第百二十一頁 ペルソナガーべ 弐
クウヤらがムラに帰るなり一人の少女が先頭で棒を担ぐ男に抱きついた。
「パパおかえり〜!」
クウヤが思っていたより少女は小さかった。
まだ三、四歳といったところだ。
アダン(エ)が能力者は身体能力が高いと言っていたことを思い出した。
(この年でもう木のぼりできるんだ……)
ムラを囲む背の高い木々を見ながらクウヤは思った。
「ただいま〜。パパ今猪持ってるから置いたらギューしよう!」
男は父親モードで娘と話す。
「うん!」
少女は「こっち!」と男たちを先導した。
目指す先には一人の女性がいた。
大きな鍋らしきものの中身をかき混ぜていた。
女性は少女に気づくと、続けて男たちにも気づいた。
「おかえり!随分大きい猪だね」
「ただいま。コイツが引き寄せてくれたんだよ。デカすぎるから先に持って帰ってきたんだ」
男はクウヤを指しながら経緯を説明する。
「やるじゃん、外の人!こんなご馳走久しぶりじゃない!」
女性は手を叩いて喜んだ。
「オレなにもしてないですよ……」
「トドメをさしたのは俺たちなんだ。コイツ狩りに向いてないらしいから女たちで面倒見てくんねえか?」
女性の目の色が変わった。
「そ〜お。やることはいっぱいあるから安心しな。皆、お疲れさん。あそこに棒ごと引っ掛けといて」
女性は男たちを労うと日陰の方を指差して言った。
男たちは指示を受けて「は〜い!」という返事とともに猪を運んで行った。
少女も男たちについていく。
「日向に出ないように注意すんのよ〜!」
女性の追加の忠告に男たちはもう一度「は〜い」と返事をした。
「ねえ、外の人。あんたのペルソナガーべは?」
女性はクウヤを呼び止めた。
「剣をつかえます」
「あら。そんなに狩りに向いてるペルソナガーべないじゃない!」
「オレ動物殺せなくて……」
「へえー、珍しいね。そんな人いるんだ……死んでる動物なら平気?」
「へーきって?」
クウヤは何かを察知した。
「解体できる?」
「えっ?」
思った通りだった。
女性はクウヤに猪の解体ショーをさせようとしていた。
「いや、やり方知らないです」
「そんなもんいくらでも教えるから!」
気乗りしないが圧が強い。
半ば強制的にやる羽目になった。
「その前にお昼にしましょう!」
女性は一回手を叩いた。
「それなんですか?」
クウヤは鍋の中身について尋ねた。
「熟成蛇肉スープ」
「じゃにく?」
「蛇よ〜。野菜も入って栄養満点だからたくさん飲みな!」
(ヘビも食うんだ……)
これからも未知のものがまだまだ出てくるのだろうと覚悟を決めた。
昼食休憩にあたって、木の実採集に出ていたスカーレッドと子供たちの教育を手伝っていたミクリも合流していた。
クウヤはスカーレッドに「なんでいるの?」と聞かれ、食事をしながら経緯を話した。
「さっさと食べて猪解体するよ!」と女性に急かされたクウヤはサッとスープを飲み干す。
急いで猪の方に向かうと早速仕事に取り掛かった。
「で、あんたどんな剣を使うの?」
「あー、レオンハルトさんのとこにあるんで取ってきます」
「急いでね」
クウヤはスープでチャポンチャポンの胃を揺らしながら走った。
取って戻ってくるや否や「デカすぎるでしょ!」と一喝されてしまった。
理不尽に思うと女性が提案した。
「作ってもらおうか。さっき鍋かき回してたヘラを作ってくれた人がいるんだよ」
そう言うと女性は昼飯を食べる集団の中へ潜っていき、数十秒後何かを片手に戻ってきた。
「はい、これなら使いやすい大きさだろう?」
クウヤに差し出したのは刃渡り10センチほどの木の剣だった。
「あ……ありがとうございます……」
(これじゃ小さくね?ってか、きれんの?)
