64.水竜討伐。跳ね上がった六人の名声。
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冒険者パーティ「霧狼」。現在の評価欄に刻まれた数字は【6】。
冒険者ギルドの十段階評価において、【1】は駆け出しの初心者や一般人、【3】でようやく一本立ちの初級ランクとされる。【5】が中級の壁であり、【7】に至れば名実ともに上級者。【9】は人類の現実的な最高峰であり、【10】ともなればもはやおとぎ話の英雄、伝説級の領域だ。
つまり【6】は、中級冒険者の中でも紛れもない実力者という証明だった。
ここから先――例えばドラゴンを倒すような大功でも挙げれば、【7】の上級へ届くかもしれない。だが、周囲の冒険者たちは誰一人として、彼らがそこまで上り詰めるとは思っていなかった。
理由は単純。端から見れば、十代から二十代前半の若造ばかりが集まった、青臭い集団にしか見えないからだ。
リーダーを務めるのはオルガ。十代中頃の、まだ少女と言って差し支えない彼女について、「弱い」という評判こそ聞かないものの、華々しい武勇伝は流れてこない。良家の子女からの指名が絶えないらしいが、少女で戦士職の冒険者が稀少だから需要があるのだろう。腕っ節は悪くないのだろうが、大所帯を率いるにはどうにも頼りなく見えた。
聖職者のマツノトは、とにかく腕が良いと評判だった。彼が携える聖杖や聖印はどれも一級品で、聖唱術の腕は誰もが認めるところだ。ただし――賭博の腕でも悪名高く、依頼内容に難癖をつけて法外な追加報酬を要求してくる生臭野郎だという、鼻持ちならない噂も絶えなかった。
眼鏡の魔術師ダリアは、実は相当なやり手らしい。噂では有名パーティからの引き抜きや、果ては魔術塔からの招聘すらあったというが、当の本人はどこ吹く風で、のらりくらりと躱し続けているのだとか。
斥候のネズは、裏界隈のギルドではそれなりに名の知れた人物だ。かつてはソロで悪どく活動していたらしいが、このパーティに収まってからは牙をしまい、おとなしくなったと言われている。
そして、フードで不気味に姿を隠しているトーエ。こいつが一番得体が知れなかった。顔は十そこそこのガキのくせに、纏う空気には老人のような不気味な貫禄がある。精霊術で雨や雷を自在に操るらしく、本人も半精霊か何かだろうと目されていた。
最後に、一番新しくパーティに加わった義継という厳つい男。大柄な体躯で、東方の剣術や体術を使いこなす。何よりやばいのは頑丈さで、死線をくぐり抜けた後でも平然としているタフ野郎だという。
義継が入ってからというもの、このパーティの進撃には明らかに勢いがついた。
だからこそ、周囲の冒険者たちは陰でこう囁き合っていたのだ。
「やっぱり、あのオルガって女じゃ火力として力不足だったんだろ」
「そりゃそうだ、ガキのリーダーに東方のデカブツが加わって、ようやく前線が安定したってわけだ」
同じ宿に身を寄せ、顔を合わせている冒険者たちですら、そう高をくくっていた。
――あの日、宿にあの依頼が持ち込まれるまでは。
◇
「……特級依頼だ!!」
宿屋の食堂に駆け込んできた役人が叫んだ。手には真っ赤な判をおされた特級――評価値不明扱いの依頼書が握られている。都市の水流を管理する大水門に、巨大な水竜が現れたというのだ。おそらく今頃、各地の宿屋にも同様の使いが散っていることだろう。
「ワニのような長い巨躯を持つ水竜だ!すでに上位ランクを含む何組ものパーティが向かったが……返り討ちにあっている!」
血相を変える役人に対し、近くにいたトーエが木杯を置くこともせず尋ねた。
「ふむ……?雷や氷の術で倒せそうなものじゃない?この都市には魔術塔だってあるだろう」
「そ、それがダメなのです!今は雪解けの増水期で、水門の損壊だけは絶対に避けるよう上からのお達しでして……広域の攻撃魔術や威力の高すぎる術は一切使えません!」
「なら睡眠や毒の魔術とか……いえ、ダメですね。万が一水質に汚染が出れば都市全体のライフラインに関わる」
ダリアが眼鏡の奥の瞳を光らせるが、すぐ自ら首を振った。
「その通りなんです……」
「相手がドラゴンとなると、属性が魔に寄っているわけでもなさそうだしね」
「だな。聖句でどうこうするような相手じゃねぇ。そもそもドラゴンは精神耐性がバカみたいに強いんだよ」
ネズが息を吐き、マツノトも白衣の肩をすくめた。
