06.神に愛される男
ダリアはマスターから頼まれたおつかいを済ませ、雨の中を宿屋「銀の金貨亭」まで戻ってきた。
濡れた外套の水気を払い、扉を押す。途端、雨音をかき消すほどの喧騒が耳に飛び込んできた。食堂は仕事にあぶれた冒険者たちで溢れ返り、中でも奥の一角のテーブルから、歓声と悲鳴が混ざり合った賑やかな声が響いていた。
その中心にいたのは、自分とそう年が変わらなそうな若い男だった。
やたらと見目が良く、通りの良い朗らかな声をしている。その男を囲むように、宿に逗留している冒険者たちが数人、カードを握りしめたまま頭を抱えて呻いていた。……その中には、何をやっておられるのか、自分たちのリーダーであるオルガの姿もあった。
ダリアは呆れたようなため息を隠さずにカウンターへ向かうと、頼まれていた荷物と余った釣り銭をマスターへ手渡した。
カウンター席に腰掛けていたネズが、ダリアに楽しそうに片手を上げる。どうやらずっとあのテーブルの様子を見物していたらしい。
「何ですか、あれは」
ダリアが低く尋ねると、ネズは小さく肩を揺らして微笑んだ。
「カード賭博。ちゃんとマスターに許可は取っていたよ。あの男、相当腕が良いね」
ネズと出会ってひと月ほど経つが、彼が人を掛け値なしに褒めるなど珍しい。
「……イカサマがですか?」
ダリアが小声で探るように訊ねると、ネズはクスリと笑っただけで、肯定も否定もしなかった。
「腕が良いのは確かだけど、それだけじゃなくてさ。なんていうのかね、あれは。胆力というか……運に愛されていると疑わない感じ。一種の才能だね、あれは」
訝しげにダリアが再びテーブルへ視線を向けると、ちょうど勝負が完全についたところらしく、若い男以外の全員が示し合わせたようにうなだれた。
「まけたーーーーー!!くやし~~~~~!!!」
テーブルに突っ伏して嘆くオルガを横目に、男は上機嫌でチップを手際よく手元へかき集めていく。
負けた冒険者たちは口々に羨んだり悔しがったりしながらも、どこか楽しそうに笑っていた。あれだけの一人勝ちをしておきながら、誰の顰蹙も買わず場を和ませている。相当世渡りが上手そうだ。
「お嬢さんは勘が良いけど、手の内が分かりやすいねぇ。それに勝ちを追いたくなるタイプだ」
「うッ……だって、すっごく良い手がきてたんだもん!」
不満そうに唇を尖らせるオルガを他所に、他の冒険者たちが「次は俺と勝負だ!」「リベンジさせろ!」と鼻息荒く押し寄せる。しかし男は軽くあしらった。
「長旅でやっとバベリーに着いたばっかりなんだ。今日はもう勘弁してくれよ」
周囲からブーイングが出そうになったところで、男は集めた勝ち金から自分の取り分を懐につまみ入れると、残った勝ち金の大部分をカウンターの上にドサリと置いた。
「親父さん!こいつで俺に美味い飯と、ここにいる全員にエールを出してくれ!」
「おおおーっ!」と、途端に酒場全体が歓声に包まれた。
なるほど、本当に口が回る男だ。負けた者たちに「タダ酒」という利益を還元することで、悔しさをごまかし、一瞬で自分の味方に変えてしまった。
宿屋の娘が慌ただしく木杯を配り回る中、若い男は「ふぅ」と息を吐いてカウンターの空き席――ダリアの隣に腰を下ろした。
ネズとダリアは軽く会釈し、回ってきた木杯を男の杯へと寄せる。
「すみませんね、いただきます」
「どーぞどーぞ!元々はここにいる奴らの金だしな」
軽快に笑う男を横目に、オルガがまだしょげた様子でネズの隣に腰掛けた。席順はオルガ、ネズ、ダリア、そして男の順になる。やけ酒を煽ろうとするオルガを、ネズが「よしよし」となだめていた。
その時、ダリアの視線が男の脇に立てかけられた荷物に留まった。
布袋から覗いているのが「聖杖」だと気づき、ダリアは思わずギョッとした。
「……もしかして、巡礼の方ですか?」
「ん?あぁ、一応は聖職者だけどさ。別に巡礼とか大層な目的はねぇよ」
「……聖職者のくせに、賭博だなんて」
