんと握り拳の作る空間が狭まっていく。
しまいには力を込めた手が震えた。
「くっ……」と言葉にならない声を漏らす。
その姿を視界に収めた四人はもう何も言うことができなかった。
「ハンナは、俺の子供が生まれるまで自分も子は授からないって未だに受胎の儀すら行っていない……」
「兄さん!それは私の意思だから!兄さんが気にすることじゃない!」
ハンナは怒りと慰めが入り混じった声で言い返した。
「オットーくんにも……本当に申し訳ない……」
「兄さん!オットー様は私の意見を尊重してくれてるの!分かってくれてるから!そんな風に言わないで!」
今回の反論は怒り成分のみだった。
「……」
「……」
「……」
ライナーもハンナも黙り込んでしまった。
四人もこの話題を聞き続けることに耐えられなくなってしまった。
「おい!何してる?」
六人が身動きが取れずにいたところにワーグナーの声が聞こえてきた。
全員で顔を向けた。
「母親が出てきた。迎えよう」
ワーグナーは去っていった。
ライナーを除く五人は同時に立ち上がった。
ライナーはワンテンポ遅れてゆっくり立ち上がった。
言葉を一切交わさず、分娩の間の前まで歩いた。
分娩の間の赤い幕の前に女性が立っていた。
女性は三人いて、中央の人物を支えるようにしていた。
その横には新生児を抱いた男性。
昨晩、レオンハルトを呼びにきた人物だ。
中央の女性が口を開いた。
「ありがとうございます。おかげさまでこの子を無事に産むことができました。『イマヌエル』と名付けることに決めました。どうぞよろしくお願いします」
母親のスピーチに大きな拍手が起こった。
「ゆっくり休んで!」
「素敵な子をありがとう!」
祝福の声と拍手を浴びながら夫婦はハケた。
母親は休養のため直接家に向かったが、父親はライナーの元にやってきた。
「ライナーさん、ありがとうございました。レオンハルトさんの祈りのおかげで母子ともに健康で……」
途中で言葉が詰まる。
同時に男性の目からは涙が溢れた。
「おめでとう。お礼なら父さんに直接言えばいいのに」
ライナーが声をかけると、男性は涙を拭った。
「そうですね……ああ、レオンハルトさんは中で眠っているそうです」
「そうだろうね……父さんも疲れているはずだ。誰も入らないだろうしそっとしておこう。それはそうと、これからしっかり妻子を支えるんだよ」
「はい!ありがとうございます!失礼します!」
男性は去っていった。
男性の姿が見えなくなると、代わりにマリーナがやってきた。
「ライナー様!イマヌエルくん、可愛かったですね!」
「そうだね」
「その……次の受胎の儀……私、次こそはライナー様の子を宿しますから!授からせていただけるように祈りも毎日捧げています。必ず生誕の儀を迎えて見せます!ライナー様もいつも通りに。不安を見せれば神様のご機嫌をそこねてしまうかもしれませんからね!それに、何度も受胎の儀を行って子を授かるのが普通ですから。何度でも挑戦しましょう!きっと大丈夫です!ね?」
「うん……ありがとう、マリーナ」
笑顔で話すマリーナとは対照的にライナーは暗かった。
「それでは、また夕飯の時に」
マリーナは去っていった。
「気を遣わせてるな……」
「ホントだよ。子を授かれないのは女の責任。マリーナちゃんの方が兄さんより焦ってるはずだよ」
「……」
ハンナの言葉にライナーは返答できなかった。
「それにしても気丈に振る舞う癖はアリーナさん譲りだね。ホント三姉妹みんなああなんだから……」
「三姉妹?」
スカーレッドが尋ねた。
「そう。マリーナちゃんが三女で、お姉さんが二人いたんだ。アリーナさんとカリーナさんって言ってね」
ハンナが答えた。
「あの、前亡くなったって……」
恐る恐るスカーレッドは質問をした。
「うん。どちらも亡くなってるんだ。二人とも……」
「ハンナ!その話はしなくていい!」
声を荒げてライナーが遮った。
四人はライナーが初めて見せた怒りの様相に、心臓が握られる感覚を覚えた。
「あっ……」と我に帰ったライナーは一つため息をつき、いつものトーンで言った。
「ごめん。ちょっと冷静じゃなかった……ちょっと走ってくる……」
ライナーはトボトボ狩場の方角へ歩いた。
「ごめんね。急に」
ハンナは謝罪の笑顔を見せていた。
「いえ、センシティブなことに踏み込んでしまって……こちらこそすみません」
スカーレッドは再び頭を下げた。
「せん、し?よく分かんないけど、スカーレッドちゃんが謝ることじゃないよ。兄さんも冷静さを欠いちゃうくらい追い込まれてるんだね。私もあそこまでとは思わなかったな……軽率だった」
ハンナは頭を掻いた。
そして続ける。
「ごめん。この話はナシ!お父さんも兄さんもいないけど、昨日できなかったし、修行行こっか!」
ハンナは四人の同意を得ずに歩き出した。
四人は黙ってついていくことしかできなかった。
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