第21話 愛莉への嘘の告白
「良ければ、このままここで少し話をしないか?」
俺が目の前のダイナーを指差して提案すると、蜂屋愛莉はパッと顔を輝かせた。
「いいよ!アタシ、ちょうど甘いものが食べたかったんだよねー」
深夜のファミレス感覚で利用されるカフェレストラン『MIDNIGHT LOUNGE』。アメリカンレトロな内装の店内は、夜遅い時間でもぽつぽつと若者のグループがたむろしている。
ボックス席に向かい合って座ると、愛莉はメニューを開いて楽しそうに声を上げた。
「んー、やっぱりバイト終わりは糖分だよね。チョコバナナパフェと、ホットティーにしよっと。淳弥くんは?」
「俺は……そうだな、星鳴ブレンドのコーヒーをもらうよ」
「えー、淳弥くんってばコーヒーなんて大人ぶっちゃって。さては、アタシの前だからって見栄張ってる?」
「見栄じゃないって。最近、自分で淹れるくらいハマってるんだよ」
「マジ?じゃあ今度、アタシにも淹れてよ」
気さくに笑う愛莉の表情は、学校で見せる「カーストトップのギャル」としての計算された派手さとは違い、どこか力が抜けていて自然体だった。
やがて注文したパフェが運ばれてくると、愛莉は幸せそうに目を細めてスプーンを口に運んだ。
そんな彼女の姿を見つめながら、俺はふと口を開いた。
「愛莉は、すごいよな」
「んぇ?突然なに?」
突然の名前呼び、それも呼び捨てで言うと、スプーンを持つ手が止まった。
「いや……読者モデルの仕事して、こうやって遅くまでバイトもして、学校じゃいつも周りの中心にいてさ。めちゃくちゃ忙しいはずなのに、全部ちゃんと両立させてる。見えないところで、すげー努力してるんだなって思って」
下心なんて一切ない、ただの素直な感想だった。
だが、その言葉を聞いた瞬間、パフェをすくう愛莉の手がピタリと止まった。
「……淳弥くんって、本当にズルいよね」
愛莉は少しだけ俯き、スプーンの先を見つめた。
「アタシさ、派手にしてるから、みんなには『ただ遊んでるだけ』とか『どうせ男目当て』とか思われがちなんだよね。裏でどれだけメイク研究しても、バイトでヘトヘトになっても、誰もそこは見てくれない」
「……」
「でも、淳弥くんだけは、いつも普通に認めてくれる。変な下心ゼロで、フラットに『頑張ってるな』って言ってくれる。……そういうの、なんか、すごく嬉しい」
顔を上げた愛莉の頬は、ほんのりと朱に染まっていた。
その飾らない素顔が眩しくて、俺は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
(こんなに頑張ってる彼女を、俺は自分のくだらない嘘のために騙してるんだ……)
罪悪感が、喉の奥にせり上がってくる。
俺は手に持っていたコーヒーカップをコトリと置き、黙りこくった。
「……淳弥くん?どうしたの?気分悪い?」
急に押し黙った俺を見て、愛莉が心配そうに覗き込んでくる。
俺は深く息を吸い込み、決意を固めた。
「愛莉。……ごめん、俺、今まで嘘をついてたんだ」
「嘘?」
「俺、毎日三十分しか寝てないなんて、全部ハッタリなんだ。本当は毎日八時間、きっちり寝ないとダメな人間なんだよ」
俺の突然の告白に、愛莉は目を丸くして固まった。
沈黙が落ちる。怒られるか、それとも呆れられるか。俺が身を固くしていると、愛莉は不意に「ぷっ」と吹き出した。
「あはははっ!何それ、マジで!?淳弥くん、ただ見栄張ってただけだったの!?」
「笑い事じゃないんだ……。もう、みんなを騙し続けるのも、徹夜するのも限界なんだよ」
情けない声で懺悔する俺の顔を見て、愛莉は涙目になるほど笑った後、ふっと優しい表情になった。
「そっか。……でも、なんでアタシにだけ言ってくれたの?栞ちゃんとか、凛香ちゃんじゃなくて」
「それは……」
俺は愛莉の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「周りの目を気にせず、一番気兼ねなく素を出せるのは、お前だけだからだ」
その瞬間、愛莉の顔がボンッと音を立てそうなほど赤くなった。
「なっ……!ちょ、いきなり『お前』とか言って、急に男出さないでよ!バカ!」
「い、いや、本音を言っただけで……」
「……でも、そっか。アタシにだけ、素を出して甘えてくれたんだ」
愛莉は照れ隠しのようにパフェの残りを一気にかきこむと、バンッとテーブルに手をついて立ち上がった。
「わかった!淳弥くんのその嘘、アタシが守ってあげる。今日はアタシが監視して『起きていたこと』にするから、淳弥くんはもう帰ってぐっすり寝な!」
「いいのか?愛莉」
「いいの!ほら、早く帰りなよ。ここのお会計は、アタシがやっておくからさ」
「えっ、でもそれじゃあ悪いし……」
財布を出そうとする俺を、愛莉はビシッと指を差して制止した。
「いいの!アタシ、自分で稼いでるからね。それに……素を出して甘えてくれた男の子におごるくらい、いい女の余裕ってやつ?」
同い年のはずなのに、完全に精神的マウントを取ったようなギャルらしい強がりのセリフ。だが、その耳の先まで真っ赤になっているのを見れば、それが彼女なりの精一杯の照れ隠しであることは明白だった。
俺は頷き、「ごちそうさま。ありがとう」と素直に彼女の男前な優しさに甘えることにした。
+++
九月二十五日、木曜日。
朝。プレハブ小屋のベッドで目を覚ました俺は、大きく伸びをした。
「あー、よく寝た!」
愛莉の計らいのおかげで、昨日もたっぷりと八時間睡眠をとることができた。目覚めは完璧で、体中に活力がみなぎっている。
俺はすぐにスマホを手に取り、愛莉の個人チャットへメッセージを送った。
『おはよう。昨日は奢ってくれてありがとう。それと、俺の弱い所を受け入れてくれたことに感謝。おかげでぐっすり寝られたよ』
送信して数秒後、すぐに返信が来た。
『おはよー!どういたしまして♡アタシらだけの秘密だかんね!』
ポップな絵文字に苦笑していると、直後、グループチャット『【厳重監査】鱈志野淳弥・睡眠実態検証委員会』の通知がけたたましく鳴り響いた。
『蜂屋愛莉:おっはよー!本日の監視報告!淳弥くんは夜間一睡もせず、バッチリ起きてました!昨日はアタシのバイト先まで迎えに来てくれて、二人で【一晩を共にし】て、めちゃくちゃ濃密な時間を過ごしたことを報告しまーす♡』
俺は天を仰いだ。
学級委員長、風紀委員長に続き、カーストトップギャルまでもが、他の監視員たちを盛大に煽る爆弾を投下したのだ。
『常盤栞:バイト先に迎えに……!?淳弥、昨日はまっすぐ帰るって言ってたのに!』
『神薙凛香:濃密な時間ってどういうことですか、蜂屋さん!詳しく説明しなさい!』
『不動瑞希:風紀の乱れだ!鱈志野、昼休みに屋上へ来い!尋問する!』
『雨宮梢:あらあら、淳弥くんも隅に置けないわねぇ』
朝から大炎上するチャットルーム。
俺はスマホの画面をそっと閉じ、「……今日も一日、頑張るか」と呟きながら制服の袖を通した。
嘘の代償として始まったデスゲームは、いつの間にか、全員が本気で俺を奪い合うマウント合戦へと変貌を遂げていたのだった。




