第74話 青の姫君、自分がいない一日を先に過ごしてみる
翌朝。
私は。
鐘の音で目を覚ました。
王都の鐘ではない。
村のものでもない。
森の奥。
風が。
どこか遠くの木の枝へ。
硬い実をぶつけたのだと思う。
こん。
一度。
間を置いて。
こん。
もう一度。
目を開ける。
天井。
梁。
窓。
薄い朝。
森の家。
いつもの朝。
私は。
しばらく。
寝台の上で。
動かなかった。
出発まで。
あと二日。
二日。
昨日。
三日だった。
数字。
一つ。
減る。
それだけなのに。
胸。
少し。
狭くなる。
私は。
右手。
指。
二本。
立てる。
「二日」
声。
小さい。
森。
変わらない。
鳥。
鳴く。
木。
揺れる。
畑。
待っている。
でも。
私の中では。
一日ごと。
出発。
近づく。
昨日。
森へ残す基準を。
皆と決めた。
畑。
家。
鍵。
収穫。
失敗。
記録。
私がいなくても。
村で判断してよい。
そう。
言った。
言えた。
でも。
言ったことと。
実際に。
任せられることは。
同じではない。
昨夜。
眠る前。
何度も。
考えた。
私が。
出発した後。
誰かが。
畑を見る。
誰かが。
土へ触れる。
必要なら。
水をやる。
収穫する。
森の家へ。
村長さんや。
ガルドさんが。
必要なら入る。
私は。
いない。
それを。
頭では。
分かっている。
でも。
身体が。
まだ。
分かっていない。
だから。
私は。
昨夜。
決めた。
今日。
一日。
先に。
自分がいない日を。
作ってみる。
畑を。
見ない。
村の観察へ。
口を出さない。
自分の家の。
必要な確認も。
一部。
村へ任せる。
本当に。
旅へ出るわけではない。
でも。
私が。
今日だけ。
観察者を。
休む。
それで。
どんな気持ちになるのか。
試す。
怖い。
でも。
出発した後に。
初めて。
全部。
感じるより。
今。
森にいるうちに。
一度。
経験しておきたい。
「今日は」
私は。
天井へ。
言う。
「畑を見ません」
言った瞬間。
心臓。
強く。
鳴る。
自分で。
驚く。
「……朝の確認も」
声。
少し。
小さくなる。
畑。
青豆一号。
アオジロウ。
ムラマル。
モリタン。
赤い実。
全部。
窓の外。
すぐ。
そこ。
なのに。
見ない。
「村の担当者へ、お願いします」
自分へ。
言う。
「今日一日だけ」
でも。
違う。
今日。
試すため。
ではない。
実際。
出発後。
何日も。
任せる。
「今日だけではありません」
私は。
言い直す。
「今日から、少しずつ任せます」
その言葉。
胸へ。
重い。
でも。
正しい。
「おはようございます」
いつもの。
朝。
「おはようございます、母様」
少し間。
「今日は、私がいない一日を」
何と言う。
予行。
練習。
どちらも。
少し。
違う。
「先に、過ごしてみます」
母様。
返事。
ない。
「怖いです」
言う。
「自分がいなくても、皆ができることを見るのが」
胸。
痛む。
「必要なくなるようで」
昨日。
子どもたちへ。
同じ。
言った。
先生だから。
帰ったら見る。
代わりではない。
留守番。
そう。
言われた。
分かっている。
でも。
今日。
もう一度。
確かめる。
「それでも」
私は。
布団を。
めくる。
「任せます」
◇
顔を洗う。
髪を梳く。
一度。
二度。
三度。
花守り布。
手に取る。
今日は。
かぶらない。
私は。
少し。
迷う。
いつも。
畑。
村。
外。
花守り布。
でも。
今日は。
観察者を。
休む。
だから。
机の上。
置く。
それだけで。
少し。
裸に近いような。
不安。
でも。
布は。
私そのものではない。
「今日は、ここで待っていてください」
私は。
花守り布へ。
言う。
王都へ。
持っていく。
でも。
今日。
置く。
持たない日。
それも。
必要。
窓。
開ける。
朝。
冷たい。
少し。
霧。
雨は。
ない。
土。
湿り。
ある。
畑。
見える。
私は。
反射的に。
青豆一号の葉へ。
目。
向けかける。
すぐ。
窓枠へ。
視線。
戻す。
「見ません」
声にする。
苦しい。
窓。
閉める?
