第72話 青の姫君、そばにいてほしい人を自分で選ぶ
翌朝。
私は。
目を覚ましたあと。
すぐには起き上がらなかった。
窓の外では。
まだ朝靄が。
森の低いところへ残っている。
木々の幹。
草。
新しい柵。
すべて。
白い薄布をかけられたように。
輪郭が柔らかい。
鳥の声も。
今日は。
少し遠い。
一羽が鳴く。
少し間を置く。
別の場所から。
もう一羽。
返す。
その声を聞きながら。
私は。
昨日のことを。
一つずつ思い出した。
王都へ行く返答を。
使者へ渡した。
出発は。
五日後。
つまり。
今日を迎えた今。
残りは。
四日。
公爵家の屋敷へ。
戻る意思は。
現時点でない。
それも。
自分で書いた。
王都へ持っていくもの。
森へ残すもの。
出発前に使うもの。
道中で使うもの。
四つに分けた。
深い青の礼装。
以前の私の身体には。
合っていた。
今の私には。
少し小さかった。
肩。
背中。
息。
森で暮らすうちに。
私の身体は。
変わった。
それを。
恥ずかしいとは。
思わなかった。
むしろ。
少しだけ。
嬉しかった。
今の私へ。
服を合わせる。
以前の私へ。
身体を戻すのではない。
その違い。
昨夜。
眠る前まで。
何度も考えた。
そして。
同行者。
五人。
リオ。
ミナ。
ガルドさん。
パン屋の女性の息子。
狩人の男性。
誰も。
軽い気持ちではない。
誰も。
私を。
自分の都合へ。
使おうとしていない。
それが。
余計に。
難しかった。
私は。
胸の上へ。
手を置く。
「今日は」
小さく言う。
「決めます」
昨日は。
選ばなかった。
それでよかった。
一晩。
考えた。
自分の罪悪感ではなく。
誰を断りやすいかでもなく。
誰が。
王都で。
私が自分の言葉を話すために。
そばにいてほしい人か。
それを。
考えた。
最初に浮かんだのは。
ミナだった。
女性。
着替え。
夜。
体調。
人前で話せなくなったとき。
私の言葉を。
代わりに話すのではなく。
私が話せるようになるまで。
待つ。
そう。
言ってくれた。
リオも。
浮かんだ。
森で。
ずっと。
近くにいた。
私の。
大丈夫が。
本当の大丈夫ではないことを。
少しずつ。
見分けるようになった。
怒る。
顔に出る。
でも。
嘘をつかない。
ガルドさん。
守る。
王家の護衛と。
違う立場。
私の安全を。
村側から考える。
必要。
パン屋の息子。
馬。
荷物。
道中。
現実的。
狩人の男性。
森の暮らしを。
知っている。
王都で。
私の生活を。
笑われたとき。
それを。
現実として。
知っている人。
全員。
いてほしい。
そう思う。
でも。
全員は。
連れていけない。
「誰が」
私は。
目を閉じる。
「一番、そばにいてほしいですか」
自分へ聞く。
問い。
今までなら。
一番役に立つ人。
一番失礼のない人。
一番身分に相応しい人。
そう。
考えただろう。
でも。
今回は。
そばにいてほしい人。
私が。
怖くなったとき。
王都の広い廊下。
白い石。
金の装飾。
視線。
囁き。
父様。
母様。
国王陛下。
貴族たち。
その中で。
振り返ったとき。
誰がいたら。
呼吸できるか。
私は。
ゆっくり。
答えを出した。
「ミナ」
声にする。
胸の奥が。
少しだけ。
落ち着く。
次に。
「リオ」
二人。
でも。
同行者は。
一名を予定している。
王家の馬車。
護衛。
荷物。
村側から。
一人。
私は。
少し考え。
首を横へ振った。
「一人と決めたのは」
絶対ではない。
昨日。
使者へ。
一名を予定していると。
伝えただけ。
必要なら。
二人。
可能か。
それは。
確認できる。
一人に減らすことが。
正しいとは。
限らない。
私は。
目を開けた。
「一人にしなければならないか、確認します」
決める前に。
条件を。
確認する。
以前の私は。
相手が言ったことを。
絶対だと思い込んだ。
一名を予定。
なら。
一名しか駄目。
そう。
決めつけた。
でも。
聞いてよい。
私は。
少しだけ笑った。
「朝から」
自分へ。
言う。
「少し、学びました」
◇
寝台を出る。
窓を開ける。
冷たい空気。
朝靄。
湿った土。
昨日より。
少し風が弱い。
新しい柵。
倒れていない。
小石の円。
崩れていない。
赤い実。
まだ。
土の下。
「おはようございます」
まず。
畑。
青豆一号。
新葉。
少し。
葉柄が。
昨日より上。
角度。
僅か。
でも。
変化。
アオジロウ。
安定。
ムラマル。
擦れ跡。
そのまま。
周囲。
問題なし。
モリタン。
本葉。
色。
深い緑。
少しずつ。
厚み。
私は。
しゃがむ。
「おはようございます、モリタン」
もう。
本葉が開いたこと自体は。
大きな出来事ではなくなってきた。
開いた後。
日常。
育つ。
変わる。
昨日。
一昨日。
今日。
少しずつ。
旅立ち。
王都。
国王。
そういう。
大きな言葉が。
私の周囲へ来ても。
モリタンは。
葉を育てる。
同じ。
時間。
私は。
記録板を開く。
青豆一号。
古い葉離脱後二十八日目。
新葉一枚。
葉柄角度、前日比わずかに上昇。
虫害・変色なし。
アオジロウ。
茎・葉、安定。
追加処置不要。
ムラマル。
葉端擦過跡、変化なし。
病変兆候なし。
モリタン。
本葉完全展開後五日目。
葉色良好。
葉面厚み増加傾向。
葉脈明瞭。
三芽。
状態良好。
赤色木の実。
播種後二日目。
表土変化なし。
掘り返し・獣害なし。
追加処置不要。
その下。
