第81話 青の姫君、会う順番を自分で決める
翌朝、フローラが目を覚ました時、最初に感じたのは、寝台の広さだった。
目を開ける前から、身体の周りに余白が多いことが分かる。いつもの森の家なら、腕を少し伸ばせば壁に近い空気を感じられた。寝返りを打てば毛布の端がずれ、窓から入る朝の風が頬へ触れる。
けれど、王宮の寝台は広すぎた。
村から持ってきた毛布は胸の上にきちんと残っているのに、その外側には冷えた空間が大きく広がっていた。見慣れない天蓋の布が頭上に垂れ、まだ薄暗い部屋の中で、重い影を作っている。
フローラはすぐには起き上がらなかった。
ここは、王宮。
昨日、王都の門をくぐった。
父様へ会った。
王宮の客室へ入り、森の毛布を寝台へ広げた。
それから夜になり、眠った。
記憶を一つずつ確かめる。
夢ではない。
「……朝です」
小さく声にすると、その音が部屋の広さへ吸い込まれていった。
森の家では、自分の声が壁へ近く返ってくる。ここでは、言葉が遠くまで行ってしまう。
その違いへ、胸の奥が少し不安になる。
けれど。
毛布には、かすかに煙と乾いた草の匂いが残っている。
枕元には花守り布が置いてある。
内側の小さな袋には、六つの言葉と、茶屋の女の子からもらった木の実が入っている。
目に見える形で、森のものがある。
フローラは毛布の上から胸へ手を置いた。
昨日ほど速くはない。
でも、落ち着いているとも言えない。
今日、国王陛下との面会があるかもしれない。
昨日、王宮侍従次長のエドガーは、フローラの体調を確認した上で、日程を整えると言っていた。
つまり。
今日、会えますかと聞かれる。
国王陛下が待っている。
父様も、母様も王都にいる。
昨日は父様へ会った。
母様には会わなかった。
今日は。
「今日は、今日の私が決めます」
昨夜も同じことを言った。
朝になっても、その言葉をもう一度必要としている。
決めたことは、一度言えば終わりではない。
怖くなるたびに、何度でも確かめていい。
「国王陛下へ、会うかどうか」
会いたくないわけではない。
逃げたいだけでもない。
話さなければならないことがある。
森で暮らしたい。
住む場所は、自分も決めたい。
婚姻は今は望まない。
公爵家をどうするかは、まだ分からない。
分からないことを、今すぐ決めたことにしない。
森へ戻る。
六つの言葉。
昨日の自分は、それを持って王都へ入った。
今日の自分は、その言葉を誰かへ渡さなければならない。
思った瞬間、胸が固くなる。
渡す。
聞かれる。
返事をされる。
認めてもらえるかもしれない。
否定されるかもしれない。
「……怖いです」
誰もいない部屋で、正直に言う。
それでも、昨日、父様へ言えた。
遅い。
屋敷にいた時に見てほしかった。
私は娘だった。
人だった。
あれを言えた自分が、今日もいる。
「おはようございます」
まだ閉じたままのカーテンへ向かって言う。
「おはようございます、母様」
胸が、少しだけ強く痛んだ。
母様は、同じ王都にいる。
王宮から公爵家までは、森の家から村へ向かうよりも近いかもしれない。
それでも、会う距離はまだ遠い。
「今日、会うかどうかは、まだ決めません」
母様へ会う。
国王陛下へ会う。
父様へもう一度会う。
全部を同じ日にしなくてもいい。
「順番を、私が決めます」
その言葉を口にした時、フローラはようやく上半身を起こした。
◇
寝台を降り、窓辺まで歩く。
厚いカーテンへ手をかけたまま、少し迷った。
昨日、王都の中へ入る時、カーテンを半分だけ閉めた。
全部見たくない。
でも、全部から隠れたくもない。
今日はどうするだろう。
少しだけ開く。
朝の光が細い線になって、部屋の床へ落ちた。
明るすぎる。
フローラは目を細める。
それでも、もう少しだけカーテンを開いた。
高い窓の向こうには、王都の屋根が広がっていた。
昨日の夕方とは違う。
朝の王都は、白い煙と薄い青の空に包まれている。遠くでは鐘が鳴り、屋根の隙間を縫うように鳥が飛んでいた。
王宮の庭では、すでに庭師たちが働いている。
長い柄の箒で石畳を掃く者。
花壇の縁へ膝をつき、土の状態を確かめる者。
噴水の水路を覗き込む者。
その姿へ、フローラの目が自然に止まった。
花壇。
昨日も思った。
整っている。
美しい。
でも、どこにも豆がない。
食べられるものがない。
「本当に、少しだけなら」
豆を植えてもよい場所があるのではないか。
王宮の庭へ勝手に畑を作ることはできない。
それは分かっている。
でも、考えるだけなら自由だった。
花壇の端。
陽当たり。
土の色。
水路からの距離。
気づけば、国王陛下への面会より、豆を植える場所を考えている。
