嫉妬の使徒との戦い1
ドゴォォォォォォッ!!!
純白に輝いていた塔の中枢エリアが、絶望的なエメラルドグリーンの閃光に呑み込まれた。
全長十メートルを超える巨大な大蛇へと変異した氷室――否、原初の悪魔【嫉妬】の使徒が放った魔力のブレスが、大理石の床を泥のように融解させながら俺たちに迫る。
俺は両腕に展開したドス黒い【暴食の炎】を極限まで圧縮し、巨大な『顎』を形成してその光線を真っ向から受け止めた。
「ガァァァァッ……!!」
ジュワァァァァァァッという、世界そのものが焼け焦げるような悍ましい音が空間を震わせる。
暴食の顎が緑色の魔力を物理的に『喰い千切って』いくが、相手は三十人の精鋭の命とステータスを丸ごと飲み込んだバケモノだ。
質量も、出力も、圧倒的に桁が違っていた。
ステータスが低下している俺の腕の筋肉が、限界を超えた負荷によってメキメキと悲鳴を上げる。
ブーツの底が削れ、チタン合金の下地が露出した床に深い溝わ刻みながら、俺の身体はじりじりと後方へと押し込まれていった。
「結城さんッ!!」
暴風のような魔力の余波の中、俺の背後に庇われていたヒナが悲痛な叫びを上げる。
彼女は今、立っていることすら奇跡に近い状態だった。
使徒の全身から撒き散らされる高濃度の『嫉妬の瘴気』――対象のステータスと魔力を強制的に引きずり下ろし、自らに還元する絶対的なデバフ領域。
その中にいるだけで、肺に泥を流し込まれるような激しい嫌悪感と疲労感が全身を苛むのだ。
「ヒナ、動くな! 俺から離れたら、一瞬で干からびるぞッ!」
「ですが、このままでは結城さんが……ッ!」
ヒナが白銀の長剣を杖にして、無理やりに立ち上がろうとする。
その美しい銀髪が、嫉妬の領域の圧力によって重く垂れ下がり、彼女の顔には滝のような冷や汗が流れていた。
『アハハハハハハッ!! どうした?どうした!イレギュラー! 喰い尽くすのではなかったのか!?』
緑色の光線の奥から、八つの目を持つ巨大な大蛇が嘲笑う。
氷室の自我はとうの昔に消え失せ、そこにあるのは他者を引きずり下ろすことだけに特化した純粋な悪意の塊だった。
『我が瘴気の中で、貴様らの矮小な命の灯火が削り取られていくのが分かるぞ! 他者が苦しみ、喘ぎ、絶望の泥土に這いつくばる姿……これぞ【嫉妬】の極上の蜜! さあ、もっと足掻け! もっと絶望を見せろ!』
大蛇の背中から、太い丸太のような無数の緑色の触手が射出された。
それらは光線を防ぐのに手一杯な俺の死角を正確に突き、左右から回り込むようにして強襲をかけてくる。
先端には鋭い毒牙が備わっており、掠るだけでも命を奪われるのは明白だった。
「チィッ……!」
俺が舌打ちをした瞬間。
「――結城さんの背中は、私が守りますッ!!」
白銀の閃光が、俺の視界の端を駆け抜けた。 ヒナだ。
彼女は嫉妬の重圧でボロボロになった身体を、自らの魔力回路を強制的に焼き切ることで無理やりに駆動させ、俺の死角から迫る触手の群れへと跳躍した。
「【連刃・桜花乱舞】ッ!!」
空間に、無数の白銀の軌跡が描かれる。
ヒナの剣技は、もはや芸術の域に達していた。
重圧で剣速が落ちているにも関わらず、彼女は触手の軌道を完全に読み切り、その関節(節)にあたる部分だけを正確に斬り飛ばしていく。
緑色の体液が噴出し、斬り落とされた触手が床でのたうち回る。
『チッ……小賢しいハエが。お前から先に干からびさせてやる!』
大蛇の八つの瞳が一斉にヒナをギロリと睨みつけた。 直後、ヒナの周囲の嫉妬の瘴気が局所的に圧縮され、彼女の身体に何十トンという見えない重圧がのしかかった。
「あ、ぐ……ッ!?」
ヒナが空中で体勢を崩し、大理石の床に激しく叩きつけられる。
彼女の口から鮮血が吐き出され、白銀の長剣が乾いた音を立てて手放された。
「ヒナァァァッ!!」
俺の絶叫。 だが、俺は正面から迫る極太の魔力光線を防ぐので手一杯で、彼女の元へ駆け寄ることができない。
『アハハハ! 己の無力さを呪え、人間! 貴様がどれほど足掻こうと、我には届かない! 貴様はここで、大切な者が泥に沈み、奪われていくのをただ見ていることしかできないのだ!』
リヴァイアサンが、歓喜に満ちた声で吠える。 大蛇の巨大な尾が鞭のようにしなり、床に倒れ伏すヒナへと容赦なく振り下ろされた。 当たれば、彼女の華奢な身体など一溜まりもない。
「させ……るかよォォォォォッ!!」
俺は心臓の奥の【暴食のコア】を限界まで引き絞り、己の右腕の筋肉組織が千切れるのも構わず、ドス黒い炎の顎を前方に爆発的に膨張させた。
ドゴォォォォォンッ! という轟音と共に、緑色の光線が相殺され、目隠しのような爆煙が空間を覆い尽くす。
その一瞬の隙。 俺は全魔力を脚部に集中させ、床を粉砕するほどの踏み込みでヒナの元へと跳躍した。
「結城、さん……ッ」
振り下ろされる巨大な蛇の尾。 俺はヒナの身体に覆い被さるようにして、その破壊的な一撃を、無防備な背中で直接受け止めた。




