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『青の姫君の森暮らし 〜化け物と恐れられた公爵令嬢は、今日も畑を耕します〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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99/101

第99話 青の姫君、育たないものの代わりを急いで植えない



 森へ帰ってから、九度目の朝。


 夜明け前の森には、薄い風が吹いていた。


 強く枝を揺らすほどではない。高い場所で重なった葉の端だけを細かく震わせ、その隙間に溜まっていた夜露を、ときどき土へ落としている。


 窓の外は、まだ青みを帯びた灰色だった。


 遠くの木々は影の塊に見え、畑の柵も、曲がった輪郭だけが薄暗がりの中へ浮かんでいる。小石で囲んだ赤い実の場所までは見えなかったが、風に押された草の先が揺れるたび、その向こうに何かが動いたように錯覚した。


 フローラは寝台の中で目を開き、毛布の端を胸元まで引き上げた。


 昨日。


 赤い実を埋めた場所へ、あと七日という観察期間を置いた。


 芽が出なかったら掘る。


 そう決めたわけではない。


 掘らずに次の種を植える。


 それも決めていない。


 ただ、いつまでも「まだ出ない」と言い続けないために、もう一度考える日を決めた。


 七日のうち、一日目が終わった。


 今朝は、二日目。


「芽が出ているかもしれません」


 期待が先に出た。


 フローラは、それをすぐに打ち消さなかった。


 出ていてほしい。


 子どもたちが拾った実。


 王都へ向かう前に埋めたもの。


 帰ってくる目印だと言われたもの。


 自分が森へ戻ったあとも、ずっと土の中へ残っているもの。


 芽が出れば、嬉しい。


 その気持ちは、悪くない。


「でも、出ていないかもしれません」


 今度は、反対側の言葉を置く。


 昨日と同じ。


 土だけ。


 小石の円。


 表面に変化なし。


 そうであっても、失敗とは決めない。


「今朝、見てからです」


 いつもの言葉。


 けれど、昨日までと少し違った。


 見る前に、不安だけを抑えるための言葉ではない。


 期待もある。


 期待が外れるかもしれないことも含めて、それでも見るための言葉。


     ◇


 フローラは寝台を降り、窓辺へ近づいた。


 掛け金へ手をかける前に、耳を澄ませる。


 小川。


 葉。


 遠い鳥の声。


 結界。


 異常なし。


 鳥笛。


 なし。


「おはようございます」


 窓を開ける。


 冷たい風が部屋へ流れ込み、机の上へ置かれていた小さな紙の端を揺らした。


 昨日、花守り布へ入れず、机へ残した言葉。


『あと七日、表面を見る。』


『七日後に掘ることを決めたわけではない。次の扱いを考える。』


 風で一枚目が少しめくれ、二枚目の文字が見えた。


 フローラは紙へ手を置く。


「今日は、二日目です」


 赤い実へ。


 まだ見えない土へ。


 そして、自分へ伝える。


     ◇


 窓辺の花守り箱は、昨日閉じたままだった。


 中には、紙へ包んだキズナの花びらが一枚入っている。


 白に近くなり、縁が少し欠けた花びら。


 拾った時の形を完全には残さなかった。


 それでも。


 一枚は残った。


 フローラは箱の蓋へ手を伸ばしかけ、止めた。


 昨日、皆で見た。


 今朝、もう一度開く必要はない。


「今日は、開けません」


 隣。


 白鈴草の種袋。


 王都から持ち帰ったもの。


 昨日も、蒔かなかった。


 赤い実が芽を出さないから、その代わりとして植えることはしない。


 白鈴草を植える日は、白鈴草のために決める。


 そう言った。


 けれど。


 今朝。


 種袋を見た瞬間。


 胸の中へ別の考えが浮かんだ。


 赤い実が芽を出さない間に、何か新しいものを育てたい。


 空いた場所。


 動かない土。


 変化のない小石の円。


 その隣へ。


 白い花の種を蒔けば。


 毎日。


 芽を待てる。


 赤い実だけを見なくて済む。


「それは」


 フローラは、種袋から手を離した。


「白鈴草のためではありません」


 赤い実を待つ不安を。


 別の種で埋めたい。


 それだけ。


「今日は、まだ蒔きません」


 昨日と同じ結論。


 でも。


 理由が少し増えた。


 待たせているのではない。


 自分の不安の代わりに使わないため。


     ◇


 顔を洗い、髪を梳く。


 花守り布を広げる。


 昨日持ち歩いた言葉は四つ。


『左右の下葉を失っても、オカエリは残っている。』


『切り口が乾いたことへ安心してよい。』


『完璧には残らなかった。けれど、一枚は残った。』


『芽が見えない土へ、出るとも出ないとも先に決めない。』


 フローラは一枚ずつ読み返した。


 オカエリ。


 今日も見る。


 切り口。


 上葉。


 新芽。


 土。


 昨日。


 夕方まで大きな悪化はなかった。


 上葉の角度が朝より下がって見えたが、光と観察方向が違った。


 触れた時の張りは残っていた。


 今日。


 朝の同じ方向。


 同じ時間に近い状態で。


 見られる。


「今日は、昨日の朝と比べます」


 完全に同じ光ではない。


 風も違う。


 自分の目の位置も、少し違う。


 でも。


 夕方よりは。


 比較しやすい。


 キズナの花びらの紙は、今日は家へ残す。


 花守り箱に入っているものを、外へ持ち出す必要はない。


 代わりに。


 赤い実の言葉。


