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『青の姫君の森暮らし 〜化け物と恐れられた公爵令嬢は、今日も畑を耕します〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第94話 青の姫君、残すために一枚だけ手放す



 森へ帰ってから、四度目の朝。


 フローラが目を覚ました時、窓の外はまだ夜の色を少し残していた。東の空は木々の隙間からわずかに明るみ始めているものの、家の中へ届く光は弱く、机の上に置かれた王都の箱も、椅子の背へ掛けた花守り布も、輪郭だけが静かに浮かんでいる。


 風はほとんどなかった。


 枝葉の擦れる音も少なく、沢の流れと、どこか遠くで鳴いた鳥の声だけが、まだ眠っている森の中を通っていた。


 フローラは毛布の中で目を開き、すぐには起き上がらなかった。


 昨日。


 オカエリの黄色は、前の日より広がっていた。


 下葉二枚。


 葉脈は緑のまま。


 上の葉も、新芽も緑。


 茎にも、目立つ弱りはない。


 けれど、黄色い範囲は確かに広がっていた。


 今日の朝。


 さらに進んでいたなら、下葉一枚だけを切ることを考える。


 もう一枚は残し、比べる。


 昨日、みんなでそう決めた。


 フローラは、毛布の上へ置いた両手を少し強く握った。


 切る。


 その言葉を思うだけで、胸の奥が固くなる。


 下葉一枚。


 たった一枚。


 株すべてではない。


 オカエリではなくなるわけでもない。


 それでも、自分の手で傷をつけることに変わりはなかった。


「まだ、切ると決まっていません」


 静かな部屋へ向けて言う。


 今朝の葉を、まだ見ていない。


 黄色が広がっていないかもしれない。


 上の葉は、昨日と同じかもしれない。


 土の状態が変わっているかもしれない。


 先に怖がって、今日の葉を見失わない。


「まず、見ます」


 昨日も。


 一昨日も。


 同じ言葉を使った。


 けれど、同じ朝ではない。


 昨日の自分は、葉を切ることをまだ遠い選択として見ていた。


 今日の自分は、必要なら、その選択へ手を伸ばさなければならない。


     ◇


 身体を起こす。


 脚の重さは、昨日より少し軽かった。


 昼に休んだこと。


 畑へ行く回数を減らしたこと。


 自分以外の人へ任せたこと。


 その結果が、身体へ残っている。


 腕。


 肩。


 まだ少し疲れている。


 でも、痛みはない。


 息も苦しくない。


「今日は、朝を見てから決めます」


 畑へ何度行くか。


 何をするか。


 全部。


 朝を見てから。


     ◇


 机へ向かう。


 王都の箱。


 閉じたまま。


 昨日、母へ向けて言った。


 一人で決めなかった。


 誰かへ任せることと、誰かに奪われることは違う。


 その言葉は、夜の間も胸へ残っていた。


 箱の中の母からの手紙。


 まだ読んでいない。


 若い侍女の手紙も。


 白鈴草の種も。


 今日。


 観察帳の三日目を読む。


 自分が王都へ向かっていた間。


 雨の翌日。


 森で何が起きたか。


「今日も、先に森の記録を読みます」


 箱へ言う。


「でも、オカエリの葉を見てからです」


 蓋へ触れない。


 今日は。


 手を置くこともしなかった。


     ◇


 食卓へ向かうと、リオが窓辺の石を両手で持ち上げていた。


 昨日の紙には、大きな丸が一つ。


 その隣に、少し小さな丸。


「今日の方が温かい?」


 フローラが尋ねる。


「少し」


「昨日より小さい丸ですね」


「うん」


「同じ場所で触りましたか」


 リオが黙る。


 石。


 窓辺。


 紙。


「昨日は布の上」


「今日は?」


「床」


「では、同じ条件ではありません」


「でも冷たい」


「冷たいことは分かります」


「記録、だめ?」


「駄目ではありません。場所が違ったことも書いてください」


「字」


「印でもよいです」


 リオは紙の端へ、四角を描いた。


「床」


「分かりません」


「床の印」


「あなたが分かれば、今はよいです」


 観察。


 同じ条件。


 違う条件。


 リオの石。


 オカエリの葉。


 どちらも。


 比べるためには、何が違ったかを残す。


     ◇


 朝食は、薄く焼いたパンと、卵、香草を入れた温かなスープだった。


 今日は豆が入っていない。


 リオが鍋の中を覗き込み、残念そうな顔をする。


「ない」


「今日はありません」


「昨日あった」


「昨日は昨日です」


 フローラが答えると、リオがすぐに言い返した。


「ガルドと同じ」


「何がですか」


「昨日は昨日」


 観察帳二日目。


 ガルドが子どもに言った言葉。


 フローラは少し笑う。


「便利な言葉ですが、使いすぎると困ります」


「今日は今日」


「それもです」


     ◇


 スープを口へ運ぶ。


 温かい。


 香草の香り。


 卵。


 塩。


 味は分かる。


 でも、胸の一部はもう畑へ向いている。


 オカエリ。


 黄色。


 切る。


 残す。


 キズナの花。


 昨日、花びらの一枚が下を向いていた。


 今日。


 まだ咲いているだろうか。


 落ちているかもしれない。


 戻ってきた自分を待っていた花。


 見つけられるか。