観察者。
王都同行者、本日決定予定。
私は。
筆を止める。
予定。
でも。
決める。
さらに。
王家側へ、同行二名が可能か確認予定。
書く。
文字にすると。
自分が。
無理に。
一名へ絞ろうとしていたことが。
分かる。
条件を。
変えられるか。
聞く。
それから。
選ぶ。
「それでいいです」
私は。
記録板を閉じる。
赤い実の場所。
土。
変化なし。
私は。
小石の円へ。
触れない。
「今日も、待ちます」
芽は。
私が。
王都へ行く前に。
出るかもしれない。
出ないかもしれない。
それでも。
掘らない。
確かめようとして。
傷つけない。
同行者のことも。
同じ。
早く答えを出すために。
自分の気持ちを。
掘り返しすぎない。
必要な確認をして。
選ぶ。
◇
朝食。
今日は。
粥。
昨日。
塩を足しすぎたスープは。
水を増やし。
豆を足し。
小さな鍋へ。
取り分けてある。
昼。
皆で食べる。
今朝は。
軽く。
粥。
卵。
薬草茶。
一口。
二口。
三口。
食べながら。
母様の二つ目の伝言を。
考える。
今日。
聞くか。
昨日。
明日決めると。
日記へ書いた。
今日。
今。
聞きたいか。
胸へ。
問いかける。
少し。
聞きたい。
でも。
王都へ行く決意を。
変えるほどの言葉だったら。
怖い。
会いたい。
帰ってきて。
許して。
病。
時間がない。
どれも。
可能性。
私は。
匙を置く。
「今日は」
自分へ。
聞く。
「二つ目の伝言を、聞きたいですか」
胸。
少し。
締まる。
でも。
逃げたいだけではない。
知りたい。
母様が。
何を。
レナードへ預けたのか。
王都へ行く前に。
聞く。
手紙は。
森へ置いていく。
でも。
伝言は。
口頭。
今。
聞かなければ。
副官。
レナード。
いつまで。
森の外にいるか。
分からない。
「聞きます」
声にする。
「ただし」
一つ。
全部ではない。
伝言は。
二つの内容。
一つ目は。
受け取っただけで十分。
二つ目。
それだけ。
「聞いた後」
今日は。
母様の手紙を。
読まない。
すでに。
森へ置いていくと。
決めた。
出発まで。
手紙は。
読まない。
それで。
いいか。
私は。
少し考える。
「手紙は、王都から戻るまで読みません」
言った瞬間。
胸が。
痛む。
でも。
同時に。
静かになる。
決めた。
手紙。
五つ目の一文まで。
そこで。
止める。
戻ってから。
続き。
母様へ。
会う前に。
全部読まなくてもいい。
母様が。
目の前で。
何か言うなら。
それは。
その時の言葉。
手紙とは。
別。
「今日、二つ目の伝言だけ聞きます」
朝食を。
最後まで食べる。
片づける。
食器。
水。
いつもの。
手順。
結界へ。
三つの気配。
リオ。
ミナ。
ガルドさん。
今日は。
子どもなし。
私は。
戸を開けた。
「おはようございます」
「おはよう」
リオ。
少し。
眠そう。
「眠れましたか」
「俺?」
「はい」
「寝た」
「目が」
「朝はこう」
ミナが。
「昨日、同行者の話で遅くまで起きていたのでしょう」
「起きてない」
「村長宅から戻ったの、遅かったですよ」
「考えてただけ」
「何を」
「別に」
リオは。
視線を逸らす。
私の同行。
選ばれるか。
考えていたのかもしれない。
でも。
今。
聞かない。
「村へ行く前に」
私は。
三人を見る。
「王家へ確認したいことがあります」
ガルドさん。
「何でしょう」
「同行者を、村から二人にすることは可能ですか」
三人。
少し。
目を見開く。
リオが。
「二人?」
「はい」
「昨日、一人って」
「予定です」
「変えていいのか」
「確認します」
ミナが。
ほんの少し。
表情を柔らかくする。
「二人を希望されているのですか」
「はい」
私は。
すぐに。
続ける。
「まだ、誰と誰かは言いません」
リオが。
口を閉じる。
「王家の馬車へ、負担になるなら」
ガルドさん。
「馬車の規模次第ですが、同行二名で大きな問題になるとは思いません」
「使者は」
「昨日の使者は、まだ北側宿場におります。返答を王都へ運ぶため、昼前に出る予定です」
「では、確認できますか」
「はい」
「お願いします」
ガルドさんが。
すぐ動こうとする。
私は。
「もう一つ」
呼び止める。
「はい」
「レナード隊の副官は」
「旧街道側の宿におります」
「二つ目の伝言を」
胸。
鳴る。
「今日、聞きます」
リオと。
ミナ。
ガルドさん。
表情。
少し変わる。
「手紙は」
ミナが聞く。
「読みません」
「出発まで?」
「はい」
「戻ってから?」
「はい」
私は。
言い切る。
「母様の手紙は、この森に置いていきます」
リオが。
少し。
驚いた顔。
「持ってかない?」
「はい」
「母親に会うかもしれないのに」
「だからです」
「だから?」
「手紙の母様と、目の前の母様を、同じにしたくありません」
リオは。
黙る。
ミナが。
静かに頷く。
「分かりました」
「二つ目の伝言は、聞きます」
「はい」
「でも、その後で手紙は読みません」
「分けるのですね」
「はい」
ガルドさん。
「副官へ伝えておきます」
「お願いします」
◇
村へ向かう道。
今日は。
少し。
空が明るい。
朝靄は。
ゆっくり。
薄くなる。
木々の間。
光。
道。
湿っている。
一歩。
二歩。
三歩。
二人、同行できるか確認。
四歩。
同行者を決める。
五歩。
二つ目の伝言。
六歩。
手紙は読まない。
七歩。
戻る。
リオが。
今日は。