八方塞がりの空気が漂う中、役人や周りの冒険者たちの視線が一斉に義継へと集まった。大柄で長剣を背負った男――この場にいる中で最も腕っぷしが強そうに思われた。
だが、義継は腕を組んだまま、微動だにしない。
「……斬り殺すのもまずいんじゃねえのか?水に血が混ざり込んでみろ、後で文句を言われるのが目に見えるな」
役人は力なく肩を落とした。こんな小さな宿屋に水竜に対処できる冒険者などいるはずがなかったか、と。
静まり返った店内に、間抜けなほどあっけらかんとした声が響き渡った。
「じゃあ、私が行くしかないかな」
オルガがぐっと背伸びをする。ダリアは小さく頷いた。
「そうですね。行きましょうか」
パーティの面々が当然のように立ち上がり、着々と準備を始める。
役人も、周囲の野次馬たちも、開いた口が塞がらない。マツノトはその隙に、役人の手からひらりと特級依頼書を抜き取ってみせた。
「おい、正気か!?」
「あのガキが行くのか!?」
ざわめく野次馬と役人は、吸い寄せられるように彼らの後を追いかけた。
◇
都市の外壁を抜け、真北に位置する水門へ向かう。
辿り着くより先に、空気を振動させるほどの激しい咆哮が轟いた。
「うわーー、やばーーーー」
「先に手を出した冒険者たちが怒らせましたね」
耳を塞ぐオルガの呑気な声に、ダリアが冷静に分析を返す。
一行は臆する様子もなく堀まで歩みを進めた。
幅十メートルほどの堀を縁から見下ろすと、十五メートルほど下に水面があり、底は見通せないが相当深いだろうと窺える。そんな堀の水を調整する巨大な水門から、濁流が流れ込んでいる。
水竜は水門の前で体を水に沈め、陣取っていた。水面に出ている頭から鼻先だけでも五メートルはある。尾先まで含めたら三十メートルは超えるのではなかろうか。
小さな帆船くらいは丸呑みにできそうな巨体が、血走った目で人間たちを見上げ、憤怒の咆哮をあげている。
水門の上や周囲には、返り討ちにあった冒険者たちが転がり、手当を受けていた。どうにもできないまま、遠巻きに見守る観衆と諦め顔の冒険者たちが、新しく現れた六人に哀れみと好奇の目を向ける。
「――こんにちは!『霧狼のオルガ』です!」
そんな周囲の視線などどこ吹く風で、オルガは大きく名乗りをあげた。愛用の大斧を手に取ると、本来なら戦闘時には外しておくべきである刃を覆う皮巻き布を、解けないよう頑丈にきつく縛りあげていく。
「ダリア、水歩きの魔術お願い」
「了解です」
「ありったけの回復を飛ばしてやるけど、死ぬのは勘弁しろよ?蘇生術はさすがに疲れるんだからな」
「そんなヘマしないもん。……あ、トーエ!上で待機よろしくね」
「わかったよ。……行っておいで」
準備をする四人から離れ、義継とネズの二人は完全に観戦モードで堀の欄干に身を預けていた。
「おい……まさか本当にあの小娘が行く気なのか!?」
群衆がざわめく中、オルガは躊躇なく欄干を跳び越えた。そのまま水門から激流が吐き出される堀へと一直線に落下していく。
――ダン!!!
水面に落ちたとは到底思えない、固い大地を穿ったような衝撃音が響いた。
水歩きの魔術を得て、水面の上に仁王立ちしたオルガが、刃を隠した大斧を力強く構える。
我を忘れた水竜が、眼前に現れた小さな害虫へ向けて、落雷のような速度で巨大な牙を突き出した。
誰もが次の瞬間凄惨な光景が広がると予想し、目を覆いそうになる。
だが――少女は、牙の直前で消えていた。
「な……!?」
水竜の頭上高くへと跳び上がっていたオルガは、落下の勢いをすべて乗せ、大斧を水竜の鼻っ面へ容赦なく叩き落とした。
ズン!!、と重い打撃音が響き、巨大な水柱を立てて沈む水竜。
そのまま深く潜水した水竜は、水中から狙いをつけると、真下から大口を開け、水面に立つ少女を丸ごと呑み込もうと跳ね上がった。
オルガは水面を後ろへ跳び下がり着地するや否や、自分を捕食するつもりで飛び出てきた水竜の喉元へ、大きく振りかぶった大斧を下から突き上げるように振り抜いた。
一体どれほどの力が込められていたというのか。
急所を打ち抜かれた水竜の巨躯が、まるで丸太のように、宙へと高く放り投げられた。
「嘘だろ……あんな巨躯を……!?」
誰もが唖然として天を仰ぐ中、オルガは堀の垂直な壁面を蹴り上がり、追いかけるように宙へ飛ぶ。
そして、体勢を崩した水竜が堀に落ちてくるより早く――横合いから大斧を叩きつけた。
「は」「嘘だろ!」「おいおいおい」「逃げろーー!!!!!!」
ズドオオオオオン!!!
