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『青の姫君の森暮らし 〜化け物と恐れられた公爵令嬢は、今日も畑を耕します〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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68/101

第68話 青の姫君、二つの言葉を同じものにしない



 翌朝。


 私は、雨の匂いで目を覚ました。


 まだ降ってはいない。


 屋根を叩く音も。


 雨戸を濡らす音もない。


 けれど。


 開けていない窓の向こうから。


 湿った土と。


 水を含み始めた葉の匂いが。


 森の家の中まで、薄く入り込んでいた。


 空気が重い。


 静か。


 鳥の声も。


 いつもより遠い。


 私は布団の中で目を開けた。


 見慣れた天井。


 梁。


 薄暗い室内。


 暖炉の灰。


 机。


 閉じた引き出し。


 棚の上の花守り箱。


 玄関近くの低い棚に置き直した、非常用の袋。


 それぞれ。


 決めた場所にある。


 母様の手紙は。


 村長さんの家。


 灰色の布に包まれ。


 五つ目の一文まで読まれた状態で。


 私を待っている。


 ――けれど、あなたを引き止めなかったことで、本当にあなたを失ったのだと気づいた時には、すでに遅すぎました。


 昨日。


 私は。


 母様も私を失ったと思っていたことを知った。


 少し安心した。


 同時に。


 遅すぎると怒った。


 母様が苦しんだことを喜んでいるように感じ。


 自分を嫌いになりかけた。


 でも。


 村長さんと。


 ミナと。


 リオが。


 言葉を分けてくれた。


 母様の苦しみを望んだのではない。


 私が母様にとって。


 失えば痛い存在だったと。


 その確かさが欲しかった。


 私は。


 大切だった。


 何でもない娘ではなかった。


 そう分かることが。


 嬉しかった。


 私は布団の上へ両手を出した。


 指を開く。


 握る。


 今朝。


 胸の中にあるのは。


 昨日までとは少し違う静けさだった。


 痛みはある。


 怒りも。


 母様への疑問も。


 でも。


 その下に。


 ごく小さな。


 確かなもの。


 愛しい。


 失った。


 母様は。


 私を大切に思っていた。


 少なくとも。


 手紙を書いた時。


 そう伝えようとしている。


 その事実を。


 今日は。


 昨日より少し長く持てる。


「おはようございます」


 私は静かな部屋へ言った。


「今日も、森の家にいます」


 少し間を置く。


「おはようございます、母様」


 声は震えなかった。


「昨日、母様も私を失ったと思っていたことを知りました」


 胸が痛む。


「少し、安心しました」


 言える。


「でも、遅すぎたとも思っています」


 それも。


 消さない。


「今日は……」


 次の一文を読むか。


 私は目を閉じた。


 読みたい。


 昨日より。


 少し。


 でも。


 昨日読んだから。


 今日も。


 という気持ちではない。


 手紙は。


 日課ではない。


 進捗でもない。


 母様の次の言葉を。


 今日の自分が知りたいか。


 それだけ。


「まだ、決めません」


 私は続けた。


「畑を見ます」


 キズナ。


 昨日より。


 また立ったか。


 皺のある葉。


 光を受けているか。


 新しい変化は。


「村へ行きます」


 そして。


 旧街道。


 レナード隊。


 昨日は動きなし。


 今朝は。


「外の言葉も、確認します」


 母様の手紙の中の言葉。


 使者が持ってくる言葉。


 それは。


 同じ母様から来たものかもしれない。


 でも。


 同じではない。


 手紙は。


 母様が自分で書いたもの。


 使者の言葉は。


 誰かを通したもの。


 父様の意向が混ざるかもしれない。


 レナード自身の解釈も。


 順番も。


 語り方も。


 変わる。


 混ぜない。


「今日は、聞いた言葉と書かれた言葉を分けます」


 誰にも頼まれていない。


 でも。


 先に。


 自分へ決める。


 私は寝台から下りた。


 床板。


 昨日より少し冷たい。


 窓へ近づく。


 耳を澄ませる。


 鳥笛なし。


 小川。


 風。


 遠くの鳥。


 結界。


 異常なし。


 窓を開ける。


 湿った空気が入る。


 空は。


 薄い灰色。


 森の上。


 雲が低い。


 雨は。


 昼前か。


 もっと早いか。


 私は空の明るさを見る。


 風向き。


 南西。


 湿り。


 強い。


「雨になります」


 小さく言う。


 畑。


 水やりは不要。


 風よけ。


 雨の強さを見て。


 必要なら。


 泥跳ね対策。


 考える。


 私は顔を洗った。


 髪を梳く。


 空色の髪。


 一度。


 二度。


 三度。


 鏡の中。


 母様と同じ色。


 昨日より。


 少しだけ。


 その共通が怖くない。


 母様に似ている。


 だから。


 母様と同じ選択をするわけではない。


 同じ髪でも。


 違う人。


 同じ青でも。


 違う形。


 キズナの二枚の初葉のように。


 同じ芽から出ても。


 片方には皺があり。


 片方は比較的平ら。


 どちらも葉。


 でも。


 同じではない。


 私は櫛を最後まで通す。


 髪をまとめる。


 花守り布。


 三つの芽。


 途中の花。


 開いた花。


 閉じ始めた花。


 少し立ったキズナ。


 皺のある初葉。


 赤い短い線。


 村の避難場所。


 私は。


 昨日縫い足された赤い線へ触れた。


「今の暮らし」


 次に。


 キズナの皺。


「残る傷」


 そして。


 開いた花。


「受け取った言葉」


 全部。


 同じ布。


 でも。


 違う場所。


「混ぜずに残します」


 花守り布をかぶる。


「まずは、畑です」


 外へ出る。


 森は。


 雨を待っていた。


 葉の裏が。


 風のたびに見える。


 草の先。


 少し震える。


 鳥たちは。


 低い枝へ。


 いつもより近く。


 土の表面は。


 まだ乾いている。


 でも。


 空気は水を含んでいる。


 結界。


 異常なし。


 家の周囲。