 持っていく。


 そして。


 空いた袋へ。


 白鈴草のための言葉を書くか。


 フローラは筆を取る。


『白鈴草を、赤い実の代わりには植えない。』


 書いたあと。


 少し強い気がした。


 代わりにしない。


 それは必要。


 でも。


 白鈴草が何かの代わりになることを拒むだけでは。


 白鈴草自身のことがない。


 フローラは、その下へ書き足した。


『白鈴草を植える日は、白鈴草の育つ場所と、私が見られる時間を考えて決める。』


 種。


 場所。


 時間。


 それを見て。


 決める。


 花守り布へ入れる。


 今朝の言葉は、四つ。


 重すぎない。


     ◇


 朝食の部屋へ行くと、リオが窓辺に立っていた。


 今日は、丸い石へ触れていない。


 代わりに。


 机へ置かれた二つの木片を見ている。


 一つは短く、太い。


 もう一つは長く、細い。


「何をしていますか」


「どっちが重い」


「持ってみましたか」


「まだ」


「見て決めようとしているのですか」


「うん」


 フローラは、二つの木片を見る。


 長い方が大きく見える。


 でも。


 短い方は太い。


 木の種類も違うかもしれない。


「どちらだと思いますか」


「長い方」


「なぜですか」


「大きい」


「昨日の豆と同じですね」


 リオは少し嫌そうな顔をした。


「また面倒」


「持てば分かるかもしれません」


 リオは両手へ一つずつ持つ。


 腕を少し上下させる。


 眉を寄せる。


「こっち」


 短く太い方を上げた。


「重いですか」


「うん」


「長い方ではありませんでした」


「うん」


「見た時は?」


「長い方」


「持ってみたら?」


「短い方」


「では」


 フローラは、自分も一つずつ持ってみた。


 短い木片。


 確かに重い。


 長い方は乾いて軽い。


「私も、短い方が重く感じます」


 リオは木片を机へ戻す。


「見た目、違う」


「はい」


「赤い実も?」


 突然。


 リオが言う。


 フローラは少し驚いた。


「何がですか」


「土。何もない」


「はい」


「でも、中」


「見えません」


「見た目だけじゃ分からない」


「はい」


「じゃあ掘る?」


 すぐには。


 そこへ行かない。


「今は掘りません」


「持てないから?」


「土の中の実を、持って比べることはできません」


「掘れば」


「掘ることで、変化を壊すかもしれません」


「じゃあ見えない」


「はい」


「面倒」


「はい」


 見えないものを。


 見えないまま待つ。


 木片より。


 難しい。


     ◇


 朝食は、薄いパンと豆の煮込み、それに昨夜から残していた小さな芋だった。


 リオは芋を半分へ割り、中を見た。


「白い」


「芋ですから」


「外、茶色」


「はい」


「中、白」


「はい」


「赤い実も中、違う?」


「違う可能性はあります」


「腐ってるかも」


「はい」


「芽あるかも」


「はい」


「どっち」


「分かりません」


 リオは芋を一口食べた。


「芋は分かった」


「切ったからです」


「赤い実も切る?」


「切りません」


「なんで」


「芋は、食べるために切りました。赤い実は、芽を出すか見るために埋めました」


 目的。


 違う。


 切れば。


 中は見えるかもしれない。


 でも。


 芽を出す可能性は失う。


「見るために、全部開けなくてよいです」


 フローラが言うと、リオは芋を見た。


「これは開けた」


「食べるためです」


「うん」


     ◇


 食事を終え、器を片づける。


 フローラは昨日読まなかった観察帳の六日目へ目を向けた。


 紙束。


 王都へ行っていた間。


 村の皆が書いた記録。


 昨日は、言葉が多かったから読まなかった。


 今日。


 朝。


 畑へ行く前に読むか。


 少しだけ迷う。


 六日目。


 自分が王都で。


 何をしていた日だろう。


 国王陛下へ。


 母様へ。


 父様へ。


 どのあたりか。


 正確には、すぐ浮かばない。


 森の記録と。


 王都の記憶が。


 重なるかもしれない。


「今、読みたいですか」


 ミナが尋ねる。


 フローラは紙束へ手を置いた。


 少し。


 読みたい。


 でも。


 オカエリと赤い実を。


 先に見たい。


「畑から戻って、食事のあとにします」


「はい」


 期限を決める。


 でも。


 昼に疲れていたら。


 また読まないかもしれない。


「読む予定にします」


 決定ではない。


 予定。


     ◇


 結界へ。


 ガルド。


 エマ。


 サム。


 そして。


 もう一つ。


 子ども。


 複数。


 今日は、皆で来ているらしい。


 フローラは戸を開けた。


「おはようございます」


「おはようございます!」


 エマ。


 サム。


 ルル。


 トト。


 ニコ。


 リーナ。


 全員。


 朝から揃っている。


「今日は、早いですね」


「赤い実!」


 トトが言う。


「芽?」


「出たか見たい!」


「皆さんも、まだ見ていないのですか」


 ガルドが答える。


「遠くからは確認しましたが、小石の円へは近づいておりません」


「変化は?」


「離れた位置では、分かりませんでした」


「ありがとうございます」


 子どもたち。


 見たかった。


 でも。


 待った。


 フローラと一緒に。


「では、行きましょう」


     ◇


