↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『青の姫君の森暮らし 〜化け物と恐れられた公爵令嬢は、今日も畑を耕します〜』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/101

第80話 青の姫君、王都の門を自分の足で越える


 翌朝、フローラが目を覚ました時、最初に聞こえたのは鐘の音だった。


 宿の廊下を歩く足音でも、裏庭で馬具を整える金属音でもない。まだ夜の名残を含んだ薄暗い空の向こうから、低く長い音が一度届き、少し間を置いて、二度目の響きが静かに重なった。


 フローラは寝台の上で目を開いたまま、その余韻が消えていくのを待った。


 昨夜、王家の使者から聞いていた。


 今夜泊まっている町は、王都から一日とかからない場所にある。空気が澄み、風向きが合えば、王都の外郭に設けられた鐘の音が届くこともあるのだと。


 説明を受けた時には、そうなのですね、と答えただけだった。


 地図の上でも、日数でも、王都が近いことは分かっていたからだ。


 けれど、実際に聞いた鐘の音は、紙の上の距離とは違った。


 まだ見えない場所から届く音。


 遠いはずなのに、身体へ触れる響き。


 それが、王都を急に現実のものへ変えた。


「……聞こえました」


 誰もいない部屋で呟くと、自分の声がいつもより小さく感じられた。


 毛布の上から胸へ手を置く。


 まだ何も起きていない。


 父様にも、母様にも、国王陛下にも会っていない。


 それでも心臓は、すでに誰かの前へ立たされているように速く打っていた。


「今日は、王都へ着きます」


 昨日までは、着くかもしれない、だった。


 今日は違う。


 使者から、昼前には城門へ到着すると聞いている。


 道に大きな問題がなければ、今日、王都へ入る。


 フローラは目を閉じた。


 森。


 最初に思い浮かんだのは、王都の外壁でも、公爵家の屋敷でもなかった。


 朝露を載せた青豆一号。葉の色をゆっくり深めていたアオジロウ。白い擦れ跡の残るムラマル。雨の日に少しだけ茎を傾けたモリタン。


 小石で囲まれた場所から芽を出したオカエリ。皺のある葉を残しながら、それでも新しい葉を伸ばしていたキズナ。


 記録板を抱え、朝から真剣な顔をするサム。話したいことが多すぎて、途中から何を先に言うべきか分からなくなるエマ。掘ってはいけない場所ほど気になるトト。花守り布の縫い目を、何度も指で確かめていたリーナ。


 村長さん。ガルドさん。パン屋の女性。薬師。大鍋を持たせようとした井戸番のおじいさん。


 全部、まだある。


 自分が見ていないだけで。


 王都へ近づいても、森が消えたわけではない。


「王都へ入っても、森はなくなりません」


 フローラは、ゆっくりと声にした。


「王宮へ入っても、私の家が王都へ変わるわけではありません」


 誰かが決めない限り、ではない。


 自分が決めない限り。


 今のフローラが、森ではなく王都を帰る場所にすると決めない限り、家は勝手に変わらない。


 花守り布の内側には、昨日まとめた五つの言葉がある。


 森で暮らしたい。


 住む場所は、私も決める。


 今は婚姻を望まない。


 公爵家をどうするかは、まだ分からない。


 分からないことを、今すぐ決めたことにしない。


 昨日、茶屋の女の子からもらった木の実も、その隣に入れてある。


 帰りも持ってきて。


 あの言葉を思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「王都へ行きます」


 帰る、ではない。


「話をするために、行きます」


 国王陛下へ。


 父様へ。


 必要なら、母様へ。


 全部を今日決める必要はない。


 全部を一度に言う必要もない。


 言えない時は、少し待ってくださいと言えばいい。


 疲れた時は、今日はここまでですと言えばいい。


 分からない時は、分かりませんと言っていい。


「おはようございます」


 薄暗い部屋へ言う。


 それから、少し間を置いた。


「おはようございます、母様」


 母様のいる王都へ、今日入る。


 胸が痛む。


 けれど、その痛みを消そうとは思わなかった。


「今日、会うかどうかは、今日の私が決めます」


 昨日決めなかったことを、朝になったから決める必要はない。


「おはようございます、父様」


 呼ぶと、別の痛みが胸へ広がった。


 父様へ言いたいこと。


 遅かった。


 私が屋敷にいた時に見てほしかった。


 娘として呼んでほしかった。


 それは、昨日の夜に見つけた。


「今日は、言えるところまでです」


 フローラは胸から手を離し、ゆっくりと寝台から足を下ろした。


     ◇


 窓を開けると、冷たい朝の空気が部屋へ流れ込んできた。


 宿は少し高い場所に建っているらしく、遠くまで見渡せる。手前には朝靄の残る街道があり、その向こうには広い農地が続いていた。さらに先には、いくつもの町の屋根と、細く立ち上る煙が重なっている。


