作戦遂行
Genesis side ――
「――臨界点突破。隔壁、融解します」
防護バイザー越しのくぐもった報告と同時、分厚いチタン合金の扉が、超高熱のプラズマトーチによってドロドロに溶け落ちた。
オレンジ色の火花と白煙が舞い散る中、政府直属の対大罪特務機関『Genesis』第一強襲部隊の隊長である氷室は、部下たちに短くハンドシグナルを送った。
「アルファ班、突入。ブラボー班は後方警戒を維持しろ」
氷室の命令に、白銀の特殊装甲服に身を包んだ三十名の精鋭たちが、一切の足音を立てずに溶けた隔壁を越え、塔の深部へと雪崩れ込む。
周囲には、焦げた金属の匂いと、微かなオゾンの悪臭が立ち込めていた。
「氷室隊長。この塔……魔獣の気配が全くありません。既存のダンジョンとは、構造も大気中の魔素濃度も完全に異なります」
「油断するな。ここは神宮寺長官が指定した、世界システムの中枢だ。野蛮な獣の代わりに、より厄介な『番人』がいるはずだ」
氷室が携帯端末のマップを確認した、その瞬間だった。
『――警告。警告。未登録のアクセス権限を持つ個体を確認』
通路の奥から、無機質な合成音声が響き渡った。 直後、天井と床の青い発光ラインが一瞬にして赤色へと反転し、通路の両壁がスライドする。
暗闇の中から、真っ白な流線型の装甲に身を包んだ十数機の人型兵器――防衛プログラム『ドミニオン』が滑るように姿を現した。
『排除を開始します』
十字のスリットの奥で赤い単眼を光らせた天使たちが、腕部から青白いエネルギー・ブレードを形成し、一切の感情を持たずに襲いかかってくる。
冒険者ギルドの連中であれば、この未知のシステム兵器の前にパニックに陥るか、各々のスキルに頼った無秩序な特攻を仕掛ける場面だろう。
だが、氷室たちGenesisは違った。
「対スキル制圧陣形。……撃て」
氷室の極めて冷静な声が響く。
最前列の隊員たちが一斉に片膝をつき、後列の隊員たちがその肩越しに銃身を構える。
彼らが手にするのは、火薬を使う旧世代の銃器ではない。 超音速で特殊合金の弾丸を撃ち出す、携行型のレールガン(電磁投射砲)だ。
ズガァァァァァァンッ!!
空気を切り裂く轟音と共に、青白い雷光を纏った凶弾が通路を制圧した。
ドミニオンたちは瞬時に戦術パターンを学習し、互いのブレードを連結させて強固なエネルギー防壁を展開した。
だが、Genesisのレールガンに装填されているのは、ただの物理弾ではない。
「魔力結合、崩壊確認。防壁を貫通します」
着弾と同時。 弾頭に内蔵された『魔力阻害物質』が炸裂し、ドミニオンの展開したエネルギー防壁が、まるでガラスのようにパキィィンと音を立てて粉砕された。
防御を剥がされた天使たちの胸部に、次々と超音速の物理弾が突き刺さり、青白いスパークを吹き出しながら崩れ落ちていく。
「長官の仰る通りだ。いかに高次元のシステムであろうと、魔力に依存している以上、我々の科学と規律の前には無力に等しい」
氷室は冷徹に呟き、腰のホルスターから自身のレールガンを抜き放った。 防壁を失ったドミニオンのうちの一機が、銃火の雨を避け、氷室の頭上からエネルギーブレードを振り下ろしてくる。
「た、隊長ッ!」
「……慌てるな」
氷室は回避行動すら取らず、自らの胸部の装甲に手を当てた。 カチッ、とスイッチを押し込む。
バチィィィィンッ!!