 森の道。


 朝の光。


 昨日より。


 少し強い。


 雲。


 薄い。


 風。


 弱い。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 右切り口。


 四歩。


 左切り口。


 五歩。


 上葉。


 六歩。


 新芽。


 七歩。


 土。


 八歩。


 キズナ。


 九歩。


 赤い実。


 十歩。


 白鈴草。


 今日は。


 白鈴草も。


 畑で場所を見る。


 蒔かない。


 でも。


 場所を。


 考える。


「十」


 リオが言う。


「はい」


「昨日も十」


「昨日は、違う十です」


「同じ数」


「見るものが違います」


「同じ十、違う中」


「はい」


     ◇


 畑へ着く。


 朝露。


 葉。


 土。


 新しい柵。


 オカエリ。


 キズナ。


 赤い実。


 皆。


 いつもの場所にある。


 まず。


 フローラは、赤い実へ行かなかった。


 子どもたちの視線が、小石の円へ向いている。


 自分も。


 早く見たい。


 でも。


 見る順番。


 昨日まで。


 オカエリを最初にしている。


 傷。


 切り口。


 上葉。


 新芽。


 今。


 変化の可能性が高い。


「オカエリから見ます」


 トトが、少し残念そうにした。


「赤い実、逃げない」


 エマが言う。


「はい」


 フローラは頷く。


「待っていてください」


     ◇


 オカエリ。


 遠くから。


 見る。


 上葉。


 昨日夕方より。


 少し上。


 昨日の朝と。


 似た角度。


 でも。


 完全には。


 同じではない。


 新芽。


 さらに開いている。


 二枚の小さな葉。


 片方。


 まだ小さい。


 でも。


 昨日より。


 輪郭。


 分かる。


「開いてる」


 ルル。


「はい」


「下がってない」


 エマ。


「今朝は、昨日の夕方より上です」


 光。


 東。


 昨日の朝。


 同じ方向。


 比較。


「昨日の朝とは?」


 サム。


 絵。


 出す。


 昨日朝。


 上葉。


 今日朝。


 少し。


 同じくらい。


 新芽。


 今日。


 大きい。


「上葉の角度は、大きな差がないように見えます」


「新芽は?」


「開いています」


     ◇


 右切り口。


 四日目。


 薄い緑褐色。


 乾燥。


 黒変なし。


 汁なし。


 左切り口。


 三日目。


 昨日より。


 色。


 少し濃い。


 乾燥。


 周囲。


 緑。


 黒変なし。


 匂い。


 なし。


「二つとも、悪い変化は見えません」


 フローラ。


 声。


 少し。


 緩む。


 エマ。


 近く。


 見る。


「はい」


 ガルド。


「夜間も、変化はありませんでした」


「ありがとうございます」


     ◇


 上葉。


 昨日の白い跡。


 増えていない。


 新しい虫。


 なし。


 裏。


 卵らしいもの。


 なし。


 葉脈。


 緑。


 張り。


 ある。


 新芽。


 先端。


 緑。


 片方。


 少し内側へ巻いている。


「これは」


 フローラ。


 近づく。


 巻き。


 虫。


 隠れていない。


 変色。


 ない。


「開く途中の形かもしれません」


 エマ。


「触りますか」


 フローラは少し考える。


 触れば。


 柔らかい葉。


 傷。


「今日は、触りません」


 巻いている。


 でも。


 色。


 問題なし。


 虫。


 なし。


 見える範囲。


 記録。


「明日、形を比べます」


     ◇


 茎。


 触れる。


 一度。


 張り。


 昨日と。


 大きな差。


 ない。


 土。


 表面。


 少し乾く。


 第一関節。


 湿り。


 第二。


 湿り。


 昨日朝。


 少量給水。


 今日。


 不要。


「水なしです」


 エマ。


「昨日と同じ?」


「昨日は、水を与えました」


「今日は与えない」


「はい」


「同じ朝でも」


「土が違います」


     ◇


 記録。


『オカエリ。右下葉切除部四日目、左下葉切除部三日目。両切除部乾燥継続。黒変・滲出・異臭なし。』


『上葉は前日朝と大きく変わらない角度。葉色・張り良好。白色跡は拡大・増加なし。葉裏に虫・卵様物なし。』


『新芽は前日より開き、小葉二枚の輪郭が明瞭。片方は小さく、先端が僅かに内巻き。変色・虫害なし。触れず、翌朝比較。』


『土壌は第一関節下に湿りあり。給水なし。』


 最後。


『下葉がない姿に、昨日より目が慣れた。慣れたことと、失ったことを忘れることは別。』


 フローラは。


 その一文を。


 少し長く見た。


 見慣れる。


 痛み。


 薄れる。


 それは。


 大切でなかったことになるのか。


 違う。


 暮らしが。


 続く。


 目が。


 新しい形を受け取る。


     ◇


 キズナ。


 花のあとの膨らみ。


 昨日より。


 少し。


 下へ。


 垂れている。


 重くなったのか。


 茎が柔らかくなったのか。


 色。


 緑。


 筋。


 三本。


 さらに。


 もう一本。


 薄い線。


 見える。


「四本?」


 サム。


「薄いものを含めれば」


「昨日三本」