フローラは小さく笑った。
「私は、まだいます」
森で畑を見ていた自分。
土の色で水分を考える自分。
葉の形を見て、何を植えられるか考える自分。
王宮の部屋で目を覚ましても、消えていない。
◇
扉が控えめに叩かれた。
身体がわずかに固くなる。
王宮の部屋。
知らない誰か。
昨日なら、それだけで声が出なかったかもしれない。
「どなたですか」
フローラが尋ねる。
「ミナです。お目覚めでしょうか」
胸の力が抜けた。
「はい。入ってください」
扉が開き、ミナが朝の服装で入ってきた。
後ろには、昨日着替えを手伝ってくれた侍女が一人だけ立っている。
数が少ない。
フローラが昨日、必要な人数まで減らしてほしいと頼んだからだ。
そのことに気づき、少しだけ安心する。
「おはようございます、フローラ様」
「おはようございます」
「お身体はいかがですか」
大丈夫です。
いつもの言葉が、すぐに出そうになる。
けれど、フローラは一度息を吸った。
「少し、緊張しています」
「はい」
「寝台が広くて、何度か目を覚ましました」
「はい」
「でも、眠れなかったわけではありません」
ミナは静かに頷いた。
「では、完全にお疲れが取れたわけではないけれど、動けないほどではないのですね」
「はい」
正確に言葉へしてもらうと、自分の状態が少し分かりやすくなる。
「朝食の前に、エドガー様からご伝言がございます」
胸が少し固くなる。
「国王陛下ですか」
「はい」
ミナは急がずに続けた。
「陛下は、本日の午前、午後、どちらも予定を空けておられるそうです」
フローラは目を見開いた。
「両方?」
「はい。フローラ様がお会いになれる時を選べるように、と」
国王陛下が。
国の頂点に立つ人が。
午前も午後も空けている。
それはフローラへ選ばせるため。
胸が苦しくなる。
待たせている。
陛下の時間を、自分が止めている。
「すぐに決めなければ」
言いかけたフローラへ、ミナが静かに首を横へ振った。
「朝食のあとでよいそうです」
「でも」
「陛下ご自身が、急がせないようにと仰ったそうです」
急がせない。
待つ。
王都へ戻ってから、何度も聞くようになった言葉。
父様も昨日、待った。
国王陛下も待つ。
以前なら、考えられなかった。
「午後にしたら、陛下の予定をさらに空けさせることになります」
「すでに空けておられます」
「でも」
「フローラ様」
ミナの声は柔らかい。
「陛下が選ばれたことまで、フローラ様が背負わなくてよいのではありませんか」
フローラは言葉を止めた。
「陛下が、時間を空けると決めた」
「はい」
「私が、決めたのではありません」
「はい」
「私が悪いわけではない?」
「はい」
王の時間。
国の予定。
大切なもの。
それでも、国王陛下が自分で選んだ。
フローラが奪ったのではない。
「……朝食のあとに決めます」
「それでよいと思います」
◇
侍女に手伝ってもらい、顔を洗い、髪を整える。
今日は、正式な謁見の可能性がある。
そのため、昨日までの旅服ではなく、王宮側が用意した衣装を着ることになっていた。
衣装部屋へ入ると、三着のドレスが並んでいる。
深い青。
淡い銀。
柔らかな緑。
どれも華美すぎず、それでも上質だった。
フローラは入口で足を止める。
以前なら、侍女が選んだものを着た。
季節。
相手。
家格。
髪の色。
自分の気持ちより、正しさが先だった。
「どれになさいますか」
侍女が尋ねる。
自分で選ぶ。
胸が少し緊張する。
国王陛下へ会うなら、深い青が公爵令嬢らしいのかもしれない。
銀は王宮に合う。
緑は。
森に近い。
フローラは三着を一つずつ見た。
「緑にします」
侍女は驚かなかった。
「かしこまりました」
それだけ。
公爵令嬢なら青を、と言われない。
王宮では銀が、と訂正されない。
「緑でよいのですか」
フローラが確認すると、侍女は少しだけ不思議そうにした。
「フローラ様がお選びになったものですので」
胸の奥が温かくなる。
「ありがとうございます」
緑のドレスは、森の葉のように濃すぎる色ではなかった。春の若葉を思わせる柔らかな色で、袖や裾には同色の糸で小さな蔦の模様が刺繍されている。
着せてもらう途中、背中の紐が締まる。
少し苦しい。
フローラはすぐに言った。
「もう少し、緩くしてください」
「この程度でしょうか」
「はい。ありがとうございます」
昨日も言えた。
今日も言えた。
同じことでも、繰り返すたびに少し自然になる。
髪飾りを選ぶ時、侍女が銀の花飾りを差し出した。
「こちらはいかがでしょう」
きれいだった。
でも。
フローラは花守り布へ目を向ける。
謁見に花守り布をつけてよいのだろうか。