 朝露。


 土。


 子ども。


 誰かが先に拾っているかもしれない。


 フローラは窓へ視線を向けかけ、途中で止めた。


「今は、朝食です」


 ミナが何も言う前に、自分で言う。


「はい」


 ミナの声は、静かだった。


     ◇


 食後。


 器を一枚運ぶ。


 食卓を拭く。


 椅子を戻す。


 昨日より一つ多い。


 いつもの暮らし。


 畑へ行きたい気持ちを消さずに。


 それでも。


 急ぎすぎない。


「今日は三つですね」


 ミナが言う。


「数えていたのですか」


「フローラ様が数えておられそうでしたので」


「はい」


 少しだけ。


 胸の中で。


     ◇


 家を出る。


 朝の空気は、昨日より乾いていた。


 霧は薄い。


 風は弱い。


 道の土は、表面だけ少し白く乾き、木の根の周りには夜露が残っている。


 リオは今日も石を持っている。


 ミナは記録板と布袋。


 布袋の中には。


 小さな刃物。


 清潔な布。


 細い糸。


 別の紙。


 昨日。


 必要なら葉を一枚切る。


 そのために。


 準備している。


 フローラは布袋を見る。


 胸が。


 また。


 固くなる。


「見てからです」


 ミナが言う。


「はい」


「持っているだけです」


「はい」


 道具があることと。


 使うことは。


 同じではない。


     ◇


 畑へ近づくと、いつもより人が多かった。


 ガルド。


 エマ。


 昨日意見を言った年配の男性。


 若い女性。


 子どもたち。


 レナードも、少し離れた場所に立っている。


 誰も大声を出さない。


 笑い声も。


 今日は。


 少ない。


 みんな。


 オカエリを見ている。


 フローラの姿へ気づくと、子どもたちが駆け寄りかける。


 でも。


 途中で止まる。


 昨日。


 明日の朝まで残す。


 その朝。


「おはようございます」


 フローラが言う。


「おはようございます」


 声。


 少し重なる。


     ◇


 ガルドが近づく。


「フローラ様」


「はい」


「朝、一度だけ離れたところから確認しました」


「触れましたか」


「いいえ」


「変化は?」


 聞きたい。


 でも。


 ガルドはすぐ答えない。


「ご自身で見られた方がよいと思います」


 その言葉だけで。


 胸が。


 さらに固くなる。


「広がっていますか」


「はい」


 短い。


 正直。


 フローラは一度息を吸う。


「分かりました」


     ◇


 柵を開ける。


 歩く。


 オカエリ。


 少し離れた場所から。


 見る。


 昨日より。


 黄色が。


 広がっている。


 下葉二枚。


 葉の半分近く。


 緑と黄色の境目が、昨日より内側へ進んでいる。


 特に。


 右側の下葉。


 黄色の中へ。


 小さな茶色。


 点。


 一つ。


 胸の奥へ。


 冷たいものが落ちる。


「斑点」


 子どもが小さく言う。


 昨日まで。


 なかった。


 フローラは近づく。


 しゃがむ。


 触れずに。


 見る。


 右の下葉。


 黄色。


 茶色い点。


 大きさ。


 爪の先より小さい。


 左の下葉。


 黄色は広がった。


 斑点はない。


 葉脈。


 まだ緑。


 上葉。


 緑。


 新芽。


 緑。


 茎。


 昨日より。


 わずかに。


 柔らかいように感じる。


 でも。


 光。


 手。


 自分の不安。


「板を」


 ガルドが影を作る。


 色。


 見る。


 昨日の線。


 朝。


 昼。


 夕方。


 今日。


 比較。


「広がっています」


 フローラは言う。


「右の葉には、茶色い点が一つあります」


 周囲。


 沈黙。


「茎は?」


 エマが尋ねる。


「昨日より少し柔らかいように感じます」


「上は?」


「上葉と新芽は、まだ緑です」


     ◇


 土へ指を入れる。


 表面。


 乾いている。


 第一関節。


 湿り。


 昨日より少ない。


 第二関節。


 少し湿り。


 朝。


 水。


 必要。


 でも。


 今。


 先に。


 葉。


「昨日の水は、窪みへ溜まりましたか」


 フローラが尋ねる。


「夕方まで、水が残るほどではありませんでした」


 エマ。


「今朝の土は、こちら側だけ特に湿っている様子もございません」


「はい」


 土の高さ。


 少し整えた。


 水の流れ。


 昨日。


 日中。


 黄色は大きく進まなかった。


 夜。


 広がった。


 気温。


 湿り。


 夜露。


 まだ。


 分からない。


 でも。


 茶色い点。


 新しい変化。


     ◇


「切りますか」


 誰かが尋ねた。


 声。


 小さい。


 誰かは。


 分からない。


 フローラは、右の下葉を見る。


 昨日。


 決めた。


 さらに広がったら。


 下葉一枚だけ。


 切ることを考える。


 今。


 広がった。


 斑点。


 ある。


 右。


 左。


 違い。


「右の下葉一枚を、切ります」


 言葉。


 自分の口から出た。


 胸の奥が痛む。


 でも。