 そして、その最も遠い場所。


 灰青色の朝の中に、水平へ長く伸びる線があった。


 昨日、丘の上から一度見た。


 それでも、今日の方が大きい。


 昨日は景色の中に細く引かれた線だった。


 今は、明らかに壁だと分かる。


「……王都」


 喉が固くなる。


 王都の外壁。


 あの向こうに王宮がある。


 公爵家の屋敷がある。


 父様がいる。


 母様がいる。


 昔の自分が、記憶の中に残っている。


 窓枠を握る指へ、少しずつ力が入る。


 ただ見ただけ。


 まだ、近づいてもいない。


 それなのに呼吸が浅くなり、胸の内側が狭くなる。


 フローラは窓から一歩離れた。


「少し待ちます」


 誰かへ頼むのではなく、自分へ言う。


 王都の外壁を見続けなければならない決まりはない。


 目を閉じる。


 足の裏には、宿の床がある。


 今は朝。


 ここは宿の部屋。


 扉の向こうにはミナがいる。


 別の部屋にはリオがいる。


 王家の使者も、護衛もいる。


 森へ戻る道は、なくなっていない。


 一つずつ確認しながら、ゆっくり呼吸を整える。


 もう一度、窓へ目を向けた。


 外壁は消えていない。


 けれど、先ほどより少しだけ、ただの遠い景色として見ることができた。


「大きいですね」


 怖い。


 でも。


 大きい。


 まずは、それだけでもいい。


     ◇


 顔を洗い、髪を梳く。


 自分で髪を編むことにも、旅の最初の日よりは慣れてきた。


 一度目で、左右はほとんど同じ高さになった。


 右側が、ほんの少しだけ緩い。


 昨日なら、そのままでよいと思えた。


 けれど今日は、少し整えたい。


 王都へ入るから。


 誰かに見られるから。


 その理由だけだろうか。


 フローラは鏡の中の自分を見つめた。


 誰かに公爵令嬢らしいと思われたいわけではない。


 完璧な髪でなければ、王都へ入れないわけでもない。


 ただ、今日の自分を、自分の手でもう少し整えたい。


「直したいので、直します」


 一度ほどき、もう一度編む。


 今度は左右がきれいに揃った。


「はい」


 自分で決め、自分で納得する。


 それだけで少し安心できた。


 花守り布を手に取る。


 森から外へ伸びる途中までの道。


 森側へ集まる小さな点。


 ミナとリオを示す二つの点。


 自分の点は、まだない。


 動いているから。


 今いる場所を一つへ決められないから。


 それでいい。


 布の内側には、昨日縫いつけた小さな袋がある。


 縫い目は少し曲がっている。


 でも、五つの言葉と木の実は、きちんと入っていた。


 フローラは花守り布を頭へかぶった。


 王都の貴族が見れば、素朴すぎると言うかもしれない。


 公爵令嬢が身につけるものではないと、眉をひそめる者もいるかもしれない。


 それでも、これは村のみんなが用意してくれたものだ。


 今のフローラが、持っていくと決めたもの。


「これで行きます」


     ◇


 朝食の個室へ入ると、リオは窓際に立っていた。


 いつもなら食事が並んでいれば、最初に席へ着いている。けれど今朝は、温かなパンにも卵にも手をつけず、窓の外を見ていた。


「おはようございます」


 フローラが声をかけると、リオが振り返った。


「おはよう」


「何を見ていますか」


「あれ」


 彼は窓の外を指した。


 ここからも、王都の外壁が見える。


「見えますね」


「でかい」


「はい」


「森より?」


 フローラは少し考えたあと、首を傾げた。


「比べるものが違うと思います」


「でも、でかい」


「それは、そうですね」


 思わず笑うと、胸の緊張が少しだけ緩んだ。


「怖いですか」


 フローラが尋ねると、リオはすぐには答えなかった。


 今までは、自分が聞かれる側だった。


 けれど今日は、聞いてみたかった。


 リオは窓の外へもう一度目を向ける。


「人が多そうなのは嫌」


「はい」


「城も嫌」


「はい」


「王様も、少し嫌」


「リオ」


 ちょうど入ってきたミナが、最後の言葉を聞きつけた。


「陛下へ、その言い方をしてはいけません」


「本人には言わない」


「顔にも出さないようにしてください」


「無理かも」


「努力してください」


 ミナが困ったように眉を下げ、フローラはまた笑った。


 リオも王都が嫌なのだ。


 人が多い場所も、城も、王様も。


 それでも、一緒に来てくれた。


「ありがとうございます」


 突然言われ、リオが眉を寄せた。


「何」


「来てくれて」


「急にどうした」


「外壁を見たら、本当に王都へ行くのだと思って」


 フローラは窓の向こうへ目を向けた。


 胸の奥が、また少し痛む。


「二人がいて、よかったです」


 ミナは静かに微笑んだ。