 人の足跡なし。


 外縁見張り。


 丸。


 異常なし。


 青豆一号。


 新葉。


 角度変化。


 継続。


 虫害なし。


 葉の裏。


 雨前の湿りで。


 小さな虫が隠れていないか。


 確認。


 なし。


「おはようございます」


 第二の畝。


 アオジロウ。


 茎。


 安定。


 葉。


 問題なし。


 風よけ。


 畝の横。


 雨が強ければ。


 泥跳ねを減らすため。


 風向き側へ低く置くか。


 まだ。


 決めない。


 ムラマル。


 擦れ跡。


 白い。


 昨日と同じ。


 周囲に変色なし。


 病斑ではない。


 モリタン。


 本葉。


 完全展開後三日目。


 昨日より。


 明らかに色が濃い。


 光の差だけではない。


 葉脈。


 はっきり。


 葉面。


 少し厚み。


 私はしゃがむ。


「おはようございます、モリタン」


 開いた後。


 育っている。


 昨日。


 色が濃くなった可能性。


 今日。


 濃化確認。


 記録が。


 変化をつなぐ。


 私は記録板を開く。


 青豆一号、古い葉離脱後二十六日目。


 雨予測。


 南西風。


 新葉一枚、葉柄角度変化継続。


 虫害なし。


 アオジロウ、茎・葉安定。


 雨前処置、現時点では実施せず。


 ムラマル、葉端擦過跡変化なし。


 病変兆候なし。


 モリタン、本葉完全展開後三日目。


 葉色、前日比濃化確認。


 葉脈明瞭。


 葉面厚み増加。


 損傷なし。


 三芽、状態良好。


 観察者、母の第五文による安心と怒りを継続。


 観察者、本日の読書未決定。


 観察者、外部から伝えられる言葉と母の自筆文を分けて受け取る予定。


 私は書き終え。


 最後の一行を見た。


 外部から伝えられる言葉。


 何か来ると。


 決まったわけではない。


 でも。


 昨日。


 レナード隊が森の外縁へ近づいた。


 目的不明。


 今日。


 何かを伝えようとするかもしれない。


 その時。


 母様が言った。


 母様が望んでいる。


 そう聞いても。


 すぐ。


 母様自身の言葉と同じにしない。


「伝言は、伝言です」


 声に出す。


「手紙は、手紙です」


 同じ人から始まっても。


 途中に。


 人がいる。


 父様。


 使者。


 公爵家。


 それぞれの意図。


 私は記録板へ加える。


 伝言は内容・伝達者・伝達経路を記録し、自筆文と統合しない。


 少し硬い文章。


 でも。


 必要。


 私は畝の土を見る。


 雨が来る。


 水やり不要。


 泥跳ね。


 葉が低いムラマルへ。


 薄い乾燥草を。


 根元から少し離して敷く。


 泥跳ね防止。


 ただし。


 厚くしすぎない。


 蒸れ。


 虫。


 注意。


 アオジロウ。


 モリタン。


 葉の高さ。


 今のところ不要。


 同じ雨。


 でも。


 処置は違う。


「同じ天気でも、同じ守り方ではありません」


 母様の恐れ。


 私の恐れ。


 同じ言葉。


 違う形。


 昨日。


 エマが言った。


 私は立ち上がった。


 朝食。


 雨前。


 少し温かいもの。


 薄い粥。


 芋。


 葉野菜。


 卵。


 火を入れる。


 湯気。


 空気。


 湿っている。


 窓は少しだけ開ける。


 煙を逃がす。


 鍋をかき混ぜながら。


 昨日の一文を思い出す。


 母様は。


 私を失ったと。


 気づいた。


 遅すぎた。


 その後。


 何をしたのか。


 探した。


 父様へ言った。


 手紙を書いた。


 何もできなかった。


 次。


 知りたい。


 私は匙を止める。


「まだ、読んでいません」


 想像。


 先へ行く。


 止める。


 味を見る。


 塩。


 少し足りない。


 加える。


 卵。


 火を止める前。


 流し入れる。


 ゆっくり。


 固まる。


 食卓へ。


 一口。


 温かい。


 二口。


 芋。


 三口。


 卵。


「今日は、読みたいですか」


 自分へ聞く。


 胸。


 少し。


 知りたい。


 でも。


 昨日の安心を。


 もう少し持っていたい気持ちもある。


 次の言葉で。


 変わるかもしれない。


 母様が。


 失った後。


 何もしなかったと書くかもしれない。


 父様を責めるだけかもしれない。


 私へ帰れと求めるかもしれない。


 昨日の。


 私は大切だった。


 その安心を。


 次で壊したくない。


 そんな気持ち。


 ある。


「読みたいです」


 私は答える。


 そして。


「でも、昨日の安心を守るために、次を避けたい気持ちもあります」


 どちらも。


 記録。


 避ける。


 それも。


 悪くない。


 でも。


 怖さだけで。


 ずっと止めるか。


 今日の自分が。


 そこまで弱いか。


 まだ分からない。


「村へ行ってから決めます」


 朝食を最後まで食べる。


 片づける。


 空が。


 さらに暗くなる。


 雨。


 近い。


 結界へ。


 気配。


 リオ。


 ミナ。


 ガルドさん。


 通常。


 私は戸を開ける。


「おはようございます」


「おはよう」


 リオの髪。


 少し湿っている。


「降っていますか」


「まだ。霧みたいなの少し」


 ミナが。


 空を見る。


「昼前には、本降りになりそうです」


 ガルドさん。


「旧街道、夜間動きなし。ただし、今朝レナード隊の一名が村の見張りへ接触を求めました」


 空気が変わる。


 私は。


 すぐには聞かない。


 呼吸。


 一つ。


 二つ。


「誰が」


「レナード本人ではありません。副官を名乗る者です」


「村へ入りましたか」


「いいえ。外門で止めています」


「目的は」


「伝言です」


 胸が強く鳴る。


 予想。


 でも。


 まだ内容は知らない。


「誰からの」


 ガルドさんが。


 少し間を置く。


「公爵夫人から預かった言葉がある、と」


 母様。


 外から届く。


 言葉。


 手紙とは別。


 私は胸へ手を置く。


「自筆ですか」


「いいえ。口頭です」


「封書は」


「ありません」


「母様が直接、その副官へ伝えたと」


「副官は、レナード隊長が公爵夫人から預かった言葉を、代わりに伝えると説明しています」