王宮の正式な場。
村で作られた素朴な布。
以前の自分なら、考える前に諦めていた。
「花守り布は、使えませんか」
侍女の手が止まる。
「確認いたします」
否定ではなかった。
すぐに駄目とも言われなかった。
侍女は一度部屋を出て、しばらくして戻ってきた。
「陛下との私的な面会であれば、問題ないとのことです」
「私的?」
「公式の謁見ではなく、陛下がフローラ様と個人的にお話しになるお時間として整えられる予定です」
フローラは驚いた。
国王と公爵令嬢。
それでも、公式な場にしない。
大勢の臣下も、記録官も、貴族もいない。
「では、花守り布を使います」
「かしこまりました」
緑のドレス。
花守り布。
少し不思議な組み合わせ。
それでも鏡を見ると、昨日までの自分と、これから会う自分の両方がいるように見えた。
◇
朝食の部屋へ行くと、リオが先に待っていた。
フローラを見た瞬間、手に持っていたパンを止める。
「何ですか」
「緑」
「はい」
「畑みたい」
「ドレスです」
「分かってる」
「似合いませんか」
少し不安になって尋ねる。
リオはフローラを上から下まで見たあと、言った。
「似合う」
短い。
でも、まっすぐだった。
「ありがとうございます」
「花守り布もある」
「はい」
「そのまま王様に会う?」
「まだ時間は決めていません」
「行きたくない?」
フローラは席へ座りながら考えた。
「行きたくない、だけではありません」
「うん」
「怖いです」
「うん」
「でも、話したいです」
「うん」
リオはパンを置いた。
「なら、行く?」
「時間を決めます」
「いつ」
朝。
昼。
午後。
選べる。
フローラは食卓の上の湯気を見つめた。
朝一番なら、待つ時間が短い。
怖さを長く抱えずに済む。
でも、心の準備が足りない。
午後なら、準備できる。
けれど、待つ間に怖さが大きくなるかもしれない。
「午前と午後の間はありますか」
フローラが尋ねると、ミナは少し笑った。
「昼食の前後でしょうか」
「はい」
「エドガー様へ確認できます」
朝でも、午後でもない。
自分が落ち着きやすい時間。
「昼食の前がよいです」
決めると、胸が大きく鳴った。
怖い。
でも。
自分で選んだ。
「では、そのようにお伝えします」
ミナが答える。
「はい」
◇
朝食を終えたあと、フローラは六つの言葉が書かれた紙を取り出した。
昨日、何度も触れたため、紙の端には少し皺がついている。
机の上へ広げる。
国王陛下へ、どこまで話すのか。
六つすべて。
それでよいのだろうか。
「順番も、このままですか」
ミナが尋ねる。
フローラは一つずつ読み返した。
一つ目。
森で暮らしたい。
二つ目。
住む場所は、私も決める。
三つ目。
今は婚姻を望まない。
四つ目。
公爵家をどうするかは、まだ分からない。
五つ目。
分からないことを、今すぐ決めたことにしない。
六つ目。
森へ戻る。
「最初と最後が、似ています」
フローラが言う。
「森で暮らしたい。森へ戻る」
「似ていますが、同じではありません」
「はい」
一つ目は望み。
六つ目は、今の旅の終わり。
王都へ滞在したあと、戻る。
その決意。
「国王陛下へ、六つ全部を言います」
「はい」
「父様へは」
昨日、一部は言えた。
でも、六つの言葉そのものはまだ伝えていない。
「父様へ、今日また会う必要がありますか」
ミナはすぐに答えなかった。
「フローラ様は、会いたいですか」
「……分かりません」
「では、今日決めなくてもよいと思います」
「国王陛下へ会ったあとに、決めても?」
「はい」
順番。
国王陛下。
父様。
母様。
すべてを事前に決めなくていい。
一人へ会ったあとの自分の状態を見てから、次を決める。
「それなら、今日はまず国王陛下です」
口にすると、少しだけ整った。
「父様と母様は、そのあとに考えます」
ミナが頷く。
「承知いたしました」
◇
面会までの時間。
フローラは客室で待つことになった。
何かをしていたい。
何もしなければ、国王陛下のことばかり考えてしまう。
けれど、王宮の部屋には畑がない。
植物の記録も、今日の分はまだ書けない。
フローラは窓の外の庭へ目を向けた。
「庭を歩いてもよいでしょうか」
エドガーへ確認してもらうと、西客室棟の前にある小庭園なら、自由に歩いてよいという返事が届いた。
フローラ、ミナ、リオの三人で外へ出る。
護衛は少し離れた位置からついてきた。
王宮の庭は、近くで見るとさらに整っていた。
石畳の間に雑草はほとんどない。
花壇の縁は同じ高さに揃えられ、花も色ごとに並んでいる。
美しい。
でも。
少し息が詰まる。
「きれいですね」