 リオは視線を逸らし、少し早い動きで席へ座る。


「飯、冷める」


「はい」


 耳が少し赤く見えたけれど、フローラは何も言わなかった。


     ◇


 朝食は、温かなパンと卵、それに野菜と豆を煮込んだスープだった。


 王都へ近いからなのか、昨日までの宿より料理が少し整っている。器には簡素な模様があり、食材の切り方まで揃っていた。


 フローラはスープを一口飲んだ。


 香辛料の香りが少し強い。


 それでも、温かい。


 喉を通る。


「今日、王都へ入る前に、五つの言葉をもう一度確認します」


 リオがパンを千切る手を止めた。


「覚えているだろ」


「はい」


「なら、いいんじゃないか」


 フローラは少し考えた。


「覚えていても、確認したいです」


「なんで」


「王都の空気へ入った時、昔の自分へ戻りそうだからです」


 ミナが静かにフローラを見た。


「昔の自分とは、どのような自分でしょう」


「誰かが正しい答えを言ったら、それに合わせる私です」


 父様。


 教師。


 貴族。


 王家。


 皆が正しい答えを知っている。


 自分だけが、何も分かっていない。


 だから、従わなければならない。


 以前のフローラは、そう思っていた。


「怖くなった時ほど、自分の答えを忘れるかもしれません」


 リオが少し考え、言った。


「じゃあ、俺が言う」


「何をですか」


「森」


 短い答えだった。


「それだけですか」


「畑」


「はい」


「オカエリ」


「はい」


「キズナ」


「はい」


「大鍋」


「どうして最後に大鍋が入るのですか」


「帰ったら使う」


 フローラは笑った。


 そう。


 帰る。


 王都へ入った時。


 迷ったら。


 森。


 畑。


 オカエリ。


 キズナ。


 大鍋。


「大鍋も、必要かもしれませんね」


「ほら」


 得意そうなリオを見て、ミナまで笑った。


     ◇


 食後、フローラは花守り布の内側から、小さく折った紙を取り出した。


 一つ目。


 森で暮らしたい。


 二つ目。


 住む場所は、私も決める。


 三つ目。


 今は婚姻を望まない。


 四つ目。


 公爵家をどうするかは、まだ分からない。


 五つ目。


 分からないことを、今すぐ決めたことにしない。


 一つずつ、声に出す。


 読み終えた時、リオが言った。


「六つ目」


 フローラは顔を上げた。


「増やしますか」


「森へ帰る」


 胸が強く鳴った。


 ミナも少しだけ目を細める。


 森で暮らしたい。


 その言葉の中には、帰ることも含まれているはずだった。


 でも。


 少し違う。


 森で暮らしたいという望み。


 王都へ入ったあと、森へ戻るという決意。


 フローラは紙の余白へ、ゆっくり文字を書いた。


 六つ目。


 森へ戻る。


 短い。


 それだけ。


「六つ目が増えました」


「うん」


「ありがとうございます」


 リオは少し不思議そうにした。


「俺に?」


「はい」


 フローラは六つの言葉が書かれた紙を折り、花守り布の内側へ戻した。


     ◇


 出発する頃には、街道はすでに多くの人と馬車で混み合っていた。


 商人の荷車。地方から王都へ向かう旅人。物資を運ぶ大きな車列。巡回兵。装飾の施された貴族らしい馬車。


 王家の紋章が入った馬車が道へ出ると、周囲は自然に道を空けた。


 その動きによって、かえって視線が集まる。


 フローラは窓のカーテンを半分だけ開けた。


 全部閉じない。


 全部開けない。


 今日も、自分で決める。


 街道沿いから、いくつもの声が聞こえた。


「王家の馬車だ」


「誰が乗っているんだ」


「青の姫君じゃないか」


「今日、王都入りするらしい」


「公爵家へ戻るのか」


「婚姻のためだって聞いたぞ」


 噂は、すでにフローラより先に王都へ着いている。


 胸が少し痛んだ。


「また噂ですね」


 フローラが言うと、リオが外へ目を向けた。


「言う?」


「今は、言いません」


「うん」


 全部を訂正する必要はない。


 自分が言いたい時だけ。


 必要だと思った時だけ。


 それでいい。


     ◇


 午前の途中、馬車は街道沿いの検問所へ着いた。


 王都へ入る主要な道には、外郭へ近づく前にいくつかの検問が設けられている。王家の馬車であるため、通常なら確認はすぐに終わるはずだった。


 けれど、この日は人が多かった。


 検問を待つ馬車が並び、旅人たちは荷物を下ろして順番を待っている。王家の馬車が止まったことで、さらに多くの目が集まった。


 使者が外へ出て、書類を提示する。


 フローラは馬車の中から、その様子を見守った。


「ここで降りますか」


「必要はありません」


 ミナの返事に、少し安心する。


