嫉妬の蛇
『――ほう。そうか、お前達が我を出してくれるのか』
空間全体をビリビリと震わせるような、重く、悍ましい『声』が響き渡った。
「な、なんだ!?」
「どこから声が……!?」
Genesisの隊員たちが一斉にレールガンを構え、周囲を警戒する。
『ククク……我を封じていた忌々しい楔の内部に、直接干渉してくるとはな。だが、この結界の楔(塔)は全部で四つある。この場所の一つの封印を解いたからといって、我が本体がすぐに出られるわけではないが……』
要石の黒いクリスタルが、ドクン、ドクンと心臓のように脈打ち、緑色の不気味な光を放ち始めた。
『……そうか。お前ら、『チカラ』が欲しいか?』 「……!」
リヴァイアサンの悪魔の囁き。
それは、人間の最も根源的な欲望を煽る、呪いの言葉だった。
だが、指揮官である氷室は、レールガンを構えたまま冷徹に言い放った。
「神宮寺長官からは、そのような事象は聞いていない。我々はGenesisだ。お前のような制御不能な悪魔の力など不要。力? そんな不確かなものがなくとも、我々の『科学力』と『規律』で何とでもなる」
『――クククッ。ハハハハハハッ!!』
氷室の答えに、リヴァイアサンは耳障りな大爆笑を上げた。
『強がりを言うな、人間。お前の魂の奥底には、他者を羨み、引きずり下ろしたいというドス黒いヘドロのような感情(嫉妬)が渦巻いておるではないか。』
「……ッ!」
『図星か。……返事がないのは、肯定と受け取ろう』
「なに……ッ!?」
直後、要石から緑色の極太のレーザーのような光が放たれ、氷室の胸元を正確に撃ち抜いた。
「隊長ッ!!」
氷室の身体が空中に浮き上がり、彼の口から絶叫が漏れる。
「ァァァァァァァァッ!! な、なんだこれは……ッ! 私の身体に……何が入ってきているッ!?」
『与えてやろう。我の権能の欠片――【嫉妬】の悪魔そのものの力をな』
氷室の白銀の装甲服が、内側から膨張する筋肉と魔力によってメキメキとひび割れ、彼の肌の表面に、毒々しい『大蛇の鱗』のような文様が浮かび上がった。
「はぁ……はぁ……ッ。これが、力……? 悪魔の、力……」
地面に降り立った氷室は、信じられないものを見るように、自分の両手を見つめた。
彼の周囲の空間が、濃密な緑色の魔力(瘴気)によって陽炎のように歪んでいる。
神宮寺の教えである「科学と規律」を拠り所にしていた彼にとって、個の暴力は否定すべきものだったはずだ。
だが、与えられた圧倒的な全能感と、他者を力で蹂躙できるという『嫉妬の優越感』が、急速に彼の精神を汚染していく。
『どうだ? 嫉妬の力は。他者を支配する甘美な毒は。……もっと欲しくなっただろう? なら、他の塔の封印も解くといい』
「私は……いや、俺は、神宮寺様に仕える者だ……! こんな力なんぞで、俺の信念が揺れはせん……ッ!」
氷室はギリッと奥歯を噛み締め、気丈に振る舞った。 だが、彼の一人称が「私」から「俺」へとブレている時点で、すでに悪魔の精神汚染が始まっていることは明白だった。
彼が力を使えば使うほど、彼は悪魔の傀儡へと堕ちていくだろう。
『ククク、強情な奴だ。……まあよい。その力を試すには、丁度いい獲物がいるぞ?』
「獲物、だと……?」
リヴァイアサンが、楽しそうに嗤った。
『お前たちの背後に、コソコソと這い上がってきた『ネズミ』が二匹、紛れ込んでいるみたいだからな。……いい練習になるかもな?』
「(……チッ! あのクソ蛇、気づいていたのか!)」
俺は舌打ちをし、咄嗟にヒナを庇うように前に出た。
「ネズミ……? ああ、あいつらか」
氷室が、ゆっくりとこちらを振り返った。 彼の目は、防護バイザーの奥で、蛇のように縦に割れた禍々しい瞳孔へと変化していた。
その顔に浮かんでいるのは、任務を遂行する指揮官の顔ではない。強大な力を得た者が、弱者をいたぶることを楽しむような、残酷な笑みだ。
「我がGenesisの監視網を抜けて、よくぞここまで登ってきたものだ。だが、ここが貴様らの墓場となる」
氷室は、変異した右腕でレールガンを軽々と構え、俺たちが隠れている物陰へと向けた。
「全隊に告ぐ。要石のハッキングは後回しだ。……まずは、あのネズミどもを殲滅するぞ」
「ヒナ、散開しろッ!」
「はいッ!」
俺の叫びと同時、俺たちが隠れていた柱が、超音速のレールガンの掃射と、氷室から放たれた『嫉妬の緑の魔力波』によって、一瞬にして粉微塵に吹き飛ばされた。
武装部隊、そこに『原初の悪魔の権能』という最悪のバグが加わった、絶望的な布陣。
「……上等だ。悪魔の力に頼りきったエリート様のアゴを、きっちり砕いてやるよ!」
俺は両腕に黒い【暴食の炎】を滾らせ、純白の中枢エリアへと飛び出した。
そして決戦の火蓋が切って落とされた。