少し。
後ろ。
いつもより。
静か。
私は。
気になる。
でも。
聞かない。
選ぶ前に。
彼の言葉で。
揺れたくない。
それも。
自分を守る。
ミナは。
横。
何も言わない。
ガルドさんは。
先。
見張り。
いつも通り。
村へ入る。
広場。
昨日ほどの。
大騒ぎはない。
でも。
人は。
多い。
布を扱う女性たち。
礼装の仮縫い。
薬師。
薬包み。
木工職人。
小さな旅箱。
子どもたち。
キズナ。
村全体が。
私の出発までの。
時間を。
それぞれ。
使っている。
私が。
王都へ行く。
そのことが。
もう。
私だけの予定ではない。
皆の。
予定の中にも。
入っている。
「フローラ先生!」
エマ。
走る。
「走らないで」
「走ってない!」
「走っています」
「急いだだけ!」
今日も。
同じ。
私は。
少し笑う。
「キズナ見て!」
「はい」
共同畑。
観察鉢。
キズナ。
発芽七日目。
茎。
昨日より。
さらに上。
でも。
根元の曲がり。
残る。
皺のある初葉。
大きくなっている。
皺。
消えない。
反対側との差。
さらに。
小さい。
私は。
しゃがむ。
「おはようございます、キズナ」
エマ。
「立った?」
「かなり」
トト。
「完全直立?」
サム。
「未達」
「お前が言うな」
ニコ。
ルル。
葉。
じっと見る。
「皺、まだある」
「はい」
「でも」
ルル。
指。
触れず。
近くで。
「大きい」
「はい」
「昨日より」
「はい」
私は。
記録する。
赤筋葉。
観察鉢。
キズナ。
発芽七日目。
茎湾曲。
軽減継続。
根元の曲がり残存。
初葉二枚。
成長良好。
圧迫側片葉。
皺残存。
葉長・葉幅増加。
反対葉との差。
前日比さらに縮小。
葉色。
良好。
損傷なし。
追加処置不要。
最後に。
曲がりが残っていても、立つ方向へ進める。
書く。
自分にも。
言っている。
王都。
怖さ。
傷。
残る。
それでも。
進める。
「先生」
サムが。
板を持ってくる。
「不在中の記録」
そこには。
すでに。
項目。
作られている。
日付。
天気。
土。
葉。
色。
虫。
水。
変化。
触ったか。
触ってないか。
「触ったか?」
私は。
読む。
「はい」
「勝手に触らない記録」
「はい」
エマ。
「触ってないって書く」
「とても大事です」
トト。
「何もしてないのに?」
「何もしなかったことも、記録です」
サム。
「記録済み」
リーナ。
花守り布。
今日は。
新しく。
小さな。
線。
縫おうとしている。
「これは?」
「道」
「道?」
「王都」
細い糸。
森の端から。
外へ。
一本。
まだ。
途中。
「全部縫わない」
「なぜですか」
「帰ってから」
私は。
胸が。
熱くなる。
行く道。
途中まで。
帰ってきて。
続きを。
縫う。
「お願いします」
リーナは。
頷く。
花守り布。
森から。
外へ伸びる。
短い道。
でも。
王都まで。
全部ではない。
途中。
今の私と。
同じ。
◇
村長さんが。
広場へ来る。
「フローラ」
「はい」
「王家の使者へ、二名同行の可否を確認させた」
「もう?」
「ガルドが早かった」
ガルドさん。
少し離れた場所。
いつもの顔。
「結果は」
「可能」
胸が。
少し。
軽くなる。
「ただし」
私は。
緊張する。
「馬車は一台増えない」
「はい」
「荷物は、現在の予定量の範囲」
「はい」
「村側の同行者二名は、王都滞在中、王宮の使用人区画近くの客室を用意する」
「王宮へ?」
「そうだ」
「公爵家ではなく」
「王宮」
私のそば。
でも。
同じ客室ではない。
それでいい。
「ありがとうございます」
「使者も」
村長さんが。
少し笑う。
「最初から二人くらいなら問題ないと言っていたらしい」
私は。
少し。
力が抜ける。
「では、私は」
一人にしなければ。
と。
苦しんでいた。
でも。
聞けば。
二人。
よかった。
「聞かないと、分かりませんね」
「うん」
「私は、一人しか駄目だと思っていました」
「言われていないのに?」
「はい」
村長さん。
少し笑う。
「フローラは、昔からそうなのかもしれないな」
「何がですか」
「決まりを、自分で増やす」
胸へ。
刺さる。
でも。
否定できない。
言われたこと。
その先。
こうすべき。
これも駄目。
あれも駄目。
自分で。
規則を。
増やす。
間違わないため。
嫌われないため。
「そうかもしれません」
「今日、一つ減った」
「はい」
私は。
少し。
笑った。
「二人」
村長さんが。
「決めるか」
「はい」
広場。
少し。
静かな場所へ。
五人。
昨日と同じ。
リオ。
ミナ。
ガルドさん。
パン屋の息子。
狩人の男性。
私は。
皆の前へ。
立つ。
「王家へ確認しました」
五人。
私を見る。
「村から、二名まで同行できます」
パン屋の息子。
「増えた」
狩人。
「なら三人でも」
「二人です」
「聞いたら三人もいけるかも」
「増やしません」
少し。
笑い。
私は。
息を吸う。
「昨日、一晩考えました」
リオ。
顔。
真剣。
ミナ。
静か。
ガルドさん。
表情変わらず。
他の二人。
待つ。
「私が王都で、自分の言葉を話すために」
一度。
胸が。
鳴る。
「そばにいてほしい人を、選びます」
役に立つ。
ではない。
そばに。
いてほしい。
「一人目は」
私は。
ミナを見る。
「ミナです」
ミナ。
目を。
少し。
見開く。
でも。
すぐ。
深く頭を下げる。
「はい」
短い。
でも。
声。
少し震える。
