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『謎の言葉、目を押せの検証はじまる』 管理人側視点

 その時の様子を、今でもはっきりと覚えている。

 しばらくの沈黙のあと、柔らかな笑みを浮かべたシロワンミ氏が、珍しい物でも眺めるような目をカモシンに向けて、こういったのだ。

「カモシンさんは、空からの声を聞いたことがあるんですね」

 名前を呼ばれたカモシンに、緊張が走るのがわかった。

 低くて落ち着いた声。確信に満ちた響きを耳にした僕の脳裏に、ある考えが浮かんできた。

 いまここにいるメンバーの中心人物は、彼なのかもしれない。

 あの日僕をチカチカマンションまで誘導してくれたのは、このシロワンミ氏。彼なしで、二十三時五十九分五十三秒の到着はあり得なかった。

 彼こそが、バーシュウレインの三人が追い求めていたお石様と同等、あるいは、それ以上の能力を秘めた人物。

 だとすると、もうすぐ僕たち五人の出会いの謎が明らかになる。その経緯、その理由がいま、シロワンミ氏の口から語られようとしている。

 人生の大きな節目に差し掛かった予感に、僕の胸の内は高鳴った。

 そのようなものを感じたのは、僕だけではなかったらしい。ゆっくりとした動作で椅子に座り直したバーシュウレインの三人の目にも、何かを期待するような色が浮かんでいた。

 思った通り。シロワンミ氏を見据えたままカモシンが発したセリフは、僕が抱いたものと似たようなものだった。

「つまり、シロワンミさんは、人の心が読める方なんですね。言葉を変えると、わたしたちのことは、なんでもお見通し」

 僕たちは、シロワンミ氏の口元に目を凝らした。

ええ、実をいうと、そうなんです。彼は平たい言葉で素直にそれを認めた後、彼特有のいい方で告白を始める。

 僕の予想は、そういう流れになっていた。

 しかし、大ハズレ。シロワンミ氏は、ぽかんとしたような表情を浮かべて、二度三度、目を瞬いただけだった。一種の思考停止状態に陥っているように見えた。

 これって演技? でもそれにしては、あまりにも自然すぎる。まさか聞き間違いしたんじゃないだろうな。聞き屋を、ケーキ屋と間違えたように……。

 考えがまとまる前に、シロワンミ氏の浅黒い頬のあたりに笑みが浮かんだ。

「残念ながら、わたしにはそのような能力はありません」彼は申し訳なさそうな声でそういった後、僕たちの顔を交互に見た。

「空から女の人の声が、といった瞬間、皆さんの視線がカモシンさんに集まりましたからね。種明かしをすれば、そういうことになります」

 言われてみれば、確かにその通り。なんの不思議もない。

「あら、そうだったんですか」

 軽い口調でそう返したカモシンは、気持ちを切り替えるのが早いらしい。自分の早とちりを恥じる様子も見せずに、次の質問を投げかけた。

「その声は、どのようなものだったんですか?」

「それは……」シロワンミ氏は、そこで不自然な形で黙り込んだ。でも口元の笑みはそのまま。何事か考えているように見えた。

「守秘義務ですか? それとも、他人に話せば、祟りがくるんですか?」

 焦れたような声でそういったカモシンに、シロワンミ氏は質問で返した。

「聞こえてきた言葉は、何文字でしたか?」

 カモシンは、眉をひそめて訊き返した。

「文字数で、何がわかるんですか?」

 しかしシロワンミ氏は、こんども答えなかった。それは後のお楽しみ、というような表情を浮かべながら僕たちを見回した。

「この中に、ボールペンと、メモ用紙を持っている方はいらっしゃいませんか?」


 シロワンミ氏は、ベッキーが差し出したポストイットに。カモシンは持参したポストイットに、手元を隠しながら文字を記入した。

 カモシンの方は見なくてもわかる。『目を押せ』。文字数はひらがなで書いたとしても、四文字。

 しかし、シロワンミ氏の方となると、完全にお手上げ。

 言葉自体はもちろん、文字数さえ見当もつかなかった。しかも、彼が使ったポストイットは二枚。最初は書き損じたときのスペアだろうと思ったが、そうではなさそうだった。 となると、このあたりの空から聞こえてくる声は、二種類ということになる。

