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01.同郷の再会

挿絵(By みてみん)


夕暮れ時、冬の名残の冷たさがまだ風に混じる頃。


ダリアは魔術学園が誇る、広大な図書館を出たところだった。


バベリーに来て三年。学園の講義や図書館で独学で学べるようなことは、ある程度やり尽くしてしまった感がある。生活魔術や各種属性魔術、古い歴史書、さらには戦時の名残で残された攻撃・防御・補助の魔術書など、おおよそ評価5程度までは網羅した。悪くはない到達点だが、知的欲求を満たすにはいささか物足りない。


とはいえ、学費さえ払えば誰でも入れる図書館の蔵書では、冊数は多くともその程度が限界だった。それ以上の高等魔術や深奥なる知識は、魔術塔に太いコネがある者でなければ閲覧も、教わることも、研究に加わることすら叶わない。実に閉鎖的で排他的な世界だ。

ダリア自身、学園の図書館に限界があるのは最初から承知の上で、まずは手広く浅く知識を読み漁り、終止符を打ったまでのこと。


本当に学びたい高評価値の魔術書は、闇市を巡って怪しい掘り出し物を漁るか、あるいは冒険者たちの遺跡調査に臨時要員として潜り込み、現地で見つけた魔術書を懐に収めるなどして手に入れてきた。


「はぁ……さて、どうしたものか」


学園の年度も間もなく終わる三の月。そろそろ先の展望を本気で考えなくてはならなかった。どこか高名な魔術師の家に小間使いとして潜り込むか、あるいは商業ギルドへ潜り込んで売買品から掘り出し物を探すか。


考えに耽りながら歩くうち、小腹を空かせていたダリアの足は、無意識のうちに様々な出店が連なる中央広場へと向かっていた。


夕食時になりかかった広場は、美味しそうな肉やパンの焼ける匂いと人々の賑やかな雑踏で満ちている。いい匂いを漂わせる屋台の群れをキョロりと見渡していると、人ごみの向こうから、やたらと楽しげな少女の声が耳に飛び込んできた。


なんとなしに視線をやった先にいたのは、体格に見合わぬ大斧を携えた、十代中頃の少女だった。冒険者に憧れて田舎から出てきたばかりのお上りさん、といったところか。


彼女は肉串の屋台の前で、店主と実に楽しそうに話し込んでおり、店主もまた機嫌よくそれに応じている。


「へえ、嬢ちゃん、バベリーは初めてかい?」

「そうなの!着いたばかりよ。霧の山から出てきたの。ねぇ、私、冒険者になりたいんだけど『ギルド』っていうのはどこにあるの?」


――今、彼女は何と言った?


聞き覚えのありすぎる故郷の名が耳に飛び込み、遠巻きにぼんやりと眺めていただけの少女へ、ダリアは急激にピントを合わせた。跳ね気味の青髪の間から覗く水色の目が、驚きに大きく開かれる。


「……もしかして、オルガですか?」

「え?――あ!ダリアだ!」


茶髪の二つ結びを揺らし、緑の目を輝かせた少女がパッとこちらを振り返った。


◇


ダリアはオルガの分も肉串を買うと、水路沿いに設置された石造りの腰掛けへ彼女を誘った。

「どうぞ」と一本手渡し、自分も肉を噛みながら話し出す。


「驚きましたね。まさかこんな大都市で、同郷の人間に行き当たるなんて」

「私もびっくり!ダリアがバベリーに行くって村を出たの、もう三年も前でしょ?まだこの街にいるとも限らないし、会えるだなんて考えもしなかった。――あ、このお肉すごく美味しい!ありがとう、ダリア!」

「どういたしまして。……しかし、女の子一人で出てくるとは無謀ですね。宿はどこに取ったんです?さすがにそこまでは送りますから」


ダリアがため息交じりに尋ねると、オルガは口いっぱいに頬張った肉をよく噛んで飲み込み、あっけらかんと答えた。


「まだ決めてないの。夕方の乗合馬車で着いたばかりだもん!」


ダリアは呆れを隠せないまましばし沈黙した。――世間知らずにも程がある。


「……正気ですか。いくらなんでも危機感がなさすぎますよ。バベリーは安全な街ではないんです。すぐ夜になるのに、宿もなく女の子が一人でうろつくなんて、悪党どもにとっては格好のエサです」