ダリアが呆れ半分で呟くと、男はニヤリと悪気なく笑った。
「神様だって金が嫌いなわけじゃねぇよ。現に教会だってせっせと献金を受け取ってるだろ?金ってのは民衆の間に分け隔てなく使われてこそ意味があるんだってよ」
軽薄に言い放つ様子は、敬虔な聖職者とはとても言えなかった。
「お仲間のお嬢さんを負かしちまったのは悪かったな」
「いえ。あの程度で負けを噛み締めてくれて助かります。自分にギャンブルの才能がないと、よく分かったでしょうから」
「どうせ私は単純ですよぉ!」
いじけるオルガに、ネズが微笑む。
「まあまあ。本当のことなんだから仕方ないね」
「ネズまでひどい!」
弾けるような笑い声が、酒場いっぱいに響き渡る。良い夜だった。
◇
翌朝。宿屋の食堂で、オルガ、ダリア、ネズの三人はテーブルに広げた依頼書を見比べながら悩んでいた。
六の月になり雨期に入ってから、実入りの良い依頼が少なかった。いま手にしているのは、村近くの遺跡に住み着いたゴブリンを退治してほしいという案件だ。
先に受けたパーティが逃げ帰ってきたらしく、報酬は破格の額につり上がっている。
「報酬は魅力的なんだけど……」
オルガが困り顔で唸る。討伐対象の中には上位種のゴブリンが混ざっているらしく、強力な毒を塗られた武器を使われて回復が追いつかず、前のパーティは撤退を余儀なくされたのだという。
「状態異常への抵抗を高める付与魔術なら掛けられますが、それでも傷薬も解毒薬もかなり消費するでしょうね」
ダリアが眉をひそめると、ネズも頷いた。
「それに、相手は数が多いからダリアの攻撃魔術がないとキツいかな。オルガ、こういう敵は力技だけで押し切ろうとしちゃダメだよ」
「そうなると、後衛が足りないんですよね。僕がサポートと回復に手を割いていたら、前線が押し負けます」
二人に懇々と諭され、オルガもため息をつく。
他の冒険者がいない合間に追加されたため、運よく残っていた依頼だが、昼時になれば帰ってきた腕利きたちにすぐ持って行かれてしまうだろう。高報酬を前にして諦めきれず、オルガがあーあと未練たらしく依頼書を手放そうとした、その時だった。
「親父さん、なんか適当に食うもん頼むわー」
階段から、昨夜の若い聖職者が大きな欠伸をしながら降りてきた。
のんきに料理を待つ間、店内を見回した男がオルガの重い空気に気づく。
「なんだ、朝からしけた顔してどうした?」
「……!」
オルガの目がパッと輝いた。すぐさまダリアへ視線を投げる。
「ねえダリア、後衛が足りればこの依頼、受けられるんでしょ?専門の回復役がいたら最高だよね!?」
「……それはそうですけど」
「んん?」
事態を察していない男の方へ、オルガはずいと距離を詰めた。
「ねえ、あなた聖職者なんでしょ?私たちこの依頼を受けたいの。ちょっと手を貸してくれないかな!」
「えぇ~~……?いやあんたさぁ、俺がそんな強いヤツに見えるか?俺の生臭っぷりは昨日の賭博でよく分かったろ?」
嫌そうに眉をひそめる男に、オルガは首を傾げる。
「カードに強いと、冒険者として問題あるの?」
「いや、そうじゃなくてさぁ……」
男は「お前らからもなんとか言ってくれ」というように、助けを求めてネズとダリアを見やった。ダリアは返答を保留し、静かにネズの表情を窺う。パーティで一番場数を踏んでいるのはネズだ。
「大丈夫だと思うよ」
ネズは悩む余地もなく、こともなげにいう。「本気ですか?」とダリアが目線で問うと、ネズは小さく頷いた。ダリアはそれで腹を決めたが、当の男は不審顔だ。
「誰かさんが昨夜、大負けをしたせいでパーティの懐が極寒なんですよ」
「うッ……!」
「あ~~、そう言われちまうとなぁ……」
ダリアの言葉に流れ弾を受けるオルガを見て、男は困ったようにガシガシと頭を掻いた。
ダリアは、冒険者ギルドのパーティ登録証を男に示してみせた。
