嫉妬の使徒との戦い3
『バカな……! 人間風情の剣技で、我が魔力を両断しただと!?』
「余所見してんじゃねえよッ!!」
俺は、ヒナがこじ開けてくれたその『道』を、弾丸のような速度で駆け抜けた。
『チィッ……! 来るな、イレギュラーッ!!』
大蛇が慌てて無数の緑色の触手を射出し、俺の全身に突き刺そうとする。 だが、俺はそれを一切避けなかった。
「グハァッ……!」
十本以上の触手が、俺の腕を、肩を、腹を深々と貫く。 肉が裂け、鮮血が舞い散る。普通なら即死の重傷だ。
『アハハハハッ! 馬鹿め、自ら死地に飛び込んでくるとは! 貴様の魔力もステータスも、全てこの触手から吸い尽くして――』
リヴァイアサンの使徒が勝利を確信し、嗤った、その時。
「……バカはお前だ、クソ蛇」
俺は、自分の身体を貫いている緑色の触手を、両手でガシッと強く掴み取った。
「お前が俺の力を吸い取ろうとするってことは。……その触手は、俺とお前を直接繋ぐ『パス』になってるってことだろうが」
『……な、に?』
俺の両手に展開していた、黄金色の【強欲】のオーラと、ドス黒い【暴食】の炎。
それが、俺の身体を貫く触手を伝って、逆流するようにリヴァイアサンの本体へと一気に流れ込んでいく。
「他人の力を引きずり下ろす? 甘えんだよ。……俺の【存在強奪】は、お前が三十人から奪ったその力も、お前自身の悪魔の力も……根こそぎ、全部俺のものとして『奪い尽くす』ッ!!」
『――な、なん、だこれはッ!? 我の力が……我が魔力が、逆に吸い取られていくッ!?』
リヴァイアサンが、初めて恐怖に満ちた絶叫を上げた。 俺の【強欲】が所有権を強引に書き換え、【暴食】がその膨大なエネルギーを物理的に喰らい尽くしていく。
緑色に輝いていた大蛇の鱗が、急速に色を失い、ボロボロと干からびて崩れ落ちていく。
「ガアアアァァァァァッ!! やめろ、離せッ! イレギュラーめ、貴様は一体何者だッ!?」
「ただの、元事務員だよッ!!」
俺は触手から手を離し、大地を蹴って、完全に干からびて動けなくなった大蛇の頭上へと跳躍した。
俺の右拳には、リヴァイアサンから奪い尽くした膨大なステータスと、暴食の黒炎、そして強欲の黄金のオーラが、一つの極小の点へと極限まで圧縮されている。
「これで、終わりだ」
俺は、眼下で恐怖に見開かれた大蛇の八つの瞳めがけて、その全てを込めた右拳を振り下ろした。
「――【暴食の顎・強欲の牙】ッッッ!!!」
ドッッッゴォォォォン!!
黒と金の閃光が、巨大な大蛇の頭部を完全に粉砕する。俺の拳から放たれた圧倒的な破壊エネルギーは、大蛇の巨体を頭から尾の先まで一瞬にして『消化』し、黒い巨塔の中枢エリア全域を吹き飛ばすほどの衝撃波となって炸裂した。
「ギ、ギャアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
原初の悪魔、リヴァイアサンの使徒の断末魔が空間に響き渡り、そして光の粒子となって完全に霧散していく。
同時に、空間を覆い尽くしていた嫉妬の重圧が、嘘のようにフッと消え去った。
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ」
俺は着地と同時に膝をつき、肩で激しく息をした。 終わった。 氷室の肉体を乗っ取った嫉妬の使徒は、完全に消滅した。
床には、氷室が着ていた白銀の装甲服の残骸と、緑色の魔力の残滓が僅かに残っているだけだ。彼に力を吸い取られた三十人のGenesis隊員たちは、干からびたミイラのまま、二度と動くことはなかった。
「……結城、さん」
背後から、フラフラとした足取りでヒナが近づいてくる。 彼女の顔は蒼白で、全身傷だらけだが、その瞳には俺への絶対的な安堵と信頼の光が宿っていた。
「ヒナ。……よくやってくれた。お前のおかげで勝てたよ」
俺が力なく微笑みかけると、ヒナは俺の胸にバタッと崩れ落ちるように倒れ込み、そのまま気を失ってしまった。
よほど魔力を酷使したのだろう。俺は彼女の華奢な身体を抱きとめ、静かに深呼吸をした。
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静寂が戻った中枢エリア。 戦闘の余波で壁や床は無惨にひしゃげているが、部屋の最奥にある祭壇だけは無傷で残っていた。
そこに安置された『封印の要石』が、主を失ったことで、静かに緑色の光の明滅を繰り返している。
「……ひとまず、要石の確保には成功した、か」
俺は、気を失ったヒナを抱きかかえたまま、祭壇の上の黒いクリスタルを見つめた。
だが、この勝利が一時的なものに過ぎないことを、俺は分かっていた。 氷室を捨て駒にした男――神宮寺。
彼が持つ力は、まだ全く底を見せていない。
この世界を巡る俺との戦いは、これからが本当の地獄なのだと、俺の直感が静かに告げていた。




