城が落ちるより先に、帳簿が膨らみました
閻婆惜でございます。
本日は、終了予定日の分からない案件を担当しております。
青州城を囲むことになりました。
城を囲む、と申し上げるだけなら簡単ですが、帳場として困るのは、いつ終わるのか誰にも分からないことでございます。
通常の仕事であれば、開始日と締切を決め、その間に必要な人員や費用を見積もります。
ところが城攻めの場合、開始日は決まっていても、終了日は敵方のご都合にも左右されます。
明日、城門が開くかもしれません。
一月後まで開かないかもしれません。
それでも、城の外にいる皆様のお腹だけは、明日になれば予定どおり空きます。
攻略本には青州城が落ちることまで書いてございましたが、残念ながら「兵糧は何日分あれば足ります」という親切な注釈はございませんでした。
前世の私は、そのあたりを何の疑問もなく読み飛ばしていたようです。
たいへん無責任な読者でございました。
今回は二龍山にも潘巧雲様がおりますので、あちらの兵糧についてまで私一人で抱える必要はございません。
先輩なら、必要な数字はこちらが尋ねる前に送ってくださるでしょう。
問題は、それでも戦が終わる日だけは、先輩にも私にも決められないことです。
そして、もう一つございます。
青州城が落ちれば、この件がすべて終わるとは限りません。
桃花山には帰る山があります。
二龍山にもございます。
ですが、白虎山はすでに失われました。
戦が終わっても、そこに集まった人も馬も家族も消えてはくださいません。
城門の向こうを見ている宋江様たちとは反対に、私はそのさらに先を考えております。
青州城が落ちた時――
次に数えなければならないのは、兵糧ではなく、人なのかもしれません。
城が落ちるより先に、こちらの帳簿が膨らみ始めました。
宋江様から青州城を囲むと知らせが届いた翌朝には、兵糧の追加量を改めて計算することになりました。
桃花山を救うための戦であれば、敵を退けた時点で帰還日を見込めますが、城攻めには終了予定日というものがございません。
三日で終わるのか、十日かかるのか、それとも一月になるのか?
城内にどれほど食糧が残っているかも分からないのに、外で囲んでいる側だけは毎日確実に腹が減ります。
大変困った仕組みでございます。
「七日分を先に出してくださいませ。ただし、追加の七日分も動かせるよう準備だけはしておきます」
帳場の者が顔を上げました。
「十四日分、送るのでしょうか?」
「いいえ、送るのは七日分です」
「残りは?」
「こちらに置きます」
城攻めが三日で終わった場合、十四日分すべてを現地へ運べば、帰りには余った食糧をまた積んで戻ることになります。
逆に七日で終わらなければ、その時点で次を送り出せばよろしいのです。
戦場では大勢の兵を動かしておられますが、帳場では余計な荷車一台にも理由が必要でございます。
昼前になると、青州から最初の文が届きました。
城門は閉ざされたまま。
宋江様たちは周囲を押さえておりますが、無理に攻め上がらず、城内の動きを見ているとのことでした。
私は文を読み終え、その裏側まで確認してしまいました。
もちろん、何も書いてございません。
攻略本を知っておりますので、青州城が最終的に落ちることは分かっています。
ただし、その知識が教えてくれるのは結果だけです。明日の昼に落ちるのか、三日後の朝なのか、それとももっと先なのかまでは記憶にございません。
こういうところだけ、攻略本は雑です。
主要人物が誰と戦ったかは詳しく書いてあるのに、兵糧が何日分必要だったかは教えてくれません。
前世で読んでいた頃には気になりませんでした。
自分で支払う立場になると、とても気になります。
その日の夕方には、二龍山からも文が入りました。
封を開けば、やはり潘巧雲様からです。
今回の戦で二龍山側が出している兵と馬の数、その方々へ渡している食糧、桃花山側へ融通した分まで整理され、最後には青州包囲が長引いた場合に追加で出せる量まで記されていました。
先輩らしい文でございます。
こちらが聞く前に、次に必要になる数字まで書いてあります。
私はしばらく紙を眺めた後、梁山泊側の帳面を開きました。
「二龍山分については、こちらから重ねて出さないようにしてくださいませ。桃花山側への融通分だけ確認して、足りないところをこちらで補います」