氷室の装甲服から、強烈な電磁パルス(対スキル用ジャマー)が半径数メートルの空間に炸裂した。
それは相手に直接干渉する強烈なノイズ。
ドミニオンの振り下ろした光の刃が、氷室の眉間を裂く数ミリ手前で、エラーを起こしたように激しく明滅し、完全に霧散する。
空中に硬直した防衛プログラムの赤い単眼に、氷室は冷酷に銃口を押し当てた。
「消えろ、旧時代の遺物め」
ゼロ距離からの電磁投射砲が、頭部を完全に吹き飛ばした。 交戦開始から、わずか三分。
圧倒的な火力の統制と、対システムに特化したアンチ兵器の前に、十数機の防衛プログラムは為す術もなくスクラップの山と化した。
「クリア。全機、機能停止を確認しました」
「負傷者は?」
「ゼロです。隊員の装甲システムにも異常なし」
氷室は銃をホルスターに収め、整然と隊列を組み直した部下たちを見回した。
これが、Genesisだ。
個人の不安定な能力に依存し、英雄気取りでダンジョンを荒らす冒険者ギルドとは違う。
徹底した管理、完璧な兵器、そして神宮寺長官が掲げる『絶対的な法』の下に統率された、新時代の秩序。
「我々は国家の剣であり、世界の新たな管理者となる存在だ。進むぞ」
氷室の号令で、部隊は再び無機質な通路を前進した。 やがて彼らの目の前に広がったのは、天井が見えないほど巨大な縦穴と、そこに設置された直径百メートルを超える円盤状のプラットフォームだった。
「隊長、ここがメインシャフトです。この昇降機が、塔の最上部……システムの中枢へと直結しています」
「よし。チャーリー班、コンソールを掌握しろ。セキュリティを物理的にハッキングし、システムをGenesisの管理下に書き換えろ」
「了解」
技術兵たちがコンソールに取り付き、持参したデバイスを接続していく。氷室は周囲を警戒しながら、静かに目を閉じた。
この塔の最上階には、『封印の要石』が安置されている。神宮寺長官の至上命題は、あのギルドの連中が嗅ぎつける前に、この塔のシステムと要石を完全に国家の(NULLの)手中に収めることだ。
そうすれば、理不尽な魔物の脅威も、結城誠のようなイレギュラーな個の暴力も、全てを長官の【傲慢】のルールの下で完全に管理・統制できる完璧な世界が訪れる。
『システムロック、解除。メインシャフト、上昇シーケンスへ移行します』
数分後。塔のシステムが陥落し、リフトの起動アナウンスが響き渡った。
「総員、リフトへ搭乗! 周囲警戒を怠るな!」
氷室の命令で、三十名の隊員が一斉に巨大なプラットフォームの上へと展開する。
ゴゴゴゴゴゴゴッ、という重低音と共に、リフトが凄まじいGを伴って上空へと射出された。
「ぐっ……! 全員、ワイヤーアンカーで床に固定しろ!」
ロケットの打ち上げにも似た殺人的な急加速。 氷室たちは即座に装甲服のブーツからワイヤーを射出し、チタン合金の床に自身の身体を固定して暴風とGに耐えた。
「氷室隊長! この加速G、並の人間なら内臓が破裂しています!」
「構わん、このまま上層へ急行する! ……念のためだ、リフト周辺の【生体熱源探知】によるスキャンを実行しろ」
氷室は、油断なく命令を下した。
ギルドの連中がこの悪天候と包囲網を抜けて侵入している可能性は極めて低い。
だが、神宮寺長官に仕える者として、1パーセントのイレギュラーも見逃すわけにはいかなかった。
『スキャン開始。……リフト上、およびリフト底面、生体熱源探知』
技術兵がバイザーのモニターを確認し、報告を上げる。 数秒の沈黙が流れた。
『……生体反応なし。クリア。昆虫サイズの熱源すら存在しません』
「そうか。引き続き上層への警戒を続けろ」
氷室は小さく息を吐き、視線を遥か上方の暗闇へと向けた。
どうやら、杞憂だったようだ。イレギュラーなど、ここには存在しない。
「長官からの至上命令だ。最上階のシステム中枢に到達次第、物理的なハッキングを行い、【封印の要石】の所有権をGenesisへ書き換える」
「了解。しかし、氷室隊長……神宮寺長官はあの石を使って、具体的に何を……?」
「余計な詮索はするな」
氷室は、部下の疑問を冷たく一蹴した。
「我々はただ、国家の安全のためにギルドという野蛮なシステムを排除し、完全な管理社会を構築するだけだ。長官の意志こそが、この国の法となる」
やがて、強烈なGが徐々に抜け、プラットフォームの速度が緩やかに落ちていった。
頭上の暗闇が割れ、眩いほどの純白の光が降り注いでくる。 ガコンッ、という重厚な接合音と共に、巨大な昇降機が塔の最上階に到達した。
「到着したぞ! 総員、展開! 内部の制圧と要石の確保を急げ!」
ワイヤーアンカーを解除し、氷室は真っ先に純白のゲートへと向かって部隊を指揮した。 振り返る者は誰もいなかった。
自分たちが確認した『生体熱源ゼロ』というシステムのスキャン結果が、書き換えられたとは露知らず。




