マキナ
「えっ!?これ、いつの間に……」
ヒナが青ざめて空を見上げる。 だが、俺はニヤリと笑った。
「心配すんな。ちょうど体力も全回復したところだ。……仕方ねえ、俺が先陣を切って、あの艦隊のど真ん中を【強行突破】するぞ! ヘリは片っ端から殴り落として、海の上を走って――」
「……ちょっと待ちなさい、この単細胞ッ!」
俺が息巻いて袖を捲り上げた瞬間、背後から、俺の後頭部に『スパーン!』と綺麗なチョップが炸裂した。
「い、痛っ!? な、何すんだよ?!まどか!」
「何すんだよ?!、じゃないわよ。貴方、自分が少し前まで魂をすり減らして死にかけていたこと、もう忘れたの? 貴方のその発想、ゴブリンみたいな思考回路ね、むしろゴブリンに失礼だわ」
氷蒼色の瞳を細め、呆れたようにため息をつくまどか。正義の権能の力をその身に宿した彼女は、純白のオーラを微かに漂わせながら俺の前に立ち塞がった。
「軍相手に、正面から特攻? 馬鹿も休み休み言いなさい。相手は兵器を山ほど積んでるのよ。いくら貴方でも、空と海からの飽和攻撃を受けながら、本調子じゃない剣士さんを抱えて突破できるわけないでしょう」
「うっ……それは……」
「冷静な状況分析が不可欠よ。……ここは、塔の防衛システムをハッキングして、Genesisの艦隊に誤情報を流すの。その隙に、地下の非常用ダストシュートから海中へ脱出する。それくらい裏社会の人間なら常識よ?」
「お、おう……。そんなのあるのか……?それになんかお前、黒犬の頃の冷徹モードに戻ってねえか?」
論理的で容赦のないまどかのツッコミに、俺がタジタジになっていると。
「……ちょっと、泥棒猫さん」
ヒナが、ふらつく足取りで俺の前に立ち、まどかをキッと睨みつけた。
「結城さんのゴブリン……いえ、大胆な作戦を否定しないでください! 結城さんが突破すると言えば、突破できるんです! それに、結城さんの後頭部を叩いていいのは、いつも一緒にいる私だけです!」
「あら。さっきまで私の膝の上で気持ちよさそうに寝ていた男の子を叩くなんて……もう少し優しくしてあげてもいいと思うのだけれど? ねぇ、誠?」
「そこで振られても、俺寝てたからよく分からないし、それにお前ら、今は痴話喧嘩してる場合じゃないだろ……」
インカムの向こうで、ギルマスが『お主ら、そんな状況で何やっているんだ……』と深い深いため息をつく音が聞こえた。 俺たちの騒がしくも厄介な日常は、世界がどれほど危機に陥ろうとも、決してブレることはなかった。
◆
――冒険者ギルド本部。
結城たちが塔の頂上で漫才のような脱出劇を繰り広げていた後。 ギルド本部のエントランスは、かつてないほどの異様な緊張感と静寂に包み込まれていた。
「……どういうつもりだ?これは、到底呑める条件ではない」
ギルドマスターの声が、ロビーに響き渡る。 彼の目の前には、白銀の軍服に身を包んだGenesisの部隊が整然と立ち並び、ギルドの職員や居合わせた冒険者たちを武装して包囲していた。
その部隊の中心に立つ男――Genesis『朱雀隊』の隊長である獅堂は、傲慢な薄笑いを浮かべながら、手元の羊皮紙の束をギルマスの足元へパラパラと投げ捨てた。
「呑む、呑まないの話ではありませんよ、ギルドマスター。これは、神宮寺長官……いや、国家からの『決定事項』だ。
本日この時刻をもって、冒険者ギルドに所属している『Cランク以下の全冒険者のライセンスを即時剥奪』とする。……まぁ、そもそも発行元は国だから何ら問題ありませんがね」
「な、に……っ!?」
周囲の冒険者たちから、悲鳴にも似たどよめきが上がった。 Cランク以下。それは、冒険者ギルドに登録している人間の実に『8割』を占める労働層だ。
高難易度のダンジョンには潜れないが、低難易度ダンジョンの魔物を間引き、薬草を採取し、日々の生活の糧を得ている一般の覚醒者たち。
「ふざけるなッ!!」
ギルマスが、怒りで大理石のカウンターを叩き割らんばかりの勢いで身を乗り出した。
「ライセンス剥奪だと!? それじゃあ、ダンジョン探索を生業にしておる者たちはどうなる! 家族を食わせておる者もごまんといるんだぞ! 彼らの人生を、なんだと思っている?!」
獅堂は、ギルマスの怒りを鼻で笑い飛ばした。
「彼らの人生? ははっ、笑わせないでくださいよ。たかがスライムやゴブリンを狩って小銭を稼ぐだけの連中に、社会的な価値などありません。
それに、彼らのような低ランクの烏合の衆が、許可もなく冒険者として街をうろついていること自体が、神宮寺長官の定めた『絶対的な法』に反しているのです。……不要なノイズは、排除する。それだけのことです」
「てめえら……っ!」
血の気の多い冒険者の一人が武器に手をかけようとしたが、獅堂の背後に立つGenesisの隊員たちが一斉にレールガンを構え、その殺気で制圧する。
「……百歩譲って、冒険者達のライセンスを剥奪したとしよう」
ギルマスは、ギリッと奥歯を噛み締めながら、怒りを押し殺して尋ねた。
「ならば、誰が低ランクダンジョンの間引きを行う? 放っておけば、魔物が溢れ出し、スタンピードが起きて街が壊滅する。……お前らGenesisの精鋭だけで、全国のダンジョンの雑務を全てカバーできるとでも言うのか? 代わりの奴らはいるのかッ!?」
その問いを待っていたとばかりに、獅堂は口角を三日月のように歪め、パチンと指を鳴らした。
「ええ。もちろん用意してありますよ。……神宮寺長官は、古代兵器のシステムについても精通しておられます。我々Genesisは、低ランクのゴミどもの代わりに、これを実戦投入します」
ギルドのエントランスの奥から、規則的な足音が響いてきた。
ギルマスも、周囲の冒険者たちも、その姿を見て息を呑んだ。 現れたのは、十体の『人型の何か』だった。
身長は2メートル近くある。全身は滑らかな純白の装甲(セラミックのような質感の皮膚)で覆われ、顔には目も鼻もなく、ただ十字のスリットが青白く発光しているだけ。
人間の形をしているが、生命の息吹が全く感じられない。まるで精巧に作られた死体のような、不気味な人形だ。
「紹介しましょう。神宮寺長官の叡智によって量産化に成功した、完全自律型の対魔物殲滅ドール……【マキナ】です」