フローラが言う。
ミナが頷く。
「はい」
「でも、全部が同じ場所へ並んでいます」
「はい」
「森では、もっと勝手に生えます」
リオが花壇を見る。
「ここの花、窮屈そう」
フローラは少し驚いて、彼を見る。
「分かりますか」
「なんとなく」
植えられた花が本当に窮屈かは分からない。
人の気持ちと植物を、すぐに同じものへ重ねてはいけない。
それでも、見ていて息苦しさを感じる自分はいる。
「この花が嫌だと決めることはできません」
フローラはゆっくり言った。
「花は、ここで育ちたいと思っているかもしれません」
「うん」
「でも、私は少し窮屈に見えます」
「うん」
似ている。
でも、同じではない。
花は花。
自分は自分。
その距離を残したまま、感じたことだけを認める。
花壇の端へ、庭師の一人が立っていた。
年配の男性で、フローラたちへ気づくと深く頭を下げる。
「おはようございます」
フローラが先に声をかけると、庭師は驚いたように顔を上げた。
「おはようございます、フローラ様」
「少し、見てもよいですか」
「もちろんでございます」
フローラは花壇へ近づき、土を見る。
表面は乾いている。
でも、指を入れれば下には水分がありそうだった。
「昨日は、水をやりましたか」
庭師はまた少し驚く。
「朝に一度。夕方は、土の状態を見て控えました」
「それがよいと思います」
言ってから、頼まれていないと気づく。
「すみません」
「いえ」
庭師は首を横へ振った。
「土をご覧になれば、分かるのですか」
「完全には分かりません」
「完全には?」
「表面だけでは、下の水分は分からないことがあります」
フローラは花壇の縁へ膝をつかず、少し身を屈めて土を見る。
「葉の状態や、昨日の天気も見ます」
「なるほど」
庭師の目が、少し変わる。
公爵令嬢を見る目ではなく。
植物の話をする相手を見る目。
「こちらでは、食べられる植物は育てないのですか」
フローラが尋ねると、庭師は少し考えた。
「薬草園と果樹園は別の区画にございます」
「豆は?」
「豆、でございますか」
「はい」
リオが横から言う。
「王宮の庭に植えたいらしい」
「まだ、植えるとは言っていません」
「昨日から言ってる」
「考えているだけです」
庭師の口元が、わずかに緩んだ。
「西庭の一角に、使用人用の菜園がございます。豆も少し育てております」
フローラの顔が自然に明るくなる。
「見てもよいですか」
「本日は面会がおありと伺っておりますので、お時間が許せば、後ほどご案内いたします」
「本当ですか」
「はい」
国王陛下との面会のあと。
菜園を見る。
胸の中へ、小さな予定ができた。
怖いことのあとに、見たいものがある。
それだけで、少し呼吸がしやすくなる。
「お願いします」
◇
客室へ戻ると、エドガーが待っていた。
「フローラ様。陛下が、昼前のお時間で承知されました」
胸が強く鳴る。
「はい」
「場所は、東の小応接室でございます」
「謁見の間ではないのですか」
「はい」
「誰がいますか」
フローラはすぐに尋ねた。
以前なら、聞いてはいけないと思った。
王が決めた場へ、何も尋ねず行くものだと。
でも今日は知りたい。
誰がいるのか。
どれほどの時間なのか。
途中で休めるのか。
エドガーは丁寧に答えた。
「陛下、私、護衛が二名。フローラ様がお望みであれば、ミナ様とリオ様も同席できます」
フローラは驚いて二人を見る。
「一緒に入れますか」
「陛下より、そのように」
リオがすぐに答える。
「入る」
「リオ」
ミナが声をかける。
「フローラ様がお決めになります」
「あ」
リオが黙る。
フローラは少し考えた。
国王陛下と話す。
公爵家のこと。
婚姻のこと。
森のこと。
ミナとリオへ聞かれて困る内容ではない。
むしろ。
そばにいてほしい。
「二人とも、一緒に来てください」
「はい」
ミナが頷く。
「うん」
リオも答えた。
エドガーはさらに続ける。
「面会時間は定めておりません。フローラ様がお疲れになった時点で終えてよいと、陛下より申し付かっております」
「私から、終わりにしてよいのですか」
「はい」
「国王陛下の話の途中でも?」
エドガーは一瞬だけ考えたあと、はっきりと頷いた。
「ご体調が難しい場合は、そのように」
体調だけ。
気持ちが苦しい時は。
「怖くなった時も?」
フローラは聞いた。
エドガーの表情が少し変わる。
それでも、すぐに答えた。
「はい。陛下は、無理をさせないようにと仰せです」
胸の奥が熱くなる。
「分かりました」
◇
面会の時間が近づく。
フローラは鏡の前へ座り、花守り布の位置を確かめた。
内側の小さな袋へ触れる。
六つの言葉。
