所属欄がございません
閻婆惜でございます。
本日は、同じ側で戦った方々が、同じ組織の方々ではないという、ごく当たり前のことについて考えております。
青州では梁山泊、二龍山、桃花山、そして白虎山から逃れてきた方々が、同じ敵を相手に戦いました。
戦っている間は、それで十分でした。
敵が来れば迎え撃ち、負傷者が出れば助け、足りない食糧があれば融通する。
二龍山には潘巧雲様がおりますので、兵糧についても先輩と数字を合わせておけば、大きな行き違いは避けられます。
ところが、城が落ちた後はそう簡単ではございません。
前世でも、別会社の方と同じ案件を担当することはございました。
同じ会議へ出て、同じ資料を見て、同じ目標へ向かって働きます。
ですが、その方が何か問題を起こしたからといって、こちらの会社の就業規則で処分することはできません。
当たり前でございます。
まさか転生後、山賊の連合軍で同じことを考える日が来るとは思いませんでしたが……
しかも今回は、もっと面倒です。
誰かが規則を破った時、被害を受けた方にとって、その者がどこの山寨に所属していたかなど関係ございません。
それでも責任を取ろうとすれば、「誰が誰に命令できるのか」を確認しなければ話が進みません。
さらに白虎山の方々には、もう帰る山そのものがございません。
一緒に戦ったから味方。
そこまでは簡単でした。
では、戦が終わった後、その味方の方々はどこへ戻り、誰の決まりに従い、誰が責任を持つのでしょうか?
青州城は落ちました。
ですが――
今度は、城壁よりずっと面倒な境界線を整理することになりそうでございます。
青州城が落ちた翌日、最初に届いたのは人員現況表ではありませんでした。
略奪者の名簿でございます。
私は帳場へ運び込まれた紙を開き、しばらく黙って眺めました。
宋江様は入城前に略奪を禁じております。官庫と武器庫は封をして数を確認し、青州の民が持っている財物には手を出さないよう、こちらからも念を押していました。
命令は出しました。
守らなかった方もおられました。
大変、人間らしい結果でございます。
最初の報告では、梁山泊の兵数名が商家から布や酒を持ち出し、別の者が無人になった家から銭を取ったことが確認されていました。
持ち主が分かる物は返し、すでに飲んだ酒や使ってしまった物については価額を記録して、後から補償できるようにするとのことです。
「該当者は軍規に従って処分してくださいませ。返還できる物は返還し、できない物については、誰が何を持ち出したのか残してください」
帳場の者が頷きながら書き留めました。
ここまでは簡単です。
梁山泊の者が梁山泊の命令に背いたのであれば、梁山泊で処分できます。
問題は、名簿が次の頁へ進んだところからでした。
桃花山の兵にも、青州の民家へ入った者がおります。
白虎山から逃れてきた兵の中にも、食糧や衣類を持ち出した者がいるそうです。
私は紙を一枚戻し、もう一度読みました。
見落としたわけではございません。
所属が違います。
「こちらの方々も、同じ処分でよろしいでしょうか?」
帳場の者が尋ねました。
「いいえ」
「略奪したのでしょう?」
「したようでございます」
「でしたら――」
「私どもの兵ではありません」
そこで相手も黙りました。
今回、桃花山や白虎山の方々とは一緒に戦いました。同じ敵へ向かい、同じ青州城へ入りました。
だからといって、昨日まで別の山寨に属していた方が、城門をくぐった瞬間から梁山泊の部下になるわけではございません。
こちらから返還をお願いすることはできます。桃花山の頭領へ対応を求めることもできますし、旧白虎山の方々をまとめている方へ事情を伝えることもできます。
ですが、梁山泊が勝手に縛り上げ、梁山泊の軍規で罰することはできません。
そんなことを始めれば、同盟とは「一緒に戦った後で、梁山泊が勝手に上司になる制度」になってしまいます。
私でしたら、そのような同盟には入りたくございません。
「では、何もしないのですか?」
「何もしないわけではありません。先方へ返還と対応をお願いします。ただし、命令ではなく要請です」
「青州の方々から見れば、同じでは?」
それを言われると、たいへん困ります。
青州の民から見れば、自宅へ入って布を持っていった者が梁山泊なのか桃花山なのかなど、ほとんど関係ございません。
