第97話 青の姫君、なくなった葉の代わりを探さない
森へ帰ってから、七度目の朝。
夜のあいだに風が強くなったらしく、フローラが目を覚ました時、窓の外では枝と枝が擦れ合う低い音が続いていた。雨は降っていない。けれど、森の高いところを通る風が葉を大きく揺らし、時折、屋根へ小さな枝や乾いた実を落としている。
寝台の中で目を開いたフローラは、天井を見つめながら耳を澄ませた。
窓。
屋根。
暖炉。
戸。
家の中に異常はない。
結界から伝わる感覚にも、外から何かが触れた様子はなかった。
それを確かめたあと、胸の奥へ最初に浮かんだのは、やはりオカエリだった。
昨日、左の下葉を切った。
一昨日には、右の下葉を切った。
今のオカエリには、最初からあった二枚の下葉がない。上の葉と、その間から伸び始めた新芽だけが残っている。
昨夜の時点では、左右の切り口は乾き始めていた。
黒くなっていない。
汁も出ていない。
上葉と新芽は緑。
茎も倒れていなかった。
けれど、夜の風は強かった。
下葉を二枚失った株。
支える葉が減った株。
風を受けて、茎が折れていないだろうか。
新芽が傷ついていないだろうか。
切り口へ土や水が入っていないだろうか。
胸の奥へ、いくつもの可能性が浮かぶ。
「まだ、見ていません」
フローラは天井へ言った。
悪くなっているかもしれない。
変わっていないかもしれない。
風で揺れたことで、むしろ茎が少し強くなっている可能性もある。
「見てからです」
いつもの言葉を口にしたあと、フローラは少しだけ眉を寄せた。
昨日まで。
切るか。
残すか。
そのことばかり考えていた。
右下葉を切ったあとも、左下葉を見た。
左下葉を切ったあとも、切り口を見た。
失った葉。
切った跡。
茶色い点。
黄色い広がり。
異常を見逃さないために必要だった。
けれど。
今朝も同じように、なくなった二枚の葉のことばかり考えている。
オカエリには。
上葉がある。
新芽がある。
茎がある。
根がある。
土の中で見えない部分もある。
「なくなった葉だけが、オカエリではありません」
声にすると、胸の奥が少し痛んだ。
それでも。
事実だった。
切った二枚は戻らない。
だからといって。
空いた場所を埋めるものを、すぐに探す必要はない。
新しい葉が出るかもしれない。
出ないかもしれない。
今ある上葉が、今までより大きくなるかもしれない。
新芽が開くかもしれない。
株全体が一時的に弱るかもしれない。
「代わりを、すぐに求めません」
失ったから。
同じものが欲しい。
空いたから。
埋めたい。
その気持ちはある。
けれど、植物は人が望む順番で葉を出すわけではない。
「今あるものを見ます」
今日。
最初に見るのは。
切り口。
だけではない。
上葉。
新芽。
茎。
株全体。
風の影響。
土。
そして。
下葉がなくなったことで、光の当たり方が変わっていないか。
「見るものを、決め直します」
◇
フローラは寝台から降り、窓辺へ向かった。
カーテンを開けると、森の枝が大きく揺れている。空には薄い雲が流れ、朝の光は雲の切れ間から断続的に差し込んでいた。
新しい柵は倒れていない。
縄で仮留めしていた部分も、大きく外れてはいない。
けれど、畑の外縁に立てた細い目印棒が一本、斜めに傾いている。
赤い実を埋めた小石の円。
窓から見える範囲では、崩れていない。
フローラは窓を少しだけ開けた。
冷たい風が部屋へ入り、髪の先とカーテンを揺らした。湿りは少ない。昨夜から今朝にかけて、風だけが強かったのだろう。
「おはようございます」
森へ。
家へ。
畑へ。
「おはようございます、オカエリ」
下葉のない株へ。
「今日は、なくなったところだけではなく、残っているところを見ます」
◇
机の上には、昨日まで切った葉を置いていた白い布が残っている。
葉は焼いた。
右下葉も。
左下葉も。
布の上には、何もない。
フローラは、しばらくその空白を見つめた。
片づけるか。
まだ置いておくか。
昨日の夜は、空白も記録だと思った。
でも。
毎朝、その空白を最初に見れば。
オカエリを思い出す時。
なくなった葉から始めることになる。
「今日は、片づけます」
白い布を持ち上げる。
焦げた匂いはない。
葉を包んだ布ではないため、汚れもほとんどない。
畳む。
一度。
二度。
棚の布入れへ戻す。
「忘れるためではありません」
記録はある。
絵もある。
切った理由も。
待った時間も。
焼いたことも。
全部、日記と記録板に残っている。
「空けた場所を、ずっと空けておく必要はありません」