 逃げない。


「左は残します」


 エマが頷く。


「比較するのですね」


「はい」


「切った葉も?」


「別に見ます」


「はい」


     ◇


 子どもが、目を潤ませる。


「本当に切るの?」


「はい」


「昨日は残した」


「昨日は、斑点がありませんでした」


「今日あるから?」


「はい。黄色も広がりました」


「オカエリ、痛い?」


 昨日も。


 同じ問い。


「人と同じように痛いかは、分かりません」


 フローラは子どもの顔を見る。


「でも、傷を作るので、丁寧に切ります」


「切らないと駄目?」


「切らずに残す方法もあります」


「じゃあ」


「でも、右の葉には昨日なかった茶色い点が出ました。左の葉を残して比べることで、切った方がよいのか、残した方がよいのかを見ます」


「実験?」


 子ども。


「比べます」


「オカエリで?」


 責める声ではない。


 でも。


 怖い。


「はい」


 フローラは答える。


「オカエリを守りたいからです」


 言って。


 胸が痛い。


 守るため。


 傷つける。


 矛盾。


 でも。


 時には。


 残すために。


 手放すものがある。


     ◇


 ミナが布袋から小さな刃物を取り出した。


 刃。


 薄い。


 よく研がれている。


 清潔な布。


 湯で拭いた。


 乾かした。


 エマが確認する。


「切る位置は、茎の近くではなく、葉柄の途中がよいかと」


「なぜですか」


「株の本体へ傷が近すぎないようにです。ただし、長く残しすぎると、そこから傷むこともあります」


「どれくらい」


 エマが指で示す。


 葉の付け根。


 少し離れた場所。


「この辺りです」


 フローラは。


 見る。


 何度も。


「ガルドさん」


「はい」


「記録してください」


「承知しました」


「エマさん」


「はい」


「近くで見てください」


「はい」


「ミナ」


「はい」


「布を」


「こちらに」


 一人で。


 切らない。


 でも。


 刃を持つのは。


 自分。


     ◇


 フローラは、刃物を受け取った。


 軽い。


 冷たい。


 指。


 少し震える。


 オカエリの右の下葉。


 黄色。


 茶色い点。


 昨日まで。


 ついていた。


 自分が王都から帰る前から。


 みんなが見ていた。


 帰った日。


 黄色。


 今日。


 切る。


「ごめんなさい」


 小さく言う。


 誰へ。


 葉へ。


 株へ。


 自分へ。


 分からない。


 エマが静かに言う。


「フローラ様」


「はい」


「急がなくて大丈夫です」


「はい」


 刃。


 葉柄へ。


 当てる。


 力。


 強すぎない。


 一度。


 止まる。


 まだ。


 戻せる。


 切らない。


 そう言える。


 でも。


 昨日。


 今日。


 見た。


 聞いた。


 決めた。


 逃げない。


 フローラは息を吐き、刃を動かした。


     ◇


 小さな抵抗。


 柔らかな感触。


 葉柄が切れる。


 右の下葉が。


 フローラの手の中へ落ちた。


 音は。


 ほとんどない。


 けれど。


 子どもの一人が息を呑む声が聞こえた。


 オカエリ。


 右側。


 葉が一枚。


 ない。


 切った跡。


 薄い緑。


 汁。


 少し。


 滲む。


 ミナが布を当てる。


「強く押さえず」


 エマ。


「はい」


 フローラの手。


 震える。


 葉。


 重い。


 実際には。


 軽い。


 でも。


 手のひらへ。


 重い。


     ◇


「オカエリ」


 子どもが泣きそうな声で呼ぶ。


 株。


 返事はない。


 上の葉。


 風がない。


 動かない。


 新芽。


 緑。


「なくなった」


「一枚です」


 フローラは答える。


 自分へ。


 言うように。


「一枚、手放しました」


「戻らない?」


「この葉は、戻りません」


 嘘をつかない。


「でも、オカエリは残っています」


「本当に?」


「はい」


 上葉。


 新芽。


 左の下葉。


 茎。


 根。


 まだ。


 ある。


     ◇


 切った葉を。


 清潔な白い布の上へ置く。


 表。


 裏。


 黄色。


 茶色い点。


 葉脈。


 虫。


 卵。


 見えない。


 匂い。


 腐り。


 強くない。


 切り口。


 緑。


 中。


 茶色くない。


「斑点の裏は?」


 エマ。


 フローラは葉を返す。


 裏。


 茶色い点の裏。


 わずかに色が薄い。


 穴はない。


「虫ではないように見えます」


 ガルド。


「今見える範囲では」


 フローラが訂正する。


「はい」


 決めつけない。


     ◇


 別の紙。


 葉の形。


 写す。


 黄色の範囲。


 斑点。


 切った時刻。


 朝食後。


 晴れ。


 風弱い。


 土。


 湿り。


 書く。


『右下葉一枚を切除。理由は、黄色の範囲が前日より拡大し、茶色い点が一つ現れたため。左下葉は残して比較する。切った葉に虫、卵、強い腐敗臭は確認できない。切り口は緑。』


