ギルドの危機3
「……ここが、今のギルドの姿か」
柊まどかの光の翼に抱えられ、朝焼けの街を音速で駆け抜けた俺たちは、荒い息を吐きながら冒険者ギルド本部の正面玄関へと舞い降りた。
全身の血管が沸騰するような、ドス黒い怒りはまだ収まっていない。
だが、俺の目の前に広がっていたのは、そんな怒りさえも一瞬で凍りつかせるような、異様な光景だった。
「……ッ、何ですか、あいつらは……」
俺の隣で、ヒナが声を震わせ、長剣の柄をギリリと強く握りしめる。
ギルド前の広場は、静寂に包まれていた。 かつては夜明けと共に、大逆転を夢見る冒険者たちが、騒がしく、しかし活気に満ちた声を上げていた場所。
それが今は、白い装束を纏った不気味なドールたちによって、埋め尽くされている。
身長は2メートル近く。全身は滑らかな純白の装甲で覆われ、顔には目も鼻もなく、ただ十字のスリットが青白く発光している。
その数は、数十、いや、百は超えている。 彼らは一律にギルドの建物を背にして立ち、微動だにせず、まるで精巧に作られた死体のように、ただそこに鎮座していた。
「……あれが『マキナ』。人間の命を部品にして動く人形……」
まどかが、背中の光の翼を静かに揺らしながら、その軍勢を見下ろす。
マキナの胸部で脈打つ、人間の魂の残滓を捉えているのだろう。彼女の口元は、激しい嫌悪に歪んでいた。
俺は一歩、踏み出した。
「お前達、そこからどけッ! 」
俺の怒号が、静寂な広場に響き渡った。
その瞬間、百体のマキナの顔の十字スリットが、一斉に俺の方を向き、青白い光が俺の姿を捉える。
(……来るか!?)
俺は拳を構え、ヒナも、まどかも、即座に戦闘態勢を取る。
だが、マキナたちは、俺たちの方を見たままピタリと動きを止めていた。
攻撃してくる気配がない。どころか、殺気も、威嚇も、感情も、何一つ感じられない。
ただのカメラが、動く物体を追尾しているかのような、無機質な視線。
「……あれ? 結城さん、襲ってきませんね?」
「まだ待機命令を解いていないのかもしれないわね。……あるいは、私たちが『排除対象』として、まだ認識されていないか」
「チッ、不気味な奴らだ」
俺は構えを解き、インカムを握りしめた。ギルマスに現状を伝えようと――その時、ふと、ある考えが浮かんだ。
(こいつら、感情がなくて、命令に絶対服従なんだろ? だったら、俺が何かを投げたら、どう反応するんだ?)
敵の性能を知ることは、冒険者としての基本だ。俺は、こいつらの行動パターンを解析しておきたかった。
(……スロ子、あいつらの『排除プロトコル』を誘発しない範囲で、一番無害そうで、かつ行動を解析できそうなモンを召喚してくれ)
『了解しました、マスター。……それでは、最も無害で、かつディテールにこだわった『彼』を召喚します』
トラ子の声と共に、俺の足元に広がる青紫色の波紋から、泥のような魔力がボコボコと湧き上がり始めた。 そして、その泥が寄り集まり、形を成していく。
目は糸のように細く、口からはダラァッと涎を垂らし、地面にペチャッと腹ばいになったまま、ピクリとも動こうとしない。
たぶん、癒し系召喚獣――ナマケダルマ。
「……よし、こいつをアイツらのど真ん中に、投げつけて反応を見る。……行け、ナマケダルマッ!!」
俺は、ナマケダルマの首元を掴み、百体のマキナの軍勢めがけて、全力で振りかぶった。
「――ストォォォォォォォップッッ!!!!!!!」
ゴシャッ!!! という凄まじい衝撃と共に、俺の動きが空中で完全に硬直した。
俺の右腕を、ヒナとまどかが、全身全霊の力で羽交い締めにしていたのだ。
♦︎
「何っ、何よその可愛いのォォォォォォォォォォォォッッ!!!!!!!!」
「結城さんッ! 殺す気ですかッ! この可愛さは犯罪ですッ!! なんで、なんでそんな可愛いのを、あんな人形に向かって投げようとするんですかッッ!!」
「な、ななっ……!?」
俺は、二人のあまりの形相に、完全に圧倒された。
ヒナは、長剣を床に放り出し、涙目になりながら俺の腕にしがみついている。
まどかに至っては、先ほどまでの光の翼や、クールさはどこへやら、瞳をかつてないほどキラキラと輝かせ、ナマケダルマを、まるで生まれたての我が子を見るような、慈愛に満ちた表情で見つめていた。
「な、なにその毛並み! このモフモフ感、ただの獣じゃないわ! 癒やしの、癒やしそのものよッ!!」
「この、このつぶらな瞳……! 私、私、この子のために、世界のルールを書き換えてもいい……ッ!!」
「いや、ちょっと待て。俺はこいつを投げて、アイツらの反応を――」
「あ り え な い ッ!!!!!!!!!!!!」
二人の声が、一斉に重なった。
「結城さん、貴方の心は、擦り切れてしまったんですか!? なぜ、この愛くるしさが、この天使のようなディテールが分からないんですかッ!!」
「誠ッ! 貴方がそんな、可愛さを理解できないような冷酷な男だとは思わなかったわ! ギルティよ!!」
「なっ……!?」
「「……誠(結城さん)、正座」」
百体の殺人人形の軍勢の前で俺は、ヒナとまどかに正座させられる羽目になった。
♦︎
「いい? 結城さん、この世には『守るべき可愛さ』という、絶対的なルールがあるんです。……このナマケダルマちゃんの、この短い手足、このミルクティー色の体毛、このビー玉のような瞳の黄金比率! これを、これを『投げるモン』として扱うなんて、マスターとして失格ですッ!!」
「そうよ、誠。……この子の、この、肉球がない、ただの毛玉みたいな手の、この丸み! この丸みこそが、世界のシステムの完全性を証明しているのよッ!!」
「あ、いや……ディテールにこだわりがねえわけじゃ――」
『だよね?! あ……で、ですよね、ヒナさん、まどかさん!!』
脳内のシステムログに、ザザッというノイズと共に、スロ子の電子音が爆発的に割り込んできた。
『マスターはあぁ言うけど、実はディテールにすごくこだわりがあってね! さっきのナマケダルマちゃんの体毛のミルクティー色、ただのミルクティーじゃなくて、アッサムとアールグレイを7対3でブレンドした時の、あの最も心を落ち着かせる色味を設計したんですよッ!!』
「ええッ!? トラ子ちゃん……じゃなくて、スロ子ちゃん(?)……そこまでこだわってたの!?」
「スロ子、最高に、最高にGJよッ!!」
(おいおい、意気投合してるよ……。)
俺は、百体のマキナの前で、その熱弁を、数分間、正座で聞かされる羽目になった。
その間、ナマケダルマは、まどかの腕の中で「きゅ〜……」と鳴きながら、幸せそうにモフモフされていたのだった。
♦︎
「……分かった。悪かったよ、俺の配慮が足りなかった」
俺は、足の痺れを堪えながら、力なく立ち上がった。
「ナマケダルマは、投げない。……代わりに、あそこにあるブロック塀の破片を投げて反応を見る。……これでいいだろ?」
俺がコンクリートの大きな破片を拾い上げると、二人はようやく、満足そうに(しかしナマケダルマを抱えたまま)頷いたのだった。