 その時、外から年若い女性たちの声が聞こえた。


「青の姫君?」


「本当に森から来たの?」


「公爵家へ戻るんでしょう?」


「結婚のために呼び戻されたって聞いたけど」


 胸が強く固くなった。


 婚姻。


 違う。


 今は望んでいない。


 なのに、噂はフローラの知らないところで形を変え、すでに誰かの中で決まったことになっている。


 リオの表情が険しくなる。


「違う」


「はい」


「言わない?」


 フローラは少し考えた。


 今は馬車の中。


 外にいる相手の顔も分からない。


 自分が話す必要もない。


「今は、言いません」


 胸は苦しい。


 それでも、花守り布の内側にある紙へ手を置く。


「私は、知っています」


「うん」


「今は婚姻を望みません」


「うん」


「それで、いいです」


 ミナが静かに頷いた。


「はい」


     ◇


 検問所を抜けると、王都の外壁はさらに大きくなった。


 もう遠くの線ではない。


 巨大な石の壁が空を遮るように続き、その上にはいくつもの塔が並んでいる。王家の旗が風を受け、大きくはためいていた。


 城門へ続く道は、さらに多くの人と馬車で埋まっている。


 フローラは窓の外を見た。


 怖い。


 それでも、完全には目を逸らさなかった。


「昔、ここを通りました」


 ミナがフローラを見る。


「王都を出た時ですか」


「はい」


 森へ向かった日。


 馬車。


 荷物。


 従者。


 先の分からない不安。


 それでも、王都から離れることへの小さな安堵。


 誰にも見られない場所へ行く。


 何も求められない場所へ行く。


 あの日のフローラは、王都へ戻ることなど考えていなかった。


「その時は、またここへ来るとは思っていませんでした」


 リオが尋ねる。


「今は、戻る?」


 フローラは一瞬言葉を止めた。


 違う。


「王都へ、また入ります」


 帰る、ではない。


「でも、家へ帰るのではありません」


 家は森にある。


「王都へ行く、です」


 ミナが静かに頷いた。


「はい」


 王都へ行く。


 森へ帰る。


 同じではない。


     ◇


 昼前、馬車は城門の手前にある王家専用の休憩所へ入った。


 ここで馬を休ませ、隊列を整え、王都へ入るための手続きを行う。王宮から迎えの者も来る予定になっていた。


 つまり、ここを出れば王都だった。


 馬車が止まっても、フローラはすぐに立ち上がれなかった。


「フローラ様」


 ミナが静かに声をかける。


「降りられそうですか」


 フローラはすぐに答えなかった。


 窓の外には巨大な城壁がある。王家の旗が風を受け、何度も大きくはためいている。


 昔の王都。


 屋敷。


 母様。


 父様。


 閉ざされた部屋。


 見られることへの恐怖。


 化け物と呼ばれた声。


 全部が一度に戻り、胸を圧迫した。


「……少し待ってください」


「はい」


 言えた。


 使えた。


 フローラは目を閉じ、両手を膝へ置いた。


 六つの言葉を、一つずつ思い出す。


 森で暮らしたい。


 住む場所は、私も決める。


 今は婚姻を望まない。


 公爵家をどうするかは、まだ分からない。


 分からないことを、今すぐ決めたことにしない。


 森へ戻る。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 呼吸を整える。


「リオ」


「何」


「言ってください」


「何を」


「森」


 リオは一瞬目を見開いた。


 けれど、すぐに頷いた。


「森」


「畑」


「畑」


「オカエリ」


「オカエリ」


「キズナ」


「キズナ」


「大鍋」


「大鍋」


 涙が滲んだ。


 でも、フローラは笑った。


「ありがとうございます」


「これでいいの?」


「はい」


 ミナも微笑んでいた。


 けれど、その目は少しだけ赤く見えた。


「降ります」


 フローラは言った。


     ◇


 休憩所の外へ出ると、王都から流れてくる風が頬へ触れた。


 石。


 馬。


 煙。


 香辛料。


 人。


 森とは全く違う匂いだった。


 王宮からの迎えが、すでに到着している。


 先頭に立つのは、濃紺の礼装を着た年配の男性だった。姿勢は真っ直ぐで、動きに無駄がない。


 フローラが近づくと、男性は深く頭を下げた。


「フローラ・フォン・スプリング公爵令嬢様。王宮侍従次長、エドガー・ハイルと申します。陛下の命により、お迎えに参りました」


 公爵令嬢。


 その呼び方へ、胸が少し固くなる。


 けれど、フローラは逃げずに口を開いた。


「フローラ・フォン・スプリングです。お迎え、ありがとうございます」


 声は少し震えた。


 それでも、自分で名乗ることができた。