迫り来る巨体に、群衆は悲鳴を上げて逃げ惑った。凄まじい衝撃音と共に、水竜の巨体が堀の外へ叩きつけられた。激しい土煙が舞い上がる。
群衆が呆然とする中、息を荒らげたオルガが欄干まで登り着く。
ずぶ濡れの髪を払いながら、マツノトに手を引かれて着地する。
「あーーーーーー疲れた!濡れ鼠でドラゴン放り上げるのはさすがにしんどいね!あと足も痛かった!!」
「へいへい、お疲れさん」
疲労の色は見えるものの、水竜から直接の怪我を負わされた様子はない。
地面に立てた大斧にもたれかかるオルガに、マツノトが呆れつつも温かな回復の光を浴びせる。
戦闘が終わった空気に気が緩んだのか、横たわる水竜の様子を見に近づこうとした冒険者たちがいた。
ピク、と水竜が反応し、尻尾と首をゆるりと持ち上げる。
「ひっ……!まだ生きて――」
だが、その巨躯を突如として現れた巨大な水球がやさしく包み込んだ。
手をかざしながら悠々と近づいてきたのは、童の姿を晒したトーエだ。
「手荒なことをして悪かったねぇ。少しは落ち着いたかい?」
水竜は荒い息を吐きながら、静かにトーエを見つめる。
「あんな狭い場所に連れてこられて、君も困っていたんだろう。分かるとも」
「……」
「水源の方へ連れて行けばいいかい?それとも川まで出られれば大丈夫?……そうかそうか」
トーエは「僕はこの子を送ってくるよ」と間延びした声を残し、都市郊外へと歩き出した。すると、水竜を包む水球が追従するようにずるずると引きずられていく。水竜もすっかり怒りをおさめた様子で、大人しく運ばれていった。
◇
一連の光景を見届けていた義継が、ぽつりと口を開く。
「あいつをイチから育てたってのは……お前、本当なのか?」
「まじまじ」
ネズがケラケラと笑う。
「まあ、僕が教えたのは冒険者の生存術であって、あの剛腕は本人の才能だよ。ここまで育てることになるとは、僕も思ってなかったな」
「ふうん……」
その横に、眼鏡についた水滴をハンカチで拭いながら、いつの間にか姿を消していたダリアが戻ってきた。
ネズは欄干に凭れたまま、訳知り顔でダリアに尋ねる。
「見つかった?」
「ありましたよ。転移魔術の痕跡が、水門に。……まあ、今回の依頼自体は片付きましたから、あとは役人に報告して任せましょう」
「そうだね。どこの誰の計画だか知らないけど、都市のライフラインを壊そうなんて物騒な輩には関わりたくないね」
通常、ドラゴンは人の多い場所を嫌う。こんな都市でドラゴン騒動が起こったのはそういう事情かと、義継は得心した。
「ねえダリア、もういいの?オルガの実力をこんな大っぴらに晒しちゃってさ」
「いいんです。そろそろ上に行ってもいい頃だと思っていましたから」
「大事に大事に育ててきたもんね」
「もうあの子も世間知らずとは言えませんし、いつまでもくすぶらせておくのも可哀想でしょう。あの子の本領は普通の依頼じゃ発揮できない……それこそ、このくらいの規模の大捕り物でもないと」
三人の視線の先では、回復を終えたオルガとマツノトが役人を突っついている。
口のうまいマツノトのことだ。「都市を救った」「水門を傷つけずに収めた」「ドラゴンを生かして帰し禍根を作らなかった」と、何から何まで理屈をつけて並べ立て、報酬を吊り上げてくれるに違いなかった。
今回の件で、オルガの噂は一瞬で都市中に広まるだろう。
上級冒険者を含む大勢の群衆が、その圧倒的な戦闘を目撃したのだ。
「あの少女は実力不足だ」などという不名誉な評価は、完全に打ち砕かれた。
足を引っ張っていたのではない。彼女の実力に見合う依頼が、これまで存在しなかっただけなのだ。
群衆から誉めそやされても舞い上がることなく、堂々と笑う少女。
その眩しい姿を、ダリアは誇らしげに、目を細めて見つめていた。
最終回を先に置いて経緯を書いていくタイプです。挿絵は本人が書いてます。
(6人PT/翌年、四の月)




