あのときの記憶
♢
「大丈夫かい。クレア」
大木にもたれて腰掛けるクレアに、少年が声を掛ける。
「ええ。少し落ち着いたわ」
クレアは優しく答える。
「ごめん。クレア。幻惑だったとはいえ、アベルを斬ってしまって」
少年はあのとき躊躇なくアベルの幻を斬ってしまったことで、やはりクレアが強いショックを受けてしまっているのではと、それを気にした。
「しょうがないわ。あれは幻だったんだんだものの……」
クレアは、うつむき加減にそう答える。
「それに……。アベルはわたしのことを守って死んだの……。いるはずがない」
「それでも、わたしの心の中では、まだアベルが生きているわ」
クレアは、そう気丈に答える。
「アベルとの、たくさんの思い出があるんだね」
少年は、そう言った。
「そうね。彼はわたしより10歳年上で、大人なの。それでいつもわたしのことを子ども扱いするのよ」
クレアのその話し方を聞いて、少年は本当にクレアの心の中で、アベルは生き続けているのだなと思った。
「彼と婚約したのは、わたしが15歳のときよ。そのとき彼は、わたしの左手の甲にキスしたあとに、おでこにキスをしてくれたわ」
それはクレアの、淡い恋心の思い出でもあった。
「でも、あの日……。わたしが城の外で一人でいるときに、あのデスナイトはそれを狙ってたかのように現れたわ……」
あの日。クレアが一人で城の外の草花の上を散歩していると、全身を鎧でまとった男が、突然現れる。
男は鎧のゴーグルを上げて、笑顔でこう言った。
「クレア姫。お会いできて光栄です。これをお渡しします。肌身離さず持っていください」
そう言って男は、黒く光る小さな水晶の球をクレアに渡す。
「では、またいずれお会いしましょう」
そう言って、その男は目の前に現れた深い闇の中に消えていく。
そのときには気づかなかったが、それがデスナイトのもう一つの姿だった。
デスナイトに渡された水晶の球は、気がつくと消えていた。
そこからクレアは、リッチのフィラクトリーの気配を感じるようになる。
死の王リッチ率いる「不死の軍団」が、激しく暴れ出したのも、すぐこの後のことである。
クレアは、そのリッチのフィラクトリーの気配の先に、リッチの姿が見えるときがあった。
そのことを国王である父に話し、危険を承知の上で、勇者アベルと共に最初のフィラクトリーを探す旅に出たのである。