 エドガーは顔を上げ、フローラの旅服と花守り布へ目を向けた。ほんの一瞬だけ視線が止まったが、驚きや疑問を表情へ出すことはなかった。


「長旅で、お疲れでございましょう」


「はい。少し、疲れています」


 正直に答える。


 エドガーの表情が、ほんのわずかに柔らかくなった。


「西客室へご到着後、本日は一切の公式予定を入れておりません」


 胸が少し軽くなる。


「陛下との謁見は?」


「明日以降、フローラ様のご体調を確認した上で日程を整えます」


 フローラは驚いた。


「私が決めてもよいのですか」


「陛下より、無理に予定を定めるなと申し付かっております」


 国王陛下が待つ。


 それは、以前のフローラが知っている王都では、あまり考えられなかったことだった。


「ありがとうございます」


     ◇


 その時、休憩所の入口へ別の馬車が近づいてきた。


 黒を基調とした車体。


 深い青の装飾。


 春の花と剣、蔦を組み合わせた紋章。


 スプリング公爵家。


 胸の奥が、一瞬で冷たくなった。


「……父様」


 声が小さく零れる。


 エドガーの表情も、わずかに固くなった。


 馬車が止まる。


 扉が開く。


 背の高い男性が降りてきた。


 濃い色の髪には、以前より白いものが増えている。厳しい顔立ちは記憶の中と変わらないように見えたが、頬や目元には、フローラが知らない時間が残っていた。


 父様。


 スプリング公爵。


 フローラは動けなかった。


 怖い。


 悲しい。


 腹が立つ。


 会いたかったのかもしれない。


 会いたくなかったのかもしれない。


 どれか一つへ決めることなどできないほど、いくつもの感情が同時に胸へ押し寄せた。


 父はフローラを見たまま、足を止めた。


 距離は十歩ほど。


 それ以上近づかない。


 フローラも動かない。


 侍従、護衛、ミナ、リオ、使者。


 その場にいる全員が、何も言わずに見守っていた。


 長い沈黙のあと、父が口を開いた。


「……フローラ」


 家名も、公爵令嬢という呼び方もなかった。


 ただ、名前だけ。


 父からの手紙に書かれていたように。


 胸が強く痛む。


 すぐに返事はできなかった。


 以前なら、呼ばれた瞬間に「はい、父上」と答えていただろう。


 でも今は。


「少し、待ってください」


 声は震えた。


 父はわずかに目を見開いた。


 それでも、すぐに頷いた。


「分かった」


 近づかない。


 返事を急かさない。


 フローラは一つずつ呼吸を整えた。


 父の手紙を読んだ。


 公爵として。


 父として。


 自分の言葉で話したい。


 帰るかどうかは、フローラが決めてよい。


 書かれていた言葉を思い出す。


 けれど今、目の前にいる父へ何を言えばよいのかは、まだ分からない。


「お久しぶりです」


 まず、それだけを言った。


 父の目がわずかに揺れる。


「……ああ」


 低い声は、少し掠れていた。


「手紙を読みました」


「そうか」


「はい」


 また、沈黙が落ちた。


 父は何かを言いかけているように見えた。


 けれど、言わない。


 フローラは公爵家の馬車へ目を向けた。


「父様」


「何だ」


「なぜ、公爵家の馬車が」


 父は一度、ゆっくりと息を吐いた。


「迎えに来た」


 胸が固くなる。


 だが、父はすぐに続けた。


「しかし、乗れとは言わない」


 フローラは父を見る。


「屋敷へ来いとも、言わない」


 父は視線を逸らさなかった。


「ただ、到着する日を知った」


 一度、言葉が止まる。


「だから、顔を見たかった」


 胸が強く痛んだ。


 怒りが、熱を持って湧き上がる。


 今になって。


 今、顔を見たかったと言う。


 昔。


 同じ屋敷で暮らしていた時。


 フローラは毎日そこにいた。


 それなのに。


「……遅いです」


 周囲の空気が張り詰めた。


 父は目を閉じた。


「分かっている」


「分かっていたなら、どうして、もっと前に」


 声が震える。


 涙が滲む。


「私が屋敷にいた時に、見てくださらなかったのですか」


 父の表情が苦しそうに歪んだ。


 それでも、フローラは続けた。


「私が森へ行ってから、生きていると分かって安心したと、手紙には書いてありました」


「……ああ」


「どうして、私がいる時に言ってくださらなかったのですか」


 長い沈黙。


 父はすぐに答えなかった。


 周囲の誰も動かない。


 風が王家の旗を揺らし、布が大きく鳴った。


「言えなかった」


 ようやく父が答える。


「なぜですか」


「父親として、どう話せばよいか分からなかった」


 胸が、さらに痛む。


「だから、公爵としてだけ話したのですか」


「そうだ」


「私は」


 涙が頬を伝う。


