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魔人キコウ録  作者: 长太龙
第三篇

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第百二十二頁 生誕の儀

「いや〜、大量に取りすぎちゃったかもしれない。最後も逃げるように帰ってきたんだよ」


 ライナーは笑いながら言った。


「すみません……」


 ビゼーが謝った。


「なるべく早くオドの漏れを防げるようにします」


 続けて宣言した。

 どうやら昨晩のオドと同じものを感じ取った狼たちが執拗にビゼーを狙ったらしい。

 結果、ビゼーが寄せ餌の役割を担うこととなり、ムラの男たちが釣られた狼を狩るだけの仕事になっていた。


「焦っても目的は達成できないよ。冷静にね。まあこれで森を抜けることがどれだけ危険か分かったでしょ?」


「はい……」


 ビゼーは俯いてしまった。

 

「この三匹は締めてあるけど、他は生捕りだから気をつけて。まあ、生きてる奴はハンナに処理してもらうつもりでいるから危険はないはず。二、三日狼料理になるからそのつもりで……」


 ライナーは申し訳なさそうに忠告した。

 ハンナのペルソナガーべは『投薬フェアアプライヒュング』といい、体の不調を和らげることができる。

 それだけでなく、強制的に眠らせることなどもできるらしく、生け捕りした動物を安全に保存することにも役に立っているらしい。


 また、ハンナは対象のオドの巡りから体の不調を探知することができる。

 先日四人が腹を下した時に、彼らの体に手を当てていたのはそのためだった。

 これは父親譲りの力なのかもしれない。


 ムラビトたちは「食料がないより百倍マシだ」とフォローした。


 クウヤらも夕食に狼料理を食べ、生気の修行に向かった。




一七三二四年 九月九日(土)

緑の国(オアシス)


