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【存在強奪】 ~やけくそでダンジョンに素手特攻したら、存在もスキルもステータスも奪える能力に目覚めました~  作者: 仁科異邦


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ギルドの危機11


「……クソッ!!」

 俺の怒号が、静まり返ったギルドに空しく響いた。 マキナの脅威は退け、目の前の人質は解放した。

 だが、獅堂を取り逃がし、ギルドの半数の人間はすでに部品として連れ去られた後だった。


「……結城、よくやってくれた」

 泥のような重圧が消え、膝をついていたギルドマスターが、瓦礫に寄りかかりながら荒い息を吐いた。 その顔に刻まれた皺がさらに深くなったように見えた。


「ギルマス、怪我はないか? ヒナ、まどかも」


「私は大丈夫です。ただ、魔力が……」

「私も無事よ。でも、あの男……ただの隊長じゃないわね」


 ヒナとまどかが、青ざめた顔で立ち上がる。二人とも、獅堂の放った理不尽な【怠惰】の重圧により、相当なダメージを負っていた。


「……ギルマス。さっき獅堂が言っていた『特別施設』ってのはどこだ。連れ去られた連中を、今すぐ助けに行く」


 俺が焦燥を隠せずに尋ねると、ギルマスは重々しく首を振った。

「すまぬ、結城。……わしも連中がどこへ向かったのかまでは分からん。それに、あの場にいた『雨宮』たちが、他の低ランクの者たちを庇って真っ先に連行されてしまったんじゃ」


「え、雨宮さんが……ッ!?」

 雨宮さん。ギルドの受付嬢であり、俺のことを気にかけてくれていた人だ。 それに、彼女と一緒に連れて行かれた冒険者の中には、間違いなくいるはずだ。


「あと、もう一つじゃ、結城。……連れ去られた者たちの中に、雨宮だけでなく、『剣崎 葵』も混ざっておった」


「――ッ! 葵まで!?」

 葵。俺の元同期であり、日本トップクラスのSランク冒険者である『剣崎傑けんざき・すぐる』の妹。

 Cランク冒険者として活動していた彼女もまた、この不当なライセンス剥奪の対象となり、マキナの素材として強制連行されてしまったのだ。


「なら尚更、一秒でも早く助けに行かないと……ッ!」


俺はギリッと奥歯を噛み締めた。 施設を見つけ次第、強行突破して連中を助け出すことはできるかもしれない。

 だが、神宮寺の【虚飾】の権能の理不尽さを知った今、闇雲に突っ込むのはあまりにも危険すぎる。


 俺一人ならともかく、ヒナやまどか、そして人質たちを守りながら、あの反則じみた能力とマキナの大軍を相手にするのは不可能に近い。

(……こんな時、あいつがいたら)


 俺の脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。 冷徹で、理詰めで、効率主義。だが、その頭脳によって、どんな絶望的な戦況でも必ず「最適解」を導き出す、絶対の魔法剣士。

(剣崎……)


 あいつの演算能力と、広域の索敵・制圧能力があれば、これほど心強いことはない。それに、連れ去られたのはあいつの妹でもある。


 だが、俺はポケットからスマホを取り出し、連絡帳にある「剣崎傑」の名前を見つめたまま、通話ボタンを押せずに葛藤していた。

(最後にアイツと電話した時、あんな別れ方しちまったからな……)


 協会をクビになり、妹の美桜が難病に倒れ、一億円という莫大な治療費が必要で絶望の淵にいた頃を回顧する。


♦︎


『おっ、出た出た! なんだよ、元気してるか? 久しぶりだな、誠!』


 スピーカーから聞こえたのは、場違いなほど明るく、そしてひどく懐かしい声だった。 剣崎。入社直後の検査で圧倒的な適性を見出され、すぐに冒険者に転身。


 今ではテレビで見ない日はないほどの大スター、日本トップクラスのSランク冒険者に登り詰めた男。


『いやさ、お前が協会クビになったって風の噂で聞いてよ。お前みたいにクソ真面目な奴を切るなんて、あの支部長もホント見る目ねぇよな。……で、金に困ってんだろ? 美桜ちゃんの病気のことも、昔のツテから聞いたぜ』


 ズキリと、胸の奥が痛んだ。 底辺を這いずる俺の惨めな現状が、雲の上の存在になった同期に知れ渡っている。その事実が、たまらなく恥ずかしかった。


『一億なんだろ? 安心しろって、俺がポンと出してやるよ! 今の俺にとっちゃ、一回のボス討伐の報酬にも満たないはした金だ。口座番号教えろよ、今すぐ振り込んでやるからさ!』