「はい」


「増えた?」


「昨日は、見えなかっただけかもしれません」


「今日できたかも」


「はい」


「どっち」


「分かりません」


 いつもの。


 笑い。


「重い?」


 リオ。


「昨日より、下を向いています」


「種あるから?」


「可能性があります」


「開ける?」


「開けません」


「いつも」


「はい」


     ◇


 膨らみの根元。


 少し。


 細い。


 色。


 緑。


 乾いていない。


 周囲の葉。


 良好。


 土。


 湿り。


 十分。


「今日は、見るだけです」


 記録。


『キズナ。花後六日目朝。花後部は前日より僅かに下向き。膨らみの筋は明瞭三本、薄い線一つを追加確認。色は緑。根元の乾燥なし。内部未確認。』


     ◇


 そして。


 赤い実。


 子どもたちの身体が。


 一斉に。


 小石の円へ向く。


 フローラは。


 少し離れた場所で。


 まず。


 立ち止まる。


 小石。


 白。


 灰。


 茶。


 青。


 崩れていない。


 土。


 表面。


 昨日と。


 ほとんど。


 同じ。


 でも。


「待って」


 エマが。


 小さな声。


 指を差す。


 円の中央より。


 少し外。


 小さな。


 細い。


 何か。


 土の表面へ。


 出ている。


 フローラの胸が。


 強く鳴る。


「芽?」


 トト。


 前へ出そうになる。


「止まってください」


 フローラ。


 声。


 少し強い。


 子どもたち。


 止まる。


 細いもの。


 白。


 緑ではない。


 長さ。


 爪の先ほど。


 土から。


 斜めに。


 出ている。


 芽。


 かもしれない。


 根。


 かもしれない。


 小さな草の枯れた茎。


 虫の抜け殻。


 分からない。


「近くで見ます」


 フローラは。


 ゆっくり。


 しゃがむ。


 小石。


 またぐ。


 踏まない。


 顔を。


 近づける。


 白いもの。


 先端。


 少し。


 茶色。


 表面。


 固い。


 芽のような。


 柔らかな形ではない。


 土へ。


 つながっているようにも見える。


「板をお願いします」


 影。


 光。


 角度。


 変える。


 白いもの。


 細い。


 曲がっていない。


 先端。


 尖っている。


「触らない?」


 エマ。


「今は、触りません」


「芽?」


「まだ分かりません」


 周囲。


 息。


 止まる。


「芽だったら?」


「触れれば、傷つけるかもしれません」


「枯れ草だったら?」


「あとで分かります」


 待つ。


     ◇


 サム。


 絵。


 描く。


 小石。


 円。


 中央から。


 少し外。


 白い線。


「赤い実の真上?」


「真上かは分かりません」


「埋めた場所」


 子どもたち。


 思い出す。


 穴。


 中央。


 赤い実。


 置いた。


 土。


 戻す。


 白いもの。


 少し外。


「芽なら、真上から出ないこともあります」


 ガルド。


 言う。


「土の中で曲がることがあります」


「では芽?」


「可能性です」


 フローラ。


 胸。


 期待。


 大きく。


 上がる。


 芽。


 出た。


 そう。


 言いたい。


 子どもたち。


 喜ぶ。


 自分。


 嬉しい。


 でも。


「芽とは、まだ記録しません」


 言う。


 声。


 少し震える。


「白い突起が一つ、土の表面に見えたと書きます」


「芽じゃない?」


 トト。


「芽かもしれません」


「じゃあ芽」


「まだです」


「なんで」


「芽だと決めたあと、違った時」


 胸。


 少し。


 痛む。


「何もなかったことを、失ったように感じるからです」


 芽。


 出た。


 喜ぶ。


 明日。


 枯れ草。


 虫。


 そう分かる。


 その時。


 芽が死んだ。


 そう。


 思ってしまうかもしれない。


 最初から。


 芽ではなかったのに。


「今あるものを、今ある形で見ます」


 白い突起。


 それだけ。


     ◇


「水は?」


 エマ。


「与えません」


「芽かもしれないのに?」


「土を見ます」


 第一関節。


 小石の外側。


 そっと。


 入れる。


 湿り。


 ある。


 第二。


 十分。


「水は足りています」


「芽だったら」


「今の湿りで待ちます」


「出てくる?」


「分かりません」


     ◇


 リーナ。


 小さな声。


「縫う?」


 花守り布へ。


 白い芽。


 まだ。


 縫わない。


 キズナの時。


 蕾。


 花。


 道。


 刺繍。


 でも。


「今日は、記録だけにします」


「芽じゃないから?」


「芽かもしれません」


「じゃあ」


「分かってからではなく」


 フローラ。


 少し考える。


「分からないままでも、縫うことはできます」


「なら」


「でも、今日は糸にする前に、一日見たいです」


 リーナ。


 頷く。


「明日?」


「明日、また考えます」


     ◇


 記録。


『赤い実。追加観察期間二日目朝。小石円中央より僅かに外側で、白色の細い突起一つを確認。長さは爪先未満。先端は淡褐色。芽・根・枯れた植物片・虫由来物など、現時点で判別不能。触れず。』