 伝達経路。


 母様。


 レナード。


 副官。


 私。


 途中に。


 二人。


 あるいは。


 父様も。


「内容は、まだ聞いていませんか」


「村長が、フローラの意思を確認するまで聞かないと伝えています」


 私は息を吐いた。


 先に。


 私へ。


 選ばせる。


「ありがとうございます」


 リオが。


 少し苛立ったように言う。


「直接来ればいいのに」


 ミナが。


「誰がですか」


「レナード」


「隊長が来れば、圧力に感じる可能性があります」


「副官ならいいのか」


「よくはありません」


 リオは口を閉じる。


 私は。


 二人の会話を聞き。


 自分の胸を見る。


 聞きたいか。


 母様の口頭の言葉。


 手紙と別。


 聞く。


 今。


 それとも。


 断る。


 内容。


 短いかもしれない。


 帰ってほしい。


 会いたい。


 待っている。


 病。


 何でも。


「村へ行ってから決めます」


 私は答えた。


「手紙も。伝言も」


 ガルドさんが頷く。


「分かりました」


 ミナが聞く。


「同じ日に、両方を受け取りますか」


 大事。


 伝言。


 手紙の一文。


 二つ。


 重い可能性。


「まだ決めません」


「はい」


「でも」


 私は続ける。


「同じものとしては受け取りません」


 母様から。


 始まったかもしれない。


 でも。


 手紙。


 自筆。


 伝言。


 複数人経由。


「伝言は、伝言として記録します」


 ガルドさんが。


 少し安心したように頷く。


 三人を畑へ案内する。


 リオは。


 ムラマルの根元へ敷いた乾燥草を見る。


「これ、雨?」


「泥跳ね防止です」


「他は?」


「葉の高さが違います」


「同じ雨でも?」


「はい」


 ミナが。


「同じ言葉でも、受け方が違うように」


 私を見る。


「はい」


 リオは。


 それ以上。


 母様の伝言へ触れない。


 モリタン。


 色。


 リオが。


「今日は濃くなったって言える?」


「はい。確認しました」


「よし」


 小さく喜ぶ。


 外の言葉。


 母様。


 緊張。


 その中でも。


 モリタンの色で。


 少し笑える。


 朝食の残り。


 三人へ。


 リオ。


 一口食べ。


「卵、多い」


「雨前なので」


「関係ある?」


「温かいものを多く食べたい気分でした」


「理由、気分」


「はい」


 ミナが笑う。


「記録できない理由ですね」


「観察者の希望、と書けます」


 私は答える。


 リオが。


「それでいいんだ」


「はい」


 自分が食べたい。


 それも。


 理由。


 食後。


 雨が。


 細く降り始める。


 葉。


 土。


 屋根。


 まだ。


 音は小さい。


 薬草籠へ。


 防水布。


 記録板。


 パン屋の女性から昨日もらった小さな紙袋。


 花守り布の上に。


 薄い雨布。


 母様の手紙は村。


 伝言も。


 村の外門。


 私は畑へ。


「村へ行ってきます」


 アオジロウ。


 ムラマル。


 モリタン。


「今日は、母様からの伝言があるそうです」


 雨粒。


 本葉へ。


「でも、手紙とは別に聞きます」


 胸へ手を置く。


「戻ります」


 村への道。


 今日は。


 雨に強い東寄りの道。


 春待ちの根元は。


 通れる。


 でも。


 雨が強くなれば。


 立ち止まらない。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 伝言。


 四歩。


 母様。


 レナード。


 五歩。


 副官。


 六歩。


 自筆ではない。


 七歩。


 混ぜない。


 雨。


 細い。


 木の葉が。


 多くを受け止める。


 地面へ落ちるのは。


 大きな雫。


 ぽつ。


 ぽつ。


 ガルドさん。


 先。


 リオ。


 後ろ。


 ミナ。


 横。


 春待ちの根元。


 白樹。


 三つ岩。


 花。


 第一花。


 さらに土へ。


 第二花。


 落ちていた。


 今朝。


 あるいは。


 夜の間。


 花弁は。


 五枚ついている。


 でも。


 一枚。


 折れている。


 第三花。


 かなり俯く。


 第四花。


 雨を受けながら。


 まだ開いている。


 私は足を止める。


 雨。


 強くはない。


 ガルドさん。


 周囲確認。


 丸。


「少しだけ」


 私はしゃがむ。


 第二花。


 自然落花。


 第一花とは。


 形が違う。


 花弁は残っている。


 でも。


 折れ。


 水。


 土。


 持ち帰るか。


 今日は。


 拾わない。


 すでに。


 第一花の花弁一枚が。


 花守り箱にある。


 全部を持ち帰らない。


 記録。


 絵。


 文字。


 それで。


 残せる。


 私は記録板へ。


 雨を避けながら。


 短く書く。


 春待ちの根元。


 第二花、自然落花確認。


 花弁五、うち一枚折れ。


 雨濡れあり。


 採取せず。


 現地へ残す。


 第三花、俯き増加。


 第四花、雨中展開維持。


 観察時間短縮。


 最後に。


 同じ落花でも、残し方を同じにしない。


 私は木板を閉じる。


 母様の言葉も。


 同じ母様から。


 でも。


 伝言と手紙。


 残し方。


 受け方。


 同じにしない。


「また明日」


 花へ。


 村へ向かう。


 東側見張り。


 丸。


 雨。


 少し強くなる。


 村へ入る。


 軒下。


 人々。


 いつもより。


 屋内作業。


 薪。


 籠。


 布。


 パンの匂い。


 煙。


 共同畑には。


 簡単な雨避け。


 全部を覆わない。


 観察鉢。


 キズナ。


 透明に近い薄布。


 高く。


 光と風。


 雨の直撃だけを弱める。


 エマたち。


 軒下から。


 見ている。


 私を見つけ。


 手を振る。


「フローラ先生!」


「おはようございます」


「キズナ、雨!」


「見ました」


 私は観察鉢へ。


 キズナ。


 雨避けの下。


 茎。


 昨日より。


 さらに上。


 根元の曲がり。


 残る。


 初葉。


 皺のある方。


 葉先に。


 小さな変化。