木の実。
全部ある。
ミナは後ろで、ドレスの裾を整えている。
リオは礼装ではないが、王宮側から用意された簡素な上着を着ていた。首元が気になるらしく、何度も指を入れている。
「苦しいですか」
フローラが尋ねる。
「少し」
「緩めてもらった方がよいです」
「王様の前」
「苦しいまま会う必要はありません」
自分が言われたことを、今度はリオへ言う。
ミナが上着の留め具を少し調整した。
「これでいかがですか」
「楽」
「では、それで」
フローラは鏡の中で、自分と二人を見る。
緑のドレス。
花守り布。
ミナ。
リオ。
王宮の部屋。
不思議な光景。
でも。
これが、今の自分が選んだ形だった。
「行きます」
声にすると、胸が強く鳴った。
ミナが頷く。
「はい」
リオも言う。
「うん」
◇
東の小応接室へ向かう廊下は、静かだった。
人の数が少ない。
おそらく、フローラが大勢の視線を苦手としていることを考え、通行を減らしているのだろう。
それでも、数人の侍従や護衛とすれ違う。
全員が足を止め、頭を下げる。
フローラの身体は、そのたびに少しだけ固くなった。
見られる。
公爵令嬢。
青い髪。
森から戻った娘。
噂が、頭の奥へ浮かぶ。
けれど、花守り布へ触れる。
今の自分。
畑を耕す。
植物を見る。
森へ戻る。
廊下の窓から、中庭が見えた。
白い石。
水。
花。
遠くに庭師。
さきほど約束した菜園。
国王陛下へ会ったあと、見に行く。
一つ先の予定。
それが、足を前へ進める助けになった。
エドガーが扉の前で立ち止まる。
「こちらでございます」
扉。
その向こうに国王陛下がいる。
胸が苦しい。
呼吸が浅くなる。
「少し、待ってください」
フローラは言った。
エドガーはすぐに扉から一歩離れた。
「はい」
誰も急かさない。
フローラは目を閉じる。
森。
畑。
オカエリ。
キズナ。
大鍋。
六つの言葉。
ミナとリオ。
「フローラ」
リオが小さく言う。
「森」
頼んでいないのに。
でも、必要だった。
「はい」
「畑」
「はい」
「大鍋」
「それは最後です」
「分かってる」
少し笑う。
呼吸が戻る。
「開けてください」
フローラはエドガーへ言った。
◇
扉がゆっくり開く。
応接室は、謁見の間ほど広くなかった。
暖炉。
低い机。
向かい合う椅子。
窓から入る柔らかな光。
そして、その奥に国王陛下が立っていた。
記憶の中より、少し年を重ねている。
王冠はない。
重い礼装も着ていない。
濃い色の上着をまとい、臣下へ命令を下す王というより、一人の年長の男性に近く見えた。
それでも。
国王陛下。
身体がすぐに昔を思い出す。
膝をつく。
頭を下げる。
言われるまで顔を上げない。
フローラの足が止まる。
国王は、フローラを見た。
青い髪。
花守り布。
緑のドレス。
そのすべてを、静かに受け止めるような目だった。
「フローラ」
国王が名前を呼ぶ。
公爵令嬢ではなく。
青の姫君でもなく。
名前。
胸が強く痛んだ。
フローラは反射的に膝を折りかける。
その時、国王が静かに手を上げた。
「そのままでよい」
フローラは動きを止めた。
「今日は、臣下として呼んだのではない」
国王の声は低く、けれど強くなかった。
「話を聞くために、来てもらった」
来てもらった。
命じたのではない。
呼び戻したのでもない。
胸の奥へ、ゆっくり言葉が落ちる。
国王は椅子を示した。
「座ってくれ。ミナとリオも」
リオが国王をじっと見ている。
ミナが小さく頭を下げ、リオの袖を引いた。
三人で椅子へ座る。
国王も向かいへ腰を下ろした。
机の上には、茶と水が用意されている。
誰もすぐには話さなかった。
国王は急かさない。
フローラが話すのを待っている。
その沈黙が、かえって怖い。
何を最初に言うのか。
挨拶。
感謝。
謝罪。
公爵令嬢らしい言葉。
いくつも浮かぶ。
でも。
花守り布の内側へ触れる。
一つ目。
「私は」
声が震える。
国王は動かない。
「森で暮らしたいです」
言えた。
最初の言葉。
国王の表情は変わらない。
否定も、驚きもない。
「そうか」
ただ、短く受け取った。
フローラは次の言葉を探す。
「住む場所は」
呼吸を整える。
「私も、決めたいです」
「うむ」
「王家や、公爵家の事情があることは、分かっています」
完全には分かっていない。
それでも、事情があることは知っている。
「でも、私がいないところで、私の暮らす場所を決めないでほしいです」
国王は、ゆっくり頷いた。
「もっともだ」
その返事に、フローラは一瞬言葉を失った。
もっとも。
否定されなかった。
自分勝手とも。
公爵令嬢として無責任とも言われない。
