ギルドの危機5
『――排除対象、再認識。殲滅プロトコル、実行』
無機質なシステム音声が広場に木霊した瞬間、百体のマキナが一斉に動いた。
それは、ただの突撃ではなかった。 怒号も、足音すらも極限まで殺された、完全なる静寂の殺意。
白い軍勢は、まるで一つの巨大な生物のようにうねりを上げ、瞬きする間に俺たちの眼前へと肉薄してきた。
「来るぞ! 散開しろッ!」
俺の叫びと同時、先陣を切った五体のマキナが、両腕から鋭利な高周波ブレードを展開し、一切の淀みない軌道で俺の急所(首、心臓、両手首、足首)を同時に狙って斬りかかってきた。
「遅えよッ!」
俺は身体を沈めこみ、下段から強欲のオーラを纏わせた右拳を、真正面のマキナの胴体めがけて叩き込もうとした。しかし。
ガキンッ!!
硬質な金属音が響き、俺の拳はピタリと止められた。
正面のマキナが防御したのではない。俺が拳を振り抜くコンマ一秒の間に、左右に展開していた二体のマキナが自らの攻撃をキャンセルし、瞬時に盾として俺の拳の前に割り込んできたのだ。
しかも、三体が腕の装甲を複雑に噛み合わせ、衝撃を完全に分散する『完璧な合体防御』の陣形を組んで。
「なっ……!?」
驚く暇も与えられない。 防御に徹した三体の背後から、さらに別の二体が踏み台にして跳躍し、死角である俺の頭上からギロチンのようにブレードを振り下ろしてくる。
「【一閃・白露】ッ!!」
キィィィィンッ!
間一髪。白銀の軌跡が空を切り裂き、ヒナの長剣が頭上からの凶刃を弾き飛ばした。
だが、ヒナの追撃の刃がマキナの首筋を捉えようとした瞬間、空中のマキナは全く姿勢を崩すことなく、自らの左腕を『自らパージ』してヒナの剣に絡みつかせ、その隙に右腕の刃でヒナの心臓を正確に突きにきた。
「くっ……! この人形たち、痛みも恐怖もないから……ッ!」
ヒナが舌打ちをし、剣を強引に引き抜いて後方へバックステップを踏む。
そこに、間髪入れずに別の十体のマキナが、アリの群れのようにヒナを包囲し、一糸乱れぬ連撃の波状攻撃を仕掛け始めた。
「ヒナッ!」
俺が援護に向かおうとした瞬間、上空から眩い光のシャワーが降り注いだ。
「――【正義の天秤・裁きの光雨】!」
空を舞うまどかが、純白の翼から無数の光の羽根を、広場のマキナたちに向けて一斉掃射した。
直撃すればチタン装甲をも貫く、正義の光。 だが、百体のマキナたちは、その光雨を見上げるや否や、一瞬にして密集陣形を構築した。
ズガガガガガガガガッ!!!
光の羽根が、マキナの陣形に直撃し、凄まじい爆発を引き起こす。 しかし、土煙が晴れた後、俺は思わず奥歯を噛み締めた。
マキナたちは、前衛の数十体が互いの装甲を極限まで密着させて『巨大な一枚の盾』となり、後衛の機体を完全に守り切っていたのだ。
前衛の装甲はボロボロに焼け焦げていたが、機能停止した個体は一つもない。
「……冗談でしょう? 私の光の軌道を完全に予測して、被害が最小限になるように盾の角度を調整したっていうの?」
上空のまどかが、忌々しそうに顔をしかめる。強い。
氷室たちGenesisの精鋭は、個々の暴力としては圧倒的だったが、所詮は『個人の集まり』だった。 だが、こいつらは違う。
百体で一つの脳を共有しているかのような、異常なまでの『連携』。
一体が囮になり、二体が防御し、三体が死角から攻撃する。誰一人として手柄を焦らず、恐怖で後退することもなく、ただ『排除』という結果だけを求めて最適解を実行し続ける完璧な群れ。
『マスター! アイツら、ローカルネットワークで互いの視覚情報と演算処理を完全に共有しています! 一体に見られた死角は、百体全員に共有されていると思ってください!』
