嫉妬の使徒との戦い2
ゴシャァァァァァァンッ!!!
「グッ、ハァァァッ……!?」
背骨が、肺が、内臓が、一瞬にしてミンチにされるような絶望的な衝撃。
俺の身体は軽々とひしゃげた。
口から大量の血が噴き出し、ヒナの青ざめた頬を赤く汚す。
「ゆ、結城さんッ!? 嫌っ、結城さん、結城さんッ!!」
ヒナの悲鳴が、遠くで聞こえるように霞んでいく。 意識が途切れそうになる中、俺の脳内でトラ子の声が聞こえる。
『警告! 警告! マスターの生命維持システムが臨界点を突破! 背面骨格の70%が粉砕。臓器の深刻な損傷を確認! 【超速再生】の回復速度が、ダメージに追いついていません!』
『……おいおい、肉袋。我が宿主がこんな下等な蛇ごときに潰されるなど、冗談ではないぞ。気合を入れろ』
精神世界から、グラオの忌々しそうな舌打ちが響く。
「……るせえな。分かって、るよ……」
俺は血反吐を吐きながら、震える両腕で床を突き、ヒナにのしかかっていた自分の身体をゆっくりと起こした。
全身からミシミシと骨が軋む音が鳴り、超速再生が傷口から強引に肉芽を盛り上げていく。
ショック死していてもおかしくない激痛だ。
「結城さん……私のために、どうして……。私が弱すぎるから……」
ヒナが涙をボロボロとこぼしながら、俺の血に染まったジャージを強く握りしめる。
「バカ言え。お前がアイツを斬ってくれなきゃ、俺はあの光線で消し炭になってた。……お前は、最高に強い俺の剣だ」
俺はヒナの頭をポンと優しく叩き、そしてゆっくりと立ち上がった。
『ほう。まだ立ち上がるか、イレギュラー』
もうもうと立ち込める爆煙の中から、全長十メートルの大蛇が悠然と姿を現す。 その八つの瞳には、明確な嘲笑と、強者としての絶対的な余裕が浮かんでいた。
『貴様のその生命力だけは褒めてやろう。だが、それもここまでだ。……どうだ、人間。悔しいか?』
「……なんだと?」
『あの神宮寺という男が持つ絶対的な【傲慢】のルールや。我が与えたこの【嫉妬】の理不尽な力と違い、貴様から見れば、さぞかし恨めしいだろう。我らの生まれ持った強さが。理不尽に全てを奪われる己の弱さが!』
リヴァイアサンの使徒は、蛇の舌をチロチロと出しながら、ねっとりとした声で囁いた。
『さあ、認めろ。貴様も我を羨んでいると。そのドス黒い感情を我に捧げよ。そうすれば、苦しまずにひと思いに喰い殺してやる』
悪魔の誘惑。 それは、相手の心に僅かでも『嫉妬』の感情があれば、そこから精神を侵食し、完全に内側から破壊する呪いだった。
だが。 俺は血まみれの口元を歪め、低く、腹の底から笑い声を上げた。
「……ハハッ。クククッ。アハハハハハハッ!!」
『……何がおかしい?』
大蛇の瞳が、不快そうに細められる。
「いや、あまりにも的外れすぎて笑っちまったんだよ。……羨む? 嫉妬? バカ言ってんじゃねえぞ、三流悪魔」
俺は右腕に宿った黒い炎をギリッと強く握りしめた。
「他人が持ってるモンを羨んで、指くわえて見てるなんてのは、三流のやることだ。……俺は、そんなみみっちい感情は持ち合わせてねえんだよ」
俺の心臓の奥底で。 あの大罪の悪魔たちよりも遥か深く、俺の魂の根幹に根付いている『俺自身の欲望』が、ドクンと、世界を揺るがすほどの鼓動を打った。
「他人が美味そうなモンを持ってんなら。俺は羨むんじゃなくて、自分の手で『全部奪い取る』。……それが、俺の【強欲】だ」
俺の宣言と同時。 俺の両腕を覆っていた暴食の黒い炎に、眩いほどの『黄金色のオーラ』が爆発的に混ざり込んだ。
『なっ……!? なんだ、その力は!? 我が嫉妬の領域の中で、なぜそれほどの出力が……!?』
リヴァイアサンが驚愕の声を上げる。
俺のステータスは、嫉妬のデバフによってすでに底を突いている。
だが、今の俺が引き出しているのは、身体的なステータスではない。魂そのものの出力だ。
(おい、トラ子、グラオ。……反撃の準備はいいか)
『……フン。貴様のその泥臭い欲望、嫌いではないぞ。存分に我が胃袋を使え』
『マスター。システム干渉へのバイパス、構築完了しました。【存在強奪】のリミッター、解除します』
俺は深く息を吸い込み、腰を深く落とした。
「ヒナ、一発だけだ。……あのデカブツの鱗を、一瞬だけでいいから剥がしてくれ」
「……はいっ!!」
俺の背後で、ヒナがふらつく足に気力を込め、再び長剣を構え直すのが分かった。
彼女の全身から、残された全魔力が命を燃やすように立ち上る。
『無駄な足掻きを……! その矮小な命ごと、絶望の泥に沈めッ!!』
リヴァイアサンが咆哮し、巨大な口から先ほどを遥かに上回る極太のエメラルドグリーンの光線を放った。 そ!は空間そのものを融解させる、必殺のブレス。
「今だ、ヒナッ!!」
「――【絶技・神威桜】ッッ!!!」
ヒナの身体が、一筋の閃光となって放たれた。 それは、彼女の命を削って放たれた、防御不能の絶対的な斬撃。
極太の光線のど真ん中を、ヒナの白銀の剣気が真っ二つに切り裂いていく。光線が海を割るように左右に弾け飛び、その中心に一瞬の『無風地帯(道)』が生まれた。