「お願いします」
「こちらこそ」
私は。
次。
リオを見る。
「二人目は、リオです」
リオ。
何も言わない。
一瞬。
顔が。
固まる。
そのあと。
「俺?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「ガルドじゃなくて?」
ガルドさん。
「なぜ私へ聞く」
「いや」
私は。
リオを見る。
「あなたです」
「……うん」
リオは。
視線を。
少し下げる。
「分かった」
それだけ。
でも。
耳が。
少し赤い。
パン屋の息子が。
肩を落とす。
「俺、落選?」
「落選という言い方は」
「いや、分かってる」
すぐ。
笑う。
「馬車のことは王家に任せたほうがいい」
狩人の男性も。
「俺は森を守る」
ガルドさん。
「私は村側の警戒を続けます」
私は。
三人を見る。
「申し訳ありません」
「謝るな」
狩人の男性。
すぐ。
言う。
「選んだんだろ」
「はい」
「なら、それでいい」
パン屋の息子も。
「こっちはこっちで、帰ってくる時の荷車準備しとく」
「帰り?」
「荷物増えるかもしれないだろ」
「増やしません」
「王都のお土産」
「いりません」
周囲。
少し笑う。
ガルドさんが。
私へ言う。
「同行者を選ぶことと、選ばなかった者を否定することは別です」
昨日。
持ち物。
同じ。
持っていかない。
要らない。
ではない。
「はい」
私は。
三人へ。
頭を下げる。
「森を、お願いします」
「任せろ」
「はい」
「帰ってきた時、何も変わってないとは言えないけどな」
狩人の男性が。
畑の方角を見る。
「変わります」
私は答える。
「でも、記録してください」
「分かった」
「変わっていても」
一度。
言葉を選ぶ。
「戻れない場所には、しないでください」
ガルドさん。
静かに。
「必ず」
言う。
胸が。
熱くなる。
◇
同行者。
決まった。
ミナ。
リオ。
二人。
王都へ。
一緒に行く。
その事実が。
少しずつ。
胸へ馴染む。
リオは。
その後。
何となく。
私と目を合わせない。
エマが。
すぐ。
気づく。
「リオ、顔変」
「変じゃない」
「赤い」
「暑い」
「朝だよ」
「動いたから」
「何もしてない」
「うるさい」
子どもたち。
笑う。
私は。
少し。
助けるべきか。
迷う。
でも。
リオが。
自分で。
「もういい」
と。
言う。
だから。
任せる。
ミナは。
すでに。
旅の準備について。
女性たちと。
話している。
着替え。
薬。
夜。
客室。
王都の礼法。
私は。
少し。
不安になる。
ミナは。
王都の礼法。
分かるのか。
「ミナ」
「はい」
「王都へ行ったことは?」
「一度だけです」
「いつ」
「若い頃」
「若い頃?」
「今も若いです」
「すみません」
周囲から。
笑い。
ミナも。
珍しく。
少し笑う。
「親戚の奉公先が王都近郊にありました」
「では」
「最低限は分かります」
「私より?」
「フローラ様は、王都で育ったでしょう」
「でも」
王都。
礼法。
公爵家。
身体が。
覚えている。
でも。
怖い。
「私は」
ミナが。
静かに言う。
「礼法を教えるために行くのではありません」
「はい」
「必要なら、分からないと言います」
私と同じ。
「はい」
「一緒に確認しましょう」
「お願いします」
その言葉。
安心。
リオ。
横から。
「俺、礼法分からない」
「知っています」
「即答」
「学びましょう」
「今から?」
「最低限」
「無理」
ミナ。
「王様の前で足を組まない」
「それくらい分かる」
「勝手に歩き回らない」
「子どもじゃない」
「怒って剣を抜かない」
「持ってかない」
「本当ですか」
「……短剣は」
「駄目です」
私。
思わず。
「短剣は必要では」
ミナと。
リオ。
同時に。
私を見る。
「護身用」
私は。
少し小さく言う。
ガルドさんが。
遠くから。
「王宮内では、王家の規則へ従ってください」
「はい」
リオ。
少し不満そう。
「森と違う」
「王都ですから」
「だから嫌なんだよ」
でも。
来る。
私が。
選んだから。
ではなく。
来たいと。
言った。
その事実。
胸へ。
残る。
◇
昼前。
村長さんの家。
仕事部屋。
私は。
久しぶりに。
灰色の包みのある引き出しの前へ。
座った。
今日は。
手紙を読むためではない。
二つ目の伝言。
それを。
聞くため。
でも。
手紙のある部屋を。
選んだ。
なぜか。
他の場所で。
聞くより。
ここがよかった。
机。
地図。
内庭。
窓。
灰色の包み。
引き出しの中。
見えない。
でも。
ある。
部屋には。
私。
村長さん。
ミナ。
リオ。
ガルドさん。
副官は。
外廊下。
昨日と。
同じ。
柵の向こう。
直接。
村へ。
入れない。
必要な距離。
私は。
椅子へ座る前に。
引き出しへ。
手を置いた。
「母様の手紙は」
村長さんが。
私を見る。
「ここへ置いていきます」
「うん」
「王都から戻るまで」
「うん」
「開けません」
言う。
胸。
痛い。
でも。
大丈夫。
「預かってください」
「預かる」
「何があっても」
一度。
言葉を止める。
「私が王都から、読んでほしいと手紙を送っても」
村長さん。
少し。
目を細める。
「それでも?」
「はい」
私は。
怖くなる。
王都で。
不安。
母様へ会った。
会えなかった。
病。
怒り。
夜。
弱くなって。
続きを。
誰かへ読んでもらいたくなるかもしれない。
でも。
今。
決めた。
