急接近?
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!
巨大な縦穴を猛スピードで上昇していくプラットフォームの底面。
骨組み(フレーム)に必死にしがみつく俺たちの全身を、凄まじいG(重力)と、吹き荒れる暴風が容赦なく叩きつけていた。
「(くっ……! どんだけ登るんだ、この塔は……!)」
俺はチタン合金のフレームを軋むほど強く握りしめ、歯を食いしばった。
スロ子の【怠惰の偽装】のおかげで頭上のGenesis部隊の熱源スキャンは誤魔化せているが、物理的な強風とGを無効化できているわけではない。
己の体重を支え続けるだけでも全身の筋肉が悲鳴を上げ始めていた。
その時だった。 隣のフレームに張り付いていたヒナの手が、ズルッと滑った。
「(あ……っ!)」
声にならない悲鳴。 強烈な暴風が彼女の身体を剥がし、奈落の底へと吸い込もうとする。
「(ヒナッ!!)」
俺は咄嗟に片手を離し、空中に投げ出されかけた彼女の腰をガシッと掴んだ。
「(グッ……)」
凄まじい負荷が俺の片腕にのしかかるが、そのまま彼女の身体を力任せに引き寄せる。
ドンッ、と。 ヒナの華奢な身体が、俺の胸に強く打ち付けられた。
俺は彼女を片腕でしっかりと抱き寄せたまま、もう片方の腕でフレームにしがみつき、二人分の体重と風圧に耐える体勢をとった。
「(バカ野郎、手元に集中しろ! 落ちたら終わりだぞ!)」
「(ゆ、結城さん……っ!)」
暴風の轟音にかき消されないよう、至近距離で睨みつけながら口パクで叱責する。
だが、俺の胸に顔を埋めたヒナは、恐怖で震えているわけではなかった。
◆
――日向ヒナ side
(ああっ……結城さんっ! 結城さん、結城さん、結城さん……ッ!)
吹き荒れる暴風も、真上にいる完全武装の敵部隊の存在も。 今の私の脳内からは、完全に吹き飛んでいた。
私の身体は今、結城さんの逞しい右腕に抱き寄せられ、完全に密着している。
ジャージ越しに伝わってくる、彼のがっしりとした大胸筋の感触。 ドクン、ドクンと早鐘を打つ、彼の力強い心音。
そして、冷たい暴風の中でもハッキリと分かる、結城さん特有の甘く優しい体温の匂い。
(こ、こんな極限状況で……結城さんの胸の中に抱かれるなんて……っ! 私、今、世界で一番幸せな女かもしれません……!)
私の心臓は、は全く別の理由で破裂しそうだった。 結城さんの腕の力が、私の腰をグッと強く引き寄せる。 その男らしい強引さに、身体が熱くなるのを感じた。
(もし、もしこのまま結城さんの腕の力が尽きて、二人で暗闇の海に落ちてしまったら……。きっと結城さんは空中で私を庇って、無人島に漂着して……。二人きりのサバイバル生活……冷えた身体を温め合うために、焚き火の前で結城さんが私を……っ!)
ブワァァッ、と顔面が沸騰する。
私は、結城さんの首元に自分の顔をグリグリと擦り付けながら、限界まで広がる妄想の海をフルスピードで泳いでいた。
冒険者としての矜持も、冷静さも、大好きな結城さんの体温の前ではただのデバフ(ポンコツ)にしかならない。
「(……おい、ヒナ? なんでお前、こんな状況で顔真っ赤にしてニヤけてるんだ……? 酸欠か?)」
頭上から結城さんの呆れたような声が聞こえたが、私は「んふふふ……」と怪しい笑みをこぼしながら、彼の身体にさらにひしっと強く抱きついた。
このまま最上階に着かずに、一生リフトが上昇し続ければいいのに。 そんな不謹慎な願いを抱いてしまうほど、私にとってその時間は、甘く危険な至福のひとときだった。
◆
――結城誠 side
『マスター。間もなく、リフトが最上部(システム中枢)へと到達します。減速が始まります』
トラ子のアナウンスと共に、俺たちの身体を押し潰していた強烈なGがスッと抜け、リフトの速度が徐々に落ちていった。
頭上の隙間から、眩いほどの純白の光が差し込んでくる。
ガコンッ! と、重厚な金属音が響き、巨大なプラットフォームが塔の最上階にドッキングした。
『到着したぞ! 総員、展開! 内部の制圧と要石の確保を急げ!』
頭上でGenesisの指揮官の号令が響き、軍靴の足音が慌ただしく前方へと向かっていく。
「(ヒナ、着いたぞ。離れろ)」
「(……ちっ。もう着いちゃったんですか)」
「(お前、今舌打ちしたか!?)」
明らかに不満そうな顔で離れたヒナにツッコミを入れる暇もなく、俺たちは音を立てずにリフトの縁から這い上がり、素早くプラットフォームの物陰へと身を翻した。
そこは、塔の最上階――中枢に相応しい空間だった。
ドーム状の広大な空間。壁も床も大理石のように白く輝き、魔素とは違う、高密度の『データ』そのものが空間に満ちているような不思議な圧迫感がある。
そして、その中央。
空中に浮かぶ巨大な祭壇のような場所に、黒曜石のように鈍く光る巨大な菱形のクリスタルが安置されていた。
(……あれが、『封印の要石』か)
俺は息を潜めながら、祭壇の周囲を完全に包囲したGenesisの部隊を観察した。
指揮官である氷室という男が、数名の技術兵と共に要石の直下まで歩み寄っていく。
「素晴らしい……。これこそが、神宮寺長官がお求めになっていたシステムの中枢だ」
「隊長、要石のインターフェースを確認。ハッキング用のデバイスを接続し、所有権の書き換えプロトコルを実行します」
技術兵たちが、要石の台座に特殊なケーブルを接続しようとした、その時だった。




