04.狼に睨まれた男
ダリアがオルガとパーティを組んで一ヶ月余り。
冒険者稼業は至極順調だ。あくまで初心者の走り出しとしては、だが。
バベリー内、あるいは都市近郊までの範囲で、小さな依頼を地道にこなし続けた。商店の小間使いや荷運びといった力仕事から、春終わりの薬草採取、畑を荒らす害獣の狩りに至るまで。
「ねえダリア、冒険者ってこんなに地味なことばかりするの?」
最初こそオルガに不思議そうな顔をされたが、これには明確な意図がある。
まずは彼女にバベリーの複雑な地理を身体で覚えてもらうこと、そして今後の本格的な依頼に耐えうる、最低限の装備と資金を整えることが先決だった。
幸いオルガは、見るものすべてが新鮮である、都市の目まぐるしい日々を楽しんでいる様子だった。持ち前の素直な働きぶりと愛嬌の良さから、どこへ行っても店主や街の人々に可愛がられ、うまくやっていた。本気で目指せばどこぞの商店で看板娘になれそうだったが、本人にはまったくその気がないらしい。
「街の人とおしゃべりするのは楽しいけど、嫌~な感じの人もいっぱいいて疲れちゃうの」
それが彼女の結論だった。
◇
ある日の昼時、宿屋「銀の金貨亭」の食堂。
二人は食事を終え、空になった木杯の残るテーブルで向かい合っていた。
「さて。ある程度装備も整ったところですが」
「うん!思ったより可愛い防具も売ってて嬉しいな。さすが都会!」
オルガは鉄の胸当てを嬉しそうに撫でる。
「女性の冒険者も案外多いですからね。需要がある分、選択肢は豊富です。……ただ、問題はメインであるあなたの大斧ですね」
「そうなの。だいぶガタがきちゃっててね」
オルガは大斧の柄をクルクルと回してみせた。
柄には幾重もの凹みが刻まれ、刃先はあちこち潰れ、刃こぼれしている。
駆け出しの冒険者が使う装備は消耗品だとよく言われる。安物という意味でもあるが、技量が低いうちは武器に無駄なダメージを与えるような戦い方をしがちだ、という意味でもある。
だが、オルガの場合は真逆だった。武器が本人の技量と筋力に負けているのだ。
そもそも大斧という得物は、刃物としての切れ味以上に、振り回した遠心力を乗せて標的を叩き割り骨を断つ、圧倒的な「破壊力」が強みだ。長剣などよりも遥かに高い耐久性と、桁外れの頑丈さが求められる。
「防具はともかく、武器屋となると僕も良い店を知らないんですよね。下手に飛び込めば足元を見られてぼったくられるか、あるいはあなたの異常な膂力に見合う武器が見つかりません」
「あと……そもそも大斧って、お店であまり場所を取ってもらえてないよね?」
「重量級の武器ですからね。扱える人間が限られます。オーダーメイドという手もありますが、それこそ鍛冶職人にコネがなければ受けてもらえません」
どうしたものか。思考が行き詰まり、ダリアがため息を吐いた。その時だった。
チリン、と宿屋のドアベルが涼やかな音を立て、続いて聞き覚えのない、穏やかな声が響いた。
「ああ、いたいた。オルガ、久しぶりだね」
「――え!?ネズ!?ネズだーっ!」
オルガがガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、声を弾ませた。
ダリアは驚き目を見開いた。「ネズ」といえば、オルガが故郷の村で戦闘の手ほどきを受けたというソロの冒険者だ。豪放磊落で腕っぷしの強い、いかつい戦士だろうと勝手に想像していた。
だが、オルガに親しげに手を振っていたのは、彼女と背の変わらない、身軽そうな細身の男だった。少年と言っても通りそうな華奢な体躯だ。
ネズと呼ばれた男は、まずオルガの全身の装備を検分するように一瞥し、それから彼女の後ろに座るダリアへと視線を移した。
「その様子だと、念願の冒険者を始められたようだね。……良い人をつかまえたのかな?」
「うん!」
「オルガ、言葉を額面通りに受け取らないでください。変な誤解を招きます」
「?」
説教するダリアとオルガのやり取りを面白そうに眺めながら、ネズは通りかかったマスターの娘に「果実水を三杯頼むよ」と手際よく注文した。
「きみはお酒の方が良かったかな?」
「いえ、まだ昼ですから。お気遣いありがとうございます」
ダリアは返事をしながら、「それで?」と視線で問いかけた。
飲み物を奢るということは、話の席を作るということだ。どうして彼が今バベリーにいるのか。彼の素性も含め、ダリアは何も知らない。オルガは警戒心ゼロで懐いているが。
「ねえネズ、どうしてバベリーにいるの?『東に行こうかな』って言ってたじゃない。霧の山挟んで真反対でしょ?」