「私が直接戻るまで、開けないでください」
「分かった」
村長さん。
迷わない。
「君が戻るまで、ここに置く」
「ありがとうございます」
契約。
約束。
手紙と。
森へ。
もう一つ。
私は。
椅子へ座る。
胸へ。
手。
副官。
外。
声。
届く。
「二つ目の伝言を、お願いします」
ガルドさん。
外へ。
伝える。
副官。
少し。
間。
「承知しました」
昨日。
一つ目。
受け取っただけで十分。
今日。
二つ目。
私は。
呼吸。
一つ。
二つ。
三つ。
副官の声。
「公爵夫人は」
胸。
強く鳴る。
「フローラ様が王都へ戻られることを望んでいるのではなく」
私は。
息を止めた。
戻ることを。
望んでいるのではない。
続き。
「もし、いつかフローラ様ご自身が会ってもよいと思われたなら」
声。
遠くなる。
でも。
聞く。
「その時に、一度だけ、直接謝る機会がほしいと」
私は。
動けなかった。
「それだけを、伝えてほしいと仰ったそうです」
沈黙。
雨ではない。
風。
窓。
葉。
副官。
もう。
話さない。
二つ目。
終わり。
私は。
右手を。
上げる必要もなかった。
短い。
でも。
重い。
母様は。
帰ってほしい。
ではない。
会いたい。
とも。
直接は。
言っていない。
いつか。
私が。
会ってもよいと思ったなら。
その時。
一度だけ。
謝る機会。
ほしい。
私が。
決める。
時期。
私が。
決める。
会うか。
私が。
決める。
胸の中。
何かが。
崩れる。
安心。
悲しみ。
怒り。
また。
一度に。
上がる。
「確認します」
声。
震える。
「母様は」
呼吸。
「私が王都へ戻ることを望んでいるのではない」
「そのように、レナード隊長から聞いております」
「会うことを、求めているのでもない」
「『もし、いつか、フローラ様ご自身が会ってもよいと思われたなら』と」
「一度」
「はい」
「直接謝る機会が」
「ほしい、と」
「それだけ」
「はい」
私は。
目を閉じる。
母様。
私へ。
選ばせる。
本当に。
母様が。
そう言ったのか。
伝言。
レナード。
副官。
途中。
言葉。
変わった可能性。
でも。
内容。
私を。
急かさない。
手紙を受け取っただけで十分。
会ってもよいと思った時に。
一度だけ。
謝りたい。
母様。
待つ。
私は。
胸へ。
手を置く。
涙が。
出る。
でも。
昨日までの。
痛いだけの涙ではない。
「ありがとうございます」
副官へ。
言う。
「伝言を、受け取りました」
「承知しました」
「返答は」
少し。
考える。
「ありません」
今。
返さない。
会う。
会わない。
まだ。
決めない。
「返答は、ありません」
もう一度。
言う。
「そのように、伝えてください」
「承知しました」
副官。
下がる。
足音。
遠ざかる。
私は。
座ったまま。
動かない。
ミナが。
いつものように。
「手を」
途中で。
止める。
「握りますか」
聞く。
私は。
少し考え。
「はい」
手を。
伸ばす。
ミナ。
温かい。
リオ。
後ろ。
何も言わない。
村長さん。
待つ。
「母様は」
私は。
言う。
「帰ってきてとは、言わなかった」
「うん」
「会いたいとも」
一度。
言葉を探す。
「会ってほしいとも、言わなかった」
「うん」
「私が、会ってもよいと思ったら」
「うん」
「謝りたいと」
「うん」
涙。
「それなら」
胸。
痛い。
「私は」
言葉。
出ない。
ミナの手。
少し。
強く握る。
「母様を、許さなくても」
「はい」
「会ってもいいのでしょうか」
誰も。
すぐには答えない。
村長さんが。
「会うことと、許すことは別だ」
静か。
言う。
私は。
顔を上げる。
「怒ることと、嫌うことが別だったように」
あの子。
父親のお菓子。
怒っても。
嫌いじゃない。
母様。
会う。
許す。
別。
「話を聞くことと」
村長さん。
「納得することも別」
「はい」
「謝罪を受けることと」
「はい」
「許すことも別」
「はい」
「会わないことを選んでもいい」
「はい」
「会ってから、もう会いたくないと決めてもいい」
「はい」
「会って、まだ分からないでもいい」
私は。
何度も。
頷く。
選択。
一度で。
全部。
決めなくてよい。
会う。
それだけ。
許す。
別。
「今」
ミナが。
優しく聞く。
「会いたいですか」
胸。
聞く。
母様。
顔。
記憶。
薄い。
空色の髪。
香り。
手。
泣いていた。
遠い。
私は。
正直に。
「分かりません」
答える。
それで。
いい。
「でも」
少し。
続ける。
「会う可能性を、閉じたくはありません」
言えた。
村長さん。
頷く。
「それで十分だ」
私は。
涙を拭く。
伝言。
受け取った。
でも。
手紙は。
読まない。
引き出し。
そのまま。
開けない。
今日。
二つの言葉を。
混ぜない。
「母様の手紙は」
私は。
引き出しへ。
手。
「やはり、ここへ置いていきます」
「うん」
「この伝言を聞いたからといって」
「うん」
「続きを読んで、母様を理解しなければとは思いません」
「うん」
「王都で、もし会うなら」
胸。
震える。
「その時の母様へ、会います」
手紙の中。
ではない。
目の前。
今。
「それでいい」
村長さん。
言う。
◇
仕事部屋を出ると。
広場。
子どもたち。
少し。
こちらを見ていた。
誰も。
すぐ近づかない。
私が。
伝言を聞くこと。
知っていた。
待っている。
以前なら。
すぐ。
何て?
どうだった?
