まず、ご所属を確認いたします
閻婆惜でございます。
本日は、官憲を名乗る方々への対応でございます。
官服を着ておられます。
開封府の文書もお持ちです。
そのうえで、ご本人たちが本物であることを証明できません。
大変困りました。
書類が本物なら、持っている人間まで本物になるのであれば、印の付いた紙を拾った方は全員お役人になってしまいます。
独龍岡では、まずご所属を確認いたします。
次に通行証を拝見し、当地の役所を通しているかを伺います。
それを面倒だとおっしゃる方ほど、屋敷の中へ入りたがるのはなぜでしょう。
なお、私は現地で偽名を使います。
李家の帳房を預かる李惜でございます。
急に決めたため、完成度についてはご容赦くださいませ。
本名から離しすぎると、呼ばれても振り向けない可能性がございます。
潜入以前の問題です。
白秀英様には、徐寧様の奥方様とお子様を屋敷の奥で守っていただきます。
ただし、ご本人も身重ですので、最初に椅子へ座っていただきました。
守る方が先に倒れては、案件が増えるだけでございます。
門前のお客様は、正式な手続きを踏まずに入ろうとなさいました。
そちらは李応様にお断りいただきます。
問題は、なぜ彼らが徐寧様のご家族の居場所を、屋敷の者より詳しく知っているのかです。
どうやら今回、確認すべき身元は、門の外にいる方々だけではないようでございます。
官憲であると証明できない方は、独龍岡では官憲として扱われません。
白秀英様からの文を読んだ私は、すぐに返事を書きました。
『門を開けず、徐寧様のご家族を表へ出さないでください。李応様へお知らせし、相手の人数だけ確認をお願いいたします』
書き終えてから、最後に一文を加えます。
『白秀英様は、椅子へお座りくださいませ』
こちらの方が、先に守らなければならない命令かもしれません。
私は青州へ向かう兵糧の手配を帳場へ引き継ぎ、独龍岡へ馬を走らせました。
青州へ先発隊が出た直後でございます。
徐寧様は訓練場で、鉤鎌鎗を握る兵を怒鳴っておられました。
ご家族が危険にさらされていると知れば、訓練どころではなくなるでしょう。
知らせるのは、状況を確かめてからです。
独龍岡へ着くと、外門は閉じられていました。
門前には官服を着た男が二人おり、その後ろに四人の供が立っています。
白秀英様の「役人っぽい」という表現は、間違っておりません。
確かに、役人のようには見えます。
本物かどうかは、別の問題です。
私は裏口から李応様のお屋敷へ入りました。
李応様は青州へ行かず、独龍岡に残っておられます。
領内の建て直しはまだ終わっておらず、留守中に何か起これば、独龍岡と外部の山寨とのつながりを疑われかねませんでした。
その判断が、早くも正しかったようです。
「来たか」
李応様は客間で、外から届いた文書を読んでおられました。
隣には白秀英様が座っています。
本当に座っておられました。
大変よくできました。
「先輩、マジで来るの早くない?」
「急げと書かれているものと理解いたしました」
「そこまで書いてないけど……」
「役人らしき方々が門前にいる、と書けば十分でございます」
「あと、アタシも別に立てるからね?」
「立てることと、立ってよいことは別です」
白秀英様は不満そうでしたが、椅子からは動きませんでした。
徐寧様の奥方様とお子様は、屋敷の奥へ移っていただいております。
窓から外を見ないこと。
名を呼ばれても返事をしないこと。
誰かが入ってきた場合は、裏手の通路から別棟へ移ること。
白秀英様が、すでに説明してくださったそうです。
「奥方様は落ち着いておられますか?」
「めっちゃ落ち着いてる。子供の方が怖がってるけど、お母さんがずっと抱いてる」
「お食事は?」
「食べた。そこ確認する?」
「空腹のまま逃げることになれば、途中で動けなくなります」
「先輩、そういうとこだけマジで怖い」
褒められたものとして受け取っておきます。
私は李応様から文書を受け取りました。
開封府の名が記され、印もございます。
禁軍の教頭である徐寧様が家伝の宝甲を追って東京を離れ、そのまま戻らなくなったこと。
奥方様とお子様も屋敷から消えたため、見つけ次第、事情を聞くこと。
内容だけを見れば、不自然ではありません。