評価は十段階評価のうちの【4】。三人という少人数にしては悪くない数字だ。今回のゴブリン討伐依頼は評価【3】。戦力的には妥当なラインと言えた。
「そういえば、あなたの名前もまだ聞いてなかったね」
「その程度の関係の奴に、よくパーティの要所を任せようと思ったな……。まあいい、マツノトだ」
こうして、臨時の四人パーティが結成された。
◇
マツノトとしては、パーティの実力が不十分だと判断した時点で即座に引き返すつもりだった。
回復役はパーティの生命線だ。その鍵を握る自分が「撤退する」と言えば、無茶な行軍はできない。
だが、いざ遺跡に潜ってみれば、このパーティは見た目からは想像もつかないほど優秀だった。
薄暗い遺跡の内部を、四人は驚くほどの速さで進んでいく。
斥候のネズは明らかに熟練だ。見た目は年若く見えるが、場数を踏んでいるのは間違いない。罠の察知と解除、敵の待ち伏せを見抜く速度が尋常ではない。
リーダーのオルガは、昨夜の大負けっぷりの通り、考え方が単純で攻撃も愚直だ。
だが戦闘中の判断力と技のキレが並外れている。男三人よりも彼女一人の方が遥かに腕っ節が強い。剛胆なことだ。
彼女がリーダーと聞いた時は驚いたが、この様子を見れば納得もする。
ダリアの実力はわからない。というより、底が知れなかった。使っている魔術自体は評価値相応に見えるが、詠唱の短縮を当然のように織り交ぜ、発動が尋常じゃなく早い。
あえて手を抜いているのか、意図的に実力を隠しているのか判断しかねた。
三人が優秀すぎるおかげで、探索も討伐も想定よりはるかに楽に進んでいく。
――っていうか俺、本当に回復しか仕事がねぇな。
「あんたら、この実力でまだ評価4って慎重すぎねぇか?」
呆れ顔で呟くマツノトに、ダリアが淡々と答える。
「面子が足りませんからね。無茶はできませんから、これが妥当ですよ」
「そうかねぇ……」
やがて、事前情報にあった目的の階層へ辿り着いた。
だが、オルガが鼻を利かせるように周囲を警戒する。
「なんだか、あっさり行きすぎじゃない?変な感じがする」
「評価3の依頼だろ?こんなもんじゃねぇの」
「でも、オルガの勘は当たるんだよね」
ネズが壁や床を注意深く調べ直すと、崩落したような岩の奥に、さらに下へと続く階段を発見した。
「……一度戻って、依頼人に報告しましょうか?」
「でも、私たちが戻っている間にまたゴブリンが上に溢れ出したら、討伐失敗扱いで報酬がもらえないかも」
「ん~~、とりあえず話しあってる余裕はないかも」
オルガとダリアの会話をネズが遮る。階下の暗闇から不気味な足音が響き、ゴブリンの群れが波のように駆け上ってきた。
「うわーーーっ!?」
気味の悪い光景にマツノトが声を上げた瞬間、ダリアが前に躍り出た。狭い階段の通路に向けて、流れるような動作で火炎魔術を放つ。収束された魔力の奔流が狭小な通路を駆け抜け、群がるゴブリンを一瞬で蒸発させた。
「おぉー……さすがダリア!」
「一網打尽にしてくださいと言っているようなものですよ、こんな一本道に詰まって」
パチパチと呑気に手を叩くオルガに、ダリアはフッと息を吐く。
――いやいや、あの数相手に一人で前に出るか普通?ていうか今の、初級者が扱える魔術じゃないだろ……。
マツノトは光魔術を学問として修める過程で、他の魔術体系も知識程度に頭に入れている。だから、ダリアがやってのけた技の異常さも感じ取れた。
オルガはそのあたり全く理解していない様子だが。
ネズを先頭に下層へと下り立った四人が辿り着いたのは、邪教の紋章が刻まれた巨大な石扉だった。半開きになった隙間から中を覗き込んだネズが、小声で三人を手招きする。
「あれ見える?邪教の祭壇。怨霊が飛び回ってる。ゴブリンたち、封印を解いちゃったんだね」
「あそこに封じられていた何かに、群れ全体が指揮されていたってところですかねぇ」
「どうする?予定外だけど、これ倒したら報酬跳ね上がると思うよ!」
振り返るオルガに、マツノトは苦い顔を向けた。
