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戦の方が早かった

閻婆惜でございます。


敵の正体さえ掴んでいれば、安心できると思っておりましたが――


誤りでした。


次に来るのが呼延灼様であることも、その方が連環馬を率いてくることも、私は知っております。

破るためには徐寧様と鉤鎌鎗が必要であり、徐寧様を動かすには家伝の宝甲を盗まなければならないことまで、承知しておりました。


ここまで把握しているのですから、あとは順番に処理すればよいはずです。

稟議書を作り、承認を受け、時遷様を東京へ送り、徐寧様をお招きし、鉤鎌鎗を揃えて兵を訓練する。


多少、窃盗と拉致が含まれておりますが、梁山泊の案件としては比較的よく整理されている部類でしょう。


問題は一つだけです。

呼延灼様が、いつ到着なさるのか読めません。

攻略本には敵将の能力も加入条件も記されていたのに、出陣予定日も到着時刻も載っておりませんでした。

これでは予定表として役に立ちません。


高唐州から帰ったばかりです。

負傷者は治療中で、武具の補充も終わっておらず、柴進様もまだ寝台の上におられます。

せめてひと月ほど、朝廷には落ち着いて決裁していただきたいところでした。


大軍を動かすのですから、将を推挙して勅命を下し、兵と兵糧を整えるまでには、それなりの日数を要するはずです。


どうか一度くらい、官僚組織らしく処理を遅らせてくださいませ。

そのように願いながら、私は時遷様を東京へ送り出しました。


出発は朝でした。

呼延灼様が到着したのは、その日の昼でございます。


朝廷は、今回に限って大変よい仕事をなさいましたね……

次に来る敵の名を、私は知っていました。

問題は、いつ来るのかだけが分からないことでございます。

高唐州から戻って三日目、私は晁蓋殿、宋江様、呉用様へ軍議をお願いしました。

柴進様は、まだ治療所から出られません。

負傷した兵の手当ても終わっておらず、失った武具の補充も途中です。

高唐州へ持ち出した兵糧の残りを数え、借用品を返し、戦死者の名を確定するだけでも時間がかかります。

せめて十日……

できれば、ひと月……

朝廷にも書類仕事があるはずですから、少しくらい処理が遅れていただいても罰は当たらないでしょう。

しかし、相手は待ってくれるとは限りません。

「次に朝廷が差し向ける将として、呼延灼様を想定すべきと考えております」

私が申し上げると、晁蓋殿が腕を組みました。

「呼延灼か。開国の功臣、呼延賛の子孫であったな」

「はい、双鞭の使い手として知られ、家名にも不足はございません」

宋江様が私をご覧になります。

「なぜ、その者だと思う?」

当然のご質問です。

攻略本に書かれていたからとは、申し上げられません。

「高廉が敗れた以上、朝廷は次の討伐を失敗できません。名も実績もなく、大軍を預けるには不安のある将ではなく、敗れた際にも朝廷の面目が立つほどの人物を選ぶはずです」

「敗れた際の面目まで考えるのか?」

「役人の人事とは、成功した場合より失敗した場合の説明を先に整えるものでございます」

前世でも、よく見た光景です。

成功すれば責任者の手柄。

失敗すれば、選定理由と手続きに問題がなかったことを証明する書類が増えます。

時代が変わっても、組織は急には進化いたしません。

呉用様が羽扇を動かしました。

「呼延灼が来るとして、時期は読めるか?」

「分かりません」

お三方のお顔が止まりました。

「相手は分かるが、いつ来るかは分からぬのか?」

「朝廷で誰が推挙し、勅命がいつ下り、兵馬を整えるのに何日かかるのかまでは読めません」

攻略本は、敵将の加入条件には詳しくても、朝廷の決裁日までは教えてくれませんでした。

大変困ります。

せめて予定表を付けていただきたかったところです。

「ただし、呼延灼様が選ばれた場合、こちらは通常の騎馬隊を迎えるつもりでいてはなりません」