 中央の皺。


 消えていない。


 でも。


 葉の端。


 少し伸び。


 反対側との大きさの差が。


 昨日より小さく見える。


 私は角度を変える。


 光。


 測る。


「皺のある葉も、伸びています」


 子供たちが。


 息を漏らす。


「治った?」


 エマ。


「皺は残っています」


「でも大きくなった?」


「はい」


 ルル。


「傷、残る」


「はい」


「葉、伸びる」


「はい」


 トト。


「両方」


「はい」


 サム。


 すでに記録。


 キズナ。


 発芽六日目。


 茎湾曲軽減。


 初葉二枚、成長。


 圧迫側片葉、皺残存。


 葉長増加。


 反対葉との差縮小の可能性。


 フローラ先生確認待ち。


 私は見て。


「よい記録です」


 サムの顔が。


 少し緩む。


「可能性、入れた」


「はい」


「断定しない」


「はい」


 トトが。


「褒められてる」


「記録だから」


 周囲に笑い。


 私は自分の記録板へ書く。


 赤筋葉、観察鉢。


 キズナ。


 発芽六日目。


 茎湾曲軽減継続。


 初葉二枚、成長確認。


 圧迫側片葉、皺残存。


 葉長・葉幅増加。


 反対葉との差縮小の可能性。


 両葉、緑化良好。


 雨避け高位置設置。


 蒸れなし。


 土壌水分、適正。


 追加処置不要。


 最後に。


 傷の形を残したまま、成長量は変化する。


 母様との傷。


 残る。


 でも。


 私自身。


 伸びる。


 傷がある状態が。


 永遠に。


 同じ大きさの痛みとは限らない。


 小さくなる。


 形が変わる。


 消えない。


 それでも。


 成長。


 エマが聞く。


「今日は、手紙読む?」


「まだ決めていません」


「伝言は?」


 子供たちも。


 知っている。


 村の空気。


 外門。


 副官。


 大人たちが。


 低い声で話している。


「聞くかどうか、これから決めます」


 サム。


「両方、同じ日?」


「分かりません」


 ルル。


「別の言葉」


「はい」


「同じお母さん?」


「始まりは、母様かもしれません」


「かもしれない?」


「伝言なので。途中に人がいます」


 子供たちは。


 少し考える。


 ニコが。


「歌ってる歌を、次の人がまた歌うと、変わる」


「はい」


「言葉も?」


「はい」


 エマ。


「じゃあ、本当にお母さんが言ったか分からない?」


「完全には確認できません」


 トト。


「副官が嘘ついてるかも」


 村の大人たちの空気が。


 少し硬くなる。


 私はすぐに。


「嘘だと決めません」


 答える。


「はい」


 サム。


「事実、未確認」


「はい」


「伝言者、記録」


「はい」


 村長さんが。


 軒下から。


 こちらへ来る。


 雨布。


 肩。


 少し濡れている。


「フローラ」


「はい」


「副官は、まだ外門にいる」


「はい」


「伝言を聞くか」


 私は胸へ手を置く。


 手紙。


 次の一文。


 伝言。


 二つ。


 今日。


 どちらも。


 受け取るか。


 まず。


 伝言。


 外から。


 待っている。


 でも。


 待たせてもいい。


 昨日。


 学んだ。


 副官を。


 雨の中。


 ずっと待たせる。


 それは。


 少し気になる。


 でも。


 屋根のある見張り小屋で待機させている。


 危険ではない。


 私は急がなくていい。


「伝言の前に、確認したいです」


「何を」


「母様の言葉を、誰が、誰へ、どの順番で伝えたのか」


「うん」


「副官本人が母様から聞いたのか」


「うん」


「レナード隊長を通したのか」


「うん」


「父様の許可があるのか」


「うん」


「伝言を記録してよいか」


 村長さんが頷く。


「確認させる」


「それから決めます」


「分かった」


 副官へ。


 すぐ会わない。


 先に。


 経路。


 確認。


 村長さんが使いを出す。


 私は子供たちと。


 雨避け。


 キズナ。


 共同畑。


 今のことを見る。


 待つ間。


 伝言だけを考えない。


 今日の授業。


 雨の日の観察。


 葉。


 水滴。


 土。


 雨避け。


 蒸れ。


 風。


 エマが。


 布を低くしようとする。


「葉、濡れる」


「少し濡れても大丈夫です」


「全部守らない?」


「はい。布を低くすると、風が通らず蒸れます」


「病気?」


「はい」


 トト。


「濡らさない方がいいのに、覆うと悪い」


「守りすぎると」


 ルル。


「別の困る」


「はい」


 母様も。


 私を失わないため。


 父様に逆らわなかった。


 守ろうとした。


 その結果。


 失った。


 守り方。


 間違えば。


 別の傷。


 私は。


 そこへすぐ母様を重ねる。


 でも。


「似ていますが、同じではありません」


 声に出す。


 エマが。


「何が?」


「母様のことを考えました」


「雨避けで?」


「はい」


「同じ?」


「似ています。でも、まだ同じとは決めません」


 サム。


 記録。


 比喩は比喩。


 事実と統合しない。


 私は少し笑う。


「そこまで書きますか」


「大事」


「はい」


 村の大人たちも。


 軒下で。


 雨避けの話を聞く。


 パン屋の女性。


「子供も、濡れる前に全部中へ入れたくなるけどね」


 バルドさん。


「閉じ込めたら弱る」


「風邪ひかせたらどうする」


「雨の日くらい濡れるだろ」


「程度だよ、程度」


 井戸番の老人。


「大人も過保護だと面倒になる」


「自分のことかい」


「わしは自由だ」


「勝手なだけだよ」


 笑い。


 雨。


 村。


 伝言を待つ時間。


 でも。


 生活は続く。


 しばらくして。


 村長さんの使いが戻る。


 報告。


 副官本人は。


 母様から直接聞いていない。


 レナード隊長から。


 今朝。


 伝言を命じられた。


 レナードは。


 王都を出る前。


 母様本人から言葉を預かったと説明している。


 父様の許可について。


 副官は知らない。


 伝言の記録。


 許可する。


 書き留めてもよい。


 ただし。


 伝言の内容へ返答は求めない。


 私は。


 一つずつ確認する。


「母様本人」


 王都。


