蘇りしは蛇
「……」
完全に絶命し、床に無残な姿で張り付いた氷室の遺体。
それを前に、三十名のGenesis隊員たちは誰一人として声を出すことができず、ただガタガタと震えながらその場に跪いていた。
圧倒的、あまりにも理不尽で、超越的な『法』の執行。
(……これが、神宮寺の力なのか?遠隔から、たった一言で……!)
俺は冷や汗を流しながら、スピーカーを睨みつけた。 直接対峙して戦うのとは次元が違う。彼は対象を絞り込み、言葉一つで世界のシステム(物理法則)そのものを書き換えて、相手を殺したのだ。
『……そこにいるのだろう、結城誠』
ビクッ、と俺の肩が揺れた。 スピーカー越しの神宮寺の声が、まるで俺の耳元で囁いているかのように聞こえたからだ。
『要石にハッキングを仕掛ければ、防衛システムがお前たちを焼き尽くす。お前には何もできない……そこで大人しく、私が創る新しい世界の完成を待っていろ』
ブツッ、と通信が切れる音がした。神宮寺の気配が、システムから完全に消え去る。
彼が自らここへ来ることはない。この塔はすでに、彼の完全な支配下にあるという絶対の自信の表れだった。
静寂が戻った中枢エリア。
残されたGenesisの隊員たちは完全に戦意を喪失し、祭壇の最奥では『封印の要石』がただ不気味な緑色の光を脈打たせている。
床には、完全にひしゃげて絶命した氷室の遺体が転がっていた。
「……終わった、のでしょうか?」
ヒナが青ざめた顔で、俺の袖を強く握りしめる。
「ああ。神宮寺の奴、まさか遠隔で自分の部下を……」
俺が立ち上がろうとした、その時だった。
ゴボッ、ゴボボボボボッ……!
潰れたはずの氷室の死体が、突如として異様な音を立てて痙攣し始めた。
「な……ッ!?」
「ひ、氷室隊長……!?」
Genesisの隊員たちが悲鳴を上げて後ずさる。ひしゃげた白銀の装甲服の隙間から、ドス黒い緑色の泥のような魔力が間欠泉のように噴き出した。
砕けた骨が異常な角度で繋がり直し、潰れた肉体が膨張し、異形の姿へと再構築されていく。
『……ククク。アハハハハハハッ!!』
空間を震わせる、あの悍ましい声。
それは氷室の声ではなかった。原初の悪魔、リヴァイアサンそのものの声だ。
『なるほど、【傲慢】の理か。厄介な力だ。……先ほどは完全なる支配ができていなかった故に、あのような無様な姿を晒してしまったな』
ズズズッ……と、氷室だった肉体が立ち上がる。顔は完全に大蛇のそれへと変異し、両腕は鋭い鉤爪を備えた異形の腕へと変わっていた。
『氷室というこの男……それだけ、あの神宮寺という男への忠誠心が高かったということか。自我が残っていたせいで、我が力のポテンシャルを十全に引き出せなかった』
蛇の瞳が、残酷な三日月型に歪む。
『だが、今は違う。その強靭すぎた忠誠心も、精神も、先の一撃で完全に「折れた」。今のこいつは自我を持たぬ空っぽの器……完全に我の傀儡だ』
「チッ、死体撃ちからのゾンビ化かよ。悪趣味にも程があるぜ」
俺は再び両腕に暴食の炎を呼び起こし、ヒナと共に構えを取った。
『先のようにはいかないぞ。……やれ、氷室』
リヴァイアサンの声が響いた瞬間。
【嫉妬の使徒】と化した氷室の背中から、無数の緑色の触手(大蛇)が放射状に爆発するように飛び出した。
「な、なんだこれはッ!?」
「隊、隊長ッ、やめ――ギャアァァァァァァッ!!」
だが、触手の狙いは俺たちではなかった。
周囲で立ち尽くしていた三十名のGenesisの隊員たち。彼らの胸に、緑色の蛇が容赦なく深々と突き刺さった。
「てめえッ!」
俺が止めに入るより早く、使徒の触手が隊員たちの生命力(魂)と魔力を、一瞬で吸い上げる。
白銀の装甲服を着た屈強な隊員たちが、悲鳴を上げる間もなく干からびたミイラのように萎び、床に崩れ落ちた。
『アハハハハッ! 美味い、美味いぞ! 他者の力を妬み、奪い、引きずり下ろし、自らの糧とする! これぞ【嫉妬】の真髄!』
三十人分の生命力とステータスを喰らった氷室の肉体が、さらに巨大化し、その全身から溢れ出す緑色の魔力領域が、先ほどとは比べ物にならないほどの濃度で中枢エリアを覆い尽くした。
『マスター! 対象のステータスが異常な数値まで跳ね上がっています! この領域内にいるだけで、マスターのステータスも削られていきます!』
「結城さん……息が……」
ヒナが苦しそうに喉元を押さえ、立っているのがやっとという状態になる。
「ヒナ、下がるな! 俺のそばから離れるなよ!」
俺は【暴食】のコアをフル回転させ、俺たち二人を包み込むように黒い炎を球状に展開した。
迫り来る高濃度の嫉妬の瘴気を、暴食の炎がギリギリのところで『喰い千切り』、中和し続ける。だが、それだけで俺の精神力が恐ろしいスピードで消費されていく。
『ククク。神宮寺の前に、貴様らイレギュラーの魂を喰らってやる。さあ、這いつくばれ!』
三十人の命を吸い上げた、氷室。そんな状態で、絶え間なくデバフを撒き散らすバケモノを相手にしなければならない絶望的な状況。
俺はジャージの袖を乱暴に捲り上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「ヒナ。あいつが奪ったモンを全部、俺の『強欲』と『暴食』でひっぺがして、元通りのミイラに戻してやるぞ」
「はいっ……! 結城さんの剣として、道を切り開きます!」
白銀の剣士が、最後の力を振り絞って極限の剣気を放つ。塔の頂で、悪魔の使徒に対する、俺たちの極限バトルが始まった。