「何を使う?」

晁蓋殿の問いに、私は答えました。

「連環馬でございます」

呉用様の羽扇が止まりました。

「閻婆惜殿」

「はい」

「連環馬とは、何ぞや?」

晁蓋殿と宋江様も、私の答えを待っておられます。

どうやら、お三方ともご存じありません……

軍師、頭領、総大将が揃って敵の主力商品をご存じないため、緊急説明会を開催いたします。

「数頭の馬を横へ並べ、鉄の鎖でつないだまま突撃させる陣でございます」

「馬同士をつなぐのか?」

宋江様が眉を寄せました。

「はい、横へ逃げられなくなる代わりに、一頭が怯えても列全体は止まりません。馬と鎧と鎖が、壁のように押し寄せてまいります」

「一頭を槍で倒せばよいのではないか?」

「倒れた馬は鎖に引かれます。前の列が乱れても、後ろから次の列が来ます。歩兵が正面から受ければ、馬の勢いに押されるか、鎖に足を取られるでしょう」

呉用様が考え込みました。

「弓で騎手を射ることはできぬか?」

「花栄様へ確認いたします。ただ、騎手を落としても馬は隣の馬に引かれて進みます。矢だけで止められるとは思えません」

「では、どう破る?」

「鉤鎌鎗を使います。馬の脚へ鉤をかけ、前へ進む力を奪います」

晁蓋殿のお顔が少し明るくなりました。

「ならば、鉤鎌鎗を作ればよい」

「武器だけ揃えても、兵は扱えません」

私は用意していた紙を広げました。

「まず官軍におられた方々から、呼延灼様と連環馬について聞き取りを行わせてくださいませ。そのうえで、鉤鎌鎗を兵へ教えられる人物を確保します」

最初に林冲様を訪ねました。

呼延灼様の名を出すと、林冲様はすぐに表情を引き締めました。

「軽く見てよい相手ではない。名家の出というだけではなく、兵を崩さずに使う術を知っている」

「奇策を好まれる方ですか?」

「むしろ逆だ。正面から押し、敵が耐えられなくなるまで進ませる。重い兵を預ければ、なお厄介になる」

「連環馬を使われた場合、梁山泊の歩兵で受けられますか?」

「無理だろう」

迷いのないお答えでした。

「馬を止める前に、こちらの列が崩れる。左右へ逃げれば、その場所から軍が裂ける」

続けて、徐寧様について尋ねました。

「禁軍に、徐寧という金鎗手がおられますね?」

林冲様の目が、わずかに鋭くなりました。

「どこでその名を知った?」

「官軍の武官と戦法を調べる中で、耳にいたしました。鉤鎌鎗を扱える方だとも」

嘘ではございません。

情報を得た経路について、省略しているだけです。

「金鎗班の教頭だ。槍の腕は確かで、兵へ教えることもできる」

「梁山泊へお招きすれば、来てくださるでしょうか?」

「来ぬ」

林冲様は即答なさいました。

「徐寧には官職も家族もある。自ら山賊になる理由がない」

「家伝の鎧を大切になさっていると聞きました」

林冲様は、今度こそ怪しむ目で私を見ました。

「賽唐猊か」

「はい」

「あれは徐家の宝だ。滅多に人へ見せぬ。失えば、何を置いても捜すだろう」

必要な情報は得られました。

秦明様からは、重装騎兵を正面で受ける危険を聞きました。

「歩兵の列へ入られたら終わりだ。一列目を止めても、その後ろが来る。こちらの馬でぶつかれば、鎖へ絡め取られるぞ」

花栄様は、騎手を射ること自体は可能だと答えました。

ただし、連環馬全体を止める手段にはならないとも断言なさいました。

「騎手を落としても、馬は隣に引かれて進む。全ての列を射止める前に、こちらへ届く」

お三方の話は、私の知っている展開と一致しています。

最後に、湯隆様を呼びました。

「徐寧様は、湯隆様の従兄君ですね」

湯隆様は目を見開きました。

「そうだが、なんで姐御が従兄の名を知ってるんだ?」

「鉤鎌鎗を扱える方を調べました」

「従兄に何をさせる気だ?」

「連環馬を破る兵を育てていただきます」

「来るわけないだろ」

湯隆様も林冲様と同じ答えでした。

徐寧様は官職を捨てない。

妻子を置いて東京を離れない。

