9話 殿下からの正式な婚約の申し入れ
私はディラン殿下の腕に守られたまま馬車へ乗せられ、王太子宮へと連れ戻された。
自室へ戻ると、泣きそうな顔をした侍女のマリアさんたちが、手際よく着替えを用意してくれた。
心身ともにすっかり疲れ切っていたけれど、長年私を苦しめていた過去が消え去り、開放感に心が晴れ渡っていた。
身支度が終わり、侍女たちが退室すると、部屋の扉がノックされた。
「入ってもいいかい、エレナ?」
「あ……はい、ディラン殿下。どうぞ」
扉が開くと、私を心配そうに見つめるディラン殿下が入ってきた。
殿下はゆっくりとした足取りで私のソファに腰掛けると、私の手をそっと包み込んだ。
「気分はどうだい? どこか痛むところはないか?」
「はい。手当てをしていただきましたので、もう大丈夫です。……殿下、本当にありがとうございました。私を助けてくださって……私の名誉を取り戻してくださって……。あなたには、感謝しかありません」
私が深く頭を下げると、殿下は切なそうに顔を曇らせた。
「……君に謝らなければならない。君が一人でカールのもとへ向かっていたことに気づくのが遅れ、あんな恐ろしい目に遭わせてしまった。私は君を守りきれなかった……」
「そんなことありません! 私が一人で勝手に行動したのが悪いのです。殿下をお巻き込みしたくなくて……」
「君はどこまでも優しく、強い人だな」
ディラン殿下はふっと愛おしそうに目を和らげる。
そのサファイアの瞳には、かつて見たことがないほど熱い光が宿っているように思えた。
「エレナ。君に、ずっと伝えたかったことがあるんだ」
「え……?」
「最初は……確かに君の言う通り、縁談を避けるためという口実で君を王宮へ連れてきた。だが、次第に私の心は、君に奪われていったんだ」
その言葉に、私の心臓がドクンと音を立てた。
殿下の低くも凛とした声が、私の心ごと震わせていく。
「君の強さ、分け隔てのない優しさ。そして、努力を惜しまない健気さ、そして花のような笑顔……。知れば知るほど、私は君から目が離せなくなっていった。今日、君がさらわれたと知った時、私は正気を失うかと思った」
「殿下……それって……」
「契約などという偽りの関係は、今日で終わりにしたい」
ディラン殿下はソファから静かに立ち上がると、私の前に優しく片膝をついた。
彼は私の手を取り、迷いなく私の目を見つめる。
「エレナ・フォンテーヌ。生涯をともに歩む王太子妃として、私と正式に婚約してくれないだろうか。私のすべてをかけて、君を一生愛し、幸せにすることを誓う」
殿下のサファイアの瞳には、嘘偽りのない本気の感情が見て取れた。
あまりの熱量に、呼吸が乱れそうになる。
(……夢じゃない……?)
悪女と蔑まれ、誰からも愛されず、冷たい闇の中にいた。
ディラン殿下、そんな私を見つけ出し、温かな場所へ連れ出し、命がけで守ってくれた。
諦めようとしていた私の密かな恋心が、涙となってこぼれ落ちる。
「ディラン殿下……っ。私なんかが、殿下の隣にいてもよろしいのでしょうか……? 悪女と呼ばれていた私で……」
「君を悪女と呼ぶ者など、もうこの国には一人もいないよ。君は誰よりも美しく、誇り高い私だけの一輪花だ」
殿下は愛おしそうに、私の涙を指先でぬぐってくれた。
私は息を整え、彼のサファイアの瞳を見つめ返す。
「……私でよろしければ……喜んで、殿下の婚約者にならせていただきます……! 私も、殿下のことが……大好きです」
私の答えを聞いた瞬間、太陽のようにまぶしく、幸せそうな笑顔が彼の顔に咲き誇った。
「ありがとう、エレナ……! 愛しているよ」
殿下は私を引き寄せ、優しく抱きしめてくれた。
何よりも強い腕の力、服越しでも分かる温もり、耳元で聞こえる鼓動。
私を苦しめていた過去はすべて彼方へ消え、幸福感が私を満たしていく。
こうして、私は違和感を感じることなく、最高に幸せな形で区切りを迎えたのだった。
ここまでご愛読ありがとうございます。
次回からヤンデレの部です。
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