『表土下に湿りあり。給水なし。』


『芽であってほしい気持ちはある。記録上は芽と決めない。白い突起として翌朝まで観察する。』


 最後。


 サム。


 別の板へ。


『出たかもしれない。』


 書く。


 フローラは見る。


「よいと思います」


「芽って書かない?」


「はい」


「でも、出たかも」


「はい」


 期待。


 消さない。


 断定。


 しない。


     ◇


 子どもたち。


 赤い実の周り。


 遠く。


 座る。


 見る。


「動いた?」


「動かない」


「虫じゃない?」


「風でも動かない」


「草?」


「白い」


「根?」


「根は下」


「上に出ることもある?」


「分からない」


 声。


 重なる。


 フローラは。


 止めない。


 考える。


 言う。


 でも。


 触らない。


 それが。


 守られている。


     ◇


 白鈴草。


 今日は。


 畑の中で。


 植える場所を考える。


 フローラは。


 現在の畝。


 見る。


 青豆一号。


 アオジロウ。


 ムラマル。


 モリタン。


 オカエリ。


 赤い実。


 キズナは。


 共同畑。


 白鈴草。


 王都。


 白い花。


 湿り。


 日当たり。


 庭師。


 少量の種。


 森。


 どこ。


「日向?」


 エマ。


「王宮では、午前中に光が当たり、午後は少し影になる場所でした」


「ここ?」


 畑の東側。


 朝。


 光。


 昼。


 木陰。


 でも。


 雨。


 溜まりやすい。


「水が多いかもしれません」


「鉢?」


 サム。


「最初は、小さな鉢がよいと思います」


「畑じゃない?」


「土を変えられます」


「王都の土?」


「王都の土はありません」


 持ってきていない。


 森の土。


 でも。


 畑の土。


 腐葉土。


 砂。


 少しずつ。


 混ぜる。


「三つの鉢?」


 エマ。


「三粒?」


「一つの鉢に三粒ではなく」


 フローラ。


 考える。


 三粒。


 全部。


 同じ鉢。


 芽。


 一つ。


 二つ。


 出た。


 根。


 競う。


 分ける。


 難しい。


「小さな鉢を三つ」


「全部同じ土?」


 サム。


「最初は、同じ土にします」


「なんで」


「芽が出るかを見るためです」


「違う土も?」


「最初から条件を増やすと、見るものが多くなります」


「三粒だけ?」


「はい」


「残りは?」


「種袋で待ちます」


 全部。


 蒔かない。


 最初。


 三粒。


 三鉢。


 同じ土。


 同じ場所。


 でも。


 鉢。


 少しずつ。


 光。


 違うかもしれない。


 完全に。


 同じ。


 できない。


「今日、作る?」


 エマ。


 フローラ。


 胸。


 白い突起。


 赤い実。


 期待。


 白鈴草。


 植える。


 今日。


 同時。


「今日は、鉢と土だけ用意します」


「種は?」


「明日の朝、今の状態を見てから考えます」


「赤い実が芽だったら?」


 トト。


「それと白鈴草は別です」


「じゃあ今日蒔いても」


「今日は、赤い実の白いものを見つけて、気持ちが大きく動いています」


 嬉しい。


 期待。


 だから。


 そのまま。


 新しい種を蒔く判断へ。


 つなげない。


「嬉しいから蒔く?」


「それを避けます」


「明日なら?」


「明日の私へ聞きます」


     ◇


 ガルド。


 小屋の裏。


 空いている鉢。


 三つ。


 持ってくる。


 村から。


 以前。


 薬草用。


 もらったもの。


 欠け。


 一つ。


 でも。


 穴。


 ある。


 使える。


「同じ大きさ?」


 サム。


「ほぼ」


「一つ欠けてる」


「はい」


「違う」


「完全には同じではありません」


「じゃあ比べられない?」


「記録します」


 一番左。


 縁。


 欠け。


 中央。


 良好。


 右。


 底穴。


 少し大きい。


「水の抜け方が違うかもしれません」


「同じ鉢じゃない」


「はい」


「どうする」


 フローラ。


 考える。


 村の木工職人へ。


 同じ鉢を。


 三つ。


 作ってもらう。


 時間。


 かかる。


 今あるもの。


 使う。


 でも。


 条件。


 違う。


「最初の試しは、一鉢に一粒だけにします」


 子どもたち。


「一粒?」


「はい」


「三粒じゃない?」


「同じ条件の鉢を三つ用意できないためです」


「一個だけ出なかったら?」


「それだけでは、白鈴草が森で育たないとは決めません」


「じゃあ二個」


「まだ、鉢が違います」


「大変」


「はい」


 フローラは、欠けの少ない中央の鉢を選ぶ。


「最初は、一粒」


 残り。


 種袋。


 待つ。


 芽。


 出る。


 出ない。


 次。


 また。


 条件。


 考える。


     ◇


 土。


 森の畑。


 同じ。


 でも。


 鉢へ。


 入れる。


 底。


 小石。


 土。


 少し。


 腐葉土。


 混ぜる。


 量。


 記録。


 フローラ。


 サム。


 書く。


『白鈴草試験鉢一。村の素焼き鉢。縁・底穴に大きな欠損なし。底へ小石三つ。畑土三、腐葉土一。まだ播種しない。』


 トト。


「三と一?」


「おおよその量です」


「秤」


「使っていません」


「正確じゃない」


「はい」


「大丈夫?」


「次に同じものを作る時、完全には同じにできません」


「じゃあ」


「今回は、最初の一鉢として記録します」


 試す。


 でも。


 完璧な実験ではない。


 畑。


 暮らし。


 できる範囲。


「水は?」


「今日は、土を馴染ませるために少量」


 種。


 まだ。


 ない。


 水。


 ゆっくり。


 土。


 沈む。


「明日、湿りを見ます」


     ◇


 赤い実の隣へは。


 置かない。


 小屋の東側。


 朝光。


 午後。


 影。


 風。


 少し。


 当たる。


 屋根の雨水。


 直接。


 落ちない。


 そこへ。


 試験鉢。


 置く。


「赤い実、こっち」


 エマ。


「はい」


「白鈴草、家」


「はい」


「代わりじゃない」


「はい」


 場所。


 分ける。


 見る時間。


 分ける。


     ◇


 観察を終える。


 赤い実の白い突起。


 まだ。


 変わらない。


 子どもたち。


 何度も。


 振り返る。


「昼、動いたら?」


「ガルドさんへ、触れずに見てもらいます」


「芽なら?」


「それでも触れません」


「土、割れたら?」


「記録してください」


「水?」


「土を見てからです」


 基準。


 確認。


     ◇


 家へ戻る道。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 オカエリ。