 レナード。


 副官。


 村。


 私。


 経路。


 長い。


「父様の許可は不明」


「はい」


「返答は不要」


「はい」


「記録可」


「はい」


 村長さん。


「聞くか」


 私は。


 雨の向こう。


 外門の方を見る。


 姿は見えない。


 副官。


 母様の言葉。


 聞きたい。


 でも。


 手紙の次の一文も。


 今日。


 少し読みたいと思っていた。


 二つ。


 同じ日に。


 受け取れば。


 混ざる。


 伝言で。


 母様が会いたいと言えば。


 手紙の次も。


 その意味へ寄せて読むかもしれない。


 帰れと言えば。


 手紙の言葉も命令に見えるかもしれない。


「今日は、伝言だけを聞きます」


 私は答えた。


 周囲が静かになる。


「手紙は?」


 リオ。


「読みません」


「決めた?」


「はい」


「伝言と混ぜないため」


「はい」


 村長さんが頷く。


「分かった」


「伝言は、外門で聞きますか」


「副官を村へ入れる必要はない」


「では、村長さんの家の外廊下で。柵の外と中で」


「うん」


「リオとミナも」


「もちろんです」


 ガルドさん。


「私は副官側との間に立ちます」


「お願いします」


 子供たち。


 エマが。


「行ってきます?」


「はい」


「戻る?」


「はい」


「伝言、一個?」


「内容が一つとは限りません」


 サムが。


「全部聞く?」


 私は少し考える。


 伝言。


 一度。


 途中で止める。


 可能か。


 口頭。


 副官。


 私は。


 最初から。


 全文を聞くか。


 伝言は短いかもしれない。


 でも。


 重い。


「最初に、全文の長さを聞きます」


「長かったら?」


「区切ってもらいます」


 ルル。


「布ない」


 口頭。


 灰色の布。


 かけられない。


「合図を決めます」


「何?」


 私は胸へ手を置く。


「手を上げたら、止めてもらいます」


 サム。


 口頭伝言停止合図。


 右手挙上。


 記録。


「一度止めたら?」


「続きを聞くか、別の日に決めます」


 伝言も。


 一度で全部受け取らなくていい。


 副官が。


 外で待っていても。


 母様が。


 言葉を預けていても。


 私の量。


 私が決める。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 村長宅。


 外廊下。


 雨。


 屋根。


 柵。


 内側。


 私。


 ミナ。


 少し後ろにリオ。


 村長さん。


 ガルドさん。


 外側。


 副官。


 年齢は。


 三十前後。


 濃い灰色の外套。


 髪。


 雨で少し濡れている。


 武器は。


 外した状態。


 見張りへ預けている。


 彼は。


 私を見ると。


 深く頭を下げた。


「フローラ・フォン・スプリング公爵令嬢殿下」


 その呼び方。


 胸が少し硬くなる。


「ここでは、フローラと呼ばれています」


 私は答えた。


「承知しました。フローラ様」


「伝言について、確認します」


「はい」


「あなたは、母様から直接聞いていませんね」


「はい。レナード隊長より、今朝命じられました」


「レナードは、母様から直接」


「そのように聞いております」


「父様は、この伝言を知っていますか」


「私は存じません」


「伝言の記録を許可しますか」


「はい」


「返答は」


「求めておりません」


 副官は。


 慎重。


 余計なことを言わない。


 それが。


 少し安心。


「伝言は、何文ほどですか」


 副官は。


 一瞬。


 驚いたように目を瞬く。


 でも。


 すぐ答える。


「隊長からは、二つの内容を預かっております」


「一つずつ聞きます」


「承知しました」


「私が右手を上げたら、途中でも止めてください」


「はい」


 ガルドさんが。


 副官を見る。


 確実に。


 理解したか。


 副官は。


 もう一度頷く。


「最初の内容を」


 私は言った。


 雨。


 軒。


 水滴。


 副官の声。


「公爵夫人は」


 胸が鳴る。


「フローラ様が手紙を受け取ってくださったことだけで、十分だと仰っていたそうです」


 私は。


 動けなかった。


 十分。


 受け取っただけで。


 読むことではない。


 返事でも。


 帰還でも。


 受け取った。


 それだけ。


 母様は。


 十分だと。


 伝えた。


 副官は。


 続けない。


 最初の内容。


 そこで終わり。


 私は右手を上げなかった。


 でも。


 胸へ手を置く。


「確認します」


 声が少し震える。


「母様は、私が手紙を読んだことではなく」


「はい」


「受け取ったことだけで、十分だと」


「そのように、レナード隊長から聞いております」


 伝達経路。


 母様。


 レナード。


 副官。


 私。


 でも。


 内容。


 待てる。


 急かさない。


 少なくとも。


 そう聞こえる。


 胸が熱くなる。


 安心。


 また。


 すぐに信じたい気持ち。


 でも。


 手紙の言葉ではない。


 伝言。


 レナードが。


 どのように受け取った。


 言い換えたか。


 分からない。


「記録します」


 私はサムの板ではなく。


 自分の記録板へ書く。


 口頭伝言。


 伝達経路。


 公爵夫人。


 レナード隊長。


 副官。


 フローラ。


 父の認知・許可、不明。


 第一内容。


 「フローラが手紙を受け取ったことだけで十分」


 と、公爵夫人が述べたとされる。


 自筆確認なし。


 返答要求なし。


 私は。


 最後の表現へ。


 あえて。


 述べたとされる。


 書く。


 信じないためではない。


 伝言だから。


 事実を。


 形通り残す。


「二つ目を、今聞きますか」


 村長さんが。


 私へ聞く。


 私は胸を見る。


 最初の内容。


 受け取っただけで十分。


 安心。


 その安心のまま。


 二つ目。


 聞きたい。


 でも。


 次が。


 帰って。


 会いたい。


 急いで。


 そうなら。


 一つ目の安心が揺れる。


 昨日の手紙と同じ。


 安心を守るため。


 次を避けたい。


 でも。


 口頭伝言。


 今日。


 副官。


 雨。


