『四文字言葉と、六文字言葉の持つ意味を探れ』 バーシュウレイン側視点
ポストイットの文字は、二種類しかなかった。
たった今自分が聞いた、あれと、以前カモシンが聞いた、あれ。そのふたつだけ。
予想外の結果に、ベッキーは戸惑いを覚えた。というのは、その時点においても、思い込みに変わりはなかったからだ。
カモシンが狙っていたのは、五種類の言葉。それをつなげて、何らかのメッセージ性を持たせる。それが、このゲームのコンセプト。
そのことを思い浮かべながら、ベッキーはもう一度、ひとりひとりの文字を目で追った。
自分と同じ『めいおうせい』が、ちぎれ雲とガウチ。
カモシンとシロワンミ氏は『目を押せ』
三対二の組み合わせにも、違和感を覚えた。
どうして、ちぎれ雲さんとガウチが、わたしと同じなの? 書くのなら、ふたりとも『目を押せ』でしょ。
それから、自問自答のようなものをはじめた。
だって、カモシンが空からの声を聞いたとき、わたしたち三人も、そこにいたのよ。カモシンが一部始終を語ったのも、その直後。『目を押せ』は、何らかの形で記憶の中にしっかり刻み込まれているはず。
でもそれより、わからないのは、シロワンミさんの方。どうして『目を押せ』を知っていたの? 考えてみれば、おかしな話よね。彼には、なんでもお見通しなのかしら。だとしたら、逆に怖い。
とそこでベッキーは、せーので、ハイが、時間節約のためだったことを思い出した。
結論の出ないことを自分一人で考えるのは、時間の無駄。
カモシンに直接訊こう。そのほうが早い。もしかしたら、シロワンミさんは、何か企んでいるのかもしれない。その背景にあるのが、わたしたちを陥れるためのものだとしたら……
でも、そうだった場合、どのような手段を使って、それをカモシンに伝えればいいのだろう。相手は千里眼。この瞬間のわたしの考えも、彼には筒抜け……
思考をフル回転させながら、すがるような気持ちでカモシンに顔を向けたベッキーは、はっと息をのんだ。
彼女の両目は、きつく閉じられていた。それも、他人の介入を断固拒否するような表情で。これまで見たこともない横顔。
どうしたのかしら? 座ったままで、気を失っているんじゃないでしょうね。
ベッキーは、そのときになって気づいた。
他の四人の様子も、カモシンと同じだった。思いつきをそのまま言葉にすれば、瞑目して己を磨く修行僧。
しかし、見方を変えると、申し合わせた芝居。目を開けていると、ぷっと吹き出す恐れがあるから、こうしているのかもしれない。
ベッキーは、四人を見回しながら、詰めていた息をゆっくりと吐きだした。肩コリが抜けたような爽快さを覚えると同時に、自分の推理に間違いないと思った。
からかわれているんだ、このわたし。
そう思ったベッキーは、わざと吐き捨てるようにいった。
「ったく、もう」
そのあと「大げさすぎるわよ、あなたたち。もう、バレバレよ」とつづけようとしたが、声にならなかった。
四人の体から、オーラのようなものが立ち昇っているように見えた。自分の唇の動きが、それによって封じられているような気がして、背筋のあたりに、寒気に似たものを感じた。
でも、何かおかしい。何か変。
頭の中が混乱したまま、テーブルに視線を戻したベッキーの口元に、にやりとしたものが広がり始めたのは、それからしばらくしてからだった。
なあんだ、そういうことだったの。
ベッキーは、声に出して笑いそうになるのをこらえた。
やるときはやる。徹底的に。たとえそれが、小さなギャグだったとしても。
それはバーシュウレインメンバーの約束事のひとつ。しかし、練りに練った作戦を、直前に真逆に変更。これも、約束事の中にある。
いざというとき失敗しないように、日ごろから、実戦形式の練習を積む。それがメンバーひとりひとりの士気を一定に保つ秘訣。
でも、どうしてこんな初歩的なことを、忘れていたのだろう。立ち上げメンバーの、このわたしとしたことが……