 切り口。


 乾く。


 四歩。


 新芽。


 開く。


 五歩。


 キズナ。


 下向く。


 六歩。


 赤い実。


 白い突起。


 七歩。


 芽。


 まだ。


 八歩。


 白鈴草。


 鉢。


 土。


 九歩。


 種。


 明日。


     ◇


 家へ着く。


「ただいま」


 白鈴草の種袋。


 机。


 今朝と。


 同じ。


 でも。


 外。


 鉢。


 準備。


 ある。


「今日は、種を蒔かなかっただけではありません」


 フローラ。


 袋へ。


 言う。


「あなたのための場所を、一つ作りました」


 まだ。


 空。


 土。


 水。


 でも。


 白鈴草。


 植えるかもしれない場所。


 赤い実の代わりではない。


 自分の。


 場所。


     ◇


 昼食。


 パン。


 豆。


 葉野菜。


 朝。


 白い突起。


 気になる。


 胸。


 何度も。


 結界。


 見る。


 知らせ。


 なし。


「芽でしょうか」


 フローラ。


 言う。


 ミナ。


 すぐには。


 答えない。


「芽であってほしいですか」


「はい」


「はい」


「子どもたちも、喜びます」


「はい」


「私も」


 胸。


 温かい。


「帰ってきたあとに、芽が出たとしたら」


 目印。


 自分。


 戻った。


 芽。


 あと。


 出る。


「待ってくれていたように思うかもしれません」


 でも。


 実は。


 フローラを待たない。


 植物。


 自分の時間。


「思ってもよいでしょうか」


 ミナ。


 少し。


 考える。


「それが事実だと決めず、フローラ様がそう感じることはよいと思います」


「はい」


 意味。


 自分。


 つける。


 でも。


 観察記録へ。


 書かない。


「日記には、書いてもよいですか」


「はい」


「記録板には、白い突起」


「はい」


 分ける。


     ◇


 昼食後。


 観察帳。


 六日目。


 今。


 読めるか。


 胸。


 赤い実。


 気になる。


 でも。


 言葉。


 入る余地。


 少し。


 ある。


「読みます」


 フローラは紙束を開く。


 ミナ。


 隣。


 リオ。


 丸い石。


 今日は。


 机の端。


     ◇


『フローラさまが王都へ行って六日目』


 文字。


 サム。


 前より。


 整う。


『朝、風が強い。』


『柵の西側の縄がゆるんだ。』


『ガルドさんと直した。』


『真っすぐにしようとした。』


『前より曲がった。』


 フローラ。


 思わず。


 笑う。


「曲がったのですか」


 リオ。


「今も曲がってる」


「帰ってきた時、気づきませんでした」


「前から曲がってた」


「どこが増えたか、分かりませんね」


 記録。


 変化。


 でも。


 元が。


 曲がる。


 比較。


 難しい。


     ◇


『直す前の絵がない。』


『どれくらい変わったか分からない。』


『でも縄は強くなった。』


『見た目と、丈夫さは同じじゃない。』


 フローラ。


 紙。


 長く。


 見る。


 曲がった。


 でも。


 丈夫。


 オカエリ。


 葉。


 なくなる。


 でも。


 新芽。


 開く。


 同じではない。


 でも。


 少し。


 似る。


     ◇


『青豆一号。朝露あり。』


『アオジロウ。支柱よし。』


『ムラマル。白い跡変わらない。』


『モリタン。葉厚い。』


『オカエリ。変わらない。』


『キズナ。蕾が下を向いたまま。』


 六日目。


 キズナ。


 まだ。


 花。


 咲いていない。


 蕾。


 下。


 待つ。


     ◇


『昼、村の外から旅人が来た。』


 誰。


 フローラ。


 指。


 止まる。


『王都で青の姫君が国王に会ったと聞いた。』


 噂。


 森へ。


 届いた。


『青の姫君が王都へ戻ったと、旅人が言った。』


 胸。


 固くなる。


 戻った。


 王都へ。


 公爵家へ。


 そう。


 噂。


『エマさんが、違うと言った。』


『王都へ行った。帰る場所は森。』


 文字。


 少し。


 強い。


『旅人は、王都へ行くなら戻ることだと言った。』


『村のみんなが、違うと言った。』


 フローラの目。


 熱い。


 自分。


 いない。


 王都。


 まだ。


 話。


 途中。


 でも。


 森。


 皆。


 自分が。


 帰る。


 前提。


 守る。


     ◇


『旅人は、王都で住む方が楽だと言った。』


『畑より王宮の方がよいと言った。』


『ニコが、王宮に大鍋あるか聞いた。』


 フローラ。


 涙。


 出る前に。


 笑う。


「大鍋です」


 リオ。


「大事」


「はい」


『旅人は、あると思うと言った。』


『でも、フローラさまの大鍋じゃない。』


 大きな文字。


『だから同じじゃない。』


 胸。


 深く。


 落ちる。


 王宮。


 大鍋。


 豪華。


 でも。


 森の。


 皆と使う。


 約束。


 同じではない。


     ◇


『旅人は笑った。』


『村のみんなも笑った。』


『でも、帰る場所は本人が決めると、村長さんが言った。』


『旅人は、そうかもしれないと言った。』


 争う。


 追い返す。


 ではない。


 話す。


 違う。


 伝える。


 最後。


 少し。


 変わる。


     ◇


『午後、キズナの蕾が少しふくらんだ。』


『下を向いたまま。』


『弱っているように見える人もいる。』


『でも昨日から色は変わらない。』


『触らない。』


 フローラ。


 今。


 知る。


 そのあと。


 花。


 咲く。


 当時。


 皆。


 知らない。


 でも。


 昨日と同じ基準を。


 今日。


 押しつけない。


 下。


 弱い。


 決めない。


     ◇


『夕方、風が止んだ。』


『曲がった柵は倒れなかった。』


『大鍋で芋を煮た。』


『フローラさまが帰ったら、同じ鍋で何か作る。』


『何を作るかは決めない。』


『帰ってから決める。』


 大鍋。


 今。


 まだ。


 帰還後の食事。


 していない。


 皆。


 忙しい。


 オカエリ。


 キズナ。


 王都。


 帰る。


 少しずつ。


「まだ、作っていません」


 フローラ。


 言う。


「うん」


 リオ。


「忘れましたか」


「忘れてない」


「皆さんも?」


「たぶん」


 たぶん。


 帰ってから。


 決める。


 まだ。


 決めていない。


「急がなくていいです」


     ◇


 最後。


『六日目。』


『王都へ行くことと、王都へ戻ることは同じじゃない。』