それも。
逃げ。
「見えていても、見ない」
私は。
窓を。
開けたまま。
朝食。
作る。
いつもなら。
畑を見てから。
朝食。
今日。
逆。
鍋。
水。
豆。
葉野菜。
少し。
干し肉。
温める。
手を。
動かす。
でも。
耳。
外。
向いている。
誰か。
来た?
鳥。
鳴いた。
獣?
柵?
音。
全部。
気になる。
私は。
匙。
持つ。
「今」
声にする。
「畑で何かあっても」
胸。
鳴る。
「朝の担当者が見ます」
村。
担当。
ガルドさん。
子どもたち。
皆。
昨日。
決めた。
「私は、朝食を食べます」
一口。
味。
分からない。
二口。
少し。
三口。
塩。
今日は。
ちょうどいい。
私は。
苦笑する。
「よかったです」
誰も。
いない。
でも。
言う。
食べる。
最後まで。
片づける。
それから。
結界。
気配。
三つ。
リオ。
ミナ。
ガルドさん。
私は。
戸を。
開ける。
「おはようございます」
「おはよう」
リオ。
今日は。
いつもより。
荷物。
大きい。
「それは」
「昨日より増えた」
「なぜ」
「ミナ」
ミナ。
「必要なものだけです」
「全部必要って言う」
「必要です」
リオ。
不満。
でも。
背負っている。
ガルドさん。
私の顔。
見る。
「畑は」
その一言。
私は。
胸。
締まる。
「見ていません」
三人。
少し。
静か。
リオ。
「本当に?」
「はい」
「朝も?」
「はい」
「気にならない?」
「とても」
即答。
リオ。
少し。
笑う。
「顔に出てる」
「はい」
ミナ。
静か。
「今日は、任せる日ですか」
「はい」
「完全に?」
「できる範囲で」
「いいと思います」
ガルドさん。
「朝の畑担当は、すでに村から来ています」
私。
反射的に。
外。
見そうになる。
止める。
「誰ですか」
「畑担当のバルドと、サム、エマ」
名前。
聞く。
安心。
でも。
見たい。
「もう、見ている?」
「はい」
「異常は」
聞きかけ。
止める。
今日。
任せる。
「……報告は、あとで」
言い直す。
ガルドさん。
少し。
頷く。
「分かりました」
リオ。
「我慢してる」
「はい」
「聞けばいいのに」
「今日は、先に聞きません」
「なんで」
「自分がいない時間を、先に過ごすためです」
リオ。
少し。
考える。
「でも、いる」
「はい」
「すぐそこ」
「はい」
「難しいことするな」
「私も、そう思います」
ミナ。
笑う。
◇
今日。
私は。
村へ。
行かない。
それも。
決めた。
私が。
王都へ。
出た後。
森の家。
空。
畑。
村。
でも。
私は。
いない。
その感じ。
今日。
少し。
作る。
リオ。
ミナ。
ガルドさん。
三人は。
村へ。
行く。
私は。
家。
残る。
「本当に?」
リオ。
また。
聞く。
「はい」
「暇じゃない?」
「荷物を整理します」
「俺も残る?」
「同行者の準備をしてください」
「でも」
「今日は、私が一人で過ごします」
リオ。
言葉。
止まる。
少し。
不満。
でも。
ミナが。
「今日は、必要な時間です」
言う。
リオ。
「分かった」
「夕方には、戻ります」
「はい」
ガルドさん。
「異常時は、こちらへ来ます」
「はい」
「それ以外の報告は?」
私は。
考える。
「昼には、しないでください」
言った瞬間。
自分で。
怖い。
「夕方に、まとめて」
「分かりました」
「ただし、重大なことは」
「すぐ知らせます」
「はい」
昨日。
決めた。
皆が。
重大と思った時。
任せる。
三人。
出る。
戸。
閉じる。
足音。
遠ざかる。
私は。
玄関。
立ったまま。
動けない。
畑。
外。
誰か。
いる。
でも。
見ない。
村。
向こう。
皆。
動く。
私は。
家。
一人。
出発したら。
ここに。
私は。
いない。
今。
逆。
家に。
私だけ。
外。
皆。
でも。
感覚。
似ている。
暮らし。
自分の手から。
少し。
離れる。
◇
荷物。
整理。
道中。
王都。
森。
出発前。
四つ。
昨日まで。
分けた。
今日は。
最終。
確認。
王都へ。
持っていく。
深い青の礼装。