「全部こちらで持たなくてよいのですか?」
「潘巧雲様がすでに用意してくださっているものまで送れば、今度は余ります」
善意で二重に食事を配っても、兵士の胃袋が二つに増えるわけではございません。
昨日、宋江様から来た馬の数は『多数』でした。
こちらは飼葉を『多め』と返しました。
それに比べれば、潘巧雲様とのやり取りはたいへん平和です。
数字を尋ねれば数字が返ってまいります。
前世では当たり前だったことが、今世ではありがたく思えるようになりました。
山賊になって、人は成長するものらしいです。
もっと別の場所で成長したかった気もいたします。
翌日、宋江様から新しい確認が入りました。
青州城が落ちた場合、官の倉に残っている兵糧や武具をどう扱うか、先にこちらでも記録方法を決めてほしいとのことです。
私は少し考えました。
まだ落ちていない城の中身について、落ちた後の帳簿を作る。
昨日は城を落とす前に「青州城攻略」という項目を開きましたので、順調に仕事だけが未来へ進んでおります。
攻略本では青州城が落ちます。
だからといって、まだ城門すら開いていない今から官庫の中身を自分たちの物として数えるつもりはございません。
私は返書を書きました。
官庫と武器庫は、入城後すぐに封をして数量を確認すること。
兵糧についても、勝手に持ち出させず、一度集計してから扱うこと。
そして、民家から持ち出した財物を戦利品として計上しないこと。
最後の一文には、少し力が入りました。
城が落ちたからといって、中に暮らしている方々まで戦利品になるわけではございません。
青州の民は、呼延灼様を梁山泊へ差し向けたわけでも、桃花山を攻めるようお願いしたわけでもないのです。
梁山泊が勝ったからといって、家の中まで勝手に勝利品になるのであれば、私でしたら城門が破られる前に床下へ全部埋めます。
潘巧雲様なら、おそらく同じことを考えるでしょう。
前世で会社の備品と個人の私物を混ぜて管理するだけでも面倒だったのです。
今世で官庫と民家を混ぜられては、規模が大きすぎます。
宋江様からの返事は、ほどなく届きました。
『承知した。入城の際は略奪を禁ずる』
私はその一文を帳面へ挟みました。
戦の勝敗を知らせる文より、このような文の方が後で必要になる場合がございます。
その時は、まさか本当に必要になるとは思っておりませんでしたが……
そこから二日、青州から届く内容は大きく変わりませんでした。
城外はこちらが押さえている一方で、城内の兵も守りを固め、呼延灼様もその中にいるため、どちらも決定的には動けない状態が続いております。
こちらでは食糧が一日分ずつ消えていきます。
私は七日分を先に送った判断が正しかったのか考えながら、まだ出していない次の七日分を眺めました。
こういう時、戦場から遠い者にできることは限られています。
早く落としてくださいと書けば、無理な攻撃をする理由になりかねません。
だからといって何日でも構いませんと書けば、本当に何日かかるのか分かりません。
人命と米を同じ秤へ載せるつもりはございませんが、米が尽きれば、結局危なくなるのは人の方です。
私は追加分を運ぶ荷車だけ先に集めました。
中身はまだ積みません。
出発させるかどうかは、次の報告を見て決めます。
潘巧雲様にも、こちらでは追加七日分を待機させていると伝えました。
返ってきた文には、二龍山側も同様に予備を動かせる状態にしておくとだけ書かれていました。
先輩とは、こういう時に話が早くて助かります。
「まだ送らない」の意味を説明しなくて済みます。
送れることと、送ることは別です。
前世でも何度申し上げたか分かりません。
その報告が来たのは、夜になってからでした。
早馬の使者は帳場へ入るなり封書を差し出しましたが、顔を見ただけで、これまでとは違うことが分かりました。
疲れてはおります。
ですが、悪い急報を運んできた方の顔ではございません。
口元が、ほんの少し緩んでいます。
私は封を切りました。
最初に書かれていたのは、青州城内で守備側の動きが崩れ始めたという報告でした。
城門の一角で混乱が起き、こちらも機を見て兵を進めたため、宋江様たちはそのまま入城へ動いているとございます。
そこから先を読みながら、私は帳場の者へ声をかけました。
「追加の七日分は、まだ出さないでくださいませ」