「じゃあダリア、どこか良い宿教えてよ!」

「~~~っ、同郷だからって信頼し過ぎでしょう!僕が実は金に困っていて、あなたをどこかの人買いに売り払うかもしれないとか、少しは疑ってかかりなさい!」


霧の山からバベリーまで、馬車で十日はかかる。乗り合い馬車ならそれ以上だろう。少女一人で今まで無事でいられたのは、運が良かっただけだ。

こめかみに手を当てて深く深くため息をつくダリアに、迷いのない声が投げかけられた。


「ダリアは、そんなことしないでしょ?」


きっぱりと言い切られ、ダリアは言葉に詰まった。


「……何を根拠に」


挿絵(By みてみん)


同郷とはいえ、村にいた頃は特別親しかったわけではない。歳も六つは離れていたはずだ。当時のダリアといえば、家に引きこもって本ばかり読んでいた。対するオルガは、小さいながらも過酷な『霧の山』の民だった。大人に混ざって狩りに出ることもあれば、薪を割り、木を削り、革細工までこなすような、小器用で溌剌とした子供だったはずだ。


オルガは肉串をゴクリと飲み込むと、得意げに胸を張った。


「バベリーに着いてからね。『良い宿屋教えてやるよ』とか『ギルドの場所まで案内してやろうか』なんて声をかけてくる人が、たっっくさんいたんだけど」

「すでに目を付けられまくってたんじゃないですか。よく無事でしたね」

「だって、そういう人たちってなんか嫌~な感じがしたんだもん。だから全部撒いて逃げちゃった。でも、ダリアからはそういう『嫌な感じ』が全然しないの」


――随分と感覚的なことを言う。だが、完全な無警戒というわけではなかったらしい。危険を感じ取って逃げの手を打てるだけの野生の勘があるのなら、まあ最悪の事態は免れうるか。


「はあ……ここまで話しておいて放っておくのも決まりが悪いですからね。僕がいる宿屋に空き部屋があるか聞いてあげます。マスターの娘さんに相談すれば、女性客ですし配慮してくれるでしょう」

「ほんと!?やったぁ、ありがとうダリア!」


無邪気に飛び跳ねて喜ぶオルガを連れ、日が完全に落ちる前にと、ダリアは早足で自分の逗留する宿屋へと歩き出した。


◇


宿屋「銀の金貨亭」

一階の食堂兼酒場では、仕事を終えた冒険者たちや旅商人たちが酒杯を交わし、喧騒が渦巻いている。

ダリアは席につくと、正面に座る少女へ改めて問いかけた。


「そもそもあなた、どうして冒険者になりたいんですか?故郷を出てバベリーに住みたいだけなら、商人や職人の弟子、もしくはそこらの店の店員とか、いくらでも選択肢があったでしょうに」

「自分の身も守れない人間は、外でやっていけないってネズが言ってたから!」

「……ネズ?」


聞き覚えのない名前にダリアが首を傾げると、オルガは嬉しそうに語り出した。


「村に来たソロの冒険者さん!私に戦闘の手ほどきをしてくれたんだ。これまでも猪とか熊なら狩ったことあったけど、狩り以外の目的で『戦う』のって、案外違うんだね!」


――その『ネズ』とかいう冒険者の主張も一理ある。オルガはどうやら、それなりに腕の立つ真っ当な師に教えを受けたようですね。


――なら、ついでにバベリーの基本的なギルド事情くらい教えておいてほしかったですがね。


ダリアは内心で愚痴をこぼしながら、なるべく噛み砕いて説明を始めた。


「まずですね……あなたが口にした『ギルド』は、この街ではものすごく大雑把な言葉なんですよ。ギルドは、商業ギルドや芸劇ギルドといった職業ごとの寄り合いを指す場合もありますし、大店や傭兵団のような組織が名前に後ろ付ける場合もあります」

「そうなの?じゃあ、冒険者ギルドっていうのは?」

「国から正式な許可を得て、冒険者の登録・評価と依頼の斡旋を行う公的な機関……それが冒険者ギルドです。バベリーでまともな仕事を斡旋してほしければ、まずはそこに行って身分証となる登録カードを作る必要がありますね」

「へえ~!じゃあ明日は一番にそこへ行って、カードを作って仕事を探すね!」

「無理ですよ」

「えっ!?」


即答したダリアに、オルガはパチクリと緑の目を丸くした。


「何の実績もない、新入りのソロの冒険者に、ギルドがまともな仕事なんて回すわけがないでしょう。ギルドだって商売です。依頼を失敗されれば斡旋料が取れませんからね。利益が出る仕事や危険な案件は、実績のある団体ギルドや、妥当な編成を組んだパーティに優先して斡旋されます」