 昼間はムラビトと同じ生活をし、夜は修行をする生活を一週間続けた。

 生活には慣れてきたが、生気に関しては進展がなかった。

 もともと四人は数日でできるとも思っていなかったが、焦りがないかと言われるとそんなことはなかった。


 ビゼーとスカーレッドに関しては狩りや採集に影響がある。

 クウヤとミクリも周りの人が当たり前にできているのだと思うと劣等感は隠せなかった。


 そんな思いを抱えながらいつものように修行をしていると、レオンハルトが何かを感知した。


「緊急事態だ。今日は中断する」


「はい」


 四人はシュヴァルツェンバッハ一家とともに引き上げた。

 小走りでムラに戻る。

 途中で正面から走ってくる男に遭遇した。


「レオンハルトさん、妻が!」


「——!」


「少し早いんじゃない?」


「早く向かおう!」


 シュヴァルツェンバッハ一家は全速力で駆け出した。

 四人も追う。



 ムラに戻るとそこには異様な光景があった。

 ムラビトが一箇所に集まっている。

 同じ方を向いて跪き、祈りを捧げていた。


「レオンハルト殿!どこにいらっしゃったんですか?」 


 慌てながらそう声をかけたのは副長ふくおさのワーグナーだった。


「もうすぐです。早く中へ!」


 促されるままレオンハルトは人々の視線の先にある(このムラにしては)豪華な装飾の建物に入って行った。

 ムラビトの住居よりもはるかに大きなその建物は、一際目を引く赤い幕が中央からぶら下がっていた。

 レオンハルトはその幕をどかして中へ入った。


 入り口の左右には二つの壁画のようなものが刻まれている。壁画はその二つの上にもあり、計四つあった。

 左上には大きな鳥、右上には女性、入り口の左には果実の断面、右には犬が描かれている。


「君たちも祈りを!」


 四人が状況を理解できないでいるとライナーが声をかけた。

 他のムラビトたちと同じように跪いていた。

 訳もわからないまま四人も膝を折った。


「あの、これは?」


 ビゼーが尋ねた。


()()()()だよ。とにかく祈って」


 以前に聞き覚えのある言葉だった。

 なんとなく察しはついていたビゼーだが、聞いてみることにした。


「何回か聞いたんですけど、それってどういうものなんですか?」


「子が産まれるんだよ。産まれるのはもう少し先だと思う。今は無事に産まれることを祈るんだ」



——生誕の儀——

 緑の国(オアシス)の三大儀礼の一つで所謂「出産」である。

 妊婦は分娩の間(建物)に入り出産の準備を開始する。

 長、ムラの最高齢女性及びもう一人女性(原則妊婦の母)が立ち合い、出産を補助する。

 妊婦を含んだ四人以外は、妊婦が次に姿を見せるまで分娩の間は完全立入禁止となる。

 長は分娩の開始から新生児が産声を上げるまで妊婦の横で祈りを捧げ続ける役割を担う。

 副長は一定時間ごとに生誕の儀の進行状況を、中の女性から幕越しに聞き、ムラビトに周知する役割を果たす。

 副長の周知活動により、お産の進行状況がわかるため、近年では分娩開始時と新生児の取り上げ直前の二回はムラビトも祈りを捧げている。


「生誕の儀は一大イベントだ。守らなければならない命が一つ増える。その一つは母親にとってはもちろん、ムラにとってもとても清く尊いものだからね」


 ライナーは言い終わると目を閉じて祈りを捧げた。

 四人も見よう見まねで祈りを捧げる。


 時折、女性の呻き声や叫び声が聞こえることもあった。

 聞こえるたびに、無事を祈らずにはいられなかった。

 聞こえるかどうかは関係なく無事は祈るのであるが、まさに「命懸け」という言葉が感じられ、重くのしかかった。



 どれだけの時間祈りを捧げただろう。


「子は順調に生誕こちらへ向かっている。皆、一度解散し英気を養え!」


 ワーグナーの轟くような声が聞こえると、ムラビトは立ち上がり散っていった。


「これで一度目の祈りは終了だよ。今分娩の間(あそこ)にいるは初産だから半日くらいしたら二度目の祈りがある。それまでは俺たちの生活をしよう。と言っても今の時間だと寝ることかな。妊婦が生誕の儀を終えた時、俺たちが体調不良にならないようにね。万全の状態で迎えられるようにしよう」


 ライナー、ハンナはスッと立ち上がった。

 ミクリも立ち上がる。

 しかし……


「何やってるの?」


 ハンナが座ったまま微動だにしないクウヤ、ビゼー、スカーレッドに声をかける。


「いや……」


「ちょっと……」


「足が痺れちゃって……」


 情けない声で三人は言う。


「あ……治ったら、おいで……」


 ライナー、ハンナ、ミクリは静かにその場を離れた。




一七三二四年九月十日(日)

緑の国(オアシス)



 ムラビトたちは昼食を食べていた。

 しかし皆心ここに在らずであった。

 無意識に分娩の間を一瞥する。

 クウヤたちも例外ではなかった。

 なぜか落ち着かない。

 

 故郷の村でも赤ちゃんが産まれることはあったが、ここまでソワソワすることはなかった。

 理由の断片すら掴めないまま狼肉を口に運んだ。

 その時だった。


「顔が見え始めた!」


 ワーグナーの声が聞こえてきた。

 午前中の「頭が見えた」という報告以来だった。


 その声に反応し、ムラビトは一斉に分娩の間の前へ集まった。

 皆、祈る手に力が入っていた。

 

 しばらく祈りを捧げ、()()()は突然訪れた。


「ギャー!ウギャー!オギャー!」


「うわーーーーーー!!!」


 建物の中から聞こえてくる産声を三回聞いたのち、ムラビトは大歓声をあげた。


 拍手をする人——

 泣き崩れる人——

 大きなガッツポーズを見せる人——

 雄叫びを上げる人——

 天を仰ぎ、十字架を切る人——


 四人もようやく一息つくことができた。

 緊張で吊り上げられていた肩が安堵の吐息とともに下りていくのが分かった。

 一度歓喜の声がやみかけたタイミングでワーグナーが状況を報告した。


「今ここに新しい命が誕生した!母体も無事だ!」


 再び歓喜の声が上がる。

 昨日、レオンハルトを呼びに来た男性はまだ祈りを捧げていた。

 地面に頭をつけた最敬礼の形だった。

 周りのムラビトも拍手を送る。

 

「では、母子が姿を現すまで解散!」


 ワーグナーが言い切るとムラビトの大半は踊りながら散っていった。



「は〜……よかった〜!」


 スカーレッドも心から喜んだ。

 どうやら今出産を終えた女性はスカーレッドに採集を教えてくれた人らしい。


「こんなに緊張するんだな……」


 ビゼーはとても疲れた様子だ。


 ミクリは目をキラキラさせ、祝福の拍手を送っている。


 クウヤは新生児の姿を見ていないため、新しい命の実感が湧かず遠くを見ていた。


「なんの説明もなく、生誕の儀に付き合わせて申し訳ない」


 ライナーが言った。

 そう言うライナーの表情には嬉しさの奥に、どこか暗いものが窺えた。

 ハンナが補足する。


「本当はもう少し遅い予定だったんだけどね。まあ無事でよかったよ」


 緑の国(オアシス)では太陽と月の位置で暦や時間の管理を行なっている。

 昔の住人が記録を残していたらしい。

 ただし、日付という概念がないため、ムラでは太陽基準で日数を計っていた。

 今回の場合、出産予定は一週間ほど遅かったらしい。


 四人は眠った回数で日付を把握していた。

 忘れると日付が分からないまま過ごすことになる。

 忘れても問題はないのだが、気分が晴れないためしっかりと記録をとっていた。


「こういう儀式は他にもあるんですよね?」


「うん。君たちには話しておこうか。一度家に戻ろう」


 ビゼーが尋ねるとライナーは答える意思を見せた。


「レオンハルトさんは?」


 クウヤは分娩の間を見ながら尋ねた。


「お父さんは……心配だけど、あの中は飲食禁止なのよね〜。陽が落ちるまで出歩けないし……唯一救いなのは晩御飯を食べてから生誕の儀だったことかな。お父さんには悪いけど耐えてもらうしかないね」


 苦い笑いを浮かべながらハンナは答えた。


 四人はレオンハルトがとても気の毒に思った。

次回 成人

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