舞台裏〜重役の会談・2
そうは言っても、だ。
「それがあったとしてもです。あんな姑息な下策を推奨することを賛同するのはどうかと思います」
「姑息……」
言い得ている。
地味すぎる嫌がらせを続けていたのをありのまま止めないのは確かに不味いだろう。都の住民様がお怒りにならないレベルだったとはいえありゃあ確かに姑息だ。
下手すりゃクーデターを起こされても文句言えん。
まぁそれもギリギリ大丈夫という所を計算していたのだろうが。
「貴殿方のお考えは分かりますよ。やらなければならなかった。綺麗事だけでは通れない道ですからね―――しかしそれを納得はしません」
「分かっておるだろう?」
「ええ、分かっています」
「……あーあ」
「言うな、ケイン。俺だってこれ以上考えたくない」
ふふふ、あはは、と全く笑っていない笑い(器用だな)を湛えてオッサンと兄貴が向かい合う中、俺とケインはひっそりと溜め息をこぼした。
何故か。
オッサン達の仕込みにわざわざ『飛び込んでやるからお前らこれ以上好き勝手するなよ?』(注:ハル的意訳)と返しているのだこの兄貴は。
恐いことだ。
「しかし貴方は『ライン』を越えることもない―――それも勿論解っています」
「「………………」」
ふっと、空気が緩み、兄貴が笑う。
これだ、これだよ。
「……相変わらずのタラシな笑い」
「言うな、そこは兄上のいい所なんだから」
「お前何だかんだとアイン贔屓だよな」
「俺は事実しか言わん」
「聴こえているからな二人とも」
「げっ」と言いながらケインは降参と手を振る。小声で話していたのにバッチリ聞いているし。流石ですよ兄貴。
兄貴の視線は俺達に向けられることはなく目の前のアイゼンベルク副隊長を見続ける。
兄貴は解っているのだ―――この元公爵の性格を。
必要とあれば修羅になれるが許されると判断できるラインを決して越えない。それは俺達よりも更に先代の王家から今まで変わらずに支え続ける彼の矜持。
兄貴は彼の矜持を絶対的に信頼しているのだ。
――――俺には到底真似できん。
「あー……相変わらずですな殿下は」
「お誉めと捉えさせても?」
「勿論ですよ」
腹の探り合いはとりあえず決着したらしい。
しかしなー。
粗方納得はできるが、当然解せない部分はある。
兄貴にとっては王冠に就くための当然の過程。俺はその権利を放棄したが、愚弟にもそれを課せられているのはまぁ分かる。というかこの王家にとって次代の王は長子継承では無いため権利を放棄しない以上必ず試されるのだ―――王となる器があるのかどうかを。
なのでどんなに愚弟が愚弟であっても試され続ける。残念ながら愚弟はその現実を全く理解していないけどな。それどころか思いっきりフラグぶち倒しているがな!
そんでもって支えるべき取り巻きたちは妹曰くヒロイン?だかに首ったけ。
そりゃあ試そうと試みるレベルは絶賛大暴落―――兄貴が怒るだろこれ。
しかしそこまで試さなくてはならないのか。
答えは――――否、のはずだ。
少なくとも俺の知っていた『剣の刻印』では兄貴はとっくの当に立太子していた。なのに他の点で現段階では多少のイレギュラーはあれどそう大きな誤差は見当たらないのだ。
とはいえ兄貴の方が明らかに王冠に近いことは変わらない。
だが、どうしてだろう。
呈示された情報を、知りうる限りの事実を、推察される総てを、どう繋げても何かあやふやに感じてしまう。
ヒルダという存在で。
アイゼンベルク副隊長は言う。今回の茶番はヒルダが婚約破棄されたからだと。
兄貴がヒルダを騎士団に引き込んだのは『そうあるべき』だからだとずっと思っていた。そして俺も『そうあるべき』だと思った。それが必然なのだと。
しかし本当にそうなのだろうか。
俺達にとっては『必然』かもしれない。
でも今更気づく。
――――そんな突拍子もない提案を、どうしてあの時認められたのだろうか、と。
普通なら有り得ない。何の経歴も無い令嬢を騎士団に引っ張り込むだなんて。
確かにひとつの理由を持ち出して引っ張り込んだことは間違いない。
『薔薇』の地位。
それは騎士団にとって―――兄貴にとって、他に替えがたい重要なものではある。
しかし『あの時点』で周りにとってはその札はまだ『確信』では無いはずだった。言ってしまえば他に替えが利く。
あの時、どうして認めたのだろう。
何か重要なものを見落としている気がしてならない。
兄貴は恐らく何か考えがあってここで手を打ち出しているのだと思う。
そうでなければわざわざヒルダとエレンが分かりやすく絡まれている場面に正面から手を打つはずはない。例え裏にアイゼンベルク副隊長という相手がいたとしても。
そしてあの分かりやすい犯人たちは今頃うちの騎士団員たちに盛大に叩かれているだろう。あのお馬鹿な黒幕は早々にご退場頂かなければ余計なことを仕出かしかねん。
その盛大さもある意味パフォーマンスではある。
何しろ『牽制』だからな。
「貴殿方のお考えは分かります―――しかし騎士団には騎士団のルールがあります。それはむしろ貴殿方の方が詳しい筈ですよね?」
「そうだな」
「完全にとは言いませんが、打ち方には気を付けてください。でないと―――」
「―――でないと?」
「―――私も手段は選びません」
…………兄貴はやる。
あの微笑みは絶対やる。
アイゼンベルク副隊長もにやりとか笑い返すし、ああ、やめろそのカオス。
何だってこうなったのか。
何だって――――そんな愉快な手段を選ぶのか。
「……おいハル?」
「何だ?」
「お前の顔もアインと同じくらい嬉しそうだぞ。マジにやめろこの腹黒兄弟め」
「お前に言われたくないぞケイン。お前も充分口角が上がっているんだからな?」
こっそりお互い注意らしきものをしてみるが全く役に立たない。それは互いに充分解っていた。
さて、眠れる獅子は重い腰をついに上げた。俺達が頂く獅子が。
ヴィヴィアンは最大のチャンスを逃したのだ。そして俺にとってはついに、と言うべきか。
獅子が動くならば俺も当然動かなければならない。
獅子が滞りなく動くために。
先ずは不穏分子を炙り出す。
この先また不測の事態が起こった場合に、情報はあるに越したことはないのだから。そしてそれに関して俺以上の適任者は居ない。
掌に踊らされない―――絶対に。