昨日まで白虎山にいたからと説明されたところで、失った米が戻ってくるわけでもありません。
被害を受ける側にとって、こちらの指揮系統など知ったことではないのです。
ところが責任を取る側には、その指揮系統がございます。
同じ城へ入り、同じ敵と戦い、同じように物を持ち出したにもかかわらず、こちらが処分できる者とできない者がおります。
戦っている最中には見えなかった境目が、勝った途端にはっきり見えてきました。
私は名簿を所属ごとに分けるよう頼みました。
ところが、すぐに別の問題が起こります。
「この三名、所属が書いてございません」
「確認してくださいませ」
「誰にでしょう?」
私は名簿を見ました。
そこには名前と、持ち出した物と、見つかった場所だけがございます。
所属欄そのものがありません。
なるほど――
これでは確認する相手から確認しなければなりません。
「……この名簿を作った方へ、まず所属欄を追加するようお伝えくださいませ」
略奪者の処分以前に、どこの略奪者なのか分かりません。
青州城を落とした連合軍は、たいへん勇敢だったようですが、人事台帳としては完成しておりませんでした。
しばらくして、二龍山からも報告が届きました。
封を見た時点で予想はついておりました。
潘巧雲様からです。
こちらには兵の名と所属だけでなく、入城後にどの隊がどの区域へ入ったかまで記されております。
少なくとも現時点では、二龍山勢から略奪者が出たという報告はないとのことでした。
もちろん、絶対に一人もいなかったとまでは申しません。
私も潘巧雲様も、現地にいる全員を一人ずつ見張れるわけではございません。
ですが、何か起きた時、どの隊の誰へ確認すればよいかは分かります。
私は潘巧雲様の文を横へ置き、先ほどの所属欄がない名簿をもう一度見ました。
差が激しすぎます。
同じ城へ入った方々について書かれた文書とは思えません。
潘巧雲様の報告には、もう一つございました。
入城後に兵が勝手に市中から食糧を調達しないよう、必要な分を先に配ったと書かれています。
私はその部分を読んだところで、少し笑ってしまいました。
やはり、先輩でした。
禁止するだけではなく、取らなくても済む状態を先に作る。
前世から何も変わっておりません。
「やってはいけません」と書いた紙を一枚貼って事故がなくなるのであれば、世の中の管理職はずいぶん楽だったでしょう。
やらせたくないことがあるなら、なぜそれをするのかを考え、その理由を先に減らす。
先輩は昔からそういう方でした。
私は返書に礼を書き、桃花山側と旧白虎山側で食糧が不足している者がいれば知らせてほしいと添えました。
腹を空かせたからといって、他人の家へ入ってよいわけではございません。
ですが、食べさせる側が何も用意せず、盗んだ時だけ立派に罰するのであれば、それもずいぶん都合のよい規律です。
潘巧雲様からは、ほどなく返事が来ました。
桃花山側については確認する。
旧白虎山勢については、元から補給系統が崩れている者がいるため、こちらでも人数を調べる。
必要なら二龍山側から一時的に食糧を回せる。
必要なことだけが、必要な順番で書かれていました。
先輩との仕事は早くて助かります。
前世では同じ会社の中でやっていたことを、今世では山寨をまたいでやっております。
そこだけ考えると、大変な出世なのか転落なのか、私にも判断がつきません。
午後には宋江様から返事が来ました。
梁山泊勢の略奪者については軍規に従って処分し、返還できない分も記録を取る。
桃花山側には頭領を通じて返還を求め、旧白虎山勢についても、まとめ役となっている方々へ同様に伝えるとのことでした。
そこまでは、私が考えていた通りです。
しかし、文はそこで終わっておりません。
『白虎山の者の中には、山寨を失い、戻る場所のない者が多い。桃花山も今後の守りに不安あり。各頭領と今後について話す』
私は読みながら、昨日届いた厚い文を思い出しました。
やはり、始まっております。
これは略奪者の処分だけではございません。
組織の話です。
さらに翌日、青州から人員現況表が届きました。
今度は所属欄がございました。
たいへん結構です。
梁山泊勢だけでなく、二龍山勢、桃花山勢、旧白虎山勢についても、それぞれ人数が書かれ、負傷者や馬の数、家族を伴っている者がどれほどいるかまで整理され始めています。
