潜入
防衛プログラム『ドミニオン』の残骸を抜け、黒の巨塔のさらに奥へと進んだ俺とヒナ。 分厚い隔壁をいくつか越えた先で、俺たちは思わず足を止めた。
「こいつは……壮観だな」
目の前に広がっていたのは、先が見えないほどの巨大な『縦穴』だった。
直径数百メートルはあるだろう超巨大な円筒形の空間。
壁面には無数の青白い発光ラインが幾何学的な模様を描きながら、遥か頭上の暗闇へと吸い込まれるように伸びている。 まるで、巨大な宇宙船のエンジンの中心部だ。
『マスター。この縦穴自体が、塔の中枢エリアへと直結する巨大な昇降システム(エレベーター)になっています』
脳内のトラ子のナビゲートに頷きつつ、俺は縦穴の淵――巨大な円盤状のリフト・プラットフォームが設置されているエリアの物陰に身を潜めた。
「結城さん。……先客の様です」
隣で息を殺すヒナの視線の先。 リフトの起動コンソール周辺に、白銀の特殊装甲服に身を包んだ部隊が展開していた。
およそ三十名。政府直属の対大罪特務機関『Genesis』の精鋭たちだ。彼らは周囲を厳重に警戒しながら、何やら特殊なデバイスをコンソールに接続し、ハッキングを試みている。
「あの武装……ただの小銃じゃないな」
俺は暗がりから彼らの装備を観察した。 全員が携行しているのは、明らかに魔獣用ではない、対人・対スキルに特化したような流線型の重火器。
「結城さん。ご命令とあらば、私がここから一瞬で距離を詰め、彼らの指揮系統を物理的に切断しま……」
「いや、待てヒナ。ステイだ」
俺は、白銀の長剣の鯉口を切ろうとしたヒナの肩を、スッと手で押さえた。
「相手は腐っても国家の最高機密部隊だ。どんな兵器を隠し持っているか分からない。今の状態で、未知の戦力に正面から突っ込むのはリスクが高すぎる」
俺の言葉に、ヒナは少し不満そうにしながらも、素直に剣から手を離した。 相手の戦力と手札が不明な以上、下手に動いて消耗戦に持ち込まれるのは最悪の愚策だ。
こちらの任務の目的は彼らの殲滅ではなく、最上階にある『封印の要石』の奪取と、神宮寺の真の目的を暴くこと。
「なら、見つからずにあのリフトに乗るしかありませんね」
「ああ。……リフトの『下』に潜り込むぞ」
俺の提案に、ヒナはコクリと頷いた。
◆
――数分後。
Genesisのハッキング部隊が、コンソールのプロテクト解除に成功した音が鳴り響いた。
『システムロック、解除。メインシャフト、上昇シーケンスへ移行します』
無機質な塔のアナウンスと共に、巨大なプラットフォームが重低音を響かせて震え始める。
『総員、リフトへ搭乗! 周囲警戒を怠るな!』
指揮官の怒号と共に、三十名の部隊が一斉にリフトの上へと乗り込んでいく。
その直前。
リフトが稼働する際の凄まじい機械音と振動を『隠れ蓑』にして、俺とヒナは物陰から滑るように飛び出した。
「(……今だ!)」
俺たちはリフトの床面には上がらず、プラットフォームの隙間から『リフトの裏側(底面)』へと飛び移った。
太い骨組み(フレーム)に、指の力だけでぶら下がる。ヒナも同様に、全く音を立てることなく俺の隣のフレームに張り付いた。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!