 別の日でも。


 伝えられる。


 村長さんが預かる。


 私が。


 今聞く必要はない。


「今日は、最初の内容だけにします」


 私は答えた。


 副官が。


 わずかに驚く。


 でも。


 すぐ頭を下げる。


「承知しました」


「二つ目は、村長さんへも伝えないでください」


「はい」


「次に私が聞くと決めた時に」


「承知しました」


 レナードへ。


 戻れば。


 報告する。


 私が。


 一つ目だけ聞いた。


 二つ目は止めた。


 それで。


 どう思われる。


 でも。


 それは。


 レナードのもの。


「本日は、ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


 副官も。


 深く。


「お時間をいただき、ありがとうございました」


 圧力。


 なし。


 言い返し。


 なし。


 副官は。


 外門へ戻る。


 雨。


 背中。


 見えなくなる。


 私は。


 しばらく。


 その場から動けなかった。


 ミナが。


「手を握りますか」


 私は。


 少し考え。


「はい」


 手。


 温かい。


 リオが。


「受け取っただけでいいって」


 言う。


「はい」


「読まなくても」


「伝言では、そうです」


 リオは。


 少し口を閉じる。


「伝言」


「はい」


「信じない?」


「信じたいです」


 正直に言う。


「でも、母様の自筆ではありません」


「うん」


「レナードが言葉を変えた可能性もあります」


「うん」


「父様が知らない可能性も」


「うん」


「だから」


 記録板。


「伝言として持ちます」


 村長さんが頷く。


「それでいい」


「安心してもいいですか」


 私は聞く。


「いい」


「伝言でも」


「伝言だと分かった上で、安心していい」


 胸へ。


 落ちる。


「はい」


「信じ切らなくても」


「はい」


「嬉しいと思っていい」


「はい」


 私は。


 涙が出た。


 母様は。


 受け取っただけで。


 十分。


 そう言ったと。


 聞いた。


 私へ。


 帰れ。


 読め。


 返事を。


 ではない。


 少なくとも。


 最初の伝言は。


 待つ言葉。


「母様を待たせていると思っていました」


 私は言う。


「はい」


 ミナ。


「でも」


 涙。


「母様も、待つと言っているように聞こえます」


「はい」


「伝言では」


「はい」


 同じにしない。


 でも。


 受け取れる。


「今日は、手紙を読みません」


 私は言った。


 村長さんが。


「うん」


「この伝言だけを持ちます」


「うん」


「二つ目も聞きません」


「うん」


「母様の次の一文も」


「うん」


「今日は、ここまでです」


 灰色の布は。


 使っていない。


 でも。


 右手。


 合図。


 止めた。


 口頭の言葉も。


 自分で量を決められた。


 広場へ戻る。


 雨。


 少し強い。


 軒下。


 子供たち。


 私を見る。


 エマが聞く。


「聞いた?」


「はい」


「全部?」


「いいえ。一つだけです」


「二つある?」


「はい」


「止めた?」


「はい」


 ルル。


「手、上げた?」


「二つ目を始める前に止めました」


 サム。


 口頭伝言第一内容のみ受領。


 第二内容、未受領。


 記録。


「何て?」


 ニコ。


 私は。


 伝える。


「母様は、私が手紙を受け取ったことだけで十分だと仰ったそうです」


 子供たちが静かになる。


 エマ。


「読まなくても?」


「そのように聞こえます」


「帰らなくても?」


 私は。


 すぐには答えない。


「そこまでは、言っていません」


「受け取っただけ」


「はい」


「十分」


「はい」


 ルルが。


「待てる」


 小さく言う。


「そう聞こえます」


 ニコ。


「嬉しい?」


「はい」


「信じる?」


「伝言として、受け取ります」


 トト。


「難しい」


 私は。


 少し笑う。


「はい」


 サムが記録する。


 公爵夫人からの口頭伝言。


 経路。


 公爵夫人。


 レナード隊長。


 副官。


 フローラ先生。


 父の許可、不明。


 第一内容。


 手紙を受け取っただけで十分、と述べたとされる。


 本人、安心。


 嬉しい。


 ただし、自筆文とは統合しない。


 第二内容、本人判断で未受領。


 本日、母の手紙は読まない。


 私は。


 サムの記録を見る。


 外からの言葉。


 手紙。


 別。


 同じ板でも。


 項目を分ける。


「ありがとうございます」


 リーナが。


 花守り布を見せる。


「何を縫いますか」


 私は少し迷う。


 伝言。


 形。


 何で残す。


 母様の言葉。


 手紙とは違う。


 花ではない。


 芽でも。


 赤い杭でも。


「まだ、縫いません」


 私は答えた。


「伝言なので」


 リーナは頷く。


「紙?」


「はい。記録板と日記へ」


「布じゃない」


「はい」


 何でも。


 花守り布へ入れない。


 布。


 重くしすぎない。


 午後。


 雨。


 共同畑。


 キズナ。


 雨避けの下。


 皺のある葉。


 水滴。


 直接ではない。


 湿り。


 葉は。


 少し伸びている。


 私は記録を加える。


 発芽六日目、午後。


 雨天。


 雨避け下。


 蒸れなし。


 初葉二枚、展開・成長継続。


 圧迫側片葉、皺残存。


 緑化・受光良好。


 茎湾曲軽減。


 追加処置不要。


 観察者、公爵夫人からとされる伝言第一内容受領。


 「手紙を受け取っただけで十分」。


 安心・嬉しさあり。


 ただし、伝言経路複数。


 自筆文とは統合せず。


 第二内容は未受領。


 本日、母の手紙は読まない。


 私は最後に書く。


 二つの言葉を、同じ日に同じものとして持たない。


 エマが。


「今日、歌う?」


 ニコが。


 雨を見る。


 少し考える。


「伝言の歌?」


 トト。


「変わるかもしれない歌?」


 サム。


「記録が難しい」


 ルルが。


「一個ずつの歌」


 小さく言う。


 ニコが。


 ゆっくり。


 音をつける。


 雨の雫を


 一つずつ


 葉っぱの上で