「娘でした」


 父の目が揺れる。


「……ああ」


「公爵家のためのものではありません」


「ああ」


「人です」


「ああ」


 父は低い声で、何度も答えた。


「分かるのが、遅すぎた」


 遅すぎた。


 母様の手紙にもあった。


 失ってから、離れてから、遅かったと分かる。


 フローラはすぐに許すことなどできなかった。


 けれど、父は逃げなかった。


 言い訳を重ねず、フローラの言葉を受け止めていた。


「今日は、これ以上話せません」


 フローラは涙を拭いながら言った。


 父はすぐに頷いた。


「分かった」


「本当に?」


「ああ」


「途中でも?」


「ああ」


「私が、屋敷へ行かなくても?」


 父の表情が一瞬だけ固くなる。


 それでも。


「お前が決めてよい」


 手紙に書かれていたものと同じ言葉だった。


 フローラは息を整えた。


「では、今日は王宮へ行きます」


「分かった」


 父はゆっくり頭を下げた。


 父が。


 公爵が。


 フローラへ頭を下げる。


 以前には見たことのない姿だった。


「来てくれて、ありがとう」


 その言葉を、今すぐ受け取ることはできなかった。


 答えれば、何かを許したことになるような気がした。


 だから。


「……今日は、それだけにします」


「ああ」


 父は一歩下がった。


 それから公爵家の馬車へ戻っていく。


 フローラは、その背中を見ていた。


 胸は痛い。


 けれど、追わない。


 父も振り返らなかった。


 馬車が去ったあとも、その場にはしばらく沈黙が残った。


「……言えました」


 フローラが小さく呟く。


 ミナが隣で頷く。


「はい」


 リオは拳を握ったまま、去っていく馬車を見ていた。


「殴らなかった」


 フローラは一瞬意味が分からず、彼を見る。


「誰をですか」


「公爵」


「父様を?」


「うん」


「駄目です」


「知ってる」


 涙が残ったまま、少しだけ笑った。


 その笑いによって、張り詰めていた空気がようやく少し戻った。


     ◇


 王都の門をくぐる前、フローラはもう一度、六つの言葉を確認した。


 森で暮らしたい。


 住む場所は、私も決める。


 今は婚姻を望まない。


 公爵家をどうするかは、まだ分からない。


 分からないことを、今すぐ決めたことにしない。


 森へ戻る。


 父様へ怒ることができた。


 遅い、と言えた。


 屋敷にいた時に見てほしかったと伝えられた。


 私は娘だった。


 人だった。


 そこまで言えた。


 でも、許したわけではない。


 話した。


 今日は、それだけ。


 それでいい。


「フローラ」


 リオが窓を指す。


「門」


 巨大な石の門が開いている。


 その向こうには、王都の建物と人の流れが見えた。


 さらに遠くには、王宮の塔が空へ伸びている。


 フローラは窓を少しだけ開いた。


 王都の風が入ってくる。


 石と煙と人の匂い。


 昔の記憶が、一気に押し寄せる。


 それでも、フローラは花守り布へ触れた。


「入ります」


 声は震えた。


 けれど、言えた。


「はい」


 ミナが答える。


「うん」


 リオも頷いた。


 馬車がゆっくりと進み始めた。


     ◇


 城門をくぐる。


 衛兵たちが王家の馬車へ敬礼する。


 石畳を転がる車輪の音、馬の蹄、市場の呼び声、店先で交わされる会話、遠くで鳴る鐘。


 あまりにも多くの音が、一度に押し寄せた。


 道の両側。


 建物の窓。


 店の前。


 人々が王家の馬車を見る。


 少し見える青い髪と花守り布へ、視線が集まる。


「青の姫君だ」


「帰ってきた」


「王都へ戻ったのか」


「本当に青い髪だ」


「森の公爵令嬢」


「婚姻の話はどうなっている」


「公爵家を継ぐのか」


 噂がいくつも聞こえる。


 胸が苦しい。


 カーテンを閉めようと、手が動く。


 でも、途中で止めた。


 全部を見たくない。


 けれど、少しは見たい。


 フローラはカーテンを半分だけ閉じた。


「半分です」


 自分へ言う。


 リオが頷いた。


「うん」


 王都を全部受け取る必要はない。


 今日は、半分でいい。


     ◇


 王宮へ続く大通りは、昔、何度も通った道だった。


 けれど景色は、完全には同じではない。


 店が変わっている。


 街路樹が大きくなっている。


 知らない人が歩いている。


 そして何より、フローラ自身が変わっている。


 だから、同じ道でも違って見える。


 遠くにある王宮が、少しずつ大きくなる。


 白い石壁。


 高い屋根。


 風にはためく旗。


 胸がまた固くなる。


「大丈夫?」


 リオが聞く。


 反射的に、大丈夫です、と言いそうになる。


