11話 疑問は真実へと変わる
扉がゆっくりと押し開かれた。
そこに立っていたのは、いつものように柔和で、美しい微笑みをたたえたディラン殿下だった。
「温かい紅茶を用意させたよ。……どうしたんだい、エレナ?」
「い、いえ……ありがとうございます……」
殿下の後ろから、侍女のマリアさんが紅茶を運び入れてくる。
カチャリ、とティーセットがテーブルに置かれる音が、鼓膜の奥まで響き渡った。
「……マリア。少し席を外してくれないか? エレナと二人きりで話がしたいんだ」
「かしこまりました。外に控えておりますので、いつでもお呼びくださいませ」
殿下に命じられた通り、マリアさんは一礼して部屋の外へ下がっていく。
扉が閉じられた瞬間、部屋は静寂へと沈み込んだ。
私と殿下、二人だけの閉ざされた空間が作り上げられる。
「……エレナ、何かあったのかい?」
「え……!?」
「顔色がとても悪いように見える。何か悩み事でも……不安になることでもあったのだろうか?」
心配そうな殿下の顔を、私は盗み見るように観察した。
そこにあるのは、見慣れたはずの優しくあたたかな笑みだ。
けれど今の私には、それが精巧に作られた仮面のように見えて恐ろしい。
「エレナ、君を煩わせるものがあるのなら、何でも言ってほしい。私ができる限り……その原因を、この世から排除すると誓おう」
今までの彼に、あまりにも似つかわしくない、冷ややかな言葉の重みが胸を揺らす。
私の心臓が、嫌な音を立てた。
殿下はソファに腰を下ろすと、私の隣で慈しむような眼差しで私の顔をのぞき込んでくる。
(……これは私の単なる推測だわ。書類の計算ミスのように、どこかで私が間違っているのかもしれない……!)
祈るような気持ちで、私は覚悟を決める。
目の前にある澄んだサファイアの瞳を、恐ろしさをこらえて見つめ返した。
「ディラン殿下……。あの夜会、私と初めて会った時……殿下はなぜ、私の名前を知っていらしたのですか?」
紅茶カップへと伸ばされかけていた殿下の指先が、ピタリと止まる。
いつも変わらない微笑みに、ほんのわずかな陰りが落ちたように見えた。
「……この国の王太子として、主要な貴族の顔と名前を把握していただけだよ」
もっともな言い分だ。
王太子としての義務を果たしていたと言われれば、何の矛盾もないし、不思議がることもない。
だが、私の思考は、一度見つけてしまった不協和音をもう誤魔化すことができなかった。
「そうですか……。では、私が実家で冷遇されていたかを知っていたのは、なぜですか?」
「それは……」
「殿下は、あの夜に私と会った最初から……カールが私を意図的に貶めていたこともご存知でした。社交界では、誰もが私が悪女だと信じ込んでいたはずです。どうして……殿下がそれをお知りになられていたのですか……?」
お願いだから、理由を言ってほしい。
私の疑いなど、妄想に過ぎなかったと笑い飛ばしてほしい。
呼吸を浅くして次の言葉を待つ私に対し、ディラン殿下は、静かに息を吐いた。
「そうか。……君は、気づいてしまったんだね」
目の前の美しい唇が、自嘲するように吊り上がる。
サファイアの瞳から光が消え去り、そこには底知れない暗闇と、狂おしいほどの熱量だけが残されていた。
私の疑問が真実だと肯定するように、サファイアの瞳に濁りを入り混じらせた。