 その下。


『切る前に、ガルドさん、エマさん、村の人たちと確認した。』


『切った葉は捨てず、別に観察する。』


     ◇


 フローラは筆を止める。


 気持ち。


 書く。


 昨日。


 怖い。


 今日。


 もっと。


「書きますか」


 ガルドが尋ねる。


「はい」


『切る時、手が震えた。切ったあと、株が少なくなったように見えて悲しかった。』


『守るために切ったが、正しかったかはまだ分からない。』


 正しい。


 間違い。


 今。


 決めない。


     ◇


 切り口。


 布を外す。


 汁。


 止まりつつある。


 エマが近くで見る。


「このままでよいと思います」


「何か塗りますか」


「今は何も。湿ったものを塗ると、かえって悪くなることもあります」


「はい」


「雨が降るようなら、葉で軽く覆うことを考えても」


「今日は?」


 空。


 晴れ。


 雲。


 少ない。


「今は、開けておきましょう」


「はい」


 切った。


 次。


 すぐ何か。


 したくなる。


 でも。


 また。


 待つ。


     ◇


 左の下葉。


 残す。


 黄色。


 広がるか。


 斑点。


 出るか。


 上葉。


 新芽。


 茎。


 切り口。


 見ることが増えた。


「昼の観察は」


 フローラが言う。


「私が来ます」


 ガルドが眉を寄せる。


「昨日、休むと」


「切ったので」


「だからこそ、任せてください」


 フローラの言葉が止まる。


 切った。


 自分の手。


 そのあと。


 見たい。


 何度も。


 確かめたい。


 でも。


 その気持ち。


 必要だからか。


 怖いからか。


 分ける。


「昼に、切り口を見たいです」


「私たちも見ます」


「でも」


 レナードが少し離れた場所から口を開く。


「昨日、決めた時間を皆で持つと言った」


「はい」


「今日も同じだろう」


 フローラは。


 黙る。


「切ったのは姫君だ。だが、そのあとを姫君だけで見張る必要はない」


「見張る」


「そう見える」


 レナード。


 まっすぐ。


「畑を見るのではなく、間違っていないか自分を見張ろうとしている」


 胸。


 痛い。


 でも。


 否定できない。


 切った。


 正しかったか。


 葉。


 すぐ弱ったら。


 自分のせい。


 何度も見て。


 何か。


 変えたい。


 それは。


 オカエリを見るのではなく。


 自分の選択を。


 確かめたいだけかもしれない。


     ◇


「昼は、お願いします」


 フローラが言う。


 声。


 少し小さい。


 ガルドが頷く。


「はい」


「切り口。左の葉。上葉。新芽。茎。土」


「はい」


「切った葉も」


「家へ持ち帰られるのでは?」


 フローラは布の上の葉を見る。


 持ち帰る。


 自分で。


 見る。


 でも。


 それなら。


 畑と。


 家。


 別に観察。


「切った葉は、家へ持ち帰ります」


「はい」


「昼、畑へは来ません」


「承知しました」


     ◇


 子どもが尋ねる。


「葉、どうするの?」


「見ます」


「枯れる?」


「株から離れたので、少しずつ乾くと思います」


「捨てない?」


「今は捨てません」


「ずっと置く?」


「それも、まだ決めません」


 切った葉。


 最後。


 どこまで。


 残す。


 分からない。


     ◇


 キズナへ移る。


 薄青い花。


 ない。


 茎。


 花の付いていた場所。


 残っている。


 足元。


 土の上。


 薄い青。


 花びら。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 散っている。


 フローラの足が止まる。


 胸。


 別の痛み。


「落ちた」


 子どもが言う。


「朝、来た時には」


 ガルド。


「すでに、この状態でした」


 花。


 昨日。


 閉じた。


 今日。


 散った。


 フローラはしゃがむ。


 触れない。


 まず。


 見る。


 花びら。


 露。


 土。


 端。


 少し茶色。


 青。


 薄い。


「全部ありますか」


「見つけたのは四枚です」


 エマ。


「花びらは?」


 フローラは。


 昨日までの花。


 何枚。


 数えていない。


「分かりません」


 記録。


 花びらの数。


 書いていない。


 見ていた。


 でも。


 数えていなかった。


「見落としました」


 胸。


 また。


 痛む。


 帰った翌朝。


 嬉しくて。


 泣いて。


 でも。


 花びらの数を。


 数えなかった。


 今。


 全部あるか。


 分からない。


     ◇


「拾う?」


 子ども。


 昨日。


 言った。


 見つけられたら、拾うか考える。


 今。


 見つかった。


 土へ。


 落ちている。


 このまま。


 土へ戻す。


 拾う。


 乾かす。


 残す。


 どれも。


 できる。


「一枚だけ、拾います」


 フローラが言う。


「全部じゃないの?」


「全部を持ち帰ると、ここに何も残りません」


「でも、なくなる」


「土へ戻ります」


「一枚だけ?」


「はい」


 オカエリ。


 一枚。


 切った。


 キズナ。


 一枚。


 拾う。


 同じ一枚。


 でも。


 意味。