胸の奥が熱くなる。
「婚姻は」
次。
怖い。
でも。
「今は、望みません」
国王の目が、少しだけ細くなる。
「今は、か」
「はい」
「生涯望まぬ、と決めているわけではない?」
「分かりません」
すぐに答えた。
「今後のことは、まだ分かりません」
「そうか」
「でも、今は望みません」
「分かった」
また。
それだけ。
国王は、説得しない。
理由を追及しない。
フローラは少しだけ息を吐いた。
「公爵家をどうするかも」
四つ目。
「まだ、分かりません」
国王の表情が少しだけ重くなる。
公爵家。
領地。
継承。
国に関わる話。
「考えたくない、ということではありません」
フローラは続ける。
「でも、森で暮らしたいことと、公爵家のことを、どう一緒にすればよいのか分かりません」
「うむ」
「すぐに決めるよう言われても、決められません」
国王はしばらく黙っていた。
その沈黙に、胸が不安になる。
やはり、ここは認められないのだろうか。
公爵家だけは、分からないでは許されない。
そう思い始めた時。
「分からぬものを、分かったふりで決める必要はない」
国王が言った。
フローラは顔を上げる。
「公爵家の継承は、お前一人の気持ちだけで決められるものではない」
「はい」
「だが、お前の気持ちを無視して決めるものでもない」
胸が強く鳴る。
「時間をかけてよい」
「……本当に?」
「国王として、永遠に待てるとは言えぬ」
正直な言葉だった。
「領地には民がいる。公爵家には役目がある。いずれ、形を決める必要はある」
「はい」
「だが、今日決める必要はない」
フローラの目へ涙が滲む。
今日、決めなくていい。
「ありがとうございます」
声が震えた。
「まだ、二つあります」
国王の口元が、ほんの少しだけ緩む。
「聞こう」
五つ目。
「分からないことを、今すぐ決めたことにしません」
「うむ」
「誰かが正しい答えを知っているように見えても」
父様。
教師。
貴族。
王家。
「私が分からないなら、分からないと言います」
国王は、長くフローラを見た。
その目には、痛みのようなものがあった。
「それを、お前へ教えるのが遅すぎた」
フローラの胸が止まりそうになる。
国王が。
「王都は、お前へ答えを求めすぎた」
静かな言葉だった。
「正しい娘。正しい令嬢。正しい公爵家の後継。誰も、お前が何を思っているかを聞かなかった」
父様だけではない。
母様だけでもない。
王都。
国王陛下自身も。
「すまなかった」
国王が頭を下げた。
王が。
フローラへ。
昨日、父様も頭を下げた。
今日は、国王陛下まで。
フローラは何を言えばよいのか分からなかった。
許します。
大丈夫です。
そう言えば、場は収まる。
でも。
すぐには言えない。
「……今は、受け取るだけにします」
フローラは言った。
国王は頭を上げ、静かに頷いた。
「それでよい」
六つ目。
最後。
「私は、森へ戻ります」
声は、これまでで一番はっきり出た。
「王都へ来ました」
「うむ」
「話をするために」
「うむ」
「でも、ここに住むと決めたわけではありません」
「分かっている」
「父様の屋敷にも、今日は行きません」
「聞いている」
「母様へ会うかどうかも、まだ決めていません」
国王の目が少しだけ揺れた。
母様のこと。
何か知っている。
そう感じた。
「母様は」
フローラは尋ねかけて、止まった。
聞きたい。
でも、怖い。
「少し、待ってください」
「よい」
国王は待つ。
フローラは花守り布の内側へ触れる。
母様。
手紙。
一日一文。
読まない日。
口頭の伝言。
自筆の言葉。
全部、同じではない。
「母様は、私に会いたいと言っていますか」
国王はすぐには答えなかった。
言葉を選ぶように、一度視線を落とす。
「会いたいと、言っている」
胸が痛む。
「でも」
「だが、自分から会いに行かないとも言っている」
フローラは国王を見る。
「なぜですか」
「お前が決めるまで待つ、と」
母様も。
待つ。
会いたい。
でも、来ない。
胸の中へ、二つの感情が同時に押し寄せる。
安心。
寂しさ。
怒り。
会いたい気持ち。
会いたくない気持ち。
「母様は、元気ですか」
「身体は、以前より回復している」
「以前より?」
国王は少し迷った。
「お前が森へ行ったあと、長く体調を崩していた」
初めて聞く話。
フローラの胸が強く締めつけられる。
「私のせいですか」
「違う」
国王ははっきり答えた。
「お前のせいではない」
「でも」
「娘を見なかった自分自身を、責め続けた結果だ」
母様。
手紙。
遅かった。
見ていなかった。
言葉がつながる。
フローラは息を吸おうとして、上手くできなかった。