「この文は、いつ渡されたのでしょう?」
「門前の者は、開封府から持参したと申している」
「当地の役人は同行しておりませんね?」
「おらぬ」
「では、李応様のお屋敷を調べる権限はございません」
李応様が笑いました。
楽しそうな笑い方ではありません。
「俺もそう伝えた。すると、妻子を隠している時点で同罪だと言い始めた」
「まだ隠しているとも、こちらへ来たとも認めておりませんが?」
「話が早すぎるのだ」
その通りです。
門を開ける前から、相手は徐寧様のご家族がここにいると決めつけております。
偶然にしては、正確すぎます。
「私は李家の帳房を預かる者として同席いたします」
「名はどうする?」
「李惜と申します」
本名の一字を残したのは、急に呼ばれても反応できるようにするためです。
偽名は、凝りすぎると自分で忘れます。
攻略本にも、そこまでは書いてございません。
私が衣を替え、髪飾りを外してから表の客間へ移ると、門前にいた二人が通されました。
供の四人は外で待たせます。
屋敷へ入った男たちは、不満を隠そうともしませんでした。
年嵩の方が、李応様へ頭を下げます。
礼は形だけでした。
「開封府から参った。徐寧の妻子を引き渡してもらいたい」
「そのような者が、ここにいると誰から聞いた」
李応様が尋ねます。
「公務上のことゆえ、情報の出所は明かせぬ」
「では、こちらも屋敷の内情を明かせぬ」
男の眉が上がりました。
「開封府の命に逆らうのか?」
「ここは開封府ではない」
李応様は、それだけ答えました。
私が口を挟みます。
「文書を拝見してもよろしいでしょうか?」
男が私を見ました。
「この女は何者だ」
「帳房を預かっております、李惜と申します」
「女の帳房か」
「数字と文字は、男女で形が変わるのでしょうか」
白秀英様がこの場にいなくて幸いでした。
おそらく、後ろで笑っております。
男は文書を卓上へ置きました。
先ほど見たものと同じです。
私は紙を広げ、発行の日付と印を確認しました。
「こちらには、徐寧様のご家族を見つけた場合、当地の官へ知らせるよう記されております」
「だから知らせに来た」
「いいえ、あなた様は当地の官ではございません」
「開封府から来たと言っているだろう」
「身分を示すものを拝見できますか?」
男は腰から木札を外しました。
所属と名が刻まれております。
もう一人も、同じものを出しました。
私は二枚を並べました。
形は整っております。
ですが、一枚だけ、紐を通す穴が新しすぎました。
木札そのものは使い込まれているのに、穴の内側には汚れがございません。
最近、紐を付け直したのでしょう。
それだけなら、おかしなことではありません。
「道中の通行証もございますか?」
年嵩の男が顔をしかめます。
「なぜ、そこまで見せる必要がある」
「東京からこちらまで来られたのであれば、途中で何度も関所を通られたはずです。通行証には確認の印が残っております」
「紛失した」
「お二人とも?」
返事はありませんでした。
李応様が椅子へ深く座り直します。
「つまり、開封府の文書はあるが、そなたたちが開封府から来た証拠はないということだな」
「我らを偽物と申すか!」
「本物だと確認できぬと申している」
年嵩の男が卓を叩きました。
「時間を稼いで、女と子供を逃がすつもりだろう!」
「どちらの建物から逃がすのでしょう?」
私が尋ねると、男は口を閉じました。
「何?」
「この屋敷は広うございます。お捜しの方がいるとお考えなら、どこにいると思われているのでしょうか?」
「東の離れだ」
答えたのは、隣にいた若い男でした。
年嵩の方が、すぐに彼を睨みます。
私は李応様と目を合わせました。
東の離れは、ご家族が最初に入った場所です。
昨夜、別棟へ移っていただきました。
その変更は、屋敷の者にも詳しく知らせておりません。
「なぜ、東の離れだと?」
若い男は黙りました。
「先ほどは、情報の出所を明かせないとおっしゃいましたね。ですが、居場所までご存じなら、どなたかが屋敷の中を見ております」
年嵩の男が立ち上がりました。
「話にならぬ。こちらで調べる」
「お断りする」
李応様も立ちました。
扉の外で、李家荘の兵が動く気配がします。
客間へ来るまでに、李応様はすべての出入口へ兵を置いておられました。