 違う。


     ◇


 フローラは、最も形の残っている花びらを一枚だけ、指先でそっと拾った。


 薄い。


 湿っている。


 力を入れれば。


 破れる。


 掌へ。


 置く。


 残りの花びら。


 土。


 そのまま。


「踏まれない?」


 子ども。


「今日は、周りへ印を置きます」


「囲う?」


「大きくは囲いません。見えるように」


 小さな石。


 周囲へ。


 三つ。


 花びらの近く。


 でも。


 風。


 吹けば。


 動く。


「明日なくなるかも」


「はい」


「いいの?」


 フローラは。


 土の上の青を見る。


「なくなるのではなく、土へ混ざります」


「見えなくなる」


「はい」


 見えなくなる。


 それは。


 寂しい。


 でも。


 全部。


 持ち帰る必要はない。


     ◇


 花の後。


 茎。


 少し膨らんでいる。


「種?」


 リオ。


 石を抱えたまま。


「まだ分かりません」


「花いない」


「はい」


「おはよう言えない」


「茎へ言いますか」


 リオは。


 少し考える。


 花のあった場所へ。


 石を向ける。


「おはよう」


 子どもたち。


 少し笑う。


 でも。


 誰も。


 馬鹿にしない。


「何に言ったのですか」


 フローラが尋ねる。


「次」


「次?」


「種かも」


 花の次。


 まだ。


 見えない。


 でも。


 あるかもしれない。


「はい」


     ◇


 キズナの記録。


『薄青の花は、朝には散っていた。確認できた花びらは四枚。昨日までに花びらの総数を記録していなかったため、全部かは不明。一枚だけ拾い、三枚は土へ残す。花の付いていた場所は少し膨らんで見える。種になるか観察する。』


 その下。


『咲いている間に取らなかった。散ったあと、一枚だけ持ち帰った。』


『全部を残すことと、全部を持つことは同じではない。』


     ◇


 ムラマルの虫。


 一匹。


 二匹。


 別の瓶。


 一匹の方。


 動く。


 二匹の方。


 昨日動きが少なかった一匹。


 葉の裏へ。


 ついている。


 もう一匹。


 瓶の壁。


 動く。


「生きてる」


 子ども。


「はい」


「分けてよかった?」


「まだ分かりません」


「また」


「一日で決めません」


 虫。


 葉。


 水滴。


 今日。


 記録。


     ◇


 青豆一号。


 新葉。


 アオジロウ。


 支柱。


 モリタン。


 印。


 いつもの観察。


 オカエリ。


 キズナ。


 大きな出来事。


 でも。


 ほかの株も。


 生きている。


「青豆一号、見忘れそうだった」


 子どもが言う。


「私もです」


 フローラは正直に答える。


「オカエリとキズナだけではありません」


「うん」


「大きな変化があると、ほかが見えにくくなります」


 だから。


 順番。


 記録。


 人。


 必要。


     ◇


 畑を出る前。


 ガルドから観察帳の三日目を受け取る。


「今日は、一枚多いです」


「なぜですか」


「雨の翌日で、支柱のことが多く書かれております」


「はい」


 全部。


 読みたい。


 でも。


 今日も。


 一日分。


「昼の観察」


 フローラ。


「任せます」


 ガルド。


「はい」


「大きな変化があれば」


「知らせます」


「小さな変化は」


「記録へ」


 もう。


 何度も。


 言った。


 でも。


 今日は。


 必要。


「お願いします」


     ◇


 家へ戻る道。


 フローラは。


 切った葉を布ごと両手で持っている。


 軽い。


 薄い。


 黄色。


 茶色い点。


 隣。


 小さな紙へ包んだキズナの花びら。


 失ったもの。


 拾ったもの。


 持ち帰る。


 ミナが隣を歩く。


 リオは石。


「重い?」


 リオが尋ねる。


「葉は軽いです」


「でも?」


 昨日。


 石。


 重い。


 少し。


 フローラは。


 切った葉を見る。


「少し重いです」


 リオは頷く。


「石も」


「はい」


     ◇


 家。


「ただいま」


 朝の畑から。


 戻る。


 机。


 王都の箱。


 観察帳。


 切った葉。


 花びら。


 全部。


 置く場所。


 考える。


 フローラは、王都の箱から少し離れた机の上へ、白い布を敷いた。


 葉。


 表。


 花びら。


 別の小皿。


 混ざらない。


「乾かしますか」


 ミナ。


「葉は、今の変化を見たいです」


「はい」


「花びらは」


 湿っている。


 このまま。


 腐るかもしれない。


 乾かす。


 残る。


「一度、布の上へ置きます」


「はい」


 全部。


 今。


 決めない。


     ◇


 茶。


 温かい。


 フローラは椅子へ座る。


 手。


 まだ。


 切った感触。


 残る。


 刃。


 抵抗。


 葉。


 落ちる。


「手が震えています」


 ミナが言う。


「はい」


「休みますか」


「少し」


 観察帳。


 三日目。


 目の前。


 でも。


 先に。


 休む。


     ◇


 寝台へ横になる。


 目を閉じる。


 オカエリ。


 葉。


 一枚。


 ない。


 切り口。


 汁。


 子どもの声。


 戻らない?