聞いた。
今は。
待つ。
エマ。
少し離れた場所。
私と目が合う。
「フローラ先生」
「はい」
「終わった?」
「はい」
「大丈夫?」
私は。
少し。
考える。
「大丈夫ではありません」
正直に言う。
周囲の大人。
少し。
表情が動く。
でも。
私は。
続ける。
「でも、一人ではありません」
ミナ。
リオ。
後ろ。
「だから、大丈夫ではなくても、戻れます」
エマ。
少し。
考える。
「泣いた?」
「はい」
「怒った?」
「少し」
「嬉しかった?」
「少し」
「また両方?」
「はい」
エマ。
頷く。
「何て?」
伝えるか。
私は。
少し迷う。
でも。
今日も。
伝えたい。
「母様は」
ゆっくり。
「私が王都へ帰ることを望んでいるのではないそうです」
子どもたち。
静か。
「もし、いつか」
声。
少し震える。
「私が会ってもよいと思ったら、その時に一度だけ、直接謝りたいと」
ルル。
小さく。
「待つ?」
「はい」
「フローラ先生が決めるまで?」
「そう聞こえます」
サム。
板。
書く。
トト。
「じゃあ会う?」
「まだ、決めません」
「王都行くのに?」
「王都へ行くことと、母様へ会うことは別です」
ニコ。
「同じ場所でも?」
「はい」
「近くても?」
「はい」
「会わないこともある?」
「はい」
エマ。
「会いたくなったら?」
「会います」
「途中で嫌になったら?」
私は。
少し考える。
「帰ります」
「途中で?」
「はい」
「話の途中でも?」
周囲。
少し。
静か。
公爵夫人。
母。
貴族。
話の途中。
帰る。
失礼。
でも。
「必要なら」
私は答える。
「少し待ってください、と言います」
昨日。
手紙。
同じ。
「それでも無理なら、その日は帰ります」
言った。
胸。
少し。
軽い。
会う。
最後まで。
話さなければ。
ではない。
途中で。
止めてもいい。
リオが。
後ろで。
小さく。
「それでいい」
言う。
私は。
振り返る。
彼は。
すぐ。
視線を逸らす。
「何でもない」
「聞こえました」
「別に」
少し。
笑い。
広場。
空気。
戻る。
◇
昼。
昨日。
持ち寄った食べ物。
出発前。
皆で食べるもの。
少し。
今日。
広場へ。
並ぶ。
パン。
卵。
焼いた芋。
昨日。
私が濃くしたスープ。
水。
豆。
葉野菜を足し。
ちょうどよく。
なった。
女性が。
一口。
味見。
「昨日より濃いね」
「水を足しました」
「じゃあ昨日より薄いはずじゃない?」
「塩も足しました」
「足しすぎた?」
「はい」
周囲。
笑う。
「人のこと言えないじゃないか」
「はい」
「正直」
「はい」
私は。
笑う。
自分の失敗。
笑われる。
でも。
怖くない。
笑う。
一緒に。
食事。
子どもたち。
同行者。
知る。
「ミナとリオ!」
「二人?」
「リオ王都行くの?」
「迷子になるなよ!」
「お前らに言われたくない」
「王様に怒る?」
「怒らない」
「顔に出る?」
「出ない」
「今出てる」
「何が」
笑い。
ミナ。
女性たちから。
あれこれ。
渡される。
「夜の薬」
「予備の布」
「針」
「髪紐」
「これは」
「フローラ様の」
「私の荷物が増えます」
「ミナが持つ」
「私の荷物です」
ミナ。
苦笑。
「分けましょう」
また。
四つ。
道中。
王都。
森。
出発前。
習慣に。
なってきた。
トト。
大鍋を。
指す。
「これ持ってかないの?」
「持っていきません」
井戸番の老人。
不満そう。
「まだ言うのか」
「帰ってきたら使います」
「何作る」
「その時、決めます」
「肉」
「野菜」
「豆」
「全部」
「鍋入る?」
「大きいから入る」
帰還後。
食事。
もう。
皆。
当たり前に。
話している。
私が。
戻る。
疑わない。
そのこと。
少し。
怖い。
約束。
守れなかったら。
でも。
昨日。
言われた。
守るために。
皆で。
手伝う。
私は。
その言葉を。
もう一度。
胸へ置く。
◇
午後。
深い青の礼装。
仮縫い。
村の女性たち。
三人。
小屋へ。
昨日より。
一人増えた。
「二人って言いました」
「私は縫うだけ」
「人数に入りません」
「入ります」
「じゃあ外で縫う」
「意味が違います」
押し切られる。
でも。
今日は。
少し。
笑える。
礼装。
首元。
昨日より。
低い。
白い布。
内側。
息。
できる。
肩。
広げた。
背中。
閉まる。
腰。
締めすぎない。
私は。
鏡。
見る。
深い青。
以前。
王都で着ていた。
形。
似ている。
でも。
違う。
肩。
少し。
動かせる。
腕。
上がる。
胸。
息。
できる。
「どう?」
「……楽です」
「礼装で楽って変だけどね」
「苦しいよりいい」
女性。
背中。
整える。
「歩いてみな」
私は。
一歩。
二歩。
三歩。
裾。
長い。
でも。
以前より。
少し短い。
「これなら」
階段。
歩ける。
以前。
王宮。
何度か。
裾を。
踏みそうになった。
でも。
短くするのは。
品がない。
と言われた。
「短すぎませんか」
「足首出てない」
「でも」
「誰に怒られる」
父様。
侍女長。
礼法教師。
思い浮かぶ。
でも。
「分かりません」
「なら今はこれ」
女性。
笑う。
「王様に怒られたら、次直す」
私は。
思わず。
「王様に怒られてからでは遅くないですか」
「じゃあ聞けばいい」
「誰に」
「王家の使者」
そう。
確認。
できる。
私は。
また。
自分で。
規則を増やそうとした。
「確認します」
「よし」
女性たち。
