14話 束縛と偏愛の理由
太陽の光をさえぎられたその部屋は、昼でも夜でも薄暗く、蝋燭の灯りだけが室内を照らしていた。
足首にはめられた銀の鎖。
一度、部屋の扉に向かって逃げ出そうとしたことがあった。
だが、扉に手を掛けようとした瞬間、吐き気のするような倦怠感が全身を遅い、私はその場に崩れ落ちてしまった。
(どのくらいの時間が経ったのかも分からない。日付の感覚もあいまいだわ……)
体の自由も、太陽の光を見る権利も、すべてをもぎ取られた監禁生活に果てはない。
この部屋を訪れるのは、ごくわずかな人間だけだった。
執務の合間を縫っては、甘く歪んだ情愛をたたえて私を抱きしめにやってくるディラン殿下。
そして、私の世話をしにやってくる侍女のマリアさんと、側近のセバスさんだけだ。
「エレナ様、温かいスープをお持ちいたしましたわ」
静寂の満ちる室内へ、マリアさんが食事を運んできてくれた。
テーブルに並べられるのは、誰もが羨むような最高級の料理だ。
けれど、喉を通るものは何一つない。
日に日に胸を押し潰していくのは、閉塞した絶望と、ディラン殿下に対する計り知れない恐怖だった。
「……マリアさん」
「はい、エレナ様」
私は震える声で、ずっと胸の奥によどみのように溜め込んでいた本音を、絞り出すようにぶちまけてしまった。
「あのお方は……ディラン殿下は狂ってます……! 私を罠に嵌め、こんな暗い部屋に閉じ込めて……どうして、彼は平然と笑っていられるのですか!? 私、もう……殿下が怖くて……っ」
涙をこぼしながら怯える私に対し、マリアさんは責めるでもなく、ただ哀しげに目元を伏せた。
そして、優しく私の膝の上に手を置く。
「……エレナ様。お辛いお気持ちは、重々承知しております。ですが、どうかこれだけは信じてくださいませ。殿下は……決して悪いお方ではございません」
「そんな……! こんな恐ろしいことをしておいて、悪人ではないなんて……!」
「私は……身寄りのないただの孤児でした」
マリアさんは昔を思い出すように遠い目をして、静かに語り始めた。
「路頭に迷い、凍え死にそうだった小さな私を拾い上げ、教育を与え、この王太子宮で働けるように居場所をくださったのは、他ならぬディラン殿下なのです。あのお方は、困っている民や弱い者に、誰よりも寄り添ってくださいます」
「……それは……」
「殿下は幼い頃から完璧な王太子であることを義務付けられ、ご自分の感情を殺して生きてこられました。そんな殿下が……生まれて初めて、年相応に笑い、なりふり構わず執着されたのは……エレナ様、あなただけなのです」
マリアさんの言葉に、私の胸が辛いほど締めつけられた。
頭に浮かんだのは、お忍びで訪れた孤児院で見せた、ディラン殿下の姿。
子供たちに囲まれ、膝の上に小さな子を乗せて絵本を読み聞かせていた時の、あの温かな眼差しは演技などではないように思えた。
(あの時の殿下の笑顔は……民を想うあの優しさは、きっと偽りや演技じゃない……)
あの慈しみがあったからこそ、私は彼を尊敬し、恋心を抱いたのだ。
(なら……なぜ? どうして、彼はこんなことをするの……?)
根はそんなにも慈悲深く温かな人が、どうして私に対してこんなむごい真似ができるのだろう。
二つのディラン殿下の姿が、頭の中で背合わせとなっている。
マリアさんの話で、私は底なしの混乱へと沈んでいった。
「失礼いたします、エレナ様。マリア、殿下が執務室でお呼びだ」
そこへ、重苦しい扉を開けて入ってきたのはセバスさんだった。
マリアさんは私に一礼し、セバスさんと入れ替わるようにして部屋を出て行った。
室内には、私とセバスさんの二人だけが残される。
セバスさんはテーブルの上の手を付けていない料理に、悲しげに視線を落とす。
彼は心配そうな面持ちで私の前に歩み寄り、そっと身をかがめて膝をついた。
「エレナ様。マリアとのお話を、不躾ながら扉の前でお聞きしてしまいました」
「セバスさん……」
「殿下がなぜ、これほどまでに歪んだ方法でしかエレナ様を愛せないのか……その理由を、私からお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……理由……?」
セバスさんは深い嘆息を吐きながら、沈痛な顔色のまま語り始めた。
「ディラン殿下の実のお母上……王妃様は、政略結婚を心底恨んでおられるお方でした。意に沿わぬ婚姻によって生み落とされた殿下を、王妃様は忌々しく思い、ひどく冷遇されたのです」
「え……?」
「一度抱きしめることすらなく、目も合わせず、幼い殿下に向かって『生まれてこなければ良かったのに』と吐き捨てられる日々。……殿下は、実の母親からただの一度も愛されたという記憶をお持ちではないのです」
聞いているだけで胸をえぐられるような、凍えるような悲痛な過去。
幼い頃のディラン殿下の心中を想像してしまい、私は思わずセバスさんから目を背けてしまった。
「殿下は、誰からも存在を許されない、という不安に囚われ、ご自身を追い詰めてこられました。……そのため殿下は、正しく人を愛する方法も知らないまま、大人になられたのです」
セバスさんは悲しげな色を瞳に浮かべ、私を見つめた。
「あ…………」
頭の中で、ディアス殿下の狂気じみた行動が、点と点が線で結ばれた。
私を追い詰めるために、何年もかけて張り巡らされた罠。
そして、この鎖と監禁。
それらはすべて、彼が冷酷な悪魔だからではなかった。
(そうだったのね……だから、あんなにも……)
私を縛り付ける、あの凍えるようなサファイアの瞳の奥に潜んでいたもの。
傷だらけで孤独な一人の青年の、凍土の荒野を歩くような渇きだったのだ。