まだ。
仕上げ途中。
明日。
完成予定。
今。
箱。
空。
そこへ。
手袋。
髪飾り。
小さい。
青い石。
一つ。
櫛。
旅用。
薬。
布。
紙。
父様の手紙。
国王陛下の召喚状。
そして。
五つの言葉。
花守り布の中。
私は。
花守り布へ。
目。
向ける。
机。
まだ。
置いたまま。
今日は。
持たない。
でも。
出発。
持つ。
母様の手紙。
ない。
村長さんの家。
それで。
いい。
私は。
荷箱へ。
一つずつ。
入れる。
でも。
手が。
何度も。
止まる。
窓。
外。
気配。
子ども。
声。
聞こえる。
「サム」
たぶん。
エマ。
何か。
言っている。
私。
行きたい。
すぐ。
でも。
今日は。
見ない。
聞かない。
私は。
箱。
蓋。
閉める。
次。
家へ。
残すもの。
日記。
机。
花守り箱。
棚。
大鍋。
村。
母様の手紙。
畑道具。
種。
全部。
残る。
自分が。
王都へ。
持っていくもの。
少ない。
私は。
少し。
驚く。
公爵家から。
森へ来た時。
荷車。
何台も。
あった。
衣装。
箱。
寝具。
食器。
装飾。
侍女。
従者。
家具。
私のため。
たくさん。
でも。
今。
王都へ。
戻る。
いや。
行く。
荷物。
小さい。
自分が。
必要とするもの。
少ない。
「これで」
私は。
箱を見る。
「行けるのですね」
不思議。
少ない。
でも。
心細くない。
なぜ。
森へ。
残すもの。
多いから。
なくした。
ではない。
置いていく。
帰る。
その前提。
◇
昼。
鐘。
村から。
聞こえる。
食事。
時間。
私は。
一人。
昨日。
残した。
パン。
スープ。
食べる。
窓。
外。
畑。
見える。
でも。
見ない。
難しい。
私は。
椅子の向きを。
少し。
変える。
畑。
視界。
外す。
「逃げていますか」
自分へ。
聞く。
でも。
今日は。
見ないため。
「工夫です」
答える。
少し。
笑う。
食べる。
その途中。
遠く。
子ども。
笑い声。
何か。
起きた?
気になる。
でも。
重大なら。
来る。
来ない。
なら。
任せる。
私は。
一口。
飲み込む。
胸。
ざわつく。
「信じます」
声にする。
誰を。
皆。
そして。
昨日の。
自分。
任せると。
言った。
その自分。
信じる。
◇
午後。
家。
掃除。
出発前。
少し。
整える。
でも。
完璧に。
しない。
戻った時。
続き。
できるよう。
机。
紙。
全部。
片づけない。
日記。
いつもの場所。
鍋。
棚。
使うもの。
そのまま。
まるで。
明日も。
ここにいるように。
でも。
明後日。
出る。
私は。
寝台の。
布。
整える。
戻った時。
また。
眠る。
その想像。
胸。
温かい。
でも。
少し。
怖い。
王都で。
何日。
分からない。
戻る日。
分からない。
戻れる。
書類。
認めている。
父様。
国王陛下。
でも。
何か。
変わるかもしれない。
それでも。
戻る。
「戻ります」
今日。
何度目。
分からない。
でも。
言う。
◇
夕方。
戸。
叩く。
三回。
私は。
すぐ。
立つ。
心臓。
速い。
「はい」
戸。
開ける。
リオ。
ミナ。
ガルドさん。
そして。
エマ。
サム。
トト。
ルル。
ニコ。
リーナ。
子どもたち。
多い。
「先生!」
エマ。
顔。
明るい。
「ただいま!」
私は。
一瞬。
言葉。
止まる。
ただいま。
言われた。
私。
家。
待っていた側。
「おかえりなさい」
言う。
胸。
熱い。
「畑!」
エマ。
すぐ。
言いかける。
サム。
「順番」
「分かってる」
私は。
皆を。
家へ。
入れる。
狭い。
だから。
大人。
数人。
子ども。
軒下。
半分。
でも。
報告。
始める。
「先に」
私は。
手。
膝。
置く。
「今日一日、ありがとうございました」
サム。
板。
開く。
記録。
朝。
青豆一号。
雨なし。
土。
湿り。
新葉。
角度。
前日比ほぼ同じ。
アオジロウ。
安定。
ムラマル。
擦れ跡変化なし。
モリタン。
良好。
赤い実。
表土亀裂。
朝より。
午後。
少し。