「……おいおい、俺はただの回復役のつもりで来たんだぞ?」
「帰ってもいいけど、倒すなら今がチャンスだよ。時間を空けたら、別のモンスターを呼び寄せると思う」
「お前ら、俺の回復魔術しか見てねぇだろ。俺の聖唱術の実力も知らねぇのに、どうしてあんな大物に突っ込もうと思えるんだよ。無茶しねぇ方針じゃなかったのか」
不満を漏らすマツノトに、ダリアが平然と言い放つ。
「あなたでダメだった時は、オルガが祭壇ごと物理的に叩き割ってくれますよ。多少時間はかかるでしょうが」
「まあ、きみならできると思うけどね」
ネズが呑気につけ加える。
「何を根拠に」
「だってきみ、賭博の腕が良いんだもの」
「…………」
オルガとダリアはネズの真意を掴みかねている風だったが、マツノトの実力は露ほども疑っていない眼差しを向けている。
マツノトはガシガシと頭をかき、しばし沈黙した。そして重々しい息を吐くと、聖杖をオルガが構える大斧へ差し向けた。軽く交差し、コツンと重ねると、短い聖句を数回唱える。
――瞬く間に、大斧に淡い聖光が宿った。一時的に聖属性を授ける『聖化』だ。
「あの手の封印は、下手に破壊すると余計に面倒な呪いを撒き散らす場合がある。破壊はナシだ。あの浮いてる怨霊どもだけを叩きのめせ」
「分かった!」
「残り二人は俺の護衛と、オルガのサポート。……無理だと判断したら即逃げるぞ。いいな!」
「了解です」
「おっけー」
全員の了承と同時に、オルガは躊躇いなく扉の向こうへ、部屋の中央へ突っ込んだ。途端に集まってくる怨霊の群れ。
彼女は前衛としての役割を完璧に理解していた。自ら標的という囮になり、敵を引きつける頑強な盾になり、同時に粉砕する最大の矛を担う。
ダリアは精神強化の付与魔術を味方に掛けつつ、正確な魔術支援で怨霊の動きを乱す。やはり、道中は実力を相当隠していたらしい。怨霊を撃滅こそしないものの、オルガの手が回らない個体を完璧に押さえ込んで、マツノトに攻撃を届かせない。
ネズはマツノトに寄り添い、影に潜んでいた怨霊配下のゴブリンやコボルドをめざとく見つけては、近づかせる間も与えず屠っていく。
よくできたパーティだ。
――これに腕の立つ回復役が固定で加わったら、マジで怖いものなしになっちまうな。
マツノトは笑い、聖杖で強く床を突いた。
深く息を吸い込み、聖句を奏上し始める。聖唱術の封印は、途中で途切れさせれば最初からやり直しとなる無防備な儀式だ。だからこそ、己の身を完全に預けられる仲間の前でしか、この術は使えない。
朗々と響き渡るマツノトの声に、ダリアは息をのんだ。
――……心臓を直接叩かれているようだ。
耳に心地よい美しさとは違う。人間の魂が持つ「清廉さ」の真理が、そこにはあった。
聖句の響きに狂乱し、狼狽える怨霊たちを、オルガの大斧が聖光を撒き散らしながら容赦なく断ち割っていく。やがて部屋全体が眩い光に包まれ、怨霊は塵も残らず霧散した。
地下深くの湿っぽい部屋だったはずが、まるで晴れ渡った秋空の下のように、からりと乾いた心地よい空気が満ちていく。
ダリアの隣に佇んでいたネズが、ぽつりと呟いた。
「ああいうのをね、『神様に愛されている』っていうんだよ」
「……カード賭博に強いのも頷けますね」
「本人の実力があってこそだけどね。ここぞという時に奇跡を引き当てられるんだよ、ああいう人間は」
◇
宿屋へ帰還した四人の報告に、マスターも依頼主も驚愕した。
隠し階層の再封印をやってのけたマツノトが、持ち前の口の上手さで報酬を当初の三倍近くまで吊り上げたのは、のちの笑い話だ。
いわく――「神の力を行使するには、それ相応のお布施が必要なんだよ」とのことである。
(4人PT/六の月)
とりあえず早々に四人PTになりました。しばらくはこの4人でここから本格的に依頼を受けたりしていきます。五人になるのが25話、六人になるのは35話です。話は書き終わってるので挿絵が溜まったら更新します。