 戻らない。


 でも。


 株はある。


 キズナ。


 花。


 散った。


 一枚。


 拾った。


 残り。


 土。


 見えなくなる。


「残すために、手放しました」


 言う。


 オカエリ。


 残すため。


 一枚。


 キズナ。


 全部持たず。


 三枚。


 土へ。


 同じ。


 手放す。


 でも。


 違う。


     ◇


 少し眠った。


 目を覚ます。


 昼前。


 誰も来ていない。


 大きな変化。


 ない。


 ミナ。


 縫い物。


 リオ。


 石の丸。


「畑?」


 フローラ。


「来てない」


「はい」


「花びら、乾いた」


 小皿。


 薄青。


 少し。


 縮む。


「触りましたか」


「見ただけ」


「はい」


     ◇


 切った葉。


 端。


 少し。


 丸まり始める。


 黄色。


 斑点。


 変化。


 なし。


 切り口。


 乾く。


 匂い。


 まだ。


 強くない。


 記録。


『切ってから昼前。葉の縁が少し内側へ丸まる。斑点に大きな変化なし。強い臭いなし。』


 株から離れた葉。


 弱る。


 当然。


 でも。


 斑点。


 広がるか。


 見る。


     ◇


 観察帳の三日目。


 開く。


『フローラさまが王都へ行って三日目』


『朝、雨はやんだ。』


『土がやわらかい。』


『ガルドさんが、今日は畑へ入る人を三人にした。』


 昨日。


 雨。


 今日。


 土。


 柔らかい。


『子どもは柵の外から見る。』


『不満。』


 横。


 膨らんだ頬の顔。


 フローラは少し笑う。


     ◇


『青豆一号。水なし。』


『アオジロウ。支柱の下がゆるい。』


『ムラマル。見える葉だけ。』


『モリタン。土がぬれている。』


『オカエリ。変わらない。』


『キズナ。蕾。』


 オカエリ。


 この時。


 変わらない。


 黄色。


 まだ。


 ない。


 キズナ。


 蕾。


     ◇


 次。


『アオジロウの支柱は、朝に触らなかった。』


『土がやわらかいから。』


『昼、表面が少し乾いた。』


『支柱の反対側から土を足した。』


『全部直さない。』


 フローラの指が止まる。


 今日。


 オカエリ。


 表面。


 少し。


 土を動かした。


 同じ。


『一度に動かすと、どれがよかったか分からない。』


 誰か。


 もう。


 書いていた。


 自分がいない間。


 みんな。


 同じことを。


 学んでいた。


「私が教えたのでしょうか」


 フローラが言う。


 ミナが首を傾げる。


「何をですか」


「全部を一度に変えないことを」


「以前、フローラ様が畑で何度も話しておられました」


「はい」


「ですから、聞いていたのでしょう」


 自分の言葉。


 自分がいない時。


 残る。


 使われる。


     ◇


『昼、子どもが柵の外から、支柱が曲がって見えると言った。』


『中にいる大人には、曲がって見えなかった。』


『外から見ると、少し傾いていた。』


 視点。


 違う。


 近く。


 遠く。


 中。


 外。


 見えるもの。


 違う。


「今日も」


 フローラが言う。


「私一人では、見えなかったことがあります」


「はい」


 エマ。


 ガルド。


 村人。


 子ども。


 レナード。


 意見。


     ◇


『夕方、支柱を少しだけ直した。』


『アオジロウの茎には触れなかった。』


『次の朝も見る。』


『すぐ真っすぐにしたかったけど、ガルドさんが止めた。』


『昨日は昨日だと言った人が、今日は待てと言った。』


 フローラは。


 笑う。


 ガルド。


 昨日。


 今日。


 でも。


 少しずつ。


 待つ。


     ◇


 別の字。


『フローラ様がいない三日目。』


『子どもが、もう帰るかと聞いた。』


『まだだと答えた。』


『いつ帰るか聞かれた。』


『分からないと答えた。』


『分からないと言うと、子どもが怒った。』


 フローラの胸。


 少し。


 痛む。


 帰る日。


 言えなかった。


 王都。


 どうなる。


 分からない。


『だから、帰る日を勝手に決める案が出た。』


『明日。』


『明後日。』


『雨が止んだら。』


『キズナが咲いたら。』


 子どもたち。


 待つために。


 日を。


 決めたい。


『でも、決めた日に帰らなかったら、もっと悲しくなる。』


『だから、決めない。』


『帰る日は、姫君様が決める。』


 フローラは。


 紙を見る。


 帰る日。


 自分が。


 決めた。


 王都で。


 明日、帰ります。


 その言葉。


 森へ。


 まだ届いていない時。


 みんな。


 勝手に決めなかった。


     ◇


『待つ人は、帰る日を決められない。』


『でも、帰った時に見せるものは決められる。』


『今日は、アオジロウの支柱を少し直した。』


 フローラの目が。


 熱くなる。


 帰る日。


 決められない。


 でも。


 帰った時。


 見せるもの。


 畑。


 記録。


 花。


 全部。


 作った。


     ◇


 子どもの字。


『フローラさま、きょうもごはん食べたかな。』


 また。


 フローラは笑いながら。


 涙。


 出る。


「食べました」


 紙へ。


「今日も」


 あの日。


 馬車。


 宿。


 王都へ。


 何を食べた。


 少し。


 思い出す。


「たぶん、パンとスープです」


「よく覚えておられますね」


 ミナ。


「森で食べたものより、味は覚えていません」


「はい」


     ◇


 裏面。


『今日、家の中へは入らなかった。』


『窓から見た。』


『机の上に、紙がある。』


『何の紙か分からない。』