「少し、苦しいです」
言うと、ミナがすぐに隣へ寄る。
「お水を飲まれますか」
「はい」
水を一口飲む。
国王は何も言わずに待っている。
急かさない。
続けろとも。
母親なのだから会えとも言わない。
「今日は」
フローラはゆっくり言った。
「母様へは会いません」
国王は静かに頷いた。
「分かった」
「悪いですか」
「悪くない」
「会いたいと言っているのに」
「会いたいという気持ちは、王妃のものだ」
国王の声は落ち着いている。
「会うかどうかは、お前のものだ」
胸へ、深く落ちた。
母様の会いたい。
フローラの会いたくない、まだ決められない。
どちらかが間違いではない。
「今日は、国王陛下へ会うと決めました」
「うむ」
「父様と母様は、今日の私が決めることではありません」
「それでよい」
フローラは大きく息を吐いた。
これ以上、話せるだろうか。
まだ話したいことはある。
王都での噂。
婚姻。
公爵家。
けれど。
胸が疲れている。
「今日は、ここまでにしてもよいですか」
国王はすぐに頷いた。
「もちろんだ」
「話の途中でも?」
「今日は、お前が終わりを決める日だ」
その言葉に、涙が溢れた。
フローラは慌てて目元を拭う。
「ありがとうございます」
国王は立ち上がらなかった。
フローラが立つのを待っている。
フローラはゆっくりと椅子から立った。
膝は少し震えている。
でも、立てる。
「また、話してもよいですか」
自分から尋ねた。
国王の表情が、少しだけ柔らかくなる。
「何度でも」
「一度に全部ではなく?」
「何度でもだ」
フローラは小さく頭を下げた。
臣下として深く礼をするのではなく。
話を聞いてくれた人へ。
「では、今日は帰ります」
言ってから。
ここは王宮の客室へ戻るだけ。
森へ帰るのではない。
それでも。
今いる部屋から、自分が選んだ場所へ戻る。
小さな帰る。
国王は、その言葉を訂正しなかった。
「ゆっくり休みなさい」
「はい」
◇
応接室を出た瞬間、身体から力が抜けた。
廊下の壁へ寄りかかりそうになる。
ミナがすぐに腕を支えた。
「大丈夫ではありません」
フローラは自分から言った。
「はい」
ミナが答える。
「でも、歩けます」
「ゆっくり参りましょう」
リオは、閉じた扉を振り返っていた。
「王様」
「はい」
「思ったより、怖くなかった」
フローラは少し考えた。
「私は、怖かったです」
「うん」
「でも、話を聞いてくれました」
「うん」
「謝りました」
「うん」
「王様も謝るんだ」
リオの言葉に、フローラは少しだけ笑った。
「はい」
廊下をゆっくり歩く。
往路より、足が重い。
でも。
六つ、全部言えた。
国王陛下は、聞いた。
すべてを認めたわけではない。
公爵家のことは、いずれ決める必要があると言った。
でも、今日ではない。
その時間をくれた。
◇
客室へ戻る途中、フローラは窓の外へ目を向けた。
西庭の向こう。
庭師が待っている。
菜園。
豆。
約束。
「菜園」
リオも気づいた。
「行く?」
身体は疲れている。
今すぐ寝台へ横になりたい気持ちもある。
でも、少しだけ植物を見たい。
「少しだけ、行きます」
ミナが心配そうにフローラを見る。
「本当に大丈夫ですか」
「大丈夫ではありません」
「はい」
「でも、菜園を見たら、少し落ち着くと思います」
ミナはしばらく考えたあと、頷いた。
「では、短い時間だけにしましょう」
◇
西庭の菜園は、華やかな庭園の奥に隠れるように作られていた。
小さな畑。
木の柵。
薬草。
葉野菜。
豆。
王宮の中にも、土の匂いがある。
フローラは柵の前で足を止めた。
胸の奥が、少しずつほどけていく。
「豆です」
「うん」
リオも隣へ立つ。
庭師が説明する。
「使用人たちの食事へ使うものを、少量育てております」
「花がついています」
「はい」
白い小さな花。
葉の色もよい。
茎は少し細い。
フローラは膝をつこうとして、緑のドレスを思い出した。
泥がつく。
でも。
見たい。
「敷く布をお持ちします」
庭師が言う。
「いえ」
フローラは少し考えた。
ドレスを汚したくない。
でも、土へ近づきたい。
「今日は、立ったまま見ます」
自分で選ぶ。
全部を我慢するのでも。
全部を優先するのでもない。
「この豆は、風が強いと倒れませんか」
「時折、支柱を立てております」
「もう少し早くてもよいかもしれません」
「明日、確認いたします」
フローラは豆の葉を見た。
森の豆とは違う。
でも、豆。
王宮の中で育っている。
「国王陛下へ、六つ言いました」
突然、フローラが呟く。
庭師は意味が分からず、少し離れた。
リオとミナには分かる。
「うん」