机の上。
白い布がなくなる。
そこへ。
新しいものを置く必要もない。
何もない机。
それでよい。
◇
キズナの花びらを挟んだ紙は、今日で二日目。
三日後に確認すると決めたため、まだ開けない。
重し。
木板。
そのまま。
フローラは紙の端へ触れず、少し離れた場所から見る。
「明日です」
花びらを開くのは。
明日。
今日ではない。
見たい気持ちは。
少しある。
でも。
待つ。
キズナの花後の膨らみは、畑で見られる。
花びらと膨らみ。
同じキズナから生まれたもの。
でも。
確認する日は同じでなくていい。
◇
顔を洗い、髪を梳く。
花守り布を広げる。
昨日入れた六つの言葉。
『昨日と同じように葉を切った。けれど、昨日と同じ理由ではない。』
『朝は切らず、昼まで待った。』
『点が増え、広がり、縁が湿ったため、株全体を守ることを優先した。』
『昨日の基準を、そのまま今日へ押しつけなかった。』
『それでも、切ったことが正しかったかは、まだ決めない。』
『残せないものにも、役目があった。』
一つずつ読む。
今日。
必要な言葉。
最後の一つ。
残せないものにも、役目があった。
フローラは、その紙を花守り布へ戻す。
ほかの五つは。
机の小箱へ置く。
「今日は、全部を持っていきません」
葉を切った日の判断。
大切。
でも。
今日の畑へ。
昨日の決断をすべて載せたまま行かない。
代わりに。
小さな紙を一枚。
『残っている部分を見る。』
それだけ書く。
花守り布の袋へ入れる。
昨日の言葉を捨てない。
今日の言葉を、一番近い場所へ持つ。
◇
朝食の部屋へ入ると、リオは窓辺の石ではなく、木の匙を見つめていた。
匙の柄。
先端。
裏。
何度も返している。
「今日は、石ではないのですか」
「石もある」
石は、いつもの窓辺。
紙も横にある。
「では、その匙は」
「昨日と違う」
「何がですか」
「軽い」
フローラは匙を見る。
いつも使っている木の匙。
形。
大きさ。
特に変わらない。
「昨日より軽いのですか」
「分からない」
「では、何と比べて軽いのですか」
「石」
フローラは少し黙った。
木の匙。
丸い石。
確かに。
匙の方が軽い。
「違うものを比べていますね」
「うん」
「昨日と今日ではなく」
「うん」
「石と匙」
「うん」
リオは匙を石の横へ置く。
「同じじゃない」
「はい」
「でも、どっちが重いか分かる」
「はい」
同じでなくても。
比べられることはある。
切った葉と残した葉。
完全には比べられない。
でも。
それぞれを見ることで分かることがあった。
上葉と新芽。
下葉とは違う。
でも。
今の株の状態を考える材料になる。
「違うものを、同じものとして比べなければよいのですね」
フローラが言うと、リオは首を傾げた。
「難しい」
「そうですね」
◇
朝食は、焼いたパンと卵、葉野菜のスープだった。
豆はない。
リオは器を見た。
何も言わない。
「今日は豆がありません」
フローラが先に言う。
「うん」
「残念ですか」
「少し」
「代わりに卵があります」
「卵は豆じゃない」
「はい」
「代わりじゃない」
フローラの手が止まる。
卵。
豆の代わり。
ではない。
今日の朝食に、豆がない。
だから。
卵が豆の代わりになるわけではない。
「そうですね」
「卵は卵」
「はい」
「豆はまた今度」
「はい」
なくなったものの代わり。
同じ役目。
同じ形。
すぐに探したくなる。
でも。
違うものは、違うまま。
卵は卵。
上葉は上葉。
新芽は新芽。
切った下葉の代わりではない。
今。
あるもの。
「今日の題名にします」
フローラが言うと、リオは卵を見た。
「卵?」
「違います」
◇
食事を終え、片づける。
結界へ。
ガルド。
エマ。
そして。
マルタ。
三つの気配。
昨日の続き。
フローラは戸を開けた。
「おはようございます」
「おはようございます、フローラ様」
ガルドの外套には、小さな葉が一枚ついている。
風で飛んできたのだろう。
マルタは髪を昨日よりきつくまとめ、手には細長い布包みを持っていた。
「風が強いですね」
「夜中からです」
ガルドが答える。
「畑は?」
「離れた場所から確認しました。大きく倒れた株はありません」
「オカエリは?」
聞く。
胸が鳴る。
「立っています」
その一言で。
胸の力が少し抜ける。
「上葉と新芽は?」
「離れた場所からは、緑に見えました」
「切り口は?」
「近づかずには確認できません」
「はい」
自分で見る。
「エマは」
フローラが尋ねると、少女は前へ出た。