胸の内で反省しながらベッキーは、次のようなストーリーを組み立てた。
ボールペンを片手に、ポストイットに目を落としているわたしの肩越しに、カモシンが、ガウチに目で問いかける。
「中途半端な言葉だけだと、ゲームが盛り上がらないわよね」
カモシンのいわんとしていることは、ガウチにダイレクトに伝わる。
「わたしに、任せてちょうだい」
軽く片目をつぶってみせたガウチは、それを即実行。といっても、背筋を伸ばして、目の玉を横に動かすだけ。
ガウチがとった行動。それは和製英語の典型といわれる、カンニング。
わたしの手元に視線を走らせたガウチは、素早くそれを書き移す。そしてそれを、ちぎれ雲さんに向ける。
その間に、カモシンは先ほど自分が書いたものをシロワンミ氏に、ちらりと見せる。シロワンミ氏も勘は良さそう。空気をすぐ読む。
このようにして、カモシンの作戦変更は、瞬時に完了。
これに間違いない。これ以外に考えられない。
ベッキーがニンマリした瞬間、彼女は自分の身体の芯の部分に、マグマのようなものが湧いているのを感じた。
なに、これ……
痛みを伴うようなものではなかった。その逆。だが、うろたえた。
助けを呼ぶつもりはなかったが、反射的に四人に目をやった。
え?
ベッキーの口から、驚きの声が漏れた。
といっても、目の前の景色が変わっていたわけではない。自分の頭の中を、一陣の風が吹き抜けたような気がしたのだ。
ベッキーが、思わず自分の頭に片手を置いた瞬間、今の今まであったストーリーが、跡形もなく消え去り、入れ替わるように別の考えが湧いてきた。
先ほどの声を聞いたのは、わたしだけではない。このテーブルにいる全員が聞いた。
反射的に確信した。というより、本能がそう告げていた。
四人の表情が、違ったものに見えてきた。今彼らは、異なる二つの言葉が意味するものを探っている。思案している。全神経を集中して。
じゃあ、わたしも。
ベッキーは、ふたつの言葉が同時に聞こえてきた背景にあるものを、自分なりに考えてみることにした。
この世の中のどこかを、人間の耳では捕えきれない声が、常に、あるいは何かの拍子に飛んでいると考えた場合、どうなる?
となると、その声は、別々の周波数をもっていなければならない。
そして人間の身体のどこかに、それらを捕らえる受信機と、それを音声として変換する装置が必要。
ということは、この考えは捨てなければならない。世の中には、レントゲンもあれば、高性能のМRIもある。これまで受信機に相当する臓器や、機能が発見されたというニュースを聞いたこともなければ、そのような書き込みを見たこともない。
とそこでベッキーは、忘れていたことを思い出して、思わずガッツポーズをしそうになった。
あるあるある。可能性は、ある。それも、高い確率で。
だって、ちぎれ雲さんの場合、腹式呼吸七回で、頭の中に映画館が。シロワンミさんは、何もせずに、耳の奥から音声が。
だとすると、今の声なんて、なんてこともない。ちっちゃ過ぎて、ニュースにならない。話にもならない。
と、不意に思い出したことがあった。
そういえば、シロワンミさんは、こんなことをいっていた。
聞こえた言葉が四文字なら、黄泉がえり系。
あれが言葉通りだとしたら、六文字の場合、どうなるのだろう。二文字の違いが、どのような格差を生むのだろう。
そんなことを頭の隅で思いながらテーブルのポストイットを眺めていたベッキーは、カモシンの様子がおかしいことに気が付いた。
いつからかなのかわからなかったが、カモシンは自分の両腕を抱くようにして、体を丸めて小刻みに震えていた。
梅雨をまじかに控えた店内の温度は、もう少しクーラーを強めにして欲しいくらいだった。
「どうか、したの?」
おそるおそる訊ねるベッキーに、カモシンは鳥肌で覆われた両腕をさすりながら、ちいさく顎をしゃくった。
「そのふたつの言葉を、交互に繰り返してみて」