梁山泊へ誘ったところで、承知するはずがない。

私は最後の確認をしました。

「賽唐猊を失えば、追いかけてこられますか?」

湯隆様のお顔が固まりました。

「まさか、盗む気か?」

「はい」

「簡単に言うなよ。従兄は、あれを命より大事にしてるんだぞ」

「だからこそ、使えます」

湯隆様が、しばらく私を見ました。

「姐御、怖いな」

最近、同じ評価をいただく機会が増えております。

私はその日のうちに稟議書を作りました。

件名は、連環馬対策に伴う徐寧様招致及び家伝宝甲・賽唐猊取得の件――

取得方法を曖昧に書けば、後から都合よく解釈されます。

そのため、時遷様による窃盗と明記しました。

晁蓋殿が書面を読み、ゆっくり顔を上げました。

「鎧を盗み、それを追わせるのか」

「はい」

「徐寧の妻子はどうする」

宋江様の問いに、私は別紙を差し出しました。

「徐寧様だけが消えれば、東京開封府は最初に妻子を押さえるでしょう。事情をご存じなくても、共犯ではないと信じてもらえる保証はございません」

「家族も連れ出すつもりか?」

「その必要がございます。ただし、本寨へは入れません。独龍岡の李応様のお屋敷で、客人としてお預かりします」

呉用様が羽扇を止めました。

「本人たちの承諾は得られぬぞ?」

「承諾を求めている間に、開封府へ先を越されます」

「それは拉致ではないか?」

「はい」

否定する理由はございません。

徐寧様を救うための策ではありません。

梁山泊の兵を連環馬から救うために、徐寧様ご一家の暮らしを奪う策です。

けれど、徐寧様だけを連れ去り、妻子を朝廷へ渡す方が、さらに無責任でしょう。

「私どもの都合で徐寧様の人生を変える以上、ご家族だけを東京へ残すわけにはまいりません」

部屋が静かになりました。

最初に晁蓋殿が印を押しました。

宋江様が続き、最後に呉用様も羽扇を置いて、印を押されました。

「時遷を呼べ」

稟議は承認されました。

時遷様は話を聞くと、盗みそのものには驚きませんでした。

「東京の徐寧の屋敷だな。鎧はどこへ置いてある?」

「湯隆様と確認してください。出発は明朝でお願いいたします」

「分かった」

「鎧以外の物を持ち出してはいけません」

「俺を何だと思ってる?」

「非常に腕のよい盗人でございます」

時遷様は、褒められたのか疑われたのか分からない顔をしました。

翌朝、湯隆様と時遷様は東京へ向かいました。

これで準備は始まりました。

ですが、徐寧様を連れてくるだけでも日数がかかります。

鉤鎌鎗を作り、兵へ教え、実際の隊列を組めるようになるまでには、さらに時間が必要です。

呼延灼様の到着が少しでも遅れることを、私は願いました。

その願いは、昼まで持ちませんでした。

見張り台から鐘が鳴り響き、伝令が広間へ駆け込んできました。

「朝廷の討伐軍が、北東より接近しております!」

宋江様が立ち上がりました。

「旗印は!」

「双鞭、呼延灼!」

来ることは知っていました。

今日だとは知りませんでした。

梁山泊の兵は、高唐州の傷を残したまま出陣します。

私も本陣へ同行しました。

遠くの地面が、細かく揺れています。

最初は雷かと思いました。

しかし、空は晴れておりました。

やがて砂煙の中から現れたのは、鎖でつながれた馬ではありません。

身軽な装備の騎兵です。

先頭には、彭玘と記された旗が翻っていました。

「連環馬ではないのか?」

宋江様が尋ねます。

「まだでございます」

呼延灼様も、最初から切り札を出すつもりはないのでしょう。

まず軽騎兵をぶつけ、梁山泊の陣形と指揮官の力量を確かめる。

試されているのはこちらです。

林冲様の命令で前列が開き、秦明様が騎馬隊を率いて進みました。

扈三娘様と玉楼様も、その後へ続きます。

彭玘様の軽騎兵は速く、正面へぶつかると見せて左右へ広がりました。

こちらの脇を崩し、乱れたところへ入り込むつもりなのでしょう。

ですが、林冲様は軽騎兵に釣られて中央の列を崩しません。