「触っていません」
「はい」
「風よけの板が一枚倒れていました」
「オカエリへ当たりましたか」
「当たってないと思います」
「思います?」
「倒れた向きが、反対でした」
「分かりました」
見る。
跡。
位置。
確認する。
昨日まで。
病変。
今日。
風。
別の心配。
◇
畑へ向かう。
森の道には、細い枝や落ち葉が多い。
ガルドが先へ進み、足元を確認する。
一歩。
二歩。
三歩。
オカエリ全体。
四歩。
上葉。
五歩。
新芽。
六歩。
左右の切り口。
七歩。
茎。
八歩。
風の跡。
九歩。
土。
十歩。
なくなった葉ではなく、残っているもの。
今日は十。
昨日と同じ数。
でも。
中身は違う。
◇
畑へ近づくと、風の音が少し大きくなった。
周囲の森より開けている分、畑は風を受けやすい。新しい柵の縄が僅かに鳴り、支柱へ結ばれた布が揺れている。
青豆一号。
アオジロウ。
ムラマル。
モリタン。
葉を揺らしている。
大きく倒れてはいない。
オカエリ。
立っている。
昨日より。
下がすっきりして見える。
下葉がない。
その空いた形へ、胸が痛む。
でも。
フローラはすぐに切り口へ近づかなかった。
少し離れた場所で、株全体を見る。
茎。
大きく傾いていない。
上葉。
左右。
風で揺れる。
緑。
新芽。
中央。
昨日より。
少し。
開いているように見える。
「板をお願いします」
ガルドが風上へ立ち、影と風を少し遮る。
葉の揺れが弱くなる。
形。
見える。
上葉。
表。
緑。
昨日、虫がいた葉の白い跡。
一つ。
広がっていない。
新しい白い跡。
今のところ見えない。
裏。
虫。
なし。
新芽。
先端。
昨日は細く閉じていた部分が、二つへ分かれ始めている。
「開いています」
フローラが言った。
周囲から、小さな息が漏れる。
「新しい葉?」
トトが尋ねる。
「まだ、完全には開いていません」
「でも葉?」
「葉になる部分だと思います」
「下の代わり?」
その問い。
今朝。
考えたこと。
フローラは、すぐに答えなかった。
新芽。
下葉を切ったあと。
開く。
代わり。
そう思いたくなる。
なくなった二枚の代わりに。
新しい葉。
でも。
「代わりとは、決めません」
「どうして?」
「この新芽は、下葉を切る前からありました」
「うん」
「もともと、開くために育っていた可能性があります」
「切ったから早く開いたかも」
「そうかもしれません」
「じゃあ代わり」
「役目が変わる可能性はあります」
フローラは言葉を選ぶ。
「でも、なくなった葉と同じ葉ではありません」
「新しい葉」
「はい」
「オカエリの葉」
「はい」
「代わりじゃない?」
「なくなった葉をなかったことにするためのものではありません」
子どもたち。
少し考える。
ルルが、小さく言う。
「次の葉」
「はい」
「代わりじゃなくて、次」
「はい」
胸へ。
落ちる。
「次の葉です」
フローラは、もう一度言った。
◇
左右の切り口。
右。
切除後二日。
薄い茶緑色。
乾いている。
黒変なし。
汁なし。
周囲の茎。
緑。
左。
切除後一日。
右より色が薄い。
表面は乾き始めている。
僅かな汁もない。
黒くない。
「左右で色が違います」
エマが言う。
「切った日が違います」
「右が古い?」
「はい」
「同じ色になる?」
「分かりません」
右。
左。
同じ株。
でも。
一日の差。
切った時の状態も違う。
右葉。
乾燥した斑点。
左葉。
湿った崩れ。
切り口も。
同じ経過になるとは限らない。
『右切除部、乾燥継続。薄茶緑色。黒変・汁なし。左切除部、乾燥開始。薄緑色。黒変・汁なし。左右は切除日・切除時の葉状態が異なるため、同一経過とは決めない。』
記録。
◇
茎。
風。
表面。
小さな擦れ。
昨日はなかった。
支柱と直接触れたのか。
茎の中ほど。
白い細い線。
フローラの胸が固くなる。
「傷?」
エマ。
「擦れた可能性があります」
支柱。
結び紐。
風で揺れ。
当たった。
周囲。
黒くない。
裂けていない。
汁なし。
ただ。
表面。
白い。
「ムラマルと似てる」
トト。
ムラマル。
以前。
葉端へ擦れ跡。
白い。
病気ではなかった。
「似ています」
フローラが答える。
「同じ?」
「まだ、決めません」
「また」
「はい」
支柱との位置。
茎。
白い線。
高さ。
ちょうど。
結び紐の端へ触れる場所。
「紐を外しますか」
エマ。
「外すと、風で倒れる可能性があります」
「じゃあ締める?」
「強く締めると、さらに擦れます」