「厄介すぎるだろ……! だが、なら俺の【暴食】で、まとめて陣形ごと喰らい尽くして――!」
俺が両腕の黒炎を最大出力に引き上げようとした、その時だった。
『――ダメです、結城さんッ!!』
ヒナが、十体の猛攻を捌きながら、悲痛な声を上げた。 『思い出してください! あの人形たちのコアは、ギルドの冒険者たちの魂です! 貴方の【暴食】で完全に消し炭にしてしまえば、彼らの魂まで虚無に消えて、二度と助けられなくなりますッ!』
「――ッ!!」
俺の拳が、ピタリと止まった。
そうだ。こいつらは、ただの機械じゃない。
俺自身の手で魂ごと焼き尽くしてしまえば、本末転倒もいいところだ。
『マスターの【暴食】の使用は非推奨! コア(胸部)を破壊せずに、四肢の駆動系のみを完全に破壊し、物理的に無力化するしかありません!』
トラ子の無慈悲な解析結果が、俺の脳内に響く。
「……コアを壊さずに、百体の戦闘マシーンを無力化しろだと? クソッ、神宮寺の野郎、どこまで悪趣味なんだよッ!」
俺が攻撃を躊躇したその一瞬の『迷い』を、マキナは見逃さなかった。
『――対象アルファ(結城誠)、攻撃力の低下を確認。心理的リミッターの存在を推測。……戦術を変更。対象ベータおよびガンマを優先排除し、対象アルファの精神を崩壊させる』
マキナたちの十字スリットが、一斉に不気味な明滅を繰り返した。 直後、俺を包囲していた数十体のマキナが、一斉に俺に背を向けたのだ。
「なっ……!?」
奴らの狙いは、俺じゃない?!
魔力枯渇で本調子ではないヒナと、上空で援護に回っているまどか。
俺が本気(暴食)を出せないと悟ったシステムは、俺を無視して、残りの二人を肉の壁で押し潰す作戦に切り替えたのだ。
数十体のマキナが一斉に跳躍し、空中のまどかへ向かって、自らの身体を砲弾のように撃ち出す。
「くっ……! 気持ち悪い戦い方ねッ!」
まどかが光の盾を展開するが、マキナたちは次々とその盾に自爆特攻を仕掛け、無理やりに高度を下げさせようとする。
そして地上では、五十体近いマキナが、ヒナを幾重にも取り囲み、高速回転するブレードの嵐を浴びせかけていた。
「はぁっ、はぁっ……! 隙が、全くない……ッ!」 ヒナの白銀の剣閃が、マキナの腕や脚を斬り飛ばす。
しかし、斬られたマキナは倒れることなく、残った胴体でヒナの剣を押さえ込み、他の機体へ攻撃のチャンスを強制的に作り出す。
彼女の体力が、削られていく。
「ヒナッ! まどかッ!」
俺が助けに入ろうとしても、数体のマキナが俺の足首や腕に『自壊覚悟』でしがみつき、物理的な重りとなって俺の機動力を殺しにくる。
完璧な群体。圧倒的な物量と連携。
このままでは、俺が力尽きる前に、ヒナとまどかが押し潰される。
(どうする!? どうすれば、この完璧な連携を崩せる……ッ!?)
焦燥に駆られる俺の脳内に、トラ子の冷静な声が響いた。
『マスター。奴らの強みは『完璧な情報共有による最適化』です。……逆に言えば、ローカルネットワークで処理しきれないほどの負荷を与えれば、システムは必ずフリーズ(遅延)します』
(負荷だと!? どうやって!)
『奴らのシステムは、現在『最も排除しやすい対象』をヒナさんとまどかさんに設定しています。……ならば、マスター自身が、奴らのシステムが無視できないほどの、桁外れの最大脅威になればいいんです』
トラ子の意図を理解し、俺は口角を吊り上げた。 なるほど。俺が暴食を使えないと悟って、俺を後回しにしているシステムを、根底から欺いてやる。
「……上等だ。俺が、世界で一番厄介な負荷になってやるよ」
俺は、足に纏わりつくマキナの頭を蹴り飛ばし、広場のど真ん中で、大きく息を吸い込んだ。