満足そう。
「あと手袋」
薄い。
青。
手。
隠れる。
でも。
外しやすい。
指。
動く。
「これなら、畑の手見せられる」
私は。
少し笑う。
「見せるかは、その時に決めます」
「そうしな」
髪飾り。
公爵家の。
銀。
青い石。
豪華。
私は。
見る。
重い。
「これは」
「王様なら必要?」
女性。
分からない。
私。
王都。
記憶。
公爵令嬢。
正式な謁見。
家紋入り。
髪飾り。
必要。
でも。
「一つだけ」
私は。
小さいものを。
選ぶ。
青い石。
一つ。
銀。
「これで十分です」
「大きいのは?」
「置いていきます」
「高い?」
「たぶん」
「泥棒来たら?」
「結界があります」
「それでも」
「村長さんへ預けます」
「母親の手紙と一緒?」
一瞬。
胸。
痛む。
「別の箱です」
皆。
笑う。
「そりゃそうだ」
高価な髪飾り。
母様の手紙。
同じ箱。
ではない。
でも。
どちらも。
森へ残す。
私が。
戻るまで。
待つ。
◇
夕方。
畑。
子どもたち。
不在中の。
観察練習。
今日は。
実際に。
私が。
何も言わず。
見てもらう。
青豆一号。
エマ。
「葉、一枚」
サム。
「新葉。角度、昨日より少し上」
トト。
「虫なし」
ニコ。
「裏も」
私は。
「触らず確認できますか」
「見る」
ルル。
しゃがむ。
角度。
下から。
「虫いない」
「はい」
アオジロウ。
安定。
ムラマル。
擦れ跡。
トト。
「白い」
エマ。
「昨日も」
サム。
「広がってない」
ルル。
「色変わらない」
記録。
モリタン。
葉。
「濃い」
「厚い?」
「触らない」
「分からない」
「見た感じ」
「推測」
サム。
書く。
葉面厚み。
見た目で増加可能性。
触診なし。
私は。
驚く。
「よいです」
サム。
少し。
得意。
赤い実。
小石。
エマ。
「掘らない」
「はい」
「水」
トト。
「土湿ってる」
ルル。
「いらない」
サム。
追加処置なし。
私は。
胸。
熱い。
私が。
いなくても。
見られる。
記録できる。
全部。
私と同じではない。
でも。
必要なこと。
できる。
「先生」
エマ。
「大丈夫?」
私は。
少し。
考える。
「寂しいです」
答える。
子どもたち。
少し。
静か。
「私が見なくても、皆さんが見られることが」
エマ。
「嫌?」
「いいえ」
「じゃあ」
「嬉しいです」
胸。
痛い。
「嬉しいのに、寂しいです」
ルル。
「両方」
「はい」
また。
両方。
人の気持ち。
一つではない。
「私が必要なくなるようで」
言ってしまう。
怖い。
子どもたち。
目。
丸い。
エマが。
すぐ。
「ならないよ」
「なぜ」
「先生だから」
「皆さんだけでも、記録できます」
「でも先生が帰ってきたら、見るでしょ」
「はい」
「じゃあ先生」
簡単。
でも。
胸へ。
入る。
トト。
「俺ら、代わりじゃない」
私は。
彼を見る。
「代わりではない?」
「留守番」
サム。
「観察補助」
ニコ。
「歌担当」
ルル。
「見る」
リーナ。
「縫う」
エマ。
「帰ってきたら先生」
私は。
涙。
少し。
出る。
「ありがとうございます」
「また泣いた」
「はい」
「今日多い」
「はい」
笑い。
涙。
一緒。
私は。
記録板へ。
書く。
不在中観察者。
子供たちおよび村の担当者。
観察者本人の代替ではなく。
記録継続の協力者。
書いた。
自分が。
必要なくなる。
ではない。
誰かへ任せることは。
自分が消えることではない。
役目を。
分ける。
◇
日が。
落ちる前。
リオと。
ミナ。
明日から。
旅支度。
同行者として。
自分の荷物。
整理。
リオ。
「俺、何持てばいい」
ガルドさん。
「最低限」
「それが分からない」
「着替え」
「一枚」
「少ない」
「二枚」
「雨布」
「借りる」
「自分で持て」
「重い」
「旅だ」
ミナ。
横で。
すでに。
小さな紙へ。
一覧。
書く。
「リオ。荷物、こちらへ」
「何」
「衣類。雨布。靴。手巾。水筒。常備薬」
「薬いらない」
「必要です」
「丈夫」
「丈夫な人も腹を壊します」
「壊さない」
パン屋の息子。
遠くから。
「王都の飯で壊すぞ!」
「縁起悪い!」
笑い。
私は。
二人を見る。
ミナ。
準備。
得意。
リオ。
苦手。
違う。
だから。
二人。
いいのかもしれない。
「フローラ」
リオ。
急に。
呼ぶ。
「はい」
「なんで俺?」
周囲。
少し。
静か。
ミナも。
手を止める。
私は。
すぐには。
答えない。
朝。
考えた。
誰が。
振り返ったとき。
いてほしい。
「王都で」
私は。
ゆっくり言う。
「私が、大丈夫ですと言ったとき」
リオ。
見る。
「本当に大丈夫か、疑ってくれるからです」
リオ。
少し。
固まる。
「それだけ?」
「それだけではありません」
私は。
少し笑う。
「怒るところも」
「それ、褒めてない」
「褒めています」
「どこが」
「誰かが傷ついた時、自分のことのように怒るところです」
リオは。
一瞬。
言葉を失った。
周囲も。
少し。
静かになる。
私は。
続ける。
「嘘をつかないところも」
「……うん」
「分からないことを、分からないまま聞けるところも」
「それ、馬鹿って意味じゃないよな」
「違います」
周囲から。
小さな笑い。
私は。
少しだけ。
息を整える。
「私が、王都で昔の自分へ戻りそうになった時」
胸。
痛い。
けれど。
言う。
「リオなら」
一度。
視線を合わせる。
「今のフローラは違う、と言ってくれる気がしました」