「何かありましたか?」
「明朝まで待ちます」
まだ落城とは書かれておりません。
勝手に終わらせてはいけません。
私は文を畳み、次の報告を待ちました。
その夜は帳場を離れず、途中で何度か茶を入れていただきましたが、三杯目には味がほとんど分からなくなっていました。
攻略本では落ちます。
状況も、その方向へ進んでおります。
それでも、私は帳面へ「落城」と書きませんでした。
未来を知っていることと、現実で確認したことは別でございます。
この世界へ来てから、それだけは嫌というほど学びました。
夜明け前、寨門から馬の音がしました。
私は立ち上がりませんでした。
立ったところで、文が早く届くわけではございません。
そう自分に言い聞かせながら、扉の方ばかり見ていたと思います。
やがて使者が入り、一枚の文を差し出しました。
宋江様からでした。
今度の文は、短いものでございます。
『青州城、落つ』
私はその五文字を、二度読みました。
二度目も同じでした。
「落ちたのですか?」
帳場の者が尋ねます。
「はい」
そこでようやく、追加の七日分を送らずに済んだことを考えました。
我ながら、城が落ちた直後に最初に思うことではない気がいたします。
ですが、送らずに済んだ米もまた、大切な米でございます。
桃花山への攻撃から始まった救援は、いつの間にか青州城攻略となり、ようやくここで終わりました。
文の続きには、宋江様が略奪を禁じ、官庫と武器庫へ人を置いたことも記されていました。
私はそこまで確認してから、青州城攻略の帳面へ日付を書き込みます。
これで締められる。
そう思いました。
少なくとも、この帳面については。
ところが、使者は帰りませんでした。
「まだ何かございますか?」
尋ねると、使者がもう一通を差し出しました。
先ほどより厚い文です。
嫌な厚さでした。
戦況報告なら、城が落ちたという五文字で足ります。
厚くなる理由があるとすれば、その後に発生した仕事でしょう。
私は封を開きました。
そこには、桃花山の方々について、二龍山の方々について、そして白虎山から逃れてきた方々について、今後どうするか話し合いを始めたと書かれていました。
人数だけではありません。
馬もおりますし、家族を抱えている方もいらっしゃいます。
桃花山や二龍山には帰る場所がありますが、白虎山の方々には、それがございません。
私は青州城攻略の帳面を閉じかけた手を止めました。
城は落ちました。
少なくとも、青州城攻略という案件は終わったはずでした。
ですが――
どうやら次に梁山泊へ来るのは、戦況報告ではなく、人員現況表のようでございます。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
青州城は、落ちました。
落城の報告を受けた直後、私が最初に考えたのは、追加で待機させていた七日分の兵糧を送らずに済むということでございました。
もう少し感動的なことを考えるべきだったかもしれません。
ですが、送らずに済んだ米もまた、大切な米でございます。
宋江様からの文では、入城後の略奪を禁じ、官庫と武器庫についても先に人を置いて確認を始めたとのことでした。
事前にお願いしていたことが、きちんと実行されたようで安心しております。
潘巧雲様からも二龍山側の状況が届きました。
先輩は落城そのものより先に、使わずに済んだ兵糧と、今後戻す人足について数字を書いておられました。
少し安心いたしました。
私だけではなかったようです。
前世から一緒に仕事をしてきた者同士、城が落ちても急に詩人にはなれないのでございます。
さて、青州城攻略の帳面には日付を入れました。
これで一度、閉じられるはずです。
ところが、戦況報告の後から届いた文には、桃花山、二龍山、旧白虎山の方々について、今後どうするのか話し合いが始まったとございました。
戦が終われば、兵が消えるわけではありません。
連れてきた馬も、ご家族も、その方がこれまで暮らしてきた事情も、そのまま残ります。
特に白虎山の方々には、戻る山そのものがございません。
私は青州城攻略の帳面を閉じました。
そして、その隣にまだ何も書かれていない帳面を置いております。
嫌な予感がいたします。
次に必要になる数字は――
兵糧でも馬でもなく、人そのものかもしれません。