 受け止める


 同じ雲から


 落ちてきても


 同じ雫じゃ


 ないからね


 一つを受けて


 今日は閉じる


 次の雫は


 また今度


 歌。


 雨。


 軒下。


 子供たち。


 村人たち。


 一人。


 二人。


 最後の部分へ。


 声が重なる。


 一つを受けて


 今日は閉じる


 次の雫は


 また今度


 私は。


 胸が熱くなる。


「ありがとうございます」


 夕方前。


 雨は。


 少し弱くなる。


 副官は。


 すでに宿へ戻った。


 レナード隊。


 旧街道へ動きなし。


 村長さんへ。


「母様の手紙は、今日も預かってください」


「預かる」


「伝言の二つ目も」


「こちらでは聞かない」


「お願いします」


「うん」


「次に聞く日も、まだ決めません」


「分かった」


 私は。


 少し間を置く。


「母様を待たせることが、昨日より怖くありません」


「うん」


「母様も、待つと言っているように聞こえたので」


「伝言では」


「はい」


 自分で。


 付け足す。


 村長さんが。


 少し笑う。


「分けられている」


「はい」


 子供たちへ。


「行ってきます」


 エマ。


「また明日!」


 ニコ。


「一個ずつ」


「はい」


 ルル。


「次の雫、また今度」


「はい」


 サム。


「伝言第一内容、記録済み」


「はい」


 トト。


「キズナ、明日もっと立つ」


 サム。


「予測、未確定」


「雨でも言うのか!」


 笑い。


 リーナ。


「今日は布、増やさない」


「はい」


「重くしない」


「はい」


 私は花守り布へ触れる。


 残さない選択も。


 記録。


 村を出る。


 帰り道。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 受け取っただけで十分。


 四歩。


 伝言。


 五歩。


 自筆ではない。


 六歩。


 安心していい。


 七歩。


 今日はここまで。


 春待ちの根元。


 雨。


 足元。


 滑りやすい。


 今日は。


 寄らない。


 安全。


 先。


 でも。


 忘れない。


「また明日」


 道の分かれ目で。


 花のある方向へ言う。


 森の家。


 結界。


 外周。


 異常なし。


 見張り。


 丸。


「ただいま」


 家。


 湿った空気。


 暖炉へ火。


 花守り箱。


 引き出し。


 非常用の袋。


 全部。


 ある。


 私は。


 まず。


 濡れた雨布を干す。


 花守り布。


 外す。


 乾いた布へ。


 薬草籠。


 中身確認。


 記録板。


 濡れなし。


 生活。


 手順。


 それから。


 畑へ。


 雨。


 まだ細い。


 青豆一号。


 葉。


 雨粒。


 問題なし。


 アオジロウ。


 土。


 泥跳ね。


 少し。


 葉へは届いていない。


 ムラマル。


 乾燥草。


 役目。


 葉。


 汚れなし。


 モリタン。


 本葉。


 雨粒を受け。


 色が濃く見える。


 私は畝の前へしゃがむ。


「ただいま」


 三つの芽へ。


「今日は、母様の手紙を読みませんでした」


 葉。


 雨。


「代わりに、母様からの伝言を一つ聞きました」


 胸が温かい。


「私が手紙を受け取っただけで、十分だと仰ったそうです」


 アオジロウ。


 ムラマル。


 モリタン。


「嬉しかったです」


 言える。


「少し安心しました」


 でも。


「伝言です」


 声を整える。


「母様の自筆ではありません」


「父様が知っているかも、分かりません」


「レナードと、副官を通しています」


 雨。


 土。


「だから、手紙の言葉とは別に持ちます」


 胸へ手を置く。


「今日は、二つ目の伝言も聞きませんでした」


 手紙の次の一文も。


「一つだけです」


 葉が。


 雨で揺れる。


「今日は、ここまでです」


 リオたちが。


 森の家まで同行。


 ミナが確認する。


「今夜、伝言を本当だと信じたくなったら?」


 私は考える。


「信じたい気持ちを記録します」


「はい」


「でも、自筆ではないことも書きます」


「はい」


「疑いすぎて、嬉しさを否定しそうになったら?」


「伝言でも、嬉しいと思っていいと、村長さんに言われたことを思い出します」


「はい」


 リオ。


「母親が待つって言った」


 私は。


「そのように聞こえました」


 答える。


「言った、じゃなくて?」


「伝言なので」


 リオは。


 少し考え。


「分かった」


 以前なら。


 細かいと言ったかもしれない。


 でも。


 今は。


 受け入れる。


 ガルドさん。


「今夜、レナード隊に動きがあれば報告します。副官は宿へ戻りました」


「ありがとうございます」


 三人を見送る。


 結界を閉じる。


 夜。


 雨。


 屋根。


 一定の音。


 夕食。


 温かいスープ。


 パン。


 芋。


 食べる。


 今日。


 手紙を読まなかった。


 でも。


 母様の言葉とされるものを。


 一つ。


 受け取った。


 日記帳を開く。


 今日。


 雨。


 モリタンの本葉が、さらに色を濃くした。


 キズナ。


 皺のある初葉も伸びた。


 皺は残っている。


 でも。


 反対葉との差が少し縮まった可能性。


 傷の形を残したまま、成長量は変わる。


 村へ。


 公爵夫人からの伝言があると聞いた。


 副官は、母様から直接聞いていない。


 母様。


 レナード隊長。


 副官。


 私。


 父様の許可は不明。


 伝言は二つ。


 今日は一つ目だけ聞いた。


 母様は、私が手紙を受け取ったことだけで十分だと仰ったそうです。


 私はペンを止めた。


 十分。


 受け取っただけ。


 読むことではない。


 返事でも。


 帰ることでも。


 母様は。


 待つ。


 そう言っているように聞こえた。


 私は嬉しかった。


 安心した。


 昨日。


 待たせることを覚えた。


 今日。


 母様も待つと言っているように聞こえた。


 でも。


 伝言。


 レナードが。


 言葉を整えたかもしれない。


 副官が。


 短くしたかもしれない。


 父様が知らないかもしれない。


 あるいは。