拡大。
淡緑色部。
わずかに。
露出。
発芽兆候。
高。
「触っていません」
サム。
言う。
「はい」
「掘ってもいません」
「はい」
エマ。
「トトが触ろうとした」
「触ってない!」
「近づいた」
「見ただけ!」
サム。
「接触なし」
「記録したの?」
「必要」
私は。
笑う。
でも。
胸。
熱い。
「水は」
「やってない」
エマ。
「土、湿ってた」
「はい」
「モリタンも」
「はい」
「全部、大丈夫」
トト。
言う。
私は。
一瞬。
畑へ。
飛び出したい。
自分で。
見たい。
でも。
まだ。
報告。
聞く。
「キズナは」
村。
共同畑。
サム。
別の板。
「発芽八日目」
茎。
ほぼ。
直立。
でも。
根元。
曲がり。
残る。
皺のある葉。
さらに。
成長。
反対葉。
差。
ほとんど。
なくなった。
皺。
残る。
「完全に同じ?」
私は。
聞く。
すぐ。
自分で。
「あ」
サム。
「同じではない」
「はい」
「大きさの差、ほぼなし」
「はい」
「形、違う」
「はい」
ルル。
「皺、残ってる」
「はい」
「でも大きい」
「はい」
私は。
目。
熱い。
見なかった。
一日。
でも。
記録。
ある。
変化。
分かる。
全部。
私が。
見なくても。
失われない。
むしろ。
誰かの。
言葉。
目。
新しい。
私は。
板。
受け取る。
「ありがとうございます」
サム。
少し。
胸。
張る。
「まだ」
エマ。
手。
上げる。
「何ですか」
「赤い実」
私。
心臓。
鳴る。
「午後」
エマ。
笑う。
「ちょっと出た」
私は。
息。
止まる。
「出た?」
「ちょっと」
トト。
「芽!」
サム。
「発芽確認、まだ微妙」
「出てるって!」
「夕方時点、淡緑部二ミリ程度」
「二ミリ!」
エマ。
「出てる!」
私。
立ち上がりかける。
止まる。
皆。
見る。
「見に行っても」
私は。
聞く。
エマ。
「先生の畑だよ」
「はい」
「行けば」
笑う。
私は。
立つ。
外。
走らない。
でも。
早い。
畑。
小石の円。
中央。
土。
割れている。
そして。
そこ。
淡い緑。
小さな。
先。
ほんの。
少し。
地表へ。
出ている。
私は。
しゃがむ。
息。
止める。
「……出ています」
声。
震える。
エマ。
「でしょ!」
サム。
「発芽確認」
言い直す。
トト。
「ほら!」
ニコ。
「名前!」
私は。
驚く。
「名前?」
「つける?」
赤い実。
落ちていた。
食べられるか。
分からない。
木。
何になる。
分からない。
子どもたち。
目印。
帰ってくる。
そう。
埋めた。
芽。
出た。
出発まで。
二日。
私は。
胸へ。
手。
置く。
「まだ」
名前。
つける。
急がない。
でも。
皆。
期待。
私は。
少し。
考える。
「仮の名前なら」
トト。
「仮?」
「種類が分かっていないので」
「先生らしい」
サム。
言う。
「何にする?」
私は。
芽。
見る。
小さい。
でも。
土。
割って。
出た。
帰る。
目印。
皆。
祈った。
「オカエリ」
一瞬。
沈黙。
子どもたち。
顔。
変わる。
エマ。
「オカエリ?」
「はい」
「そのまま?」
「はい」
トト。
「変」
ニコ。
「いい」
ルル。
「帰る」
リーナ。
小さく。
「縫う」
サム。
もう。
板。
書く。
赤色木の実。
播種後四日目。
発芽確認。
仮称。
オカエリ。
私は。
少し。
泣く。
リオ。
後ろ。
「分かりやすい」
「はい」
「帰ってこないと、名前に負ける」
私は。
リオを見る。
「帰ります」
「うん」
それだけ。
でも。
胸。
強くなる。
◇
私は。
その後。
一つずつ。
自分で。
畑を見る。
青豆一号。
記録。
合っている。
アオジロウ。
安定。
ムラマル。
変化なし。
モリタン。
良好。
オカエリ。
小さな芽。
私は。
記録板。
自分の字で。
書く。
赤色木の実。
播種後四日目。
夕方。
発芽確認。
淡緑色芽、地表露出約二ミリ。
未接触。
周囲土壌、湿潤。
追加処置不要。
仮称。
オカエリ。
命名理由。
帰還の目印として播種されたため。