『見ない。』


 自分の家。


 机。


 書きかけ。


 何。


 覚えていない。


 でも。


 誰も。


 入らない。


 見ない。


『姫君様の分からないものを、こちらで分かったことにしない。』


 昨日。


 畑。


 オカエリ。


 今日。


 葉。


 同じ。


     ◇


『夕方、家の前へ小さな枝が落ちた。』


『明日、拾う。』


『今日は土がやわらかいから、踏まない。』


 待つ。


 明日。


 枝。


 今日。


 無理に。


 しない。


 暮らし。


 すべて。


 同じ。


     ◇


 最後。


『三日目も、姫君様は帰らなかった。』


『畑は、少し変わった。』


『村も、少し変わった。』


『待つ人も、昨日と同じではない。』


 フローラは。


 何度も読む。


 待つ人も。


 変わる。


 自分がいない間。


 止まらない。


 畑。


 村。


 人。


 帰る場所。


 同じまま。


 待つのではない。


 変わりながら。


 待つ。


     ◇


「私が帰った時」


 フローラ。


「みんなは、私が出た日のままではありませんでした」


「はい」


 ミナ。


「私も、出た日のままではありませんでした」


「はい」


「だから」


 紙。


 切った葉。


 花びら。


「同じ場所へ戻っても、同じではないのですね」


「はい」


 帰る。


 元へ。


 戻す。


 ではない。


 変わった自分が。


 変わった場所へ。


 戻る。


     ◇


 昼食。


 畑へ。


 行かない。


 でも。


 切った葉。


 見る。


 花びら。


 乾く。


 観察帳。


 読む。


 人。


 畑。


 見ている。


 静かな待つ。


     ◇


 昼過ぎ。


 エマが来た。


 走っていない。


 顔。


 落ち着いている。


 フローラは。


 すぐ立つ。


「大きな変化は?」


「ございません」


 息。


 緩む。


「切り口は乾き始めています。汁も増えておりません」


「左の葉は?」


「黄色い範囲に、朝から大きな広がりはございません。斑点も見つかっておりません」


「上は?」


「変わらず緑です」


「茎」


「朝と同じ程度です」


 フローラは椅子の背へ手を置く。


「ありがとうございます」


     ◇


 エマは、机の切った葉を見る。


「こちらは?」


「端が少し丸まりました。斑点は、大きく変わっていません」


「裏を見ても?」


「どうぞ」


 エマ。


 見る。


 触れない。


「強い腐りではなさそうです」


「病気ではない?」


「そこまでは申せません」


「はい」


「ただ、斑点が急に広がってはいないようです」


「はい」


 切った。


 正しかった。


 間違い。


 まだ。


 分からない。


     ◇


「フローラ様」


「はい」


「切ったあと、畑へ来られませんでしたね」


「はい」


「来られると思っておりました」


「私も、行くと思いました」


「でも?」


「自分の選択を見張ろうとしていると言われました」


 エマが少し笑う。


「レナード様でしょうか」


「分かりますか」


「言いそうです」


「はい」


     ◇


「私も」


 エマ。


「自分の畑で、葉を切った日は何度も見に行きました」


「はい」


「見ても、戻せないのに」


「はい」


「でも、行きました」


「後悔しましたか」


 エマは少し考える。


「切ったことより、もっと早く気づけなかったことを」


「はい」


「けれど、あとから考えると、毎日見ていたのです。見ていても、分からなかった」


 フローラ。


 黙る。


「見ていたのに」


「はい」


「分からないことがあります」


「あります」


 見落とした。


 気づけなかった。


 それだけで。


 見ていなかったことにはならない。


     ◇


「エマさん」


「はい」


「昨日、名前を聞きました」


「はい」


「今まで、畑を見てくれていたのに」


「はい」


「名前を知りませんでした」


 エマが少し困った顔で笑う。


「私も、名乗っておりませんでした」


「でも」


 フローラ。


「今日、葉を切る時、エマさんがいてくれてよかったです」


 エマの表情。


 止まる。


 少し。


 目元。


 柔らかくなる。


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


     ◇


 夕方。


 畑へ。


 朝。


 切った場所。


 オカエリ。


 右下葉。


 ない。


 見慣れない。


 株。


 少し。


 空いている。


 でも。


 立っている。


 切り口。


 乾く。


 色。


 薄い緑。


 汁。


 なし。


 左の下葉。


 黄色。


 朝から。


 大きな広がりなし。


 斑点。


 なし。


 上葉。


 新芽。


 緑。


 茎。


 朝と。


 同じように見える。


「今日の間は」


 フローラ。


「大きな悪化は見られません」


 周囲。


 小さく。


 息。


     ◇


「切ってよかった?」


 子ども。


 すぐ。


 答えたくなる。


 よかった。


 今。


 悪くない。


 でも。


 一日。


「まだ分かりません」


 子ども。


 少し。


 不満。


「でも、今日の間、切り口は乾き、左の葉へ斑点は出ませんでした」


「一つ分かった?」


「はい」


「オカエリ、元気?」


「上の葉と新芽は、まだ緑です」


「じゃあ、少し元気」


「そう見えます」


 全部。


 大丈夫。


 ではない。


 でも。


 少し。


     ◇


 キズナ。


 土の上。


 花びら。


 二枚。


 朝は三枚残した。


 一枚。


 ない。


 風。