リオは。
何も言わない。
耳が。
また。
赤くなる。
「だから」
私は。
「そばにいてほしいです」
言った。
長い沈黙。
風が。
広場を抜ける。
干していた布が。
ぱたぱたと鳴る。
リオは。
顔を横へ向けたまま。
「分かった」
小さく言った。
「ちゃんと言う」
「何をですか」
「戻りそうになったら」
こちらを見ないまま。
「今のフローラは違うって」
胸が。
熱くなる。
「お願いします」
ミナが。
横で。
少し笑っている。
「私は?」
私は。
驚いて。
彼女を見る。
「聞くのですか」
「はい」
ミナ。
いつも。
静か。
でも。
今日は。
少しだけ。
いたずらっぽい。
「理由を、伺っても?」
私は。
少し。
困る。
でも。
答える。
「待ってくれるからです」
ミナの目。
柔らかい。
「私が話せなくなっても」
「はい」
「代わりに答えず」
「はい」
「私が戻るまで」
声。
少し震える。
「待ってくれるから」
ミナは。
微笑む。
「待ちます」
「はい」
「何度でも」
その言葉。
胸へ。
深く沈む。
王都。
怖い。
でも。
二人。
そば。
私は。
少し。
呼吸が楽になる。
◇
夜。
森の家。
一人。
でも。
今日。
決めた。
同行者。
ミナ。
リオ。
二人。
母様の二つ目の伝言。
受け取った。
返事。
なし。
会うか。
まだ。
決めない。
手紙。
森へ。
置いていく。
礼装。
仮縫い。
今の身体へ。
合う。
畑。
子どもたち。
記録。
できる。
私は。
夕食を食べる。
今日。
残った。
パン。
スープ。
卵。
一口ずつ。
味わいながら。
一日を。
思い返す。
決めた。
たくさん。
でも。
昨日ほど。
疲れていない。
なぜ。
一人で。
全部。
決めなかったから。
条件を聞いた。
二人。
可能。
伝言。
一つだけ。
手紙。
読まない。
服。
皆で直す。
畑。
皆で見る。
私は。
頼った。
分けた。
日記帳を。
開く。
今日。
王都へ同行する人を決めた。
ミナ。
リオ。
最初。
一人しか選べないと思っていた。
でも。
誰にも。
一人しか駄目だとは言われていなかった。
私は。
自分で。
決まりを増やしていた。
確認したら。
二人まで可能だった。
私は。
一つ。
自分で作った制限を減らした。
その下。
ミナを選んだ。
私が話せなくなった時。
代わりに話さず。
私が戻るまで。
待ってくれるから。
リオを選んだ。
私が大丈夫と言っても。
本当に大丈夫か。
疑ってくれるから。
昔の私へ戻りそうになった時。
今の私は違うと。
言ってくれると思ったから。
私は。
ペンを止める。
誰かを。
役に立つから。
ではなく。
そばにいてほしいから。
選んだ。
それは。
初めてかもしれない。
公爵家では。
人を。
役割で見た。
侍女。
護衛。
教師。
婚約候補。
父。
母。
私。
公爵令嬢。
皆。
役割。
でも。
今日。
ミナ。
リオ。
名前。
人。
そば。
その下へ。
母様からとされる二つ目の伝言を聞いた。
私が王都へ戻ることを望んでいるのではない。
いつか。
私が会ってもよいと思った時。
一度だけ。
直接謝る機会がほしい。
返答はしなかった。
会うかどうかは。
まだ決めていない。
会うことと。
許すことは別。
謝罪を聞くことと。
納得することも別。
途中で。
やめてもいい。
会わなくてもいい。
私は。
会う可能性だけ。
閉じない。
母様の手紙は。
王都から戻るまで。
読まない。
村長さんへ。
預ける。
王都から。
私が読んでほしいと頼んでも。
開けないでほしいと。
お願いした。
戻って。
自分で。
続きを読む。
私は。
ペンを置く。
窓を。
開ける。
夜。
森。
新しい柵。
月。
少し。
雲。
畑。
静か。
私は。
花守り布を。
手に取る。
三つの芽。
途中の花。
開いた花。
閉じ始めた花。
少し立ったキズナ。
皺のある葉。
赤い線。
途中までの道。
リーナが。
今日。
縫った。
森から。
外へ。
伸びる。
でも。
王都まで。
届いていない。
「帰ってから」
私は。
指で。
道の終わりへ。
触れる。
「続きを、縫います」
その道。
王都へ行く道か。
帰ってくる道か。
分からない。
たぶん。
両方。
同じ。
でも。
向き。
違う。
私は。
花守り布を。
畳む。
窓辺。
白い花。
黄色い花。
さらに。
萎れている。
明日。
花びら。
落ちるかもしれない。
でも。
落ちても。
終わりではない。
私は。
寝台へ。
入る前。
畑へ。
外。
「おやすみなさい」
青豆一号。
アオジロウ。
ムラマル。
モリタン。
赤い実。
キズナ。
春待ちの花。
村。
母様の手紙。
皆。
それぞれの場所。
「あと四日です」
出発まで。
四日。
短い。
でも。
一日ずつ。
使う。
「明日も」
私は。
小さく言う。
「一度に一つです」
王都へ行く準備。
森へ戻る準備。
二つ。
同じ。
私は。
連れていく人を。
今日。
自分で選んだ。
残る人へ。
森を。
お願いした。
誰かを選ぶことは。
誰かを捨てることではない。
誰かへ頼ることは。
自分が弱くなることでもない。
役目を分ける。
そばにいてほしいと。
言う。
それも。
私が。
自分で選ぶこと。
私は。
目を閉じる。
王都。
まだ。
怖い。
でも。
昨日まで。
一人で。
その道を。
想像していた。
今は。
違う。
振り返れば。
ミナがいる。
リオがいる。
そして。
もっと後ろ。
森には。
帰る場所がある。
それだけで。
道は。
少しだけ。
短く見えた。