その下。
観察者。
本日、朝から夕方まで直接観察せず。
村担当者による記録のみで経過を把握。
夕方に本人確認。
記録内容と実状態に大きな齟齬なし。
さらに。
観察者が見ていなくても、変化は失われなかった。
書く。
手。
震える。
涙。
少し。
落ちる。
土。
板。
でも。
拭かない。
「先生」
エマ。
「今日、いなくても大丈夫だった?」
私は。
少し。
考える。
「はい」
答える。
でも。
「寂しかったです」
正直。
「ずっと、気になりました」
「じゃあ失敗?」
「いいえ」
「成功?」
「それも」
少し。
考える。
「分かりません」
子どもたち。
少し。
笑う。
「でも」
私は。
続ける。
「任せても、大丈夫だと分かりました」
胸。
少し。
痛い。
「私が見なくても、皆さんが見てくれる」
「うん」
「私が知らない時間も、記録してくれる」
「うん」
「私が帰れば、続きから見られる」
エマ。
大きく。
頷く。
「だから先生」
昨日。
同じ。
私は。
笑う。
「はい」
先生。
帰ったら。
また。
見る。
◇
村へ。
今日は。
夕方だけ。
行く。
私が。
一日。
いなかった。
村。
でも。
何も。
止まっていない。
広場。
人。
声。
パン。
焼く。
井戸。
水。
布。
縫う。
薬。
包む。
旅。
準備。
キズナ。
育つ。
私が。
今日。
来なくても。
皆。
暮らす。
その光景。
少し。
胸。
痛い。
でも。
嬉しい。
パン屋の女性。
私を見る。
「今日は来なかったね」
「はい」
「寝込んだかと思った」
「違います」
「畑の練習?」
「留守の練習です」
「留守の練習」
女性。
少し。
笑う。
「変なことするねえ」
「はい」
「どうだった」
「寂しかったです」
「そりゃそうだ」
「でも」
私は。
広場。
見る。
「皆さんが、普通に暮らしていて」
「当たり前だよ」
「はい」
「フローラ様がいなくても、飯は食う」
「はい」
「仕事もする」
「はい」
「喧嘩もする」
遠く。
「お前が持ってっただろ!」
「持ってない!」
声。
すぐ。
聞こえる。
女性。
「ほら」
私は。
笑う。
「はい」
「でもね」
女性。
少し。
声。
柔らかくなる。
「いないのと、どうでもいいのは違うよ」
私は。
止まる。
「いなくても暮らす」
女性。
言う。
「でも、帰ってきたら嬉しい」
胸。
痛い。
「それでいいんじゃないかい」
私は。
何も。
言えない。
涙。
出る。
「また泣く」
「すみません」
「謝るな」
女性。
布。
差し出す。
「王都で毎日泣いたら、布足りないよ」
周囲。
笑い。
私は。
布。
受け取る。
「多めに持っていきます」
「それがいい」
◇
礼装。
仕上がっている。
明日。
最終確認。
薬。
整った。
荷物。
ほぼ。
完成。
同行者。
ミナ。
リオ。
準備。
進む。
出発。
明後日。
その現実。
村。
皆。
分かっている。
でも。
今日。
大きな。
別れの話は。
しない。
普通。
夕方。
食事。
子ども。
笑う。
老人。
大鍋。
また。
使いたがる。
「明日、使おう」
「帰ってからです」
「最後の夜だぞ」
その言葉。
広場。
少し。
静か。
最後。
出発前の。
最後。
明日。
でも。
私は。
すぐ。
言う。
「最後ではありません」
老人。
見る。
「出発前の夜です」
言い直す。
胸。
少し。
震える。
「帰ってきた後も、夜はあります」
老人。
少し。
口。
曲げる。
「分かった」
そして。
「じゃあ明日は小さい鍋」
周囲。
笑う。
「使うんですか」
「出発前の飯」
「大鍋は」
「帰ってから」
「はい」
約束。
守る。
◇
夜。
森の家。
私は。
一人。
でも。
今日。
一日。
ここに。
いた。
なのに。
畑。
見ない。
村。
行かない。
自分が。
いない時間を。
少し。
作った。
その結果。
オカエリ。
芽。
出た。
私が。
見ていない時。
出た。
以前なら。
悲しかったかもしれない。
最初の瞬間。
見逃した。
でも。
今。
不思議。
嬉しい。
誰かが。
見ていた。
記録した。
私。
帰って。
見た。