支える。
でも。
擦る。
守るものが。
傷を作ることもある。
「紐の位置を、少し変えます」
フローラは答えた。
「外さない?」
「はい」
「同じ紐?」
「柔らかい布へ変えます」
マルタの布包み。
中には。
細く裂いた柔らかな布。
「そのために?」
「風が強いと聞きましたので」
マルタが笑う。
古い結び紐を外す。
茎を支える。
風。
一時。
株が揺れる。
柔らかな布。
白い擦れ跡より少し下。
緩く。
指一本分。
余裕。
支柱へ。
結ぶ。
「強くないですか」
エマが指を入れる。
「入ります」
「はい」
「これで、擦れない?」
「分かりません」
風。
揺れ。
布。
接触。
「夕方、見ます」
◇
倒れた風よけ板。
オカエリとは反対側。
土の上へ。
倒れている。
周囲に、株へ当たった跡なし。
板の端。
泥。
葉。
付着なし。
「当たっていない可能性が高いです」
フローラが言う。
エマの肩が少し下がる。
「よかった」
「はい」
「でも、置き直す?」
風よけ板。
昨日まで。
低い。
今日は。
風が強い。
立て直せば。
また倒れる可能性。
「今日は、板を使いません」
「風よけなし?」
「支柱と柔らかい布で様子を見ます」
「板がないと、風が当たる」
「はい」
「大丈夫?」
「分かりません」
風をすべて避ける。
蒸れ。
日陰。
倒れる板。
別の危険。
「今の風では、倒れた板が株へ当たる方が怖いです」
「だから片づける?」
「はい」
昨日まで使った守り。
今日。
外す。
守り方。
同じではない。
◇
土。
風で表面が乾いている。
第一関節。
僅かな湿り。
第二関節。
湿り。
昨日。
水なし。
今朝。
葉を二枚失った株。
水を吸う量。
変わるかもしれない。
「葉が減ったら、水は少なくてよい?」
サムが尋ねる。
フローラは答えられなかった。
「分かりません」
マルタを見る。
「葉から出る水分は減る可能性があります」
「はい」
「ただ、風が強いので、土や葉から乾きやすくなっています」
「はい」
「根の状態も分かりません」
「では」
「今の土には湿りがあります」
マルタは指を拭う。
「朝は与えず、昼にもう一度見るのがよいと思います」
「私も、そうします」
水。
与えない。
葉が減ったから減らす。
と決めない。
風が強いから増やす。
とも決めない。
今の土。
見る。
◇
オカエリの記録。
『下葉二枚切除後一日目朝。株は直立。上葉は緑。昨日の白色食痕らしき跡は拡大せず、新規虫・新規食痕なし。中央新芽は前日夕方より開きが進んだように見える。下葉の代替とは決めず、次の葉として観察する。』
『茎中ほどに白い細線あり。支柱紐との擦過可能性。裂け・汁・黒変なし。硬い紐を外し、柔らかな布へ変更。結束位置を少し下げる。』
『強風のため風よけ板が倒れていた。株への接触痕なし。再設置はせず、支柱と柔らかい布で様子を見る。』
『土壌は表面乾燥、内部湿りあり。朝の水やりなし。昼に再確認。』
最後に。
『なくなった下葉の代わりを探すのではなく、今ある上葉、新芽、茎、根元を見る。』
◇
キズナ。
花後四日目。
膨らみ。
昨日より。
さらに縦へ長く見える。
表面。
薄い筋。
一本。
花の付け根だった場所。
少し乾き。
「豆?」
リオが尋ねる。
「赤筋葉です」
「実?」
「種を包むものかもしれません」
「さや?」
村人の一人。
「形は、少し似ています」
「小さい」
「はい」
「大きくなる?」
「分かりません」
子どもたち。
笑う。
でも。
昨日までより。
少し期待のある笑い。
「花の代わり?」
ニコが聞く。
フローラは膨らみを見る。
「花の代わりではありません」
「次?」
「はい」
「また次」
「はい」
花が終わった。
そのあと。
膨らみ。
花を取り戻すものではない。
次。
「キズナも、次です」
記録。
『花後四日目。花のあった位置の膨らみは、前日より僅かに縦長。表面へ薄い筋を一つ確認。種を包む部分の可能性。花の代わりではなく、花後の次の変化として見る。』
◇
虫の瓶。
最初から一匹だった虫。
葉の裏。
動いている。
二匹から一匹になった虫。
瓶の壁。
動く。
分離した弱い虫。
葉の中央。
昨日より。
脚。
少し。
動いている。
オカエリの上葉から取った虫。
瓶の葉へ白い跡。
二つ。
「今日、外へ戻します」
フローラが言う。
「どこ?」
トト。
「畑から離れた草地です」
「オカエリ食べない?」
「畑へ戻さなければ、すぐには」
「飛ぶ?」
「羽は見えません」
「歩いてくる?」
「可能性はあります」
「じゃあ遠く?」
