『覚醒は全員だったの?』 バーシュウレイン側視点
「いかがなされました?」
か細い女の子の声に代わって、いきなり聞こえてきた切羽詰まった男の声。金縛り状態になっていたベッキーの瞳が、左右に揺れた。
遠のいていた思考が、徐々に戻ってくる。
あの子、もっと伝えたことがあったのかもしれないのに、何よ。
せっかくの夢を邪魔された気分。苛立ちを胸に、ベッキーは声のした方に顔を向けた。
声の主は、この店の店長だった。
別に、なにも、
つっけんどんな声で応じようとして、気づいた。
困惑気味の彼の目は、自分を見ていなかった。
ベッキーの身体が勝手に震えた。
まさかそんな……
妙な胸騒ぎを覚えつつ、ベッキーはスーツ姿の店長の視線を辿った。
そこにいたのは、やはり、ちぎれ雲だった。
よほど驚いたらしく、口は半開き。天井付近を見上げたまま、固まったようになっている。
思考を動かすまでもなかった。ベッキーは、一目でその状況を把握した。
聞いたのだ、ちぎれ雲さんも、あの声を。ひょっとすると、会話は今もつづいているかもしれない。
その結論と同時にベッキーは、そっと両肘を押し広げた。
ほら見て、ちぎれ雲さんを。実をいうと、わたしも一緒に聞いたのよ、あの声を、
両隣のカモシンとガウチに、そう伝えたつもりだった。しかし、反応らしきものは、どちらからも返ってこなかった。
あ、そうか。
ベッキーは、自分の行為を恥じた。
ふたりの察知能力は、自分より数段上。彼女らはすでにそれに気づいて、観察中。
そこでベッキーに、ひとつの興味が湧いてきた。
カモシンとガウチの、視点と観点だ。いまふたりはどのような気持ちで、ちぎれ雲さんを見ているのだろう。どの部分を注目しているのだろう。
冷静さを取り戻したベッキーは、ふたりの横顔からそれを読み取ってやろうと決めた。
しかし、それは叶わなかった。
気づかれませんように、気づかれませんように。
そっと息を吐きながら背もたれに身体を預けたところで、ある事実に気づいたベッキーが、悲鳴に似た声で「どうしたの、あなた達」と騒ぎ立てたからだ。
五人同時に天井を見上げたのは、店長が横の通路を通りかかる直前。
全員の表情はあまりにも強張っていた。何か不手際があったと勘違いした店長が、思わず声をかけたことにより、ベッキーが最初に我に返ったのだった。
「お話の途中で……余計なことを……重要な案件の協議中に……話を、ぶち壊したことを……」
しどろもどろになりながら、言葉を選んで詫びる店長を見つめていたカモシンは、強張ったままになっていた頬を緩めた。
「あらら、謝る必要はありませんよ。迷惑をかけてしまったのは、わたしたちの方かもしれませんから」
無理やり笑みを浮かべたカモシンの声には、めったに聞けない戸惑いの響きが残っていた。カモシンは緊張を解きほぐすように、少し肩を上下させてから、軽いトーンで訊ねた。
「どれくらいでした? わたしたちが、照明器具に見とれていた時間は」
店長は慎重を期したような表情になると「ただ、ここを通りかかったタイミングが、たまたま重なっただけでしたし……」といって、記憶を手繰るような口調で付け加えた。
「たぶん、十秒……いや、二十秒程度だったかもしれません……でも……正確には……」
そこで言葉に詰まって黙り込んでしまった店長に、カモシンは本来の声で礼をいった。「よくわかりました。それにしても、照明器具ひとつで、店の雰囲気は劇的に変わるんですね」
さすがはカモシン。とっさに考えた言い訳にしては上出来。感心したベッキーは、声に出さずに笑った。
店長に笑みが浮かんだところで、カモシンは思い出したように付け加えた。
「もうしばらく、この席をお借りしてもいいかしら」
店長は、ほっとしたようなため息を漏らした。
「時間はお気になさらないでください。当店は二十四時間営業でございますから」
店長の後ろ姿を見送りながら、カモシンが口にしたセリフと提案は、ベッキーが考えていたものと同じだった。
「全員、聞こえたみたいね」
誰も声を発しなかった。だが、表情から返事は読み取れた。
カモシンは、自分の横に置いていたポストイットをシロワンミ氏に差し出した。
「どうでしょう。こういったことは、そう簡単に起きないと思います。それぞれ聞いた言葉を、これに書いて、見せっこしましょうか」




