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20.



「その訳を聴かせてもらえるのかい?」


 ユキナの問いにジリアスは頷いた。


「あなたが大神官さまであることは、我々にとって吉となるか凶となるか。できることならご協力願えるよう我らがこれから何を成そうとしているのか、お話したく思います」


 ユキナは無言で持って話を促す。

 その後ろでサクラは固唾を呑み、ハヤトは吐息一つ、やっと本題かと聞き耳を立てた。


「ユキナさまは現在の神殿の在り様をどうお考えですか? トスタイト国には三十七の町と七十八の村がございます。王制を布いておりますが、町の自治を尊重し民衆の声を反映させる議会を設けて偏った政策を採らぬように律しております。そんな中で神殿は本来なら神を拝し奉る祈願の場であるはずが、法術士の存在から町の守護を請け負い、人々や自然界を癒し、果ては自治体制にまで関与して、その立場はかなり特殊になってきていると思うのです」


 語るジリアスの紅い瞳を見つめて、ユキナはふと思った。


「そうか。ジリアスどのは外大陸の出身か」


 サクラはこの言葉を聞いて腑に落ちた。

 だからこの神官長の容姿は特殊なんだと。ユアン大陸にはない珍しい色彩を持っていて当然なのだと理解した。

 単純なもので、サクラは他の実例を見ていなくとも、自分の知らない土地の人間であるのなら彼一人が特殊ではないのだと納得してしまったのである。

 彼が生まれた土地へ行けば白い髪に真紅の眼をした人種がいるのだろうと思ったのだ。

 そうすると不思議に先ほどまで感じていた畏れが薄れていく。

 ジリアスはそんなサクラの心境を感じ取ったのか苦笑を溢した。

 サクラは羞恥のあまり俯いてしまう。


「おっしゃるとおり私はデューティリス大陸の南方に位置するエウル国から参りました。十年前、国交二十五周年記念使節団が結成された際に、私は天文学者として渡り、こちらでは神殿にて学術を修めていらっしゃるということで、各地の神殿を訪問させていただいたのです。そのうちにみなさんの見識の高さと研究熱心な姿勢に感銘を受けまして私もこちらで学ばせていただきたいと移住することを決めたのです」

「ほう、あの時の使節団にいらっしゃったのか。それならこちらも礼を欠いてはならなかったな」


 ユキナはぴょんっと机上からサクラの膝の上に飛び移ると、ジリアスに向かってお辞儀をし姿勢を正した。


「ユキナさん、使節団って?」


 小声で訊ねるサクラにユキナがからかい気味に説明し始めた。


「一応、あんたも連れてったんだよ。歓迎式典やら行進祭やら色々ね。まだ小さかったから憶えてないんだろうが、国を挙げての大祭だったからね、今でも名残があるよ。王都の港に庭園と記念碑があってね、民の憩いの場になってる。で、当時の使節団の面子っていうのはなかなか博識の高い人選をされていたんだ。ほとんどが王室直結の要人だったはずだ」


 ユキナに視線で促され、ジリアスが小さく頷いた。ユキナは続ける。


「エウル国は勉強家が多い。研究熱心で物事に対する探究心が強く、新たな創造をする空想力にも長けている。王都の神殿連中はそりゃあ歓迎したもんさ。それこそエウル人の知識を根こそぎ持ってこうと考えるほど歓待したからな。誘拐事件まで起きたほどだ」

「ほんと!?」

「貪欲なのも良し悪しだよなあ」


 ハヤトの達観した物言いに、ユキナとサクラは呆れた顔になる。本当にこの少年は子供らしくない。


「幸いその事件は大事にならなかったんで国際問題に発展することもなかったがね。さっきも言ったように来訪した人々はみんな王家に関連を持っていた。使節団団長がエウル国王の従弟に当たられる方だったし、縁戚関係にある貴族諸侯もおられたし、有名学院の教授方もいたという。その中にジリアスどのもいらっしゃったのなら、あなたはさぞ身分ある方なのではないかな? あたしは当時、さまざまな行事に参加したが後ろで眺めていただけだったのでね。どなたがいらしたか詳しくは憶えていなくて申し訳ない」

「何の、お気遣いは無用です。私には誇れる身分などありません。確かに使節団の要人方は身分も学歴もお持ちの方々ばかりでしたが、その要人お一人にはたくさんの助手や使用人がついていたんですよ。私はその助手の一人に過ぎません。師であった方に、こちらで勉強したいと頼み込み、シン=クナ神殿に置いていただけるよう取り計らってもらったのです」

「では一神官としてお務めになられたのか?」

「そうです」

「それは素晴らしい!」


 ユキナは感嘆の声を上げた。


「こう言っては失礼だが、他国の方が神官長の位まで登りつめるのは難しいことだ。過去はどうだったか知らないが、あたしが知る限りでは例がない。それを頭の固いじいさんたちに認めさせ礼拝堂を預かるまでに至るとは、法術士としての能力に長けているだけでなく博学でもいらっしゃるのだな。かなりご苦労もあっただろう。大したものだ」


 ユキナは人間の手であれば拍手せんばかりの勢いで、代わりに羽をバッサバッサと広げて賛美している。

 これにはサクラは内心で驚いていた。

 他人に対してこき下ろすことは多々あっても褒めることは滅多にしない天邪鬼な人だ。

 確かに生まれた地を離れ他国に住み着くこと自体、行動力があり勇気がいることだと思うし、さらに慣れない土地で勉学に励み最たる地位を獲得するなど充分誇れる行いだと思う。

 しかし、この叔母は身分や地位、学歴などで人の評価を量ることはしない。人間性が気に入らなければどんな名誉ある功績を残したとしても、褒めたりは絶対にしないのだ。

 今、文字通り手放しで賛辞を送っている相手は、これまで自分たちを理由を公言することなく追尾し攻撃したきた者たちの親玉である。

 どんなに立派な人物だろうとも、不当な行為を働く人間を褒め称えることができるだろうか。

 サクラはユキナの真意が図れず、またもや奇妙な不安を抱くはめになった。

 するとジリアスの自嘲めいた声が届いた。


「そのように褒めていただくほどのことではございません。眼をかけていただいた前神官長さまと大神官レンカさまのおかげなのです。それこそ他国の人間が地位を得るなど生易しいことではありません。もちろん私なりに努力はして参りましたが、やはりお二方のお取り計らいがなければ無理でしたでしょう」


 そう言って笑んだジリアスの見惚れるほど美しい微笑にサクラは思わず顔を赤らめた。

 相手を不信がっていながら美しいものには敵わないらしい。

 そんなサクラをハヤトが横で眇めた眼で眺めているなど知る由もない。

 ところがジリアスは微笑を引っ込めたかと思うと、表情を引き締め眼光鋭くユキナに訴えかけてきた。


「私はお二方のご恩に報いるためにも神殿を守り、本来のお役目を果たさなければと思っているのです。ですが近頃の神殿の在り様はまるで一領主のように権力を得、政を取り仕切っているかのごとく関与しております。確かにこのクナの町に限らず国全体で民衆による自治力が弱まっており、誰かが先導しなければ国力そのものが衰退していく恐れすらあります。ですが、過去、エウル国でもそうですが、神職者が国を動かそうとして成功した例はありません。今のうちに神殿本来の役割を思い出し元に正さねば」


 ジリアスは一旦言葉を区切り、ユキナを見据えた。

 そして、どんでもないことを言い放った。


「革命が起こるかもしれません」


 サクラは驚愕のあまり大きく眼を見開いて息を呑んだ。





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