「じゃあ……私、どうしたらいいの?」


急に途方に暮れた顔をするオルガに、ダリアは宿屋の壁の一角を指先でちょいちょいと示した。そこには、何枚かの羊皮紙が乱雑に貼り出されている。


「規模の小さい個人的な依頼は、冒険者ギルドよりも小規模な『宿屋』の掲示板に直接張られるんです。もちろん、ここのマスターは冒険者ギルドから依頼仲介の許諾を得ていますよ。小さな依頼をコツコツ達成していけば実績が残り、個人やパーティの『評価』が上昇していく仕組みです」

「へえ――っ!じゃあ、この宿屋にいるってことは、ダリアも冒険者なの?」

「一応、登録はしていますよ。僕はまだ魔術学園に在籍中ですから、学園内に張り出されている臨時パーティの募集や、宿屋に貼られた雑用の依頼を生活費にしている程度ですが」

「そうなんだ!ダリアってすごいんだね!」


「珍しいな、ダリア。お前が誰かと飲んでるなんて」


カウンターの奥から、髭面にエプロンをかけた宿屋のマスターが、どこか面白がるような目を向けて酒杯を拭いた。


「マスターさん、こんばんは!ねぇねぇ、私みたいな始めたての冒険者でも受けられる依頼、何かない?」


身を乗り出すオルガに、マスターは苦笑いを浮かべつつ首をひねる。


「ないこともないがねぇ。さすがに女の子一人に回すとなると、ちょっと厳しいな……。ダリア、お前がサポートについてやるってんなら、依頼を回してやってもいいぞ」


不意に振られた話に、ダリアは持ち上げた木杯を止め、眼鏡の奥で薄く目を細めた。期待して目を輝かせるオルガの視線を浴びながら、ダリアは自分の損得勘定を頭の中で巡らせる。


「………………まあ、いいでしょう。彼女の狩猟の腕は信用できますが、依頼完遂能力があるかどうかは僕にもわかりません。確かめてみないことには、推薦のしようもないですからね」

「ほんと!?ダリア、ついてきてくれるの?やったぁ!」


喜ぶオルガの無邪気な姿を、ダリアは少し冷めた目で見つめていた。

もちろん、同郷のよしみとして「世間知らずの妹分」を心配する程度の情はある。だが、ダリアに打算がないわけではない。


学園の年度が終わったあと。次の展望として「本格的に冒険者として立つ」という選択肢は確かに頭にあった。しかし冒険者稼業を魔術師一人でやるのは限界がある。かといって、背中を預けられるほど信用できる仲間を一から探すのは困難極まる作業だ。


――無知で素直。もしこれで、前衛としての戦闘の素養がそれなりにあるのなら。


彼女の「保護者」というポジションを取りつつ、育て上げ、いずれは強力なパーティとして名を馳せる。自分の目標にも手が届くかもしれない。


――まあ、都合の良すぎる夢物語に過ぎませんが……。


ダリアは決して甘い夢を見る空想家ではなかった。田舎育ちの少女に、大きな期待など寄せてはいない。


だが翌日。オルガはダリアの期待値を軽々と弾き飛ばすような、『夢』を奮って見せたのだ。


◇


「……は?」


都市近郊の小高い丘。依頼対象であった大猪の群れを前に、ダリアは呆然と声を漏らした。


ダリアの予定では、評価2程度の付与魔術でオルガの力を底上げし、自分は後方から牽制の遠距離魔術を放ちながら、オルガが一頭ずつ仕留める様子を観察するつもりだった。

だが、オルガはそんな悠長な考えを吹き飛ばした。


「ダリア、後ろで見てて!」


強化が身体に付与された瞬間、オルガの目が爛々と輝いた。自分の身の丈ほどもある大斧を、まるで小刀のように軽々と振り回すと、突進してくる巨大な猪の頭上へと正面から跳躍する。


ドガァン!と大地を揺らす突風が吹き荒れた。


大斧の一撃は、獣の頑強な頭蓋を力任せに叩き割り、余波で地面に大きな亀裂を生み出していた。返り血を浴びながら、少女は興奮冷めやらぬ様子で白牙を覗かせる。


「すごいよダリア!身体がすごく軽い!これなら全部一気にいけるよ!」

「ちょっ――待ちっ――!」


制止の声も耳に届かず、オルガは残りの二頭に向かって疾風のごとく突撃していった。大斧が描く豪快な軌跡、地を舐めるような素早い足捌き、猛獣に躊躇なく肉薄する度胸、そして攻撃を紙一重でかわす圧巻の体捌き。


