正義
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!
突如として、黒の巨塔の最上階――純白の中枢エリアの強固な天井が、まるで紙屑のように円形に吹き飛ばされた。
瓦礫が雨のように降り注ぐ中、俺は咄嗟に気を失っているヒナに覆い被さり、爆風をやり過ごす。
「チッ、今度はなんだ!? Genesisの増援か!?」
もうもうと立ち込める粉塵。その奥から、神々しくも暴力的な『光』が差し込んできた。
天井に開いた大穴から、ゆっくりと音もなく降下してくる一つの影。 背中には純白の光の翼を二対広げ、そこから不吉な血のような真紅の羽根をハラハラと散らしている。
凍てつくような氷蒼色の髪を風に揺らし、無機質な黄金色の瞳でこちらを見下ろす、一人の美しい女性。
「ま、待て……! お前……まどか、か?」
「ふふふ……。会いたかったわ、誠」
『黒犬』の幹部であり、俺が護衛についた女性、柊まどか。 彼女は、まるで恋人に再会したような熱く甘い視線を俺に向けながら、ふわりと大理石の床に舞い降りた。
「いや、見た目だいぶ変わったな……。それに、キャラもなんか違くないか?」
俺は冷や汗を流しながら、引き攣った笑いを浮かべた。 以前の彼女は、裏社会で強かに生きるクールな女性だったはずだ。
それが今や、光の翼を生やし、背筋が凍るようなヤンデレじみたオーラを放っている。
「そんな事ないわ。ほら、貴方のおかげで、私こんなに元気になったもの」
まどかはうっとりとした表情で、光の翼を大きく広げて見せた。
「誠。私、気づいたの。……貴方を『壊す』ことで、この世界の秩序は保てる。理不尽な力でシステムのルールを壊し続ける貴方は、世界にとっての『悪』。そうよ、これは愛する貴方を救うための、正義の執行なのよ」
「悪って……お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
まどかは空中に向かってスッと右手を差し出した。 光が収束し、彼女の手の中に黄金に輝くアンティーク調の『天秤』が顕現する。
「これは【正義の天秤】。対象が悪か、正義かを絶対的に判断するもの。……もちろん、貴方は悪ね」
ガコンッ!!
俺を乗せたわけでもないのに、天秤の片側の皿が激しい音を立てて底に叩きつけられた。完全なる『有罪』の判定。
「そして……これが正義の証。悪を斬るものよ」
まどかが右手を振るうと、天秤が光の粒子となって形を変え、身の丈ほどもある輝く『大剣』へと姿を変えた。
彼女は一切の予備動作もなく、その大剣を俺に向かって横薙ぎに一閃した。
「ッ!」
俺は本能的な危機感を覚え、ヒナを抱えたまま全力で後方に跳躍した。
音はなかった。 だが、俺が先ほどまで立っていた場所の背後にあった分厚い隔壁が、まるで豆腐でも切るかのように、スゥッと『真っ二つ』に分断され、轟音と共に崩れ落ちたのだ。
「まどか!? なにするんだよ!」
「無駄よ、誠。貴方が綺麗に壊れるまで、私は追い続ける。……それが、私の正義だから」
まどかの背中の翼が激しく発光し、彼女の身体が光の弾丸となって俺に肉薄した。
「手加減は出来ないからな……! 頼むから、耐えてくれよ!」
俺はヒナを部屋の隅の安全な場所へそっと置き、両腕にドス黒い【暴食の炎】と黄金の【強欲のオーラ】を全開にして、まどかの大剣を正面から迎え撃った。
♦︎
ガガガガガガガガガッ!!!
大剣の光刃と、暴食の黒炎が激突し、中枢エリアに凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
彼女の振るう剣には『悪を裁く』という概念そのものが乗っており、ステータスが落ち込んでいる俺の腕をミシミシと軋ませていく。
「ふふっ、すごいわ誠。私の正義の刃を正面から受け止めるなんて。でも……!」
まどかが空中で翼を羽ばたかせ、無数の真紅の羽根を散弾のように撃ち出してきた。
「オラァッ!」
俺は両拳の黒炎で迫り来る羽根を空中で片っ端から『喰らい尽くす』。
だが、消化された魔力には、どこか粘りつくようなドス黒い『不純物』が混ざっている感覚があった。
「まどか、目を覚ませ! お前のその力、絶対におかしいぞ!」
「おかしいのはこの世界よ! 貴方みたいな優しい人が、傷つきながら戦わなきゃいけないこの世界が間違っているの!」
まどかの剣速がさらに上がる。
俺は暴食の炎で彼女の光刃を削りながら、極限の集中力で避けていく。
「そこだッ!」
俺はまどかの大剣が大振りになった一瞬の隙を突き、彼女の懐へと潜り込んだ。
防御のために展開された翼の下――大剣を握る『手首』を狙い、威力を極限まで殺した寸止めの掌底を叩き込む。
「あッ……!?」
手首を強打されたまどかの手から大剣がすっぽ抜け、空を舞う。 すかさず俺は跳躍し、空中に浮いた大剣を蹴り飛ばす。
「ハァァァッ!!」
そして、俺は着地と同時に目を見開くまどかの鳩尾に、掌底を打ち込んだ。
「か、はっ……」
まどかの身体が、くの字に折れ曲がり、瞳からスッと光が消えて崩れ落ちる。
俺は彼女の身体を優しく抱きとめ、床にそっと寝かせた。
「悪いな、まどか。峰打ちってやつだ」
気を失ったまどかの胸の中心から、強烈な光を放つ『純白のコア』がフワリと空中に浮かび上がった。
そして徐々に彼女の背中から生えていた光の翼が消滅していった。