猪を解体するための道具を持ってきたはずだった。
クウヤは不信感を覚えた。
「ほい!じゃ、さっそくやっちゃって!まずは皮を剥ぐよ!まずは……」
そんなことはおかまいなしに女性は作業を進めようとする。
いざ絶命した動物を処理しようとするとクウヤは身震いした。
(オレ……このいのししを……)
死骸に傷をつけ、跡形もなくそうとしている自分が怖くなった。
小さな木の剣を持つ右手が小刻みに揺れる。
呼吸も荒くなった。
「ねえ?」
「——!」
視線を猪から女性の声がした方に移した。
「あんたさ、動物を殺すのが辛いって思ってるのが自分だけだと思ってるだろ?」
「えっ……」
「今、狩りに行ってる男たちが何も考えずに命を奪ってると思うかい?」
「それは……」
考えたことがなかった。
猪を刺し殺したあの瞬間、男たちは何を思っていたのだろうか。
可哀想だと思っていたのだろうか。
美味しそうだと思っていたのだろうか。
「目の前の命を自分の手で奪うって辛いことだよ。まあ、あんたはちょっと動物に同情しすぎだと思う。それが悪いとは言わないけどさ」
クウヤは真剣に耳を傾けた。
「殺さなきゃ自分たちが生きていけないんだ。やらなきゃこっちがやられるかもしれないしね。でもさ、それだけの理由でなんの躊躇いもなく、槍を突き立てられる人間が何人いると思う?」
クウヤは考えた。
ライナーは何を思いながら指揮を執っていたのか。
オットーは何を思いながら猪に体当たりをしたのか。
男たちは何を思いながら猪を仕留めたのか。
ビゼーは何を思い、狩りに参加を継続したのだろうか。
「あたしに狩りのことは分からない。でもあたしは何度動物の死体を見ても思うよ。この命を無駄にしたくないってね。まあ男たちはほぼ毎日やってるから感覚がおかしくなってるかもしれないけどね」
女性は明るい表情で締め括った。
(今からオレがやるのは、うばったいのちを次につなげること……オレたちのためにいのししは死んだ……このままオレが何もしなかったら……コイツはムダ死にだ。そんなことさせちゃいけない!)
クウヤは自らの頬を両側から思いきり叩いた。
「すいませんでした!オレやります!殺せないけど、いのちはムダにできない!」
「そうこなくっちゃ!じゃあ足首のとこに刃を入れてグッといっちゃって!」
クウヤは女性の指示に従った。
刃は肉と皮の境界を正確になぞっていく。
剣は滑らかに猪の肉と皮を分離した。
切り離した皮は重力だけで千切れそうなほどに薄かった。
一度目の切り離しを終えたところで女性が言った。
「いいね〜。剣を使うペルソナガーべってのはやっぱり便利だ。その調子でどんどんいこう。脚が終わったら腹とか背中もだからね。今日はずっと見とくけど、明日からは一人でやってもらうよ」
「わかりました!この剣すごいですね。木なのにめちゃめちゃ切れる」
クウヤは深い話をしたことで一時的に忘れていた。先ほどまで「切れるのか?」と疑っていた木の剣のことだ。
「ああ、小道具職人がいるからね。『木製』のペルソナガーべでなんでも創ってくれるんだ。よく分かんないけど、あんたのお友達も何かおまじないかけてたよ」
恐らくスカーレッドのことだ。
特性解放で何かをつけたのだろう。
女性は続けて話す。
「ちなみにあたしのペルソナガーべは『攪拌』だよ。ってわけでずっとスープを作ってるわけさ」
ペルソナガーべの名称を一つも理解できないクウヤであったが、一人一人ムラで大事な役割を果たしていることは理解できた。
彼はそのまま猪を綺麗に解体し、肉をムラビトに分配した。
夕方、ライナーたちは大量の狼を狩って帰ってきた。
次回 生誕の儀