変化。
失われていない。
私は。
日記帳。
開く。
今日。
朝から夕方まで。
畑を見なかった。
村へ行かなかった。
私は。
森の家にいた。
だから。
本当にいなかったわけではない。
でも。
暮らしの一部から。
自分を外した。
とても。
怖かった。
朝。
畑を見ないだけで。
心臓が速くなった。
皆が。
畑を見ていると聞いて。
何があったか。
すぐ聞きたくなった。
でも。
夕方まで。
待った。
私は。
ペン。
止める。
待った。
母様の手紙。
同じ。
待つ。
言葉。
待つ。
畑。
待つ。
自分。
少しずつ。
できる。
その下。
私が見ていない間。
赤い実が。
芽を出した。
サムたちが。
記録した。
私が夕方。
戻った時。
変化は。
ちゃんと。
そこにあった。
私は。
最初の瞬間を。
見ていない。
でも。
それで。
芽が。
私のものではなくなるわけではない。
私の記録が。
消えるわけでもない。
誰かが見た時間も。
この植物の時間。
私は。
仮の名前を。
オカエリ。
とした。
帰還の目印。
として。
埋めたから。
私は。
必ず。
帰る。
帰って。
続きを。
見る。
その下。
パン屋の女性に。
言われた。
いなくても暮らす。
でも。
帰ってきたら嬉しい。
私は。
その言葉が。
とても。
嬉しかった。
私がいなくても。
皆。
生きる。
食べる。
笑う。
喧嘩する。
畑を見る。
私を。
待つために。
止まらない。
それでいい。
むしろ。
そうであってほしい。
私は。
必要とされたい。
でも。
私がいなければ。
何も動かない場所を。
作りたいわけではない。
帰ってきた時。
おかえり。
と言ってもらえる場所。
それ。
欲しかった。
私は。
日記。
少し。
閉じかけ。
もう一度。
開く。
最後。
書く。
私がいなくても。
森は止まらない。
それは。
私が必要ではないという意味ではない。
私は。
誰かがいなくても。
生きてよい。
誰かも。
私がいなくても。
生きてよい。
それでも。
会えたら嬉しい。
戻ったら嬉しい。
そのくらいの場所が。
たぶん。
家なのだと思う。
私は。
ペンを置く。
長い。
沈黙。
胸。
温かい。
家。
公爵家。
森。
違う。
でも。
今日。
少し。
分かった。
家。
必要とされないと。
居てはいけない場所ではない。
何かを。
し続けなければ。
捨てられる場所でもない。
いなくても。
暮らしが続く。
でも。
戻れば。
嬉しい。
それ。
◇
私は。
窓。
開ける。
夜。
森。
空。
雲。
少し。
星。
出発まで。
あと二日。
今日。
もう。
ほとんど。
終わった。
明日。
出発前。
最後の一日。
いや。
最後。
ではない。
出発前日。
言葉。
変える。
「明日は」
私は。
外へ。
言う。
「出発前日です」
青豆一号。
アオジロウ。
ムラマル。
モリタン。
オカエリ。
村。
キズナ。
皆。
それぞれ。
今夜。
眠る。
明日。
朝。
起きる。
普通に。
暮らす。
でも。
明後日。
私。
出る。
「今日は」
私は。
畑の方。
見る。
暗い。
葉。
見えない。
「皆さんへ、任せました」
風。
少し。
「ありがとうございました」
そして。
「明日は」
胸。
少し。
痛い。
「自分で、見ます」
出発前。
最後の。
ではない。
今。
見られる日。
一つ。
一つ。
記録。
残す。
挨拶。
する。
でも。
別れ。
ではない。
「いってきますを、言う準備をします」
私は。
窓を。
閉じる。
花守り布。
机。
まだ。
置いてある。
今日は。
持たなかった。
私は。
手に取る。
布。
軽い。
でも。
中。
五つの言葉。
道。
二つの点。
明後日。
持っていく。
「明日は、また一緒に行きましょう」
布へ。
言う。
寝台。
入る。
目を閉じる。
今日。
私は。
自分がいない一日を。
先に。
少しだけ。
過ごした。
でも。
何も。
壊れなかった。
むしろ。
芽が出た。
私が見ていなくても。
育つものがある。
私がいなくても。
続くものがある。
そのことが。
怖くて。
そして。
とても。
安心だった。