「そのつもりだったんだけどね。あっちは今どうもきな臭いんだよ。宗教国家との国境付近で、どちらが領分を侵して布教活動しただの何だのってギスギスやっててさあ……。ああいう面倒なのは関わりたくないね。それならバベリーに戻って、ついでにきみの様子も見ておこうかと思ったんだ」
「へえ~??」
「オルガ、分かっていないのに適当に相槌を打つのはやめなさい」
ダリアがすかさず小言を挟む。『霧の山』は非常に閉鎖的な地域で、教会の手が一切入っていなかった。独自の山信仰で生きてきた土地柄、オルガがそうした外界の宗教事情に疎いのは無理もない。
ネズはクスクスと笑い、運ばれてきた果実水の錫杯に手を伸ばした。
「随分と打ち解けた仲みたいだね。二人はバベリーで出会ったの?」
「ダリアは私と同じ霧の山が出身!三年ぶりに再会したの。バベリーの魔術学園に通ってたんだって」
「へえ、なるほどね」
「……」
ダリアは、オルガと楽しそうに話すネズを観察した。
小柄で、大きな得物は身につけていない。外套から覗く腕は細く、指先の出た革手袋や、少しゆったりとした仕立ての装備を見ると、いかにも仕込んだ武器を小器用に操りそうだ。
斥候職であることは間違いないとして、ただの冒険者でもないだろう。
暗殺ギルドや盗賊ギルドの裏社会に足を突っ込んでいても不思議でない、世慣れした余裕がある。見た目の若さに騙されそうになるが、実際の年齢や場数は第一印象よりも上に違いない。
「そうだネズ!私、武器を新調したいの。良いお店を知らない?」
「ふむ。ちょっとそれ、見せてごらん」
ネズはオルガから使い古した大斧を受け取ると、柄の握り具合を確かめ、刃の厚みや金属の接合部を拳でコンコンと軽く叩いた。
「……うん。これならまあ、『合格』かな」
「「え?」」
ダリアとオルガの声が重なった。ぼろぼろの斧のどこが合格だというのか。首を傾げる二人に向かって、ネズは薄く微笑んだ。
「ついておいで。腕のいい職人を知ってるから」
◇
ネズの後に続き、賑やかな大通りを離れて、うっそりとした雰囲気の裏通りに入り込む。立ち並ぶ不揃いな建物の隙間をぬうように進み、辿り着いたのは、看板すら出していない古びた石造りの一軒家だった。
鉄製の重いドアを押して足を踏み入れると、ひんやりとした空気の中に、爆ぜた木炭の匂いと重々しい鉄の匂いが充満していた。
薄暗い店内には、無造作に打ち捨てられた鉄くずや、見たこともない異国の奇妙な武具が転がっている。
「親方、いるかい?」
ネズが声をかけると工房の奥から、白髪交じりの短髪に頑丈な前掛けをつけた老人が、のっそりと姿を現した。眼光は鋭く、偏屈さと気難しさを隠そうともしていない。
ダリアはオルガの後ろで、ハラハラと固唾をのんだ。一目で分かる、本物の頑固職人だ。実績もない新米の、それも少女の武器など、相手にすらしてもらえないのではないだろうか。
「なんだネズか。冷やかしなら帰れ」
「まあまあ。この子の武器を新調したくてね。ちょっと見てやってくれないか」
親方は不機嫌そうに鼻を鳴らし、オルガの容姿を頭から足元までじろりと眺めると、黙ってごつごつした大きな手を差し出した。
オルガが素直に使い古した大斧を渡すと、親方は先ほどネズがやっていたように、柄を確かめ、刃の損傷具合をじっと改める。
「――……ふん。まあ良いだろう。嬢ちゃん、奥で選びな。身の丈に合わせて調整もしてやる」
「やったぁ!……うわあーー!?斧がいっぱいある!!」
拍子抜けするほどあっさりと、親方はオルガを受け入れた。オルガも物怖じすることなく、並んだ武具を興味津々で眺めている。
残されたダリアに、ネズはそっと寄り添うと、声を潜めて話しかけた。
「あの親方、めちゃくちゃ客を選ぶんだよ。気に入られて良かったね」
「……その割には、随分とあっさり引き受けていましたが?」
「職人はね、客のツラじゃなくて『武器』で判断するのさ。あの子は本当に冒険者に向いているよ」
「……」
「僕のことが何か気になる?ダリアさん」
「どうぞ呼び捨てで結構です。……オルガの師匠とお聞きしていたので、てっきり大剣を振るうような戦士を想像していたのですが」
ダリアが率直に尋ねると、ネズは肩をすくめて笑った。
「見ての通り、僕は大きな得物を振り回すのには向いていないよ。大斧の扱いは、本人の山生活と狩猟経験の賜物だね。僕があの子に教えたのは、敵の警戒方法や間合いの取り方、怪我をした時の立ち回り。それに、武器を持った人間や複数名の相手取り方……まあ、簡単に死なない程度の『基礎』までだよ」