秦明様が中央を受け、扈三娘様たちが右へ回ります。

やがて彭玘様と扈三娘様が、馬上で打ち合い始めました。

一合、二合で終わる相手ではありません。

彭玘様は重い得物を振るい、扈三娘様は正面から受けず、馬を回しながら応じています。

しばらくして、扈三娘様が馬首を返しました。

「退くのか?」

宋江様が身を乗り出します。

「いいえ」

あの方は、逃げる時にあのような背中を見せません。

彭玘様が追いました。

距離が縮まった瞬間、扈三娘様の手から縄が飛びます。

縄は彭玘様の身体へ巻きつき、そのまま馬上から引き落としました。

玉楼様がすぐに駆け寄り、助けに入ろうとした騎兵の前へ槍を向けます。

彭玘様は、梁山泊の兵に取り押さえられました。

「敵将、彭玘を捕らえました!」

報告を受けた兵たちから声が上がります。

初戦は、こちらの勝ちです。

ただし、私は喜べませんでした。

呼延灼様はまだ前へ出ておらず、連環馬も姿を見せていません。

彭玘様の軽騎兵は、本隊ではなかったのでございます。

敵陣の奥から、金属同士がこすれる音が聞こえてきました。

馬の嘶きに混じり、重い鎖が引かれております。

砂煙の向こうで、黒い騎馬の列が横へ広がりました。

一頭ではありません。

馬と馬の間を鉄の鎖がつなぎ、その後ろにも同じ列が続いています。

彭玘様を捕らえたことで、呼延灼様は様子見を終えたのでしょう。

「閻婆惜殿」

呉用様が、前方から目を離さずに尋ねました。

「あれが、連環馬か?」

「はい」

時遷様は、まだ東京へ向かう道の途中です。

徐寧様は、私どもの名すら知りません。

初戦には勝ちました。

けれど、今から現れる敵を破るための武器は、まだ一本も届いておりません。

呼延灼様が双鞭を上げました。

その合図とともに、鎖でつながれた馬の列が動き始めます。

――手は打ちました。

それでも、戦の方が早かったのでございます。

本件、閻婆惜よりご報告いたします。


今回の戦について、勝敗をどちらへ記入すべきか迷っております。


扈三娘様が敵将・彭玘様を捕らえた点だけを見れば、明確な勝利です。

正面から何合も打ち合った後、逃げるように見せて追わせ、からめ縄で馬上から引き落とされたそうです。


捕縛の手順を記録して、今後の参考にしたいところですが、同じことができる方が梁山泊に何人おられるのか分かりません。

おそらく、手順書を配るより扈三娘様ご本人を派遣した方が早いでしょう。


問題は、敵将を一人捕らえた直後に、本当の敵が出てきたことでございます。

馬を鎖でつなぎ、鉄の壁にして突撃させる。

実物を目にした兵たちの反応は、私が軍議で説明した時よりも、はるかに分かりやすいものでした。


皆様、逃げました。

正しい判断です。

あれを前にして踏みとどまることを、勇気とは申しません。

馬と一緒に踏み潰される順番を待っているだけです。

それでも、連環馬は追ってまいります。


横へ逃げられず、急には止まれないという欠点まで抱えながら、敵を押し潰すために前へ進み続けます。


でしたら、その欠点を利用するしかございません。

扈三娘様はまだご存じないようですが、水際には李俊様がおられます。

以前、私が扈三娘様のお近くへ配置した、長身の優男でございます。


本人同士は名前もろくに確認していないのに、戦場では先に連携が始まりました。

人員配置とは、時に本人たちの理解より早く効果を発揮するものですね。


なお、呼延灼様が用意した切り札は、連環馬だけではございません。

遠くから梁山泊を攻撃できる方が、もう一人いらっしゃいます。

そちらが仕事を始めてから対応するのでは、遅すぎます。


ですから――


水軍には、別のお願いもしておきました。

次に届くのが砲声なのか、それとも捕縛の報告なのか。


結果は、まもなく判明いたします。

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