 あっけらかんと言い放つ剣崎。そこに悪意はない。純粋な善意だとわかる。喉から手が出るほど欲しい申し出だった。

 その金があれば、美桜は少なくとも一ヶ月は生きられる。そして、その一ヶ月があれば、特級エリクサーを手に入れるための時間も稼げる。


「……頼む」

 気づけば、俺はそう呟きかけていた。

 妹を救える。それだけのためなら、何だってする。頭を下げることも、恥を晒すことも、借金を背負うことだって構わない。


 俺のくだらないプライドなんて、美桜の命に比べれば何の価値もない。

 そう思っているはずなのに――。


「……いや」

 俺は拳を握り締めた。

「悪い、剣崎。一億円は、借りることはできない」


『は? なんでだよ!』

「……俺は、美桜を助けるためにダンジョンへ行く」

『お前、何言ってんだ!? 適性ゼロなんだぞ?』 「……分かってる」


 正直怖い。今だって、足は震えている。それでも。

「一億円を借りて延命してもらうだけじゃ、美桜は助からない。完治させるには特級エリクサーが必要なんだ」


『……それは、そうだけどよ』

「だったら俺が取りに行く」


 剣崎の声が途切れる。

「お前から金を借りれば、美桜は一ヶ月生きられるかもしれない。でも、その一ヶ月の先には何がある? 結局、誰かがエリクサーを手に入れなきゃならないんだ。……だったら、俺がやる」


『誠……お前、本気か?』


「ああ」

 冒険者適性ゼロで、身体能力も一般人以下。そんな俺がダンジョンに入れば、死ぬ可能性のほうが圧倒的に高い。それでも。


「美桜を救える可能性が少しでもあるなら、俺はそこに賭けたい。だから……悪い。金は借りれない」


『お前なぁ……』

呆れたような声が返ってくる。


『分かったよ。でも、どうしても無理だと思ったら連絡しろ。意地張る必要なんてねえからな』


「……ああ。ありがとう、剣崎」

『絶対だぞ。約束だからな』


 あの日。俺は親友の善意を、意地と覚悟で突っぱねた。 それ以来、俺たちはお互いに連絡を取ることはなかったのだ。


「……躊躇してる場合じゃねえよな」

 俺は、小さく息を吐き出し、スマホの画面に表示された「剣崎傑」の文字をタップした。


プルルル、プルルル……。

 呼び出し音は、三回で途切れた。


『……誠か?』

 久しぶりに聞く親友の声は、あの頃のような軽口ではなく、僅かに安堵を滲ませた響きだった。


「ああ。……久しぶりだな、剣崎」

『まさか、お前から連絡が来るとはな。……ずっと気にかけていた。美桜ちゃんは、無事だったか!?』


 剣崎が、真っ先に妹の安否を尋ねてきた。俺の心に、温かいものが広がる。


「ああ。色々と無茶はしたが、なんとか完治した。その節は……色々とすまなかったな」


『……そうか、無事でよかった。あの時の俺の「最適解」を、お前は自力で捻じ曲げてみせたわけだ。お前らしいよ』


 剣崎が、電話の向こうで僅かに笑う気配がした。

『それで、急にお前の方から連絡をくれるってことは……ただの近況報告じゃないな? 何かあったのか』


「……Genesisって、知ってるか?」

 俺の言葉に、電話の向こうの空気が、一瞬にして氷のように張り詰めた。


『ッ! ……ああ。少し前まで、アイツらの動向を探るために中東に飛んでいたからな。神宮寺の掲げる「秩序」は、論理破綻している。アイツらは、この世界に最悪の災いをもたらす元凶だ』


「そのGenesisに……お前の妹の、葵ちゃんが攫われた」


『――ッ!? 葵が? 今どこにいる!』


 常に冷静沈着なはずの剣崎の声が、明確に乱れた。

「俺も正確な場所は分からない。ギルドの受付嬢や、他の低ランクの連中と一緒に、連れ去られた後だった」


『もしかして、お前は今ギルドにいるのか? ニュースで、Cランク以下の冒険者の権利剥奪と強制執行のために、Genesisがギルド本部を占拠していると言っていたが……まさか、お前がその場にいたのか!?』


「ああ。アイツらが置いていったマキナの大軍は、俺達が全部スクラップにした。……だが、連れ去られた連中を助け出すには、俺じゃ足りねえ。お前の『頭脳』が必要だ」


『……分かった。すぐに行く。そこで合流しよう』


 通話が切れる。 俺はスマホをポケットにしまい、崩れ落ちたギルドの扉を見つめた。

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