 でも、フローラは言い直した。


「大丈夫ではありません」


「うん」


「でも、入れます」


 ミナが静かに頷いた。


「はい」


     ◇


 王宮の門が開く。


 馬車は広い敷地へ入り、白い石の道を進んだ。


 整えられた庭。


 噴水。


 左右対称に植えられた花。


 以前も見たはずの景色。


 けれど、土に触れ、畑を耕すようになった今のフローラには、以前とは違う見え方をしていた。


 花壇は美しい。


 けれど、食べられるものがない。


 豆を植えたら、きっとよく育つ場所もある。


 そんなことを考え、フローラは少しだけ笑った。


「どうしましたか」


 ミナが尋ねる。


「いえ」


「何」


 リオも見る。


「ここへ畑を作ったら、怒られるでしょうか」


 リオは窓の外を確認した。


「怒られる」


「はい」


「やる?」


「まだ考えません」


 三人で、少しだけ笑った。


 王宮の中でも。


 森で暮らしてきた自分が、消えたわけではない。


     ◇


 馬車は西客室棟の前で止まった。


 侍従、侍女、護衛が整然と並んでいる。


 その光景を見た瞬間、フローラの身体が固くなった。


 公爵家の屋敷でも、同じように人が並んでいた。


 礼を受ける。


 見られる。


 公爵令嬢として正しく歩く。


 昔の記憶が戻る。


 エドガーが馬車の扉の前で頭を下げた。


「フローラ様。こちらは、フローラ様がお休みになるための客室でございます」


「はい」


「必要な者以外は、出入りさせません」


「はい」


「ミナ様とリオ様のお部屋も、同じ廊下にご用意しております」


 リオがすぐに尋ねた。


「近い?」


「扉二つ先でございます」


 胸が少し軽くなる。


「ありがとうございます」


 エドガーは続けた。


「また本日は、陛下も、公爵閣下も、公爵夫人も、フローラ様の許可なくお部屋へ伺うことはございません」


 母様。


 胸が痛む。


「母様も?」


「はい」


 安心する。


 でも。


 少しだけ寂しいような気もした。


 会いたくない。


 でも、来ないと聞くと寂しい。


 また、両方。


「分かりました」


 フローラは息を整えた。


「今日は、休みます」


「承知いたしました」


     ◇


 客室は広かった。


 森の家が、いくつ入るだろう。


 大きな寝台。


 高い窓。


 暖炉。


 机。


 衣装部屋。


 浴室。


 入口で立ち止まったまま、フローラは正直に言った。


「……落ち着きません」


「はい」


 ミナがすぐに答える。


「広すぎる」


 リオも言う。


「はい」


 侍女たちが数人、部屋の端で待っている。


 その視線だけでも緊張した。


 エドガーが言う。


「必要な人数まで減らすことができます」


 フローラは、一人で、と言いかけて止めた。


 一人になりたい。


 でも、この広い部屋で本当に一人になるのは少し怖い。


 ミナがいてほしい。


「着替えの時だけ、侍女の方を二人お願いします」


「承知いたしました」


「それ以外は、ミナがいてもよいですか」


「もちろんでございます」


「お願いします」


 自分で選ぶ。


 それができた。


     ◇


 荷物から、村の毛布を取り出した。


 王宮の大きな寝台には、上質な寝具が整えられている。


 その上へ、古い茶色の毛布を広げる。


 侍女の一人が、ほんの一瞬だけ毛布へ目を向けた。


 けれど、何も言わない。


「これを使います」


「かしこまりました」


 否定されなかった。


 煙と草の匂いが少しだけ残る毛布。


 王宮の中へ、村のものを置く。


 胸が熱くなる。


「来ました」


 フローラは小さく言った。


 ミナが頷く。


「はい」


「王都へ」


「はい」


 毛布を撫でる。


「でも、森も持ってきました」


 ミナは静かに微笑んだ。


「はい」


     ◇


 旅服から、簡素な室内着へ着替える。


 正式な礼装は、まだ着ない。


 謁見の日程も、まだ決まっていない。


 二人の侍女は手早く動いた。


 けれど、紐を締められた時、少し苦しいと感じた。


 以前なら、何も言わずに我慢した。


 公爵令嬢の衣装は苦しいもの。


 それが当然だと思っていた。


「締めすぎないでください」


 フローラが言うと、侍女はすぐに手を緩めた。


「失礼いたしました」


「もう少し、緩くお願いします」


「この程度でいかがでしょう」


 フローラは深く息を吸う。


 苦しくない。


「はい。ありがとうございます」


 これも、言えた。


     ◇


 夕方。


 高い窓の向こうに、王都の屋根が広がっていた。


 無数の煙が上がり、遠くでは鐘が鳴っている。


 外壁の向こうに森は見えない。