『森へ帰ることと、全部を捨てることも同じじゃない。』


『柵は前より曲がった。でも強い。』


『キズナの蕾は下を向く。でも色は同じ。』


『フローラさまは王都にいる。でも、森へ帰ると言った。』


『今日は、言った言葉を信じる。』


 フローラ。


 紙。


 見つめる。


 自分。


 王都。


 その日。


 何をしていた。


 国王陛下へ。


 六つの言葉。


 伝えた頃かもしれない。


 森。


 皆。


 自分の言葉。


 信じる。


「帰りました」


 フローラ。


 声。


 震える。


「私は、帰りました」


 紙の中。


 六日目の皆へ。


 言う。


「言った通りに」


 でも。


 一人で。


 守ったわけではない。


 ミナ。


 リオ。


 王家。


 村。


 皆。


 手伝う。


「帰れました」


 涙。


 落ちる。


 今日は。


 紙へ。


 一滴。


 落ちた。


 文字。


 滲む。


『信じる。』


 その下。


 小さな染み。


「すみません」


 フローラ。


 手巾。


 出す。


 でも。


 ミナ。


「そのままでもよいのではありませんか」


「記録が」


「読めます」


 染み。


 小さい。


 言葉。


 残る。


「では」


 拭かない。


 涙。


 六日目。


 今。


 つながる。


     ◇


 観察帳を閉じる。


 今日。


 読む。


 できた。


 言葉。


 多い。


 でも。


 胸。


 苦しいだけではない。


「六日目の皆さんは、私が帰ると信じました」


「はい」


 ミナ。


「赤い実も」


 フローラ。


 言いかけ。


 止める。


 赤い実。


 フローラが帰る。


 目印。


 でも。


 芽。


 信じる。


 同じ。


 ではない。


「似ていますが、同じではありません」


 自分で。


 言う。


「皆さんは、私が言ったことを信じました」


「はい」


「赤い実は、芽を出すと言っていません」


「はい」


「だから、出ると信じることを約束にはしません」


 期待。


 ある。


 でも。


 種。


 約束。


 しない。


     ◇


 午後。


 結界へ。


 ガルド。


 知らせ。


 なし。


 赤い実の白い突起。


 大きな変化。


 なし。


 オカエリ。


 変化。


 なし。


 フローラは。


 家。


 白鈴草。


 試験鉢。


 見に。


 外へ。


 行く。


     ◇


 小屋の東側。


 鉢。


 土。


 朝。


 水。


 少量。


 今。


 表面。


 色。


 少し。


 明るい。


 第一関節。


 湿り。


 十分。


「明日、種を蒔くなら」


 フローラ。


 土。


 見る。


 深さ。


 白鈴草の種。


 小さい。


 深く。


 埋めない。


 王宮の庭師。


 育て方。


 詳しくは。


 聞かなかった。


 種。


 届いた。


 侍女。


 少量。


 でも。


 蒔き方の紙。


 ない。


「分からないまま、蒔きますか」


 ミナ。


「少し調べたいです」


「村の薬師へ?」


「マルタさんへ聞きます」


「白鈴草をご存じでしょうか」


「分かりません」


 王都の花。


 でも。


 似た種。


 小さい花。


 経験。


 あるかもしれない。


「分からなくても、種の大きさから考えられることがあるかもしれません」


 人へ。


 聞く。


 そのあと。


 決める。


     ◇


 夕方。


 畑。


 朝。


 赤い実。


 白い突起。


 どうなったか。


 子どもたち。


 すでに。


 遠く。


 待つ。


「動いてない」


 トト。


「大きくなってない」


 エマ。


「白いまま」


 ルル。


 フローラ。


 近づく。


 朝。


 細い。


 白。


 夕方。


 少し。


 先端。


 土。


 つく。


 長さ。


 同じように見える。


 でも。


 根元。


 土の表面。


 僅かに。


 ひび。


 ある。


「朝、ありましたか」


 サム。


 絵。


 見る。


 ひび。


 描かれていない。


「見落とした可能性があります」


「夕方できたかも」


「はい」


「芽?」


 トト。


「まだです」


「土、割れた」


「はい」


「出る?」


「分かりません」


 子どもたち。


 不満。


 でも。


 少し。


 笑う。


「明日」


 ルル。


「はい」


「また見る」


「はい」


     ◇


 白い突起。


 触らない。


 土。


 第一関節。


 円の外。


 湿り。


 ある。


 水。


 なし。


 風。


 夜。


 乾く。


 可能性。


 でも。


 今。


 十分。


「夜、雨は?」


 ガルド。


 空。


 見る。


「雲は少ないです」


「水なし?」


「はい」


 明朝。


 見る。


     ◇


 オカエリ。


 夕方。


 上葉。


 朝より。


 少し。


 下。


 昨日と。


 似る。


 光。


 西。


 葉の張り。


 ある。


 新芽。


 朝より。


 僅かに。


 開く。


 内巻き。


 片方。


 まだ。


 残る。


 変色。


 なし。


「夕方は、下がる?」


 エマ。


「二日続けて、夕方に角度が下がって見えます」


「光?」


「可能性が高くなりました」


「高い?」


「はい」


 朝。


 上。


 夕。


 下。


 二日。


 同じ。


 でも。


 まだ。


 光。


 原因。


 断定。


 しない。


「明日も見ます」


     ◇


 切り口。


 右。


 乾燥。


 左。


 乾燥。


 色。


 大きな変化。


 なし。


 土。


 湿り。


 ある。


 追加水。


 なし。


 オカエリ。


 今日。


 無事。


「安心しています」


 フローラ。


 言う。


 子ども。


「正しい?」


「まだです」


 皆。


 同時に。


「まだ!」


 笑い。


 起きる。


 フローラも。


 笑った。


     ◇


 キズナ。


 膨らみ。


 朝より。


 下。


 向く。


 でも。


 根元。


 緑。


 萎れ。


 なし。


 筋。


 四本。


 薄い線。


 さらに。


 一本。


 見えるようにも。


 見えないようにも。


「数えない」


 サム。


「なぜですか」


「光で変わる」


「はい」


「三本ははっきり。四本目薄い。五本目分からない」


「そのように書いてください」


 数。


 無理に。


 決めない。


     ◇


 夕方記録。


『赤い実。追加観察期間二日目夕方。白色突起は朝から大幅な長さ変化なし。先端に土付着。根元周囲の表土に細いひび一つを確認。朝の見落としか、日中に生じたかは不明。触れず、給水なし。』


