第12話 難題の手がかり
あのままでは人目に付くため少し早い昼休憩として、文哉と共に近隣の喫茶店へと足を運ぶことにした。
「近頃、平郷子爵を名乗る男が投資話を持ちかけて回っているのは知っているかい」
「いや、初めて聞いたが……」
女給が運んできた珈琲に角砂糖を三つも落としてから、文哉は話を切り出した。
そのような投資話の類は聞いたことがない。
もし持ちかけられても、興味も湧かないためすぐさま断るだろうが、平郷という名が気になった。
まさかその平郷という人物は、玲子の身内だとでも言うつもりか。
「若い良家のご子息たちが集まる社交倶楽部に出入りしては、夢のような儲け話を聞かせているらしい。大抵は土地が高く売れるだとか、新しい事業が成功すればだとか、よくある眉唾物の話だ。だが、巧妙なことに相手は世間知らずのお坊ちゃまたちで、年頃の学生らも含まれている。彼らの中で親に逐一金の使い道を相談する人は少数だろうね」
文哉は神妙な顔をして語る。
話を聞く限り、その爵位も嘘であろう。
そもそも、平郷子爵という華族がこの辺りにいるとは聞いたことがない。
「つまり、なんだ。多少利益は見込めずとも確実に騙されてくれるであろう若者らを狙ってのことか。まさか、文哉のところの生徒が引っかかったのか」
「いや、直接会ったんだ。ほら、俺は子爵家の息子で見た目もこんなんだろ? その上倶楽部やらカフェに出入りしてばっかじゃないか」
文哉は堂々と胸を張ってそんなことを言う。
これでも、箕作男爵家の次男で大学で教鞭を取っているほどの才覚がある。
にも関わらずその外見は、色男と言えば聞こえはいいが、散々鬱陶しいから切れと言った襟足も伸ばしたままで、着物も独自の着こなしとやらにこだわってばかり。
「ああ、だから教員だと思われずに放蕩息子だと思われたわけか」
「その通り!」
その輝くような笑顔からして、勤務時間外の姿だけ見ていれば、ろくでもなさそうな男に見えるのは間違いなかった。
言われなければ教員とは到底思えないだろう。
「とまあそんな具合で、彼は俺にも色々と話を聞かせてくれたんだけど、どうにも気になることがあって」
こほん、と咳払いをして表情を改める。
「平郷子爵に、成嶋孝明が出資しているらしい」
「なっ……」
絶句する一樹に、文哉は確かな話だと言う。
古くからの付き合いである文哉は、一樹と成嶋孝明の因縁は知っていた。
(まさか……その子爵とやらに騙されて土地を奪いに来たのか?)
新事業でも興すのかそれとも売り払ってしまうのか。どちらにせよ、突然孝明が行動を起こしてきたのには理由があるはずだ。
小心者の孝明があんな啖呵を切れるのだとしたら、力ある存在が背後に付いていたのだとすれば納得はできる。
もっとも、その力ある存在は詐欺師まがいなのだが。
「そうか……まあ、彼が詐欺師に騙されて自滅するだけなら別にどうでもいいんだが……」
一樹としては孝明を止める義理はない。
しかし、この詐欺師が玲子と何の関係があるのか、話の繋がりが見えてこない。
「で、話はそれだけなのか?」
「いいや、もちろんここからが本題だ」
文哉はさぞ甘ったるいであろう珈琲を一口飲んでから、平然とした顔でこう言った。
「その平郷子爵には、玲子という名の娘がいるらしいんだよ」
一樹は、文哉が何を言ったのか瞬時に理解できなかった。
平郷玲子は、確かに一樹の知る彼女の名前である。
「は……」
「その上平郷子爵は彼女との見合い話もちらつかせて、若者を釣っている。彼の言う娘さんは、ちょうど君のところにいる玲子ちゃんと同じくらいの年頃だったよ」
「まさか! 彼女は人を騙すような真似が出来るような人間ではない! 無関係に決まっている!」
反射的に立ち上がり、強く文哉に訴える。
一樹の知る玲子は詐欺師と共謀するような者ではない。
そもそも、昨日だって一日あれこれ働きながら空いた時間に辞書と向き合っているような様子だった。
一樹の知る玲子は、学生でもないのに自身の好奇心のみに突き動かされて熱心に行動するような、そんなひたむきな性格の娘だ。
万が一実父であったとしても何かの間違いだとしか思えない。
だが、一樹の緊張した面持ちを見て、文哉は唐突に破顔した。
「おいおい、君本当にあの子にゾッコンだな? 安心してくれ、誰も最初から玲子ちゃんを疑っちゃいないよ」
文哉に指摘され、一樹はすとんと腰を下ろす。
「よほど彼女を信用しているんだね。あんなにどうでもいいと言っていたのに」
「っ、いいから続きを聞かせろ!」
「はいはい。それで、平郷子爵の娘は神戸にいるらしい。なんでも、その子爵は最近まで海外にいたそうで、その間花嫁修業も兼ねて娘を預かってもらっているんだと」
「だったら、彼女は別人だろう。それに、海外とやらも渡航歴を確認すれば真偽は確かめられるな」
自分がこの仕事に就いていることをこんなにありがたく思った日はこれ以上ないだろう。
そう思ってから、文哉に指摘されたことをまた自覚する。
少し前の一樹なら面倒事にならなければどうだっていいと突っぱねられたはずだ。
けれど今、一樹は必死になって玲子をかばおうとしている。
(それだけ、彼女の存在が僕にとって――――――)
もうそろそろ、認めざるを得ないのかもしれない。
「ただ、ひとつ懸念点があるんだけどね……」
「何だ」
「おそらく平郷子爵の娘と玲子ちゃんは別人じゃない」
「……な」
驚く一樹に、文哉は十年前を覚えているかと言う。
「昔、俺の家に奉公に来ていた子がいたのを覚えているか。妹と同じくらいの小さい子だった。その子は神戸の親族に引き取られていったんだが、彼女の名前もレイコなんだよ」
目を丸くする一樹に、文哉は大口を開けて能天気に笑う。
「いやあ最初に平郷という苗字を聞いて、どこかで聞き覚えがあるなとずっと思ってたんだよね。それで、妹にちらっと話してみたら昔同じ名前の子が家にいたのを思い出して」
「ちょっと待て。それはつまり……平郷子爵は娘が神戸にいるとばかり思い込んでいるが、本人はとうに神戸を離れてこっちに戻ってきていたということか? それが、僕の家にいるあの子と同一人物だと」
「そう。つまりこの話に出てくる玲子は全て同じ人間を指してる。さて、ここで君にひとつ難題が降りかかるんだが」
頭が痛くなってきた。一樹はわざとらしいまでに大きなため息をつく。
「いや……言わずとも分かる」
自分を敵視している成嶋孝明と平郷子爵は手を組んでいて、さらにその子爵は娘を利用しようとしている。
そして子爵の娘が青崎家にいると発覚すれば、玲子はこの一連の詐欺騒動に巻き込まれざるを得ない。
守ると言った矢先、自分の血縁のおかげでかえって渦中に引きずり込むことになろうとは思いもしなかった。
ひとまず一樹は珈琲を飲み干すと、平郷子爵とやらについて調べあげることを決めた。
親友の父である箕作男爵の勧めで選んだ道だったが、この職務に就いていたことがこんなに役立つ日が来ようとは思いもしなかった。




