模擬戦1
ギルド前の広場。朝の冷たい空気を引き裂き、二つの影が鼓膜を破るほどの轟音と共に激突した。
「――っ!」
「ははっ、重いな!」
白銀の長剣と、ドス黒い炎を纏った拳。
ただ打ち合っただけの余波で、周囲に転がっていたマキナの残骸が木の葉のように吹き飛び、石畳がクレーター状に陥没する。
Sランク魔法剣士、剣崎傑。 その顔には、普段のテレビやメディアで見せるような愛想のいい作り笑いも、冷徹な戦術家としての無機質な仮面もなかった。
あるのは、純粋な驚愕と、心の底から湧き上がる闘争心だけだ。
「おいおい誠! お前のステータス、本当に500なのか!? Sランクの俺の全力の踏み込みを、真正面から受け止めるなんて奴、どこにも存在しないぞ!」
「言ったろ! システムがぶっ壊れて表示がおかしいだけだってな!」
鍔迫り合いから、剣崎が神速のバックステップで距離を取る。 その滑るような足運びは、一切の無駄がない。
彼が【魔力演算】の視界で、空間の魔力流動、風圧、俺の筋肉の僅かな収縮までを完璧に読み取り、次の『最適解』を導き出している証拠だった。
「なら、その『力』の底……俺の演算で暴かせてもらうぞ」
剣崎の細身の長剣に、パチパチと紫色の雷光が走った。
「――【雷絶・紫電】!」
俺の視界から、剣崎の姿が完全に消えた。
いや、違う消えたのではない。
落雷そのものと同化した超高速の突きが、俺の死角――右斜め後ろの極めて対応しづらい角度から、俺の頸動脈を正確に貫こうと迫っていたのだ。
人間の反射神経では絶対に間に合わない、必殺のキル・ライン。 だが。
「……遅えよ」
ダンッ!! と。 俺の身体は紫電の突きをミリ単位で躱し、そのまま身体を独楽のように回転させ、剣崎の横っ腹へ回し蹴りを放つ。
「なっ……!?」
剣崎は空中で信じられないものを見るように目を見開き、咄嗟に雷の魔力を盾にして防御姿勢をとった。
ドッッッゴォォォォン!!!
「ぐ、おぉぉっ!?」
防御したにも関わらず、剣崎の身体は弾き飛ばされ、ギルドの分厚い外壁に激突して大きな亀裂を走らせた。
「……ハッ。痛えな。お前、足に鉄骨でも仕込んでるのか?」
瓦礫の中から、剣崎が口元の血を拭いながら立ち上がる。その顔には、苦痛よりも深い歓喜が浮かんでいた。
かつて、俺たちが冒険者協会に入ったばかりの頃。 適性検査で圧倒的なSランク判定を叩き出し、周囲から『天才』と持て囃されていた剣崎。
対して俺は、適性ゼロの『無能』として、裏方の事務員に回された。
剣崎の論理で言えば、俺は真っ先に淘汰されるべき弱者だったはずだ。
ダンジョンという絶対的な弱肉強食の世界で、力を持たない人間は生き残れない。
それが世界の最適解だからだ。 だが、あいつは俺を切り捨てなかった。
『お前、三日間寝てないだろ。バカか、過労死するぞ』
『うるせえ。お前らの最前線の補給線、誰かが確保しねえと全滅すんだろうが』
『……フッ。お前、身体は最弱のくせに、心だけはSランクだな』
最前線で命を懸ける剣崎たち冒険者を絶対に死なせないため、俺は不眠不休で泥水をすすり、裏方の仕事を完璧に回し続けた。
どんなに理不尽な状況でも、絶対に折れない。その俺の意地を、剣崎は誰よりも近くで見て、誰よりも高く評価してくれていたのだ。
「……お前は昔から、俺の計算を狂わせる天才だったよ、誠」
剣崎が、長剣を正眼に構え直す。 その刀身に、今度は極低温の氷気が纏わりつき、周囲の大気中の水分を一瞬で凍結させていく。
「あの時。俺が渡そうとした一億円を、お前が突っぱねた時もそうだ」
剣崎の言葉に、俺の胸の奥がチクリと痛んだ。 妹の美桜の命を救うための一億円。雲の上の存在になった剣崎からの、純粋な善意。
あいつは、金で俺の絶望を解決できると思っていた。それが最も効率的で、最も確実な最適解だったから。
だが、俺はそれを拒絶し、自らの足でダンジョンへと潜る道を選んだのだ。
「お前は、金を受け取るべきだった。それが絶対の正解だった。……だが、俺はお前の『俺が取りに行く』という声を聞いた時……背筋にゾクッと悪寒が走ったんだ」
剣崎の剣から放たれる氷気が、次第に赤熱する炎へと変貌していく。 いや、違う。氷と炎が、一つの刀身の中で完全に同居し、凄まじい反発エネルギーを生み出しているのだ。
「適性ゼロの一般人が、ダンジョンに挑む。自殺行為だ。……だが、あの時の俺の【魔力演算】は、お前が死ぬ未来をなぜか『証明』できなかった。お前なら、理不尽なダンジョンから特級エリクサーを力尽くで奪い取ってくるんじゃないかと……そう、錯覚させられた」
剣崎が、深く腰を沈める。 Sランク魔法剣士の最大奥義。相対する二つの属性を圧縮し、その反発力を破壊のベクトルへと変換する超高等技術。
「証明してみろ。お前はただの強がりじゃない。……世界のルールすら捻じ曲げる、イレギュラーだということをなッ!!」
「――【複合魔法剣・氷炎絶華】ッ!!」
剣崎の踏み込みと共に、空間そのものが軋み声を上げた。 極低温の絶対零度と、全てを灰にする紅蓮の炎。二つの相反する極大魔法が螺旋状に絡み合い、巨大な破壊の竜巻となって俺へと殺到する。