「どこまで運ぶかも考えます」
虫。
戻す。
でも。
畑へ戻ってこない保証はない。
殺す。
それなら。
戻らない。
でも。
病気を運んでいるか。
害虫か。
完全には分からない。
「村の外れの草地へ戻します」
畑から。
歩いてすぐではない。
でも。
森の外へ捨てない。
「観察した場所も記録します」
◇
ムラマルの虫。
三つの瓶。
今日も見る。
弱かった虫。
生きている。
でも。
動き。
少ない。
「外へ戻す?」
ルル。
フローラは迷った。
観察。
何日目。
最初の虫を捕まえてから。
もう数日。
瓶。
狭い。
葉。
毎日。
入れ替える。
「今日、三匹とも外へ戻します」
子どもたちが少し驚く。
「比較終わり?」
サム。
「十分とは言えません」
「じゃあ続ける?」
「続ければ、もっと分かることはあるかもしれません」
「でも戻す?」
「はい」
弱い虫。
動かない。
観察のために。
瓶へ置き続ける。
それを。
今。
続けたいとは思わない。
「何が分かった?」
エマが尋ねる。
「一匹の瓶では、よく動きました」
「はい」
「二匹でいた瓶では、一匹の動きが少なくなりました」
「はい」
「分けたあと、弱い虫は少し位置を変えました」
「はい」
「でも、二匹だったことが原因かは分かりません」
「葉?」
「食べ物の量。瓶の広さ。空気。個体差。いろいろあります」
「分からないまま終わり?」
「はい」
トトが不満そうに言う。
「せっかく見たのに」
「分からなかったことが分かりました」
「それ、分かったの?」
「はい」
完全な答え。
出ない。
でも。
記録。
残る。
「次に、同じ虫を見つけた時」
フローラは続ける。
「同じように瓶へ入れるかは、また考えます」
「決まりにしない?」
「はい」
◇
虫を戻す場所。
村の外れ。
低い草が多い。
畑から。
少し離れる。
子どもたち。
ついてくる。
瓶。
四つ。
最初から一匹だった虫。
二匹から一匹になった虫。
分離した弱い虫。
オカエリの上葉から取った虫。
「同じ場所?」
サム。
「少し離します」
「比較?」
「戻したあと、追いかけて観察はしません」
「じゃあなぜ」
「一箇所へ集めすぎないためです」
瓶を開ける。
葉ごと。
草。
一匹目。
動く。
二匹目。
葉の裏へ。
弱い虫。
すぐには動かない。
フローラは待つ。
草の葉。
脚。
少し。
つかまる。
「戻りました」
ルルが言う。
「はい」
「元気になる?」
「分かりません」
「でも外」
「はい」
オカエリの虫。
白い跡のある葉片ごと。
草地へ。
しばらく。
動かない。
それでも。
瓶へ戻さない。
「ここからは、この虫の時間です」
フローラが言う。
ニコが首を傾げる。
「見ない?」
「はい」
「分からなくなる」
「はい」
「いいの?」
「全部を最後まで見なくてもよいです」
自分にも。
言う。
◇
畑へ戻る。
虫のいない瓶。
四つ。
空。
洗う。
干す。
次に使うかもしれない。
使わないかもしれない。
「瓶も待つ?」
リオ。
「はい」
◇
朝の観察を終え、フローラは家へ戻った。
風はまだ強い。
でも、雲の切れ間が増え、森の道へ光が落ちている。
一歩。
二歩。
三歩。
下葉。
ない。
四歩。
上葉。
ある。
五歩。
新芽。
開く。
六歩。
擦れ。
布へ変えた。
七歩。
風よけ板。
外した。
八歩。
キズナ。
次。
九歩。
虫。
外。
十歩。
今あるもの。
◇
家へ戻る。
「ただいま」
机。
白い布。
ない。
切った葉。
ない。
花びらの紙。
ある。
王都の箱。
ある。
何かがない。
何かがある。
両方。
「机が広く見えます」
ミナが言う。
「はい」
「寂しいですか」
フローラは少し考える。
「少し」
「はい」
「でも、片づけてよかったです」
「はい」
空いた場所。
すぐ埋めない。
広いまま。
◇
茶。
椅子。
身体。
昨日より。
疲れていない。
葉を切らなかった。
大きな処置。
しなかった。
でも。
見るものは多かった。
「今日は、なくなった葉より、新芽を長く見ました」
「はい」
ミナ。
「少し嬉しかったです」
「はい」
「嬉しいと思うと、下葉を忘れるようで怖かったです」
「忘れましたか」
「いいえ」
「はい」
「新芽が開くことを喜んでも、切った葉はなくなりません」
「はい」
「忘れたことにもなりません」
「はい」
嬉しい。
失った。
同時。
また。
両方。
◇
昼食までの時間。
観察帳の五日目。
昨日は。
オカエリ。
多く。
読めなかった。
今日。
読むか。
フローラは紙束へ手を置く。