 運んだ。


 土へ。


 混ざった。


 分からない。


「一枚なくなった」


 子ども。


「はい」


「探す?」


 フローラは。


 周囲。


 見る。


 畑。


 土。


 草。


 青。


 ない。


「探しません」


「なんで?」


「どこへ行ったか分からないからです」


「なくなった」


「見えなくなりました」


「同じじゃない?」


 フローラ。


 少し考える。


「見えなくても、どこかにあります。土の間か、風の先か」


「拾えない」


「はい」


「悲しい?」


「少し」


「でも探さない?」


「はい」


 全部。


 見つけようとしない。


 帰った。


 自分。


 見られた花。


 一枚。


 持つ。


 残り。


 森。


     ◇


 花の付いていた場所。


 膨らみ。


 朝より。


 変わらない。


 種。


 できるか。


 まだ。


 分からない。


 リオが石を向ける。


「おやすみ」


「花はありません」


「次に」


「はい」


     ◇


 夕方の記録。


『オカエリ。右下葉一枚を朝に切除。夕方まで切り口は乾き、汁の増加なし。左下葉の黄色い範囲は朝から大きな拡大なし。斑点なし。上葉、新芽、茎に大きな変化なし。』


『切った葉は家で観察。縁が丸まり、乾き始めた。斑点に大きな変化なし。強い臭いなし。』


『切ったことが正しかったかは、まだ決めない。明日も比較する。』


 その下。


『キズナの花びらは、朝に四枚確認。一枚だけ拾った。三枚を土へ残したが、夕方には二枚だけ確認できた。なくなった一枚は探さなかった。』


 さらに。


『見えなくなったものを、全部取り戻そうとしなかった。』


     ◇


 家へ戻る前。


 村人たち。


 少し。


 残る。


 フローラは。


 みんなへ向く。


「今日は、ありがとうございました」


 ガルド。


 エマ。


 レナード。


 子ども。


「葉を切る時、見ていてくれて」


 年配の男性が。


 頭を下げる。


「こちらこそ」


「何がですか」


「皆の話を聞いてくださったことです」


 若い女性。


「切ると決めた時も、残す葉を見せてくださったことです」


 畑。


 自分。


 見せる。


 意見。


 聞く。


 でも。


 決める。


 フローラは。


 静かに頷いた。


     ◇


 夕食。


 今日は豆。


 リオ。


 満足。


 フローラ。


 切った葉。


 机。


 気になる。


 何度も。


 見たい。


 でも。


 食べる。


 煮込み。


 温かい。


 森。


 家。


 暮らし。


     ◇


 食後。


 切った葉。


 さらに乾く。


 斑点。


 少し。


 濃く見える。


 広がり。


 分からない。


 光。


 朝。


 違う。


「明日の朝、同じ窓辺で見ます」


 ミナ。


「はい」


 花びら。


 乾く。


 薄い青。


 小さく。


 縮む。


「これは」


 フローラ。


「残したいです」


 初めて。


 言う。


「どのように?」


「紙に挟みます」


「乾かしてからの方が」


「はい」


 今。


 湿り。


 もう少し。


 乾く。


 待つ。


     ◇


 王都の箱。


 今日も。


 閉じている。


 フローラは。


 蓋へ手を置く。


「母様」


 今日。


 葉を切った。


 花びらを拾った。


 全部。


 持たなかった。


「残すために、手放しました」


 母。


 公爵家。


 過去。


 手放す。


 関係。


 切る。


 残す。


 同じではない。


 でも。


 言葉。


 胸へ。


 重なる。


「まだ、読みません」


 手を離す。


     ◇


 花守り布へ。


 紙。


『オカエリの右下葉一枚を切った。』


『切った葉は戻らない。オカエリは残っている。』


『切ったことが正しかったかは、まだ分からない。』


『キズナの花が散った。』


『一枚だけ拾い、残りは土へ置いた。』


『残すために、一枚だけ手放した。』


 六つ。


 多い。


 でも。


 今日。


     ◇


 寝台。


 身体。


 疲れ。


 ある。


 でも。


 昨日より。


 深い。


 心。


 切った。


 散った。


 手放した。


 残った。


「おやすみなさい、オカエリ」


 右下葉。


 ない。


「明日、切り口を見ます」


 左。


 残る。


「黄色も」


 上。


 新芽。


「緑も」


     ◇


「おやすみなさい、キズナ」


 花。


 ない。


 でも。


 茎。


 膨らみ。


 次。


 あるかもしれない。


「花びらを、一枚だけ持っています」


 全部ではない。


 でも。


 一枚。


     ◇


 観察帳の三日目。


 待つ人も。


 昨日と同じではない。


 自分も。


 同じではない。


 昨日。


 切らなかった。


 今日。


 切った。


 昨日。


 花。


 咲く。


 今日。


 散る。


 変わる。


 毎日。


 同じ畑。


 でも。


 同じではない。


     ◇


 フローラは毛布を胸まで引き上げた。


 失うこと。


 全部。


 なくなることではない。


 一枚。


 手放す。


 残り。


 見る。


 一枚。


 拾う。


 残り。


 土へ。


 戻す。


「明日も、見ます」


 切った跡。


 残した葉。


 花の次。


 見えなくなったもの。


 見えるもの。


 どちらも。


 急がず。


 決めつけず。


 フローラは、残すことが何一つ失わないことではないと知りながら、森へ帰って五度目の夜へ、ゆっくりと目を閉じた。

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