「それなら、ついでに冒険者稼業の基本も、もう少し教えておいていただけたら助かったのですが」
「はは、ついて行ってやれないのに、中途半端な知識だけ教えるのは不親切というものだよ。――それにさ」
ネズは一瞬だけ言葉を切り、工房の奥へ視線を向けた。
「あの子は、騙されて死ぬようなタイプじゃないよ」
「確かに、野生の勘は非常に鋭い方ですが」
「そうじゃなくてさ」
ネズの瞳が、すっと細められた。紅色の奥に、底知れない冷たさが過る。
「あの子は命の取り合いができる子だよ。躊躇なく」
「――……っ」
ダリアの背筋を、冷たいものが駆け抜けた。
「初めて会った時の僕を品定めする目……まるで狼に睨まれているみたいだったよ。『あ、へたな動きをしたら噛み殺されるな』ってね。いやあ、あれは本当に怖かった」
ネズはおどけて笑ってみせたが、その言葉に嘘や誇張がないことを、ダリアは理解していた。猛獣たちを前にして、爛々と輝いていたオルガの瞳を思い出したからだ。
工房の奥では、火花を散らしながら鉄を叩く親方の横で、オルガが無邪気に声を上げて笑っている。
「可愛い弟子だからさ。良い人を見つけてくれてて安心したよ」
「一応言っておきますが、僕と彼女はそういうアレではありませんからね?」
「他意はないよお」
◇
工房を出る頃にはすっかり夕暮れ時になっていた。
日の届きにくい裏通りは薄暗く、早くも闇に沈みかけている。
「さてと。オルガの元気そうな顔も見られたし、武器屋も紹介できた。僕はそろそろ行くよ」
「えっ、行っちゃうの!?」
オルガがネズの袖を慌てて引っ張った。丸い緑の目を限界まで見開いて、心の底から名残惜しそうにネズを引き留めている。
「一緒に行こうよ、ネズ!私たちとパーティ組もうよ!」
「あはは、魅力的な提案だけどねえ」
ネズは困ったように眉を下げ、優しくオルガの手を解いた。その手つきは優しいが、線を引いたような硬さがあった。
「やめた方がいいよオルガ。僕みたいな、素性も明かさないようなやつを引き入れるのは。危険すぎる」
ネズの言葉は、冒険者の先達としての助言であり、同時に警告も滲んでいた。素性の知れぬ者を背後に置くなど、冒険者にとっては自殺行為に等しい。
ネズはこれで話はおしまいとばかりにダリアへ視線を向けた。いかにも常識人の彼なら、自分と同意見でオルガを制止するだろうと高を括っていたのだ。
しかし、ダリアは淡々とした口調で言ってのけた。
「素性が明らかなら良い、というわけでもないでしょう」
「……え?」
ネズは意表を突かれて瞬きをした。
ダリアはネズの驚きを気に留めもせず、静かな水色の瞳でネズを見据える。
「明かせる素性などただの肩書に過ぎませんよ。出自がはっきりしている人間だからといって、実力がなければ頼れません。土壇場で裏切らない人間性かなんて保証されません」
「素性が問題なく、実力がある、信頼できる人間を探せ、と言ってるんだけど?」
「それがどれだけ難しいか、わからないわけじゃないでしょう。僕はあなたと今日初めて会いましたが、オルガを指南できる実力者であることと、彼女が信頼する人物であることは知っています」
「……きみ、随分と割り切った考え方をするんだね。馬鹿ではなさそうに見えたんだけどな」
ネズが試すように目を細めると、ダリアはふっと小さく笑った。
「僕は、オルガに賭けることにしたんです」
「オルガに?」
「ええ。僕を信じた彼女の勘を、僕も信じると決めました。……ですから、オルガが『あなたが良い』と言うなら、僕に否やはありません」
ダリアの言葉に嘘はなかった。損得やリスクと天秤にかけた上で、彼はオルガの「直感」という最も不確かなものを信じることに決めたのだ。
ネズは呆気にとられたようにダリアを見つめ、それから隣で「ね!ダリアもこう言ってるよ!」と嬉しそうに胸を張るオルガへと視線を移した。
「……参ったな。もっとまともなブレーキ役かと思ってたのに。きみも大概狂ってるよ、ダリア」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ネズは天を仰ぎ、肩を揺らして笑い出した。
くたびれるばかりだった孤独な心が、じりじりとした高揚感で燃えるのを感じていた。
「いいよ。そこまで言われたら断る方が野暮だね。よろしく、リーダー」
ネズが差し出した手に、オルガは「うんっ!」と飛びつくようにして、力いっぱい握手を交わした。
こうして、歪な三人組のパーティが、都市バベリーに誕生したのだった。
(3人PT/五の月)