「今、読みたいですか」
自分へ。
胸。
少し。
知りたい。
自分が王都にいた五日目。
森で。
何があった。
でも。
今日は。
風。
オカエリ。
虫。
言葉。
少し多い。
「最初の一枚だけ読みます」
全部ではない。
観察帳。
五日目。
一枚目。
開く。
『フローラさまが王都へ行って五日目。』
大きな文字。
その下。
絵。
キズナの蕾。
昨日より。
少し下を向いている。
『朝、キズナの蕾が昨日より下を向いた。』
『弱ったかもしれない。』
『でも、昨日も下を向いていた。』
『昨日より悪いかは、分からない。』
フローラは、紙を見つめる。
昨日。
今日。
似た形。
下を向く。
すぐに悪化と決めない。
『同じように見えても、同じ日ではない。』
胸が。
少し。
強く鳴る。
今日。
オカエリ。
下葉がない。
昨日。
下葉を切った。
今朝。
同じように風。
でも。
同じ日ではない。
『昨日の記録を見た。』
『昨日は、蕾の色が緑。』
『今日も緑。』
『昨日は、茎がまっすぐ。』
『今日もまっすぐ。』
『違うところ。』
次の行。
『蕾の先に、細い青が見える。』
フローラの指が止まる。
花。
薄青い花。
咲く前。
五日目。
先へ。
青。
『まだ花ではない。』
『でも、昨日なかった色。』
今日。
オカエリ。
新芽。
昨日より。
開く。
まだ。
新しい葉ではない。
でも。
昨日より見える。
「同じです」
言いかけ。
止める。
「似ていますが、同じではありません」
キズナ。
オカエリ。
蕾。
新芽。
違う。
でも。
昨日なかったもの。
今日。
少し見える。
◇
紙の最後。
『下を向いたままでも、先に新しい色が見えた。』
フローラは、それ以上読まなかった。
一枚。
決めた通り。
紙束を閉じる。
「今日は、ここまでです」
残り。
明日か。
あとで。
今は。
先へ進まない。
◇
昼食。
パン。
卵。
葉野菜。
朝と似ている。
でも。
昼。
温度。
違う。
卵は。
朝は焼いた。
昼は茹でた。
「同じ卵」
リオ。
「同じ卵ではありません」
「卵」
「はい。種類は同じです」
「でも違う」
「はい」
殻。
調理。
時間。
違う。
「今日、違うが多い」
リオが言う。
「はい」
「疲れる」
「少し」
フローラは笑う。
「でも、全部同じにするよりよいです」
◇
昼。
ガルドからの知らせ。
大きな変化なし。
柔らかな布。
外れていない。
茎の白い擦れ跡。
広がっていない。
上葉。
緑。
新芽。
緑。
土。
表面。
さらに乾く。
「水は?」
フローラが尋ねる。
「第一関節まで乾きが進み、第二関節に僅かな湿りです」
朝より。
乾く。
風。
強い。
「昼に少量、与えてください」
「量は」
葉が二枚減った。
以前と同じ量。
多いかもしれない。
でも。
風。
強い。
「昨日までの半分より少し多く」
曖昧。
フローラは言い直す。
「小さな柄杓で、一杯半」
「承知しました」
「株元から、指三本分離して」
「はい」
「一度与えて、土へ染みたら止めてください」
「はい」
具体。
伝える。
自分が見られない。
だから。
量。
場所。
止める条件。
決める。
◇
午後。
風が少し弱くなる。
フローラは家の中で、花守り布を補修した。
昨日。
新しい紙。
増えた。
袋。
少し。
重い。
縫い目。
一箇所。
緩んでいる。
糸。
針。
補う。
「新しい袋は、作りませんか」
ミナが尋ねる。
「今日は作りません」
「はい」
「空いた場所を、すぐに増やさないことにしました」
袋。
必要になれば。
作る。
今。
ある袋。
使える。
◇
夕方。
畑へ向かう。
風。
朝より弱い。
葉の音。
静か。
一歩。
二歩。
三歩。
水。
四歩。
布。
五歩。
擦れ。
六歩。
上葉。
七歩。
新芽。
八歩。
キズナ。
九歩。
今日の続きを見る。
◇
畑。
オカエリ。
立っている。
柔らかな布。
支柱。
外れていない。
茎の白い擦れ跡。
朝と。
大きく変わらない。
広がっていない。
湿っていない。
黒くない。
左右の切り口。
乾燥。
左。
朝より。
少し色が落ち着く。
上葉。
緑。
新芽。
朝より。
さらに。
先が二つへ分かれている。
「葉の形」
エマ。
「はい」
「新しい葉?」
フローラは影を作る。
見る。
細い二枚。
折り畳まれている。
「葉になる部分だと思います」
「出た?」
「開き始めています」
子どもたち。
小さな歓声。
「下葉の代わり!」
トト。
すぐ。
フローラは首を横へ振らない。
強く否定すれば。
喜びを止める。
でも。