直後、巨大なリフトが、凄まじいG(重力)を伴って暗闇の遥か上空へと猛烈なスピードで上昇を始めた。
ロケットの打ち上げのような、圧倒的な上昇速度。 眼下の景色が、滝のように下へと流れていく。
「(くっ……! すげえ風圧だ……!)」
「(結城さん、手は絶対に離さないでくださいね……!)」
吹き荒れる暴風の中、俺たちは強靭な腕力と脚力で、リフトの底面に必死にしがみついていた。
真上には、わずか数十センチの床板を隔てて、三十人の完全武装の敵部隊がいる。息遣い一つ、僅かな金属音一つ立てれば、真上から蜂の巣にされる極限の緊張感。
『マスター。警告です。頭上の部隊が、リフト周辺の【生体熱源探知】によるスキャンを開始しました。
このままでは、床越しの熱源で数秒後に発見されます』
「(マジかよ、そんなもんまで起動してんのか!)」
俺は内心で舌打ちをした。 どんなに気配を殺しても、体温(熱)だけは物理的に隠しようがない。
『――ふぁぁぁ。マスター、うるさいよぉ……』
その時。 猛烈な風切り音の中で、俺の脳内に、のんびりとしたあくびの声が響いた。
精神世界の最下層で寝惚けていたボサボサ銀髪の少女、スロ子(怠惰のシステムAI)だ。
(スロ子! お前、熱源探知をごまかせるか!?)
『うん……。マスターが蜂の巣にされると、ボクの寝床がなくなっちゃうからね。……ちょっとだけ、マスターたちの熱源を「おやすみ」させてあげる』
スロ子が、精神世界でふわりと指を差した。
『――【怠惰の偽装】』
その瞬間。
俺とヒナの身体から、一切の「熱(生命活動の証)」がシステム的に遮断され、周囲の冷たい外気と完全に同化する感覚があった。
身体が凍りつくわけではない。
ただ、あらゆるセンサーに対して「ここに生命体はいない」という怠惰な嘘を強制的に書き込んだのだ。
『……生体反応なし。クリアだ。引き続き上層への警戒を続けろ』
頭上の格子状の床越しに、指揮官の安堵したような声が微かに聞こえてきた。 どうやら、間一髪でスキャンを誤魔化すことに成功したらしい。
「(助かったぜ、スロ子……)」
俺は冷や汗を流しながら、鉄のフレームを握り直した。 暴風に耐えながらリフトの底に張り付いていると、頭上のGenesis隊員たちの会話が、風の音に混じって途切れ途切れに聞こえてきた。
『……長官からの至上命令だ。最上階のシステム中枢に到達次第、物理的なハッキングを行い、【封印の要石】の所有権をGenesisへ書き換える』
『了解。しかし、神宮寺長官はあの石を使って何を……?』
『余計な詮索はするな。我々はただ、国家の安全のためにギルドという野蛮なシステムを排除し、完全な管理社会を構築するだけだ』
(……なるほど。完全に神宮寺の思想に染まりきってやがるな)
彼らは自分たちが『正義』だと信じて疑っていない。 神宮寺ルールは、すでにこの部隊の精神の根幹まで支配しているようだった。
『マスター。間もなく、リフトが最上部(システム中枢)へと到達します。減速が始まります』
トラ子のアナウンスと共に、俺たちの身体を押し潰していた強烈なGがスッと抜け、リフトの速度が徐々に落ちていった。
頭上の隙間から、これまでとは違う、眩いほどの純白の光が差し込んでくる。
ガコンッ! と、重厚な金属音が響き、巨大なプラットフォームが塔の最上階にドッキングした。
『到着したぞ! 総員、展開! 内部の制圧と要石の確保を急げ!』
指揮官の号令と共に、頭上のブーツの足音が慌ただしく前方のゲートへと向かっていく。
三十人の部隊が完全にプラットフォームから降りたのを見計らい、俺とヒナは音もなくリフトの縁から這い上がり、物陰へと身を翻した。
「(……よし、潜入成功だ)」
「(はい。彼らの背後から、いつでも奇襲をかけられます)」
ヒナが、鞘の中で剣をわずかに鳴らす。
俺たちは気配を完全に断ち切ったまま、Genesisの部隊の後を追うように、純白に輝く『中枢エリア』のゲートへと足を踏み入れた。
相手の戦力は未知数。だが、俺たちは彼らの完全に『死角』を取り、神宮寺の目的の核心へと誰よりも早く到達したのだ。