もちろん、ところどころ数字が合いません。
昨日まで山寨ごとに別々に暮らしていた方々を、一晩で完璧な名簿へする方が無理なのでしょう。
私は差分に印を付け、再確認する項目をまとめました。
二龍山の数字だけは、潘巧雲様から届いていた数字とほぼ一致しております。
驚きません。
先輩ですので。
むしろ一致していなかった方が、何があったのか心配になります。
その中で、旧白虎山の欄だけは何度見ても気になりました。
帰還先。
空欄。
家族あり。
帰還先。
空欄。
負傷中。
帰還先。
空欄。
人数を確認するための表なのに、その空白だけが数字より大きく見えました。
白虎山は、もうありません。
この先、梁山泊へ来るのか、桃花山や二龍山へ身を寄せるのか、それとも別の土地へ散るのかは、まずご本人たちが決めることでございます。
こちらが帳簿の都合だけで配置してよい話ではございません。
ただし、どこかへ受け入れるのであれば、食糧も寝床も必要になります。
梁山泊へ来るなら、軍規も説明しなければなりません。
今回のような問題についても、「こちらへ入った後は梁山泊の決まりに従ってください」と最初に伝える必要があります。
同盟のままなら、お願いしかできない。
同じ組織へ入るなら、命令と責任が生まれる。
そこでようやく、昨日から続いていた問題が一つにつながりました。
略奪者の名簿も、人員現況表も、帰還先の空欄も、別々の案件ではなかったのです。
その日の夕方、宋江様から新しい文が届きました。
私は封を開きました。
書き出しには、青州城のことも略奪のことも書かれておりません。
『三山の頭領らと、今後について話した』
二龍山。
桃花山。
そして、すでに帰る場所そのものを失った白虎山。
今後どうするのかについて、宋江様たちの間で話が始まっているようです。
文の最後には、さらに一行ございました。
『梁山泊への受け入れについて、戻り次第相談したい』
私は人員現況表へ目を戻しました。
まだ数字の合わないところがございます。
帰還先が空欄の方も、大勢おります。
そのうえ、宋江様は「受け入れ」と書いておられます。
私は新しい帳面を取り出しかけて、手を止めました。
まだ早いでしょう。
ご本人たちの意思も、条件も、何も決まっておりません。
ですから、帳面は開きません。
ただ――
表紙に何と書くかだけは、考えておく必要がありそうでございます。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
青州で略奪を行った梁山泊の者については、軍規に従って処分することになりました。
返せる物は返し、すでに飲んでしまった酒などについても、誰が何を持ち出したのか記録を残します。
勝った直後に作る書類が略奪者名簿になるとは思っておりませんでしたが、勝利したから規則まで消えるわけではございません。
なお、最初に届いた名簿には所属欄がありませんでした。
どなたを処分するのか考える前に、その方がどこの所属なのかを調べるところから始まります。
戦では一緒に青州城へ入れたのに、書類では一緒にしてはいけないようです。
一方、潘巧雲様から届いた二龍山の報告には、誰がどの区域へ入り、どこへ食糧を配ったかまで記されておりました。
しかも先輩は、略奪を禁じるだけではなく、市中から取らなくても済むよう先に食べさせております。
やはり先輩でした。
前世でも、問題が起きてから怒るより、問題が起きにくい状態を先に作る方でございました。
山賊になっても、その辺りは変わらないようです。
そして最後に届いた人員現況表では、旧白虎山の方々の「帰還先」が空欄になっておりました。
所属が抜けていれば確認できますし、人数が合わなければ数え直せます。
ですが、帰る場所そのものがない方の欄だけは、帳場で勝手に埋めることができません。
宋江様からは、梁山泊への受け入れについて相談したいとの文も届いております。
受け入れるのであれば、食糧も寝床も軍規も必要です。
ですが、その前にご本人たちがどこへ行きたいのかを確認しなければなりません。
私は新しい帳面を取り出しかけましたが、まだ開いておりません。
人を数えることはできます。
人の行き先まで、こちらで決めることはできませんので。
ただ――
宋江様が戻られる頃には、その白紙の帳面について話し合うことになりそうでございます。