 父様が許した伝言かもしれない。


 何も。


 完全には分からない。


 私は最後に書いた。


 伝言は、伝言として受け取る。


 自筆の手紙とは混ぜない。


 それでも。


 嬉しいと思っていい。


 安心していい。


 信じ切らなくても。


 疑い切らなくても。


 今は。


 「受け取っただけで十分」と伝えられた事実を持つ。


 二つ目の伝言は聞かなかった。


 母様の手紙の次の一文も読まなかった。


 一日に。


 二つも三つも。


 受け取る必要はない。


 今日の私は。


 一つで十分。


 日記帳を閉じる。


 机の引き出しへ手を置く。


 空。


 手紙は村。


 母様の次の一文。


 まだ。


 灰色の布の中。


 二つ目の伝言。


 まだ。


 副官の中。


 レナードの中。


 私は。


 どちらも持っていない。


 でも。


 今日の一つがある。


「おやすみなさい、母様」


 雨の音の中。


 静かに言う。


「今日、母様からの伝言を聞きました」


 胸が温かい。


「手紙を受け取っただけで十分だと」


 少し間。


「嬉しかったです」


 涙が一滴。


 頬。


「でも、自筆ではありません」


 言える。


「だから、伝言として受け取ります」


 冷たい言い方ではない。


 自分を守る。


 言葉を守る。


「二つ目は、まだ聞きませんでした」


 返事はない。


「手紙の続きも、今日は読みませんでした」


 それでも。


「一つで十分でした」


 暖炉の前へ座る。


 花守り布を膝へ置く。


 三つの芽。


 途中の花。


 開いた花。


 閉じ始めた花。


 少し立ったキズナ。


 皺のある葉。


 赤い短い線。


 今日は。


 新しい刺繍はない。


 空白。


 私は。


 その空白へ触れる。


「残さない日も、あります」


 キズナへ。


「傷を残したまま、伸びる日も」


 赤い線へ。


「暮らしを守りながら、言葉を受け取る日も」


 子守歌を歌う。


 森の葉っぱが眠るころ


 小さな灯りも目を閉じる


 雨よ静かに通りゃんせ


 夢の小道を通りゃんせ


 今日は。


 風を。


 雨に変えた。


 歌い終える。


 窓の外。


 夜の森。


 雨。


 村。


 外門。


 宿。


 母様の手紙。


 二つ目の伝言。


「また明日」


 青豆一号へ。


 雨粒を受けるアオジロウへ。


 泥跳ねを避けながら、傷を残すムラマルへ。


 開いた後も色を深めるモリタンへ。


 今日は寄れなかった春待ちの根元へ。


 皺のある葉を伸ばし、もう片方との差を少し縮めたキズナへ。


 村長さんの仕事部屋で。


 次の一文を閉じたまま待つ母様の手紙へ。


 副官の口に残され。


 まだ私へ届いていない二つ目の伝言へ。


 そして。


 母様から始まったかもしれない二つの言葉へ。


「同じものには、しません」


 手紙は。


 手紙。


 伝言は。


 伝言。


 どちらも。


 母様へ続いているかもしれない。


 でも。


 同じ道を通って。


 同じ形で届いたわけではない。


 私は。


 それぞれを。


 それぞれの場所へ置く。


 手紙は。


 村長さんの家。


 灰色の布の中。


 伝言は。


 今日の日記。


 自分の記憶。


 二つ目は。


 まだ。


 私の外。


 それでいい。


 今夜。


 すべてを持たなくていい。


 私は花守り布を畳む。


 いつもの場所へ置く。


 暖炉の火を。


 少し小さくする。


 玄関近く。


 非常用の袋。


 決めた場所。


 窓の鍵。


 結界。


 異常なし。


 寝台へ入る。


 雨の音が。


 屋根を一定に叩いている。


 強く。


 弱く。


 また強く。


 同じ雨音のように聞こえても。


 一つずつ。


 違う雫。


 ニコの歌。


 一つを受けて。


 今日は閉じる。


 次の雫は。


 また今度。


 私は布団を胸まで引き上げた。


 今日。


 母様の手紙は読まなかった。


 でも。


 母様の言葉とされるものを。


 一つ受け取った。


 それで。


 十分。


 副官を待たせた。


 二つ目の伝言を待たせた。


 手紙も待たせた。


 それでも。


 何もなくならない。


 明日。


 聞くかもしれない。


 聞かないかもしれない。


 手紙を読むかもしれない。


 読まないかもしれない。


 明日の私が。


 決めればいい。


「おやすみなさい」


 私は静かに言う。


「今日は、一つで十分でした」


 雨が。


 返事の代わりに。


 屋根を叩く。


 一粒。


 間を置いて。


 もう一粒。


 同じ雲から。


 落ちてきても。


 同じ雫ではない。


 母様の手紙。


 母様からとされる伝言。


 愛しいという言葉。


 十分だという言葉。


 私は。


 それらを。


 同じものにしない。


 同じにしないから。


 どちらも。


 急がずに受け取れる。


 どちらか一つで。


 もう一つを決めなくていい。


 手紙が優しいから。


 伝言もすべて正しいとは限らない。


 伝言が嬉しいから。


 手紙の痛みが消えるわけでもない。


 反対に。


 手紙で怒ったから。


 伝言の優しさを拒まなくてもいい。


 二つは。


 二つ。


 私は。


 私。


 母様は。


 母様。


 同じ空色の髪でも。


 違う人。


 同じ恐れという言葉でも。


 違う痛み。


 同じ母様から始まったかもしれない言葉でも。


 届くまでの道が違えば。


 受け取る場所も。


 分けていい。


 そのことを。


 今日。


 私は覚えた。


 雨の音は。


 少しずつ遠くなる。


 眠りが近づく。


 私は。


 最後に。


 胸へ手を置いた。


「明日も、私が決めます」


 小さく言う。


 そして。


 今夜は。


 一つの言葉だけを胸に置いて。


 目を閉じた。


 手紙を受け取っただけで。


 十分。


 それは。


 母様の自筆ではない。


 まだ。


 完全に信じられる言葉でもない。


 けれど。


 今夜の私を。


 少し眠らせてくれる言葉ではあった。


 雨の森で。


 家も。


 畑も。


 村も。


 母様の手紙も。


 まだ届いていない伝言も。


 それぞれの場所で。


 静かに。


 朝を待っていた。

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