言葉。
分ける。
「下葉がなくなったあとに、新しい葉が開き始めました」
「うん」
「でも、なくなった下葉の代わりとして出たかは分かりません」
「次」
ルル。
「はい。次の葉です」
「喜んでいい?」
エマが尋ねる。
フローラは、新芽を見る。
「はい」
胸。
熱い。
「嬉しいです」
言う。
「切ったことが正しかったから?」
サム。
「それは、まだ分かりません」
「でも嬉しい?」
「はい」
正しさ。
分からない。
嬉しさ。
ある。
昨日まで。
安心と判断を分けた。
今日。
喜びと正解を分ける。
「新しい葉が開き始めたことを、嬉しいと思います」
◇
土。
昼。
柄杓一杯半。
夕方。
第一関節。
僅かに湿り。
第二関節。
湿り。
水。
追加不要。
水溜まり。
なし。
根元。
匂い。
変化なし。
◇
柔らかな布。
接触。
茎。
擦れ跡より下。
新しい傷。
なし。
「変えてよかった?」
トト。
「今のところ、新しい擦れは見えません」
「よかった?」
「はい」
「正しかった?」
フローラは少し笑う。
「夕方まで、新しい傷がないことには安心しています」
「答え違う」
「はい」
子どもたちも笑う。
◇
風よけ板。
今日は使わなかった。
株。
倒れていない。
「板、いらない?」
エマ。
「今日の風では、なくても倒れませんでした」
「明日も?」
「明日の風を見ます」
「毎日違う」
「はい」
「面倒」
「はい」
でも。
毎日。
見る。
◇
キズナ。
膨らみ。
夕方の光。
朝より。
僅かに長い。
表面の筋。
一本。
もう一つ。
薄く見える。
「二本?」
サム。
「角度によっては、二本に見えます」
「書く?」
「二本目の可能性、と」
記録。
種。
まだ。
見えない。
でも。
包む部分。
形。
変わる。
◇
虫の瓶。
空。
洗って干してある。
子どもたちが時々見る。
「いない」
ニコ。
「はい」
「戻した」
「はい」
「また捕まえる?」
「必要なら」
「必要って?」
「畑へ大きな被害が出た時。見たことのない虫が増えた時。観察する理由がある時です」
「見つけたから、じゃない?」
「はい」
見つけた。
捕まえる。
同じではない。
虫も。
何でも。
手元へ置かない。
◇
夕方の記録。
『オカエリ。下葉二枚切除後一日目夕方。株は直立。左右切除部は乾燥継続。黒変・汁なし。上葉は緑。新芽は朝より開きが進み、細い二枚の葉状部を確認。下葉の代替とは決めず、次に育つ葉として記録する。』
『茎の白い擦過跡は朝から大きな拡大なし。柔らかな布への変更後、新規擦れなし。風よけ板なしでも夕方まで倒伏なし。ただし、明日の風条件は未確定。』
『昼に柄杓一杯半の水を、株元から指三本分離して与えた。夕方、土壌水分適正。追加水なし。』
最後。
『失った部分を忘れず、残っている部分を失ったものの代わりにもしない。』
フローラは、そこまで書いたあと。
もう一行。
『新しい葉は、なくなった葉を消すためではなく、オカエリが次へ進む中で開いた。』
◇
周囲の村人たち。
少し。
笑顔。
オカエリの新芽。
話。
広がる。
「新しい葉だって」
「よかったねえ」
「下を二枚切ったから心配したよ」
「これで戻るな」
誰かが言う。
フローラの胸が、少し固くなる。
「戻る?」
その人は。
悪い意味ではない。
元の形へ。
元気へ。
戻る。
そう言ったのだろう。
でも。
フローラはオカエリを見る。
下葉。
二枚。
ない。
新芽。
開く。
元と同じ。
ではない。
「元には戻りません」
周囲が静かになる。
言った人が、少し困った顔をする。
「悪い意味じゃなくて」
「分かっています」
フローラは、ゆっくり続ける。
「元気になってほしいという意味だと思います」
「そうだ」
「私も、そう願っています」
でも。
「下葉は戻りません」
「……ああ」
「新しい葉が開いても、前と同じ形へ戻るとは限りません」
村人たちが。
オカエリを見る。
「では」
パン屋の女性。
「これから、違う形で育つ?」
「はい」
「その方がよいと言っているのではありません」
「うん」
「悪いとも、まだ決めません」
「うん」
「違う形です」
沈黙。
風。
弱い。
オカエリの上葉。
揺れる。
「なら」
年配の男性が言う。
「戻るじゃなくて、進むか」
フローラは少し考える。
「進むかもしれません」
「また、かもしれない」
「はい」
笑い。
空気。
柔らかくなる。
◇
家へ戻る道。
夕日。
森。
一歩。
二歩。
三歩。
新しい葉。
四歩。
代わりではない。
五歩。
戻るのではない。