そこにあったのは、型のある武術ではない。霧の山で生き抜くために磨き上げられた、純粋で暴力的なまでの『生存の才能』だった。

わずか数分で転がる獣の巨体を見下ろし、ダリアはそっと眼鏡の位置を直した。


「……認識を改めなければなりませんね」


ダリアの唇の端が歪なほどに釣り上がった。

無知で素直な原石。それも、研磨すればどんな強敵をも叩き潰すだろう、美しく頑強な宝石。

若草と血の匂いが混じる野原で、ダリアは自らの夢が急速に現実味を帯びていくのを感じ、胸を躍らせていた。


◇


酒場「琥珀の壺」

酔っ払いの喧騒を通り抜け、二人は奥の丸テーブルに腰を下ろした。


テーブルの上に、カチャンと重みのある音を立てて小さな革袋が置かれる。ダリアが紐を解くと、中から数枚の銀貨と銅貨がコロコロと転がり出た。大猪の討伐および、解体した肉や素材を依頼人に引き渡して得た、れっきとした初依頼の「報酬」だ。


「わあ……!これ、私たちの成果!?」


オルガが目を輝かせ、テーブルの上の硬貨をまじまじと見つめる。ダリアは手際よく山を二つに切り分けた。


「はい。これが今回の分け前です。依頼料と素材代から、マスターへの仲介手数料、ならびに解体代を引いた純利益。それを二人で折半して……これがあなたの分ですよ、オルガ」


ダリアが硬貨の山の一つを差し出すと、オルガは嬉しそうにそれを両手で包み込んだ。


「ありがとう、ダリア!すごいなあ、自分で戦ってお金を稼ぐって、なんだか本当に冒険者になったみたい!」

「『みたい』ではなく、立派な実績ですよ。……もっとも、昼間の戦い方には大いに改善の余地がありますが」


ダリアは呆れたように目を閉じた。


「強化がかかっていたとはいえ、突撃してくる猛獣に正面から飛びかかるとは何事ですか。あなたはまだちゃんと防具を整えられてないし、傷薬は安くないんですよ。あなたの『野生の勘』と異常な膂力で押し切れたから良かったものの、一歩間違えれば大怪我でした」

「えへへ、ごめん。でもさ、ダリアの魔術がかかった瞬間、すっごく身体が軽くなったんだもん!『あ、これなら絶対に負けない』って分かっちゃったの!」


オルガは悪びれもせず、屈託のない笑顔を向ける。


――分かっちゃった、ですか。


裏も計算もない、純粋な直感。ダリアには持ちえない才能だ。

ダリアは紅茶の木杯を口に運び、一口飲んでから静かに切り出した。


「オルガ。一つ提案があります」

「提案?」

「僕と……正式にパーティを組みませんか」


オルガはパチリと緑の目を瞬いた。ダリアは淡々と言葉を重ねていく。


「あなたには過酷な山で培われた戦闘の素養と、前衛としての破格の資質があります。しかし都市での立ち回りは不得手でしょう。……僕は、前衛の頑丈な駒と、自身の魔術を存分に発揮できる壁を求めている」


ダリアは眼鏡の奥の水色の瞳で、目の前の少女をじっと見つめた。


「欠点を補い、強みを伸ばす。そうして実績を重ねていけば、いずれ高みに届くはずです。――そこまで、僕も同行させてほしい」

「……」


挿絵(By みてみん)


オルガは少しの間、ぽかんとダリアの顔を見つめていた。

やがてその顔に、まばゆく強い笑みが広がった。


「うん!私、ダリアとパーティ組みたい!」

「……即答ですか。少しはデメリットがないか考えたらどうです?」


わざと意地悪く告げたダリアに対し、オルガは胸を張って言い放った。


「だって、ダリアと一緒なら安心だもん!ダリアが考えてくれて、私は思いっきり大斧を振れるんでしょ?それに……さっきの戦い、すごく楽しかったよ!」


まっすぐな信頼。あまりにも眩しい言葉に、ダリアは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


――まったく、調子が狂わされますね……。


ダリアは小さくため息を吐くと、呆れを隠すように軽く肩をすくめた。


「はあ……まあいいでしょう。では決まりです。パーティ名は追々考えるとして……今日から僕たちは仲間です。よろしく頼みますよ、オルガ」

「うん!よろしくね、ダリア!」


ダリアが差し出した手を、オルガは強く握り返した。


(2人PT/三の月)

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