 それでも、方向は分かるような気がした。


 フローラは窓の前に立つ。


「ただいま」


 一瞬、言いそうになる。


 けれど、止めた。


 違う。


 ここは、今の自分の家ではない。


「着きました」


 その言葉を選ぶ。


 王都へ着いた。


 ただいま、ではない。


 昔暮らしていた場所。


 けれど、帰る場所とは違う。


「おかえりなさいと言われたら」


 フローラは考えた。


 明日以降、誰かに言われるかもしれない。


 父様かもしれない。


 母様かもしれない。


 昔を知る貴族かもしれない。


 その時、何と答えるのか。


 まだ分からない。


 なら、分からないままでいい。


     ◇


 夕食は、ミナとリオの三人で客室の小さな食卓を囲んだ。


 王宮の料理は豪華だった。


 けれど、量が多い。


「少し減らしてもらえますか」


 フローラが侍女へ頼む。


「もちろんでございます」


 リオがすぐに付け加える。


「肉は残して」


「リオ」


 ミナが窘める。


「俺の分」


 フローラは笑った。


 王宮の中。


 広すぎる部屋。


 知らない人。


 それでも三人で食べれば、少しだけ普通の食事になる。


「王宮の味はどうですか」


 フローラが聞くと、リオは肉を食べながら答えた。


「うまい」


「よかったです」


「でも、村の豆スープも食べたい」


「帰ったら」


「うん」


 帰る。


 また、その言葉を言えた。


 胸が少し温かくなる。


     ◇


 夜。


 フローラは旅用の記録紙を机へ広げた。


 今日は、王都の外壁を見た。


 怖かった。


 でも、少し待ってから、もう一度見ることができた。


 王都へ入る前に、六つ目の言葉を加えた。


 森へ戻る。


 そして、父様が迎えに来た。


 公爵家の馬車で。


 私は屋敷へ行かなかった。


 父様へ、遅いと言った。


 屋敷にいた時に、私を見てほしかったと伝えた。


 私は娘だった。


 人だった。


 そう言った。


 父様は言い訳をしなかった。


 分かるのが遅すぎたと答えた。


 私は許していない。


 でも、話した。


 今日は、そこで止めた。


 それでいい。


 フローラは一度、筆を止めた。


 王都へ入った。


 噂が聞こえた。


 でも、カーテンを半分だけ閉めた。


 全部を見なくていい。


 王宮へ着いた。


 おかえりなさい、ではなく、着きました、と自分で思った。


 ここは、今の私の家ではない。


 滞在する場所。


 話す場所。


 考える場所。


 そして、森へ戻るための途中。


 最後に、もう一つ書く。


 今日、私は王都の門をくぐった。


 でも、森を門の外へ置いてきたわけではない。


 村の毛布。


 花守り布。


 六つの言葉。


 木の実。


 ミナ。


 リオ。


 全部を持って入った。


 私は今、王都にいる。


 でも、森で暮らした私も、ここにいる。


     ◇


 夜が深くなっても、すぐには眠れなかった。


 王宮の寝台は大きすぎる。


 村の毛布を胸まで引き上げても、周囲に余白が多い。


 窓の外からは王都の音が聞こえる。


 遠くの鐘。


 馬車。


 人の声。


 母様が近くにいる。


 父様には今日会った。


 国王陛下も、同じ王宮にいる。


 明日、会うかもしれない。


 胸が速くなる。


「今日、門をくぐりました」


 フローラは小さく言った。


「でも、帰る場所は変わっていません」


 森。


 家。


 畑。


 村。


「私は、王都へ着きました」


 そのことを、きちんと認める。


「ただいま、ではありません」


 そして、少しだけ笑った。


「まだ、いってきますの途中です」


 王都へ着いても、途中。


 話す。


 考える。


 会う。


 会わない。


 決める。


 決めない。


 そして、戻る。


 全部、まだ途中。


「おやすみなさい、母様」


 声が少し震える。


「今日は、会いませんでした」


 それでいい。


「おやすみなさい、父様」


 父へそう言うのは、初めてだった。


「今日は、ここまでです」


 自分で終わりを決める。


 最後に。


「おやすみなさい、森」


 目を閉じる。


 青豆一号。


 アオジロウ。


 ムラマル。


 モリタン。


 オカエリ。


 キズナ。


 春待ち。


 子どもたち。


 村のみんな。


 姿が浮かぶ。


「帰ります」


 小さく言う。


「必ず」


 王都の夜の中で、フローラは森へ戻るという六つ目の言葉を胸へ置いた。


 そして、王都で迎える最初の夜へ、ゆっくりと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。