 二枚目を書き終えたシロワンミ氏は、裏返しに並べた自分のポストイットを眺めながらいった。

「どちらかに、カモシンさんと同じものがあれば、今後の展開が、ちょっと面白くなりそうですね」

「ちょっとだけなんですか?」カモシンはすこし不機嫌な表情を見せた。

「その程度のものを、わざわざ文字にしなければならない理由はなんですか?」

 すこし尖った口調に、シロワンミ氏は表情を引き締めた。

「誤解を与えるといけませんから、最初にいっておきます」それからカモシンを見つめた。「世の中、同じ経験をしても、人それぞれに受け取り方が違うといいますよね。深刻になる方もいらっしゃれば、笑い飛ばす方もいらっしゃる」

 弁解のようなことを並べるシロワンミ氏を、カモシンは遮った。

「わたしの場合、能天気。そうおっしゃりたいわけですね?」

「いえ、そうではなくて……」シロワンミ氏は苦笑いを浮かべた。

「他の方々も含めて、すべてが良い方向に進んで欲しい、そのような願望のようなものと思っていただければ……」

 しどろもどろといった感じで言葉尻を濁すシロワンミ氏。僕と同じように様子を眺めていたガウチがクスッと笑って、カモシンのわき腹を小突いた。

「いずれにしても、展開が変わるのは、同じ言葉だったときだけでしょ。あなたのあれは、誰も聞いたこともないようなセリフ。可能性としては、限りなくゼロに近い。それにシロワンミさんは、悪気があっていわれたわけではないでしょ。話を本筋に戻しましょ」

 笑顔のまま場を鎮めようとするガウチに、ベッキーが茶々を入れるようなことを口にした。

「でもあれが、新規の亡霊の声だった場合どうなるのかしら。あのセリフ中に、我々の常識を超えたものが隠されていたとしたら……」

「ちょっと待ってよ」カモシンが割って入った。「亡霊だなんて言葉、簡単に使わないで欲しいんだけど」

「あららら」ベッキーは面白がるような声で応じた。

「カモシン様の中では、誰もいない空間から聞こえてくる声は、常識の範囲内ってことになるわけでございますか?」

「まあまあ」シロワンミ氏が、差し出した片手をひらひらさせながらいった。

「その前に、答え合わせをしましょうか」

 シロワンミ氏がメンバーに加わったおかげで、傍観者に専念できるようになった僕は、笑いながらその様子を見守った。

「実をいいますと」シロワンミ氏は、自分のポストイットに両手を置いた。

「わたしが書いたのは、二種類です」

 シロワンミ氏がそういうと、カモシンは、先ほど僕が考えたことを口にした。

「つまり、空から聞こえてくる声は、二つなんですね」

 当然肯定の言葉を想像したが、シロワンミ氏は、なぜか意味ありげな笑みを浮かべた。

「それには、いろいろな説があるみたいなんです」それから彼はカモシンのポストイットに視線を移すと、間も置かずに訊いた。

「文字数だけ教えて頂けますか?」

 質問の仕方が気に入らなかったのか、カモシンは投げやりな口調で答えた。

「ご期待に添えそうもありません。たったの四文字です」

 意外なことに、シロワンミ氏は重要な証言を示された裁判官のような表情を浮かべると、右側のポストイットを指さした。

「なんとこっちの言葉も、四文字なんです」

 しかし、カモシンはもちろん、ベッキー、ガウチの表情にも変化は見られなかった。ちなみに僕自身も、三人と同じ反応。落ち着いた顔。シロワンミ氏の表情が曇ったのは、自分だけがテンションが高いことに気付いたからだろう。

「それでは、四文字側から開けてみます」

 事務的な声で彼がそういったとき、ふと思った。

 先ほどの面白くなりそうな展開というのは、どのようなものだったのだろう。

「あのう」

 僕は大きめの声で訊いた。

「もし、それとカモシンさんのものが同じだった場合、どのようなことが起きるんですか?」

 手の動きを止めたシロワンミ氏は僕に顔を向けると、考えるような目で「そうですねぇ」といった。

「人によっては、ショックを受けるかもしれませんから、結果が出てからの方がよろしいかと」

 その言葉が、誰に向けられたものかぐらいは、僕にでも分かった。

「ということです。どっちを選びますか?」

 カモシンに訊ねると、彼女は、何言っているのというような笑みを浮かべて胸を反らした。

「イギリスのサッチャー首相が、鉄の女といわれていた頃、ステンレスの女と呼ばれていたんです。このわたし」

 一瞬で場が和んだ。

「だった、だった、そうだった。ステンレスの女王様と呼ぶ人も大勢いたわよね、あの頃は」

 ガウチが歌うようにいい、ベッキーが、そうよ、そうよとうなずいた時点において、このあと、全員が固まるような事態が待ちかまえていることを予想した人間は、誰もいなかった。



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