「聞いてくれました」
「はい」
「母様には、今日は会いません」
「うん」
「父様にも、今日は会いません」
「はい」
言葉にすると、今日の順番がはっきりする。
国王陛下へ会った。
それで、今日は十分。
「明日、決めます」
誰へ会うか。
会わないか。
また明日の自分が。
◇
客室へ戻ると、フローラは緑のドレスを脱ぎ、柔らかな室内着へ着替えた。
花守り布も外す。
内側から紙を取り出す。
六つの言葉。
国王陛下へ、全部伝えた。
紙に小さな印をつけようとして、筆を止める。
終わったわけではない。
伝えた。
それだけ。
六つの言葉は、これからも必要になる。
フローラは紙を丁寧に折り直し、花守り布へ戻した。
◇
夕方。
食事の前に、エドガーが小さな封筒を持ってきた。
「フローラ様。公爵夫人より、こちらをお預かりしております」
身体が固くなる。
「母様から?」
「はい」
封筒。
自筆の手紙。
口頭の伝言ではない。
フローラはすぐに手を伸ばせなかった。
「今日、会わないと伝わりましたか」
「はい」
「母様は、何と」
エドガーは静かに答える。
「承知しました、とだけ」
それだけ。
責めない。
泣いたとも。
失望したとも言わない。
「この手紙は、今日読まなくてもよいですか」
「もちろんでございます」
「明日でも?」
「はい」
「読まなくても?」
エドガーは一瞬だけ言葉を止めた。
けれど。
「フローラ様がお決めになることです」
フローラは封筒を受け取った。
軽い。
でも、胸には重い。
「ありがとうございます」
エドガーが去ったあと、フローラは封筒を机へ置いた。
開かない。
今日は、国王陛下へ会った。
六つの言葉を伝えた。
母様へ会わないと決めた。
それで十分。
「今日は、読みません」
フローラは言った。
ミナが頷く。
「はい」
「明日、読みたければ読みます」
「はい」
「読みたくなければ、待たせます」
「はい」
母様の手紙を待たせる。
以前、森でも覚えたこと。
手紙は、すぐに読まなくても消えない。
母様の言葉も、封筒の中で待てる。
◇
夜。
フローラは旅の記録紙を机へ広げた。
王宮で迎えた最初の朝。
寝台が広く、何度か目を覚ました。
国王陛下が午前と午後の予定を空けてくださった。
私は昼前を選んだ。
緑のドレスを選んだ。
花守り布もつけた。
ミナとリオへ、一緒に来てほしいと頼んだ。
小応接室で、国王陛下へ六つの言葉を伝えた。
森で暮らしたい。
住む場所は、私も決める。
今は婚姻を望まない。
公爵家をどうするかは、まだ分からない。
分からないことを、今すぐ決めたことにしない。
森へ戻る。
国王陛下は聞いた。
公爵家のことは、いつか決める必要があると言った。
でも、今日ではないと言った。
王都が私へ正しい答えを求めすぎたと謝った。
私は、今は受け取るだけにした。
母様は、会いたいと言っている。
でも、私が決めるまで来ない。
私は今日は会わないと決めた。
国王陛下は、会いたい気持ちは母様のもの、会うかどうかは私のものだと言った。
その言葉を、フローラは少し大きく書いた。
会いたい気持ちは、母様のもの。
会うかどうかは、私のもの。
どちらもある。
でも、同じではない。
最後に。
母様から手紙が届いた。
今日は読まない。
手紙を待たせる。
明日の私が、また決める。
◇
寝台へ入る。
村の毛布を胸まで引き上げる。
王宮の夜は、昨日より少しだけ近く感じた。
慣れたわけではない。
ここを家だと思ったわけでもない。
ただ、朝から夜まで過ごした時間が一日増えた。
「今日は、国王陛下へ会いました」
フローラは小さく言う。
「六つ、全部言えました」
胸の中へ、少しだけ誇らしさが生まれる。
自分を褒めるのは、まだ少し恥ずかしい。
でも。
「よく言えました」
誰かが言ってくれるのを待たず、自分で言ってみる。
胸が温かくなる。
「おやすみなさい、父様」
今日は会わなかった。
それでいい。
「おやすみなさい、母様」
机の上には、母様の手紙がある。
「今日は、読みません」
それも、自分で決めた。
「おやすみなさい、森」
目を閉じる。
豆。
畑。
子どもたち。
村。
そして、王宮の菜園で見た白い豆の花。
王宮にも豆があった。
森と同じではない。
でも、完全に違う場所でもなかった。
「明日も、一つずつです」
誰へ会うか。
手紙を読むか。
父様へもう一度話すか。
母様へ会うか。
全部を、今夜決めなくていい。
今日のフローラは、国王陛下へ会う順番を選び、話の終わりを自分で決めた。
明日のことは、明日の自分が決める。
そのことを胸へ置きながら、フローラは王都で迎える二度目の夜へ、ゆっくりと目を閉じた。




