ギルドの危機
「――なッ!?」
ギルマスの顔から、一気に血の気が引いた。
「犯罪者、未登録の覚醒者、借金まみれの敗残兵……。社会の底辺で生きる価値のないゴミどもを、神宮寺長官の力によって魂の概念レベルで分解し、再構築した極上のコア。それがマキナの心臓です」
獅堂の放った言葉は、悪魔の所業そのものだった。
人間を素材にして、機械人形を動かす。それはもはや、倫理も道徳も完全に崩壊した、狂気の産物。
「貴様ら……狂っているッ! 人間を、なんだと思っているんだァァァァッ!」
ギルマスが激昂し、獅堂の胸ぐらを掴もうと突進する。 だが、その拳が届くより早く、背後に控えていたマキナの一体が一瞬でギルマスの腕を掴み、ギリギリと骨が軋むほどの力でねじり上げた。
「ぐ、がぁぁっ……!」
「狂っている? 違いますよ、これが完璧な『法』です」
獅堂は、苦痛に顔を歪めるギルマスを見下ろし、冷酷に宣告した。
「Cランク以下の冒険者どもを排除するのは、単なるライセンスの剥奪ではありません。……彼らは明日から、このマキナを量産するための『素材』として、国家に強制徴用されることになります」
「おまえら……絶対に、絶対に許さんぞ……ッ!」
「ハッ、負け犬どもめ、神宮寺長官の創り出す絶対的な秩序の前に、貴様らギルドの居場所はもうどこにも存在しない」
Genesisの狂気に満ちた侵攻。
人間の命をシステムに組み込む、最悪の兵器【マキナ】の誕生。
冒険者ギルドは今、かつてない絶望の淵へと突き落とされようとしていた。
♦︎
――黒の塔最上階。
ピーッ、という耳障りなノイズの直後、黒の巨塔の壁面を強烈な爆発が揺らした。
「うおっ!?」
「きゃっ……!」
空を旋回する攻撃ヘリの機銃が、中枢エリアを容赦なく掃射し始める。 瓦礫がバラバラと降り注ぐ中、俺は両腕に黒炎を展開し、ヒナとまどかを庇いながら弾丸を弾き落とした。
「ほら見なさい! だから言ったでしょう、正面突破なんて自殺行為よ!」
まどかが瓦礫の陰に身を滑り込ませながら、険しい顔で俺を睨みつける。
「相手は重火器を揃えた軍隊なのよ。このまま外へ飛び出せば、蜂の巣にされるわ。それに――」
「いや、まどか。ちょっと待て」
俺は天井の大穴から外の様子を伺い、違和感を覚えて眉をひそめた。
「……おかしいぞ。上空のヘリ、塔のすぐ真上まできてるのに、塔の自動防衛機構が一切作動してないのか?」
ギルマスから聞いた情報だが、通常なら、空飛ぶものを無差別に撃ち落とす強力な『飛行阻害結界』と『自動迎撃システム』が張り巡らされているらしい。
現に、俺たちが塔を登ってきた時も内部の防衛プログラム(ドミニオン)が作動していた。
『マスター、解析完了しました』
俺の疑問に、トラ子が即座に応える。
『封印の要石が先ほどの戦闘により、完全に休眠状態へ移行しています。それに伴い、塔全域を覆っていた、結界および防衛システムが、完全に無効化されています!』
「……なるほどな。要石が無効化されていることで、空を飛ぶ邪魔をする防衛システムが完全に消えているのか」
俺はニヤリと笑い、瓦礫に背を預けているまどかに視線を向けた。
「まどか。お前、さっきこの塔へ突入してきた時、背中の翼で空を飛んで突っ込んできたよな?」
「ええ、そうよ。でもそれが何よ? 結界が消えていようと、空には十機以上の攻撃ヘリとミサイル網があるのよ? 飛んだ瞬間に格好の的――」
「いや、海に潜るより、空を突き抜けた方が圧倒的に生存率が高い」
俺はまどかの言葉を遮り、真剣な目で彼女を見据えた。
「海中へ逃げた場合、海上に展開しているGenesisの大型戦闘艦のソナーに引っかかる。水の中じゃ俺たちの機動力はガタ落ちだし、魚雷や対潜爆雷をバラ撒かれたら迎撃も回避もできねえ。……本調子じゃないヒナを抱えて、冷たい海を何キロも泳ぎ切れると思うか?」
「それは……」
まどかが言葉を詰まらせる。数々の修羅場をくぐってきた彼女だからこそ、水中に逃げ込むリスクの高さは痛いほど理解できたはずだ。
「だが、空なら話は別だ。トラ子、シミュレーションを出せ」
『了解しました。まどかさんの純白の翼による最大推進力、およびマスターの局所跳躍力を統合。さらに、私の【リアルタイム射線予測】と、マスターおよびヒナさんによる障害物の迎撃を組み合わせた場合……包囲網の上層の死角を最高速度で突破するルートが存在します。被弾率は『0.3%以下』です』
トラ子の精密な計算結果を伝える。
「相手は俺たちが塔の中に閉じ込められていると思い込んで、包囲の焦点を出口と水平方向に絞ってる。
天井の大穴から真上へ向けて飛び出せば、奴らの火器管制の初動を完全に置き去りにできる。……ただの無謀な特攻じゃない。これが、俺たちが全員無傷で帰るための『最も論理的な最短ルート』だ」
俺の淀みのない説明を聞き、まどかは目を丸くした。 そして、ふっと口元を綻ばせ、やれやれと首を振る。
「……はぁ。まったく、頭まで筋肉でできた単細胞かと思ったら、そういう計算はちゃんとできるのね」
「伊達に修羅場くぐってねえよ」
「いいわ。結界が消えているなら、私の翼も全出力で使える。……貴方の立てた作戦、乗ってあげるわよ、誠」
「ふふん! さすが結城さんです、完璧な作戦ですね!」
隣でヒナが誇らしげに胸を張る。
「はいはい、威張らないの剣士さん。振り落とされないように、しっかり掴まってなさい。それじゃあ行くわよ?」
まどかが両手を広げると、彼女の背中から眩いばかりの純白の光の翼が二対、力強く展開された。 俺とヒナは、まどかの両脇をしっかりと抱え込み、タイミングを合わせる。
「トラ子、射線予測の投影を頼む!」
『了解! カウントダウン……3、2、1……GO!』
「行くわよ、二人ともッ!」
まどかの光の翼が爆発的な推進力を生み出し、俺たちの身体は光の矢となって、天井の大穴から朝焼けの空へと垂直に打ち上げられた。