『オカエリ。上葉は前日同様、夕方に朝より角度が下がって見える。二日連続で同様の傾向。触診では張り維持。光方向との関係を継続観察。新芽は朝より僅かに開く。』


『キズナ。花後六日目夕方。膨らみは朝より下向き。筋三本明瞭、一つ薄く確認。さらに一本は判別不能。根元・色に悪化なし。』


     ◇


 記録を終える。


 マルタ。


 白鈴草。


 尋ねる。


「この種です」


 小さな袋。


 一粒。


 手へ。


 出さない。


 袋の外から。


 見る。


「白鈴草という名は知っています」


「育てたことは?」


「ありません」


「王都の花です」


「種が小さいなら、深く埋めすぎない方がよいでしょう」


「どのくらい?」


「表面へ置き、薄く土をかける程度」


「光が必要?」


「分かりません」


「乾燥は?」


「小さい種は、表面が乾きすぎると芽を出しにくいものもあります」


「では、水を多く?」


「流れます」


「種が?」


「はい」


 小さい。


 水。


 動く。


「霧のように?」


「細い布を通して、そっと与える方法があります」


 村。


 道具。


 細かな霧吹き。


 ない。


 布。


 水。


 少量。


「明日、蒔くなら」


 マルタ。


「朝の土を見て、種を置き、薄く土をかける。その後、表面が乾くようなら、布越しに少量」


「一粒」


「一粒ですか」


「はい」


 マルタ。


 少し驚く。


「少ないですね」


「試しです」


「一粒だけでは、芽が出なくても何も分からないかもしれません」


「はい」


「種自体が弱かった可能性もあります」


「はい」


「二粒か三粒の方が」


 フローラ。


 考える。


 三鉢。


 違い。


 一鉢。


 三粒。


 混む。


 二粒。


 同じ鉢。


 少し離す。


「一鉢に二粒では?」


「離して置けばよいでしょう」


「芽が出たら?」


「根が絡む前に、片方を別へ移すことも考えられます」


 移す。


 傷。


 可能性。


「最初から二鉢」


「鉢が違います」


「比較ではなく、育てるためなら」


 マルタ。


 言う。


 フローラ。


 止まる。


 比較。


 観察。


 条件。


 同じ。


 そう。


 考えていた。


 でも。


 白鈴草。


 最初の目的。


 森で。


 育てる。


 見たい。


「観察だけではありません」


「はい」


「育てたいです」


 なら。


 同じ鉢。


 三つ。


 完璧な比較。


 必要。


 ではない。


「二鉢へ、一粒ずつ」


 フローラ。


 決める。


「鉢の違いは記録します」


「よいと思います」


「三つ目の鉢は?」


「予備?」


「土だけ用意して、待たせます」


 種が。


 出たあと。


 移す。


 使うかもしれない。


     ◇


 家へ戻る。


 夕空。


 赤。


 薄い紫。


 森。


 影。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 白い突起。


 芽。


 まだ。


 四歩。


 土。


 ひび。


 五歩。


 白鈴草。


 二鉢。


 六歩。


 育てる。


 比較。


 同じではない。


     ◇


 夕食。


 豆。


 芋。


 葉。


 パン。


 リオ。


「白いの、芽?」


「まだ分かりません」


「明日」


「はい」


「白鈴草も明日?」


「朝、私が蒔きたいと思ったら」


「赤い実、芽だったら?」


「別です」


「芽じゃなかったら?」


「別です」


「同じ明日なのに」


「はい」


     ◇


 食後。


 日記。


 開く。


 今日。


 言葉。


 多い。


 でも。


 中心。


 二つ。


 白い突起。


 白鈴草。


 出るかもしれないもの。


 植えるかもしれないもの。


     ◇


『森へ帰ってから九度目の朝。赤い実を埋めた場所に、白い細いものが一つ見えた。芽かもしれない。根かもしれない。枯れた草や虫の残したものかもしれない。芽であってほしいと思ったが、記録には白い突起と書いた。』


『芽だと決めて、明日違った時に、芽を失ったと思いたくなかった。今あるものを、今見える形で受け取る。期待は消さない。答えにはしない。』


     ◇


『夕方、白い突起の根元近くへ細い土のひびが見えた。朝からあったものを見落としたのか、昼の間にできたのかは分からない。触れなかった。水も足さなかった。明日、また見る。』


     ◇


『白鈴草のための鉢を用意した。最初は同じ鉢を三つ揃え、三粒を同じ条件で比べようとした。でも、私は白鈴草を比べるためだけに植えたいのではなかった。育てたい。』


『明日、蒔きたいと思えたら、二つの鉢へ一粒ずつ蒔く。鉢の違いは記録する。『同じ条件にできないから植えない、にはしない。違いがあることを書き残しながら育てる。』


     ◇


 筆を止める。


 日記の最後の一行を見つめながら、フローラは小さく息を吐いた。


 完全に同じ。


 完全に正しい。


 完全に分かる。


 そういう形ばかりを待っていたら、植えられない種もある。


 赤い実もそうだった。


 白鈴草もそうかもしれない。


 森の暮らしは、分からないことと一緒に進む。


 それでも。


 進まない理由を、分からなさだけにしてはいけない。


     ◇


 日記を閉じたあと。


 フローラは机の端へ置かれた花守り布を手に取った。


 中の紙を一枚ずつ確認する。


『左右の下葉を失っても、オカエリは残っている。』


『切り口が乾いたことへ安心してよい。』


『完璧には残らなかった。けれど、一枚は残った。』


『芽が見えない土へ、出るとも出ないとも先に決めない。』


『白鈴草を植える日は、白鈴草の育つ場所と、私が見られる時間を考えて決める。』


 どれも。


 まだ必要だった。


 捨てる言葉はない。


 けれど。


 今夜、新しく一枚加えたい。


 フローラは紙を取り出し、ゆっくりと書いた。


『育たないものの代わりを、急いで植えない。』


 赤い実。


 芽が出ない。


 だから白鈴草。


 そうではない。


 オカエリ。


 葉を失った。


 だから別の株。


 そうでもない。


 失われたかもしれないもの。


 育たないかもしれないもの。


 それらの空白を埋めるために、新しいものを置かない。


 新しいものには、新しいものの理由がある。


 その一文を花守り布へ入れる。


 布は少し重くなった。


 でも。


 苦しい重さではなかった。


     ◇


 夜。


 窓を開ける。


 昼の暖かさは消え、森の空気は再び冷えていた。


 遠くで梟が鳴く。


 葉が擦れる。


 小川が流れる。


 いつもの音。


 変わらない音。


 でも。


 今日は、少しだけ違って聞こえた。


 赤い実の場所。


 白い突起。


 今も暗闇の中にある。


 見えない。


 近づいてもいない。


 それでも。


 そこにある。


「芽でしょうか」


 呟く。


 返事はない。


 昨日までなら。


 そのあとに。


 分かりません。


 と続けたかもしれない。


 けれど今日は。


 違った。


「明日、見ます」


 それでよかった。


 今夜の自分が決める必要はない。


 明日の朝。


 明日の光。


 明日の土。


 明日の白い突起。


 それを見てから。


 考える。


     ◇


 寝る前。


 フローラは観察帳でも日記でもない、小さな紙を取り出した。


 王都から帰ってきてから使っている帰還記録。


 一行だけ。


 短く書く。


『白い突起を見つけた。芽であってほしいと思った。』


 そこで筆を止める。


 少し考える。


 それから。


 続けた。


『でも、芽と決める前に、今日を見ることができた。』


 乾かす。


 重ねる。


 箱へ戻す。


     ◇


 寝台へ入る。


 毛布を胸元まで引き上げる。


 窓の外では風が少し強くなっていた。


 白い突起。


 オカエリ。


 キズナ。


 白鈴草。


 今日は、どれも答えにならなかった。


 オカエリは回復したとも、していないとも決めていない。


 キズナの膨らみは種だと断定していない。


 白い突起も芽ではない。


 白鈴草も、まだ植えていない。


 答えが少ない日だった。


 けれど。


 空っぽな日ではなかった。


 見た。


 記録した。


 待つ日を決めた。


 鉢を用意した。


 人に聞いた。


 考えた。


 それだけで。


 十分進んでいる。


「おやすみなさい」


 小さく言う。


 森は静かだった。


 そして。


 九度目の夜もまた、ゆっくりと更けていった。



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