六歩。
違う形。
七歩。
次。
◇
「ただいま」
家。
机。
広い。
白い布。
ない。
でも。
花びらの紙。
明日。
開く。
観察帳。
五日目。
一枚目。
読んだ。
まだ。
続き。
ある。
◇
夕食。
豆。
今日は。
ある。
リオ。
笑う。
「豆」
「はい」
「朝なかった」
「はい」
「戻った」
フローラは少し考える。
「朝食には戻っていません」
「夜に来た」
「はい」
「戻ったじゃない?」
「今日の食卓へ来ました」
「同じ」
「少し違います」
リオは匙を持ったまま。
少し考える。
「豆は豆」
「はい」
「朝の豆じゃない」
「はい」
「夜の豆」
「はい」
「難しい」
「はい」
三人。
笑う。
◇
食後。
日記。
開く。
『森へ帰ってから七度目の朝。昨夜から風が強く、オカエリの支柱や風よけの状態を確認した。株は倒れておらず、上葉と新芽も緑だった。左右の切り口は乾いている。』
『支柱の硬い紐が当たっていたと思われる場所へ、白い擦れ跡があった。紐を外すだけでは風で倒れる可能性があるため、柔らかな布へ替え、結ぶ位置を少し下げた。風よけ板は倒れていたため、今日は使わなかった。守るために置いたものが、別の傷を作ることもある。だから、守り方も毎日同じにしない。』
筆。
止める。
母様。
父様。
守り方。
同じ。
重ねそうになる。
「似ていますが、同じではありません」
人。
植物。
違う。
でも。
守るつもり。
傷。
それだけ。
言葉。
残る。
◇
『オカエリの新芽は、夕方には細い二枚の葉の形を見せ始めた。嬉しかった。けれど、下葉を切ったことが正しかった証明にはしない。新芽が開いたことと、切る判断が正しかったことは、同じではない。』
『新しい葉は、なくなった下葉の代わりではない。下葉がなくなったことを消すために出たとも決めない。オカエリが次へ進む中で開いた、新しい葉として見る。』
◇
紙。
少し。
濡れる。
涙。
一滴。
フローラは手巾で頬を押さえた。
失ったもの。
代わり。
公爵家。
森。
父様。
母様。
村の人。
王宮の人。
誰かが。
失った誰かの代わり。
そういう形へ。
自分を押し込めること。
怖い。
でも。
今。
オカエリ。
新しい葉。
前の葉ではない。
「新しいものは、新しいものです」
フローラは言う。
「はい」
ミナ。
「なくなったものを忘れるためではありません」
「はい」
「同じ役目をしなければならないわけでも」
「はい」
新しい葉。
どのように育つか。
まだ。
分からない。
◇
『キズナの花のあとの膨らみには、薄い筋が増えた可能性がある。花は戻らない。でも、花の代わりではない次のものが育っているかもしれない。』
『今日、虫を四匹、瓶から草地へ戻した。観察を続ければ、もっと分かったかもしれない。それでも、全部を最後まで見届けるために手元へ置き続けることはしなかった。分からないまま終える観察もある。』
◇
最後。
『なくなった葉の代わりを探さない。残っている葉を代わりにもしない。新しく開く葉には、新しく開く葉の時間がある。』
日記。
閉じる。
◇
花守り布。
朝の紙。
『残っている部分を見る。』
その裏へ。
『新しいものを、なくなったものの代わりにしない。』
書く。
袋へ。
入れる。
今日は。
二枚。
◇
寝る前。
窓。
外。
風。
かなり弱くなった。
「おやすみなさい、オカエリ」
見えない畑。
「新しい葉が、少し開きました」
嬉しい。
「でも、切った葉の代わりとは呼びません」
下葉。
二枚。
役目。
あった。
戻らない。
「あなたは、前と同じ形には戻らないかもしれません」
胸。
痛い。
でも。
「違う形のあなたを、見ます」
◇
「おやすみなさい、キズナ」
花びら。
明日。
紙。
開く。
「明日、花びらを見ます」
膨らみ。
次。
「花びらと膨らみを、同じものにはしません」
◇
フローラは寝台へ入り、毛布を胸まで引き上げた。
机は広い。
切った葉はない。
虫の瓶も空。
それでも。
何もなくなったわけではない。
記録。
新芽。
膨らみ。
明日見る花びら。
今。
残るもの。
これから変わるもの。
「代わりではなく、次です」
小さく言う。
失ったものを忘れない。
けれど。
新しいものへ、失ったものと同じ形を求めない。
同じ役目も。
同じ意味も。
同じ愛し方も。
押しつけない。
青の姫君は、下葉を失ったオカエリが前と同じ姿へ戻ることではなく、今の姿からどのように育つのかを見ようと決め、弱くなった風と暖炉の小さな音を聞きながら、静かに目を閉じた。