表向きは地主でも、祝家荘と戦った方でございます。
屋敷の守り方を、役人らしき六人へ教えていただく必要はありません。
「正規の手続きをお取りくださいませ」
私は文書を男へ戻しました。
「当地の役所を通し、捜索する場所と理由を明記した書状をお持ちください。その際には、喜んで内容を確認いたします」
「その間に逃がすのだろう」
「ここにいると、まだ一度も認めておりません」
男は私を睨みました。
その目に、見覚えがあるような気がしました。
けれど、攻略本の登場人物ではございません。
名の残らない方まで覚えていられるほど、私の記憶は便利ではないのです。
二人が客間を出ると、門前で待っていた供も動き始めました。
すぐには帰らず、屋敷の塀や裏手を見ています。
李応様は、追い払うよう命じませんでした。
「見張らせておけ」
「はい、こちらも、どこへ戻るか確かめましょう」
彼らが外門を離れてから、白秀英様が奥から出てきました。
「先輩、李惜って名前、雑じゃない?」
「すぐに決めましたので」
「バレてない?」
「今のところは」
「じゃあ、あの人たち何で東の離れって知ってたの?」
それが問題です。
屋敷の外から東の離れは見えません。
ご家族が到着した時、門前に見知らぬ者はいなかったと聞いております。
私は東の離れへ向かいました。
寝具は片づけられ、荷物も残っていません。
窓の掛け金にも、壊された跡はございません。
ところが、窓の外へ目を向けると、雨戸の裏に小さく畳まれた紙が貼り付けられていました。
外側から手を伸ばせば、持ち去ることのできる位置です。
糊が、まだ乾いておりません。
私は紙を剥がし、開きました。
『女と子は東の離れ。後から来た帳房の女は、李惜と名乗った』
私は、その一文を二度読みました。
李惜という名を決めたのは、独龍岡へ着いてからです。
その後、客間であの二人にも名乗りました。
つまり、この紙を書いた者は、私が屋敷へ入ってから、どこかで会話を聞いていたのでございます。
誰かが、私どもの話を聞いております。
そして、私たちが客間で文書を確かめている間に、この部屋へ入ったのです。
私は廊下へ顔を出しました。
そこには、見覚えのない女中が一人、背を向けて立っていました。
そして、その指先には、まだ乾いていない糊が付いていたのでございます。
本件、閻婆惜よりご報告いたします。
門前へ来られた六名には、お帰りいただきました。
正規の手続きを踏んでいただければ、改めて対応いたします。
先方がその手続きを守るかどうかは、別の問題でございます。
こちらからも人を出し、六名がどこへ戻るのか確かめております。
開封府へ戻れば、少なくとも所属については確認できます。
開封府とは別の場所へ入った場合は、その場所について確認する仕事が増えます。
いずれにしても、帳面へ書く項目は増えました。
徐寧様の奥方様とお子様は、ご無事です。
東の離れを知られていたことは問題ですが、昨夜のうちに別棟へ移っていただいておりました。
白秀英様が、窓を開けず、名を呼ばれても返事をせず、何かあれば裏手から移るよう説明してくださったそうです。
大変よい対応でございます。
ご本人も最後まで椅子に座っておられましたので、今回は申し分ございません。
門前の方々を見送った後、東の離れの雨戸の裏から紙を見つけました。
外にいる者へ渡すための連絡文と思われます。
そこには、ご家族が東の離れにいることと、後から来た帳房の女が李惜と名乗ったことが書かれておりました。
李惜は、私が独龍岡へ着いてから決めた名です。
つまり、書いた者は以前から情報を持っていたのではございません。
今日、この屋敷で私どもの話を聞いていたのです。
紙を貼った糊は、まだ乾いておりませんでした。
廊下には、見覚えのない女中が立っております。
その方の指にも、同じように乾いていない糊が付いていました。
偶然かもしれません。
通行証を二人同時に紛失することもあるそうですので、糊の付いた女中が、糊で貼られた密書のそばに立っていることもあるのでしょう。
その偶然を信じる義務は、やはりこちらにはございません。
まず、お名前を伺います。
お答えいただけなければ――
今度は、こちらから扉